くこ
2025-05-03 02:45:04
8417文字
Public
 

シークレット・オブ・モンスター2(レインコード・CPなし)

ヨミーさん妄想話 もうちょっとだけ続くかもしれない
ヨミーさんってカナイ区最大の秘密を知れたんだろうか?



お互いに残業をしていた帰り、ばったりと廊下で出会ったので、食事でもするか、という話になった。これが初めてのことではない。そして彼女が、どうせなら家でだらだらしているであろう夫も呼ぼう、となるのも、また、数回程度の話ではない。
三人で顔を合わせて食事をすると、決まって、カナイ区の話になった。ヨミーは、厳密にはアマテラス社びいきであったが、カナイ区を愛しているという二人の地元愛に触れるうち、だんだんと、自らも範囲を広げていることを自覚していた。アマテラス社の成長によって発展した都市。たしかに、アマテラス社と一心同体である、と、言えるのかもしれない。

夜が更けてからかなりの時間が経っているので、食事はそんなに重いものではない。自然と、会話と、飲み物の消費が早くなる。夫婦は、酒が好きなようだが、そんなに強くはなさそうだ。だいたいいつも、ヨミーだけが素面を保っている。飲んでいる量は、そう変わらない。
いろいろな話を、した。聞いた。議論した。共感し、反発した。それは対等な関係だった。ヨミーは、二人とのその時間を、思っている以上に、大切に感じていた。言葉にしたことはない。

「えぇ~? ヨミー、来ないのぉ?」

眉をハの字にして、ヤコウがわざとらしく残念そうな声を出す。ヨミーは、無言で、もじゃもじゃ頭に目を向けた。そしてすぐ、隣の女へ視線を移す。それを受けた彼女は、いつものとおりに、笑った。

「たまには、いっしょに息抜きしましょうよ。ヤコウも寂しがっていることだし」
「そう言って、二週間前にも似たようなことをやっただろう」

今週末は晴れだから、釣りに行くぞ!と、ヤコウが目を輝かせて、彼女とヨミーと二人、拉致して車を出したことは、記憶に新しい。そして今回は、またしても、「天気がよさそうだからバーベキューするぞ!」というお誘いであった。釣った魚をその場でさばいて焼いたのだから、二週間前のもバーベキューみたいなものであろう。ヨミーがそう告げると、ヤコウが憤慨した。

「ぜんぜん違うよ! バーベキューは、肉を焼くんだよ!」
「魚の肉を焼いたんだから、同じだろ」
「違うんだよ~! もう塊肉を買っちゃったんだよ~! 味付けして寝かせてあるんだよ~! 二人じゃ食べきれないよ~!」

やかましい。ヤコウの叫びに、ヨミーが顔をしかめて耳をふさぐ。お店が混んでいれば、静かにするよう叱られていることだろう。
わかった、行けばいいんだろう。観念してヨミーが言えば、ヤコウはニカッと笑った。夫婦水入らずで楽しんでいればいいのに、こいつはいつも、ヨミーを誘う。それは、アマテラス社研究員である彼女も、同様だ。先日の一件に加え、目障りだった彼女の直属の上司を左遷し、まともな者に挿げ替えてから、さらにその傾向が強くなった気がする。

ヨミーはといえば、馴れ合いは好きではないが、不思議と、この夫婦とは、そういう気持ちにならない。裏表がない、というか、腹に一物がないせいかもしれない。彼らの基準はひどく単純でわかりやすく、それは、「カナイ区が好きで、カナイ区にずっと住んでいたくて、カナイ区のためになることがしたい」というものだった。なんでも、幼少の頃、お互いにその誓いを立てていたのだという。再会した今、彼女は研究員として、ヤコウは探偵として。手段は違えど、依然として気持ちは同じであるようだった。そのさまは、社内政治ですさんだヨミーの心を、幾ばくか癒していた。
きっと、このときが、人生で一番、しあわせだった。




……もう一度、説明しろ」

絶対零度の声音で、ヨミーが告げる。部下は、びくりと肩を震わせ、一拍置いて返事をした。復唱します。

「研究施設の××棟で、爆発事故が発生いたしました。死傷者は、計10名。うち、死者は1名です。名前は、」
「原因は何だ」
「っ、ほ、報告では、ガス漏れだと……

ヨミーの鋭い眼光に怯えながら、部下が説明する。執務机に両肘を置き、組んだ手を額に当てていたヨミーは、数秒後、がたんと音を立てて席を立った。

「遺体は」
「まだ、現場に。……しかし、とてもではないですが……

部下が、言葉を濁す。おそらく、ほとんど原形を留めていないのであろう。爆発音と、報告の内容からして、それくらいは、見なくともわかる。ヨミーが、舌打ちをした。
ヤコウに、なんと、説明すればよいのだろうか。誰から、どうやって。いつ。なにを。
聞いた名前が間違いであることを、祈る。叶えられるはずのない望みだと、頭では理解しているが、それくらいしか、すがるものがない。
爆発事故。施設責任者は誰だったろう。点検は1か月前に行っていたはずだ。毎月行っているそれは、今月分も、もう少しで行われるはずだった。頻度が少なかったのか。隔週、否、毎週すべきだったのか。今さら考えても詮無いことが、ヨミーの頭の中を駆け巡る。何かを考えていないと、膝をついてしまいそうだった。

現場に到着する。焦げ臭い。まだ煙がそこかしこで立っている。黒い煤が壁にこびりついていた。床に積もったコンクリートの破片が、足元で音を立てる。
コートの袖で口元を覆いながら、奥へと進む。先導する部下の背中越しに、遺体が見えた。

…………

部下が口ごもっていた理由を、目の当たりにする。深く、息を吐いた。




彼女のデスクには、いつも付けていたサングラスが残されていた。ひととおりを説明し終えたヨミーは、それをヤコウへ渡す。それと、いくつかの私物。デスクの前で彼女を待っていれば、何してるの?と姿を現すかとも思ったが、当然、そのような奇跡は起きなかった。
ヤコウは、顔面蒼白で、黙っている。「ウチに自分から来るなんてめずらしいじゃな~い!」と、おどけてヨミーを出迎えた彼は、説明を聞き始めてすぐ、目を見開き、口をつぐんだ。
テーブルの上へ置かれた彼女の私物に、ヤコウの指が触れることはない。ヨミーは、こぶしを握り締める。これ以上、何も、かけるべき言葉がない。耳が痛くなるほどの沈黙。

ヨミーは、大切な者を失った経験がない。正確には、大切な者を作ったことがないので、失う経験もしていない。
だから、もしかしたら、ヨミーにとっても、これが初めての喪失かもしれなかった。

動かないヤコウに、長居をしても意味がないと考え、短く挨拶をして家を出る。きっと、彼を慰められるのは、時間しかない。彼の何かが回復するには、アマテラス社の特効薬であっても、力不足だ。回復できるのかも、わからないが。
今日は、快晴だった。いつかの休日を、思い起こさせた。




個人的な話もあるが、研究にとっても、かなりの痛手である。
彼女の専門は、神経細胞の再生。「なくならない」あるいは「量産可能な」軍事兵器を生産するのに、必要不可欠な要素だ。もちろん、彼女のほかにも、それを専門としている研究者は在籍している。しかし、彼女の成果は群を抜いていた。品質も、スピードも、彼女に敵う者は、アマテラス社に、否、この業界に存在しない。

ヨミーの眼前に、暗雲が立ち込めている。正真正銘、彼女の代わりは、いない。完成時期の遅延、どころか、完成自体が危ぶまれるかもしれない。
しかし、とにかく、やるしかない。イレギュラーな事態に対応することは、今までも、何度も行ってきた。
研究を、頓挫させるわけにはいかない。カナイ区を愛していた、彼女のためにも。アマテラス社を傾けさせるわけには、いかない。

彼女という要を失って、ヨミーとヤコウとは、会うことがなくなっていた。二人でいて、何を話せばいいのかもわからないし、どうしても彼女の存在が思い出されてしまい、何も、いいことがない。傷を舐め合うような関係性でもないし、お互い、そういう性格でもない。二人が離れることは、自然と言えた。
ヤコウは、しばらく抜け殻のような日々を送っていたようだったが、やがて、折り合いをつけたようだった。

対するヨミーはというと、研究部門の部長を辞めて、保安部の部長へと異動した。研究は、もちろん成功させなければならなかったが、部長という立場がなくとも、どうとでもなる。それよりも、是正。是正に力を入れなければならない。二度と、同じ事故は起こさない。怪しい人間も、危険な人間も、甘い仕事も、ぬるいチェックも、何もかもを、許すわけにはいかない。
より厳格に、厳罰に。馬鹿どもを、正さなくてはならない。




功を焦ったウエスカが、失敗した。
そして、あの、空白の一週間が発生した。

謎の一週間から目覚めた後、CEOが子どものような外見の男に置き換わった。唐突なことだった。ヨミーは到底、納得ができなかったが、決定を覆すことも、できなかった。
忌々しい。積み重ねてきた努力をすべて踏みつけ、名実ともに、軽々しく人の頭上へと君臨した。
ヨミーが一晩悩んで決断するようなことを、マコトは、即断する。しかも、間違わない。本物の天才。ヨミーのような秀才とは、違う。一線を画す存在。

自分が理想のカナイ区を作り上げるために、マコトは、邪魔だ。排除すべき、あるいは、完全なる支配下に置くべきである。他のどの役職者も脅威にはなりえないが、彼だけは、なりえる。それは、もしかしたら、彼の中にも、カナイ区を愛する気持ちが見えるから、かもしれなかった。
ふん、と、ヨミーは鼻を鳴らした。そんなセンチメンタルな話は、どうでもいい。
そろそろ、直接、手を下してしまおうか。隠ぺいは、どうとでも出来るだろう。脅すくらいは、してみても、いいかもしれない。

「おい、開けろ」

カナイタワーの最上階。ドアの前で一言告げれば、少しの後、扉が開いた。
ふざけた仮面をつけた男が、窓際に立っている。彼は、ゆっくりと振り向いた。ヨミーは、あまり近づきすぎることはせず、ソファの後ろあたりで歩みを止める。

「どうしたの? 緊急の用事?」
「ああ、そうだな」

投げたナイフを、マコトは、避け切れなかった。首から、ピンク色の血がしたたり落ちる。
傷を負ったマコトは、しかし、少しも動揺していなかった。ヨミーが眉根を寄せる。その顔を見て、仮面の奥から、くく、と笑う声がした。

「ずいぶんと、直情的な手段に出たものだと思ってね。キミはもう少し、頭脳派だと思っていたけれど」
「うるせえ。知った口をきくな」

踏み込んで、ナイフを突き立ててやろうかと思ったが、なぜだか、あまり効果がないように思えて、その選択肢を廃棄する。脅しは無意味だと、知れただけでも収穫としておこうか。
代わりに、歩みだけを進める。眼前に、薄気味の悪い仮面があった。

「調子に乗っていられるのも、今のうちだ。ぽっと出のオメーに、カナイ区はやらねえ」
……フフ。楽しみにしているよ」

嫌味な野郎だ。完全に、自分が優位だと確信している。事実、マコトはCEOであり、アマテラス社内やカナイ区に、順調に支持者を増やしていっている。ヨミーがやってきた人心掌握術を、事も無げに活用しながら、功績を立てている。
「あの爆発事故」の後から、より厳罰化している現状を、窮屈に思っている層がいるのは、把握している。ヨミーの意を汲んでいる、つもりで、いろいろと勝手をやっている信者がいることも。しかし、今さら、この手を緩めることは出来ないのだ。
二度と。二度と、あのような事故を起こしてはならない。優秀な人材を失うくらいなら、先に、無能の命を捧げる。釣り合いは、それで取る。

それ以上、言葉を交わす意味を見出せなかったので、踵を返す。マコトは、その背に声をかけた。

「そうそう。あの、この地区唯一の探偵の奥さんが亡くなった、事故。キミ、あれ、ちゃんと調べた?」
……? 何が言いたい?」
「点検を強化する以外に、するべきことがあったかもしれない、ってこと」

半分だけ顔をマコトに向け、ヨミーが胡乱げに睨みつける。一瞬あと、その目が少し、見開かれた。ヨミーの反応を見たマコトが、ゆっくりと頷く。
ヨミーが、大きく舌打ちをする。何も言わず、大股でマコトの部屋を後にした。




倉庫で、事故の報告書を、再度、読んだ。報告書に目を通しながら、ヨミーは、眉間にしわを寄せた。
死傷者は10名。死亡したのは、彼女だけ。
事故だから、あまり疑うことをしなかった。立ち位置か運か、何かが悪かったのだろう、と。でも、それが、仕組まれていたのだとしたら? 彼女を狙った、計画、だったのだとしたら。その動機を持つ者は、誰だ。
情報が足りていない。

彼女の能力を必要としていた人間は、いくらでもいた。しかしその逆、排除をしたいとなると、何が要因だろう。
彼女のポストを奪いたい。あまり現実的ではない。同程度の能力があれば、同程度のポストを与えられている。特に研究者は、そこを出し惜しみしていない。元研究部門長のヨミーが、そう仕組みを構築した。それが崩されている様子も無かった。では、この動機は薄い。

彼女の研究が進むことを、嫌がった。都合の悪い事実を、彼女が知っていた。弱みを握られていた。
競合する研究者がいるにはいるが、レベルが違いすぎて、彼女の研究が進んで不利になるとは、あまり考えられない。であれば、後者。彼女がこだわるとしたら、ヤコウのことか、カナイ区のこと。だが、アマテラス社と直接の関わりがないヤコウが絡んでいるとは、考えにくい。では、カナイ区のことか。カナイ区への害になると考えられるもの、それは、何だ。

過去の粛清の内容を、思い返す。横領、粉飾決算、データ改ざん・偽装、情報漏洩、賄賂。
彼女の使っていたPCバックアップを探す。研究の内容も多かったので、丸々残してあるはずだ。しかし、研究以外の情報があるようには見えない。消されているだけかもしれない。復元する方法を探す。報告書データ。通話履歴。チャット履歴。メール履歴。

……これか」

やり取りの相手は、ウエスカだった。
研究に関する内容の後、付け足されている小言。忠告といってもいい。そんなことは、もう、やめなさい。ひいては、カナイ区全体への悪評と繋がってしまうおそれもあるのよ。情報漏洩と、賄賂と、横領。
協力者もいるようだ。いつだったかの退屈な会議で、鼻息荒く技術売買を訴えていた男を思い出す。ヨミーの策略によって、彼は今、要職にはついていないはずなので、たいした権限は無いはずだ。しかし、一級研究者を通せば、話は変わる。ウエスカは面倒ごとをそいつに押し付けて利益だけを得ることが出来るし、そいつは本来ならば得られなかったはずの利益を得ることが出来る。Win-Winの関係だったのだろう。

続いて、協力者のPCをハックする。保安部長であるヨミーは、強制捜査のために、あらゆる強権を持っている。むろん、そのことを公開してはいない。
驚くべきことに、彼らは、大変な悪知恵を働かせていた。誰かに嗅ぎつけられているかもしれないと怯えた彼らは、その罪を、他者へなすりつけることを考えた。ウエスカは誰でも良かったようだが、協力者には、明確な復讐相手がいる。ヨミーだ。
捏造された帳簿は、すでに現物がどこかに存在しているようだ。回収をしておかなくてはならない。そんなものがあっても、一笑に付すだけではあるが、ヨミーを出し抜けると考えているやつがのうのうとした顔を晒している現状が気に食わない。
怒りを覚えて、はた、と、我に返る。

悪知恵を話し合っているやり取りは、最近だ。つまり、嗅ぎつけているかもしれない「誰か」は、彼女のことではない。
彼女からの追及は、すでに、なくなっている。彼女自身が、命を落とすことによって。

ガン!と、ロッカーを蹴り飛ばした。あまりの騒音に、耳の奥が痛む。
こめかみの血管がうずく。目が血走る。強く握りしめたこぶしの、手のひらへ爪が食い込む。
数年ぶりに、ヤコウから連絡が来たのは、そのときだった。

調べてくれないか、と、簡潔に記載された箇条書き。それは、今まさに、ヨミーが調べ終えた内容だった。
匿名で、ヤコウへ手紙が送られてきたのだという。信用を、するか否か、ずっと考えていたようだった。そして、意を決して、ヨミーに連絡を取った。あまりの返事の速さに、ヤコウは驚いたが、お礼の言葉だけをヨミーへ返した。
ヨミーは少しだけ思案した後、チャットを打つ。オメー、今、どこにいる。カナイタワーの、オレのところへ来い。
数分経っても、返事は無かった。ヤコウの迷いが目に見えるようだ。チッ、と舌打ちをして、通話ボタンを押す。数コール後、ためらっている声のヤコウが出た。

「いいから来い」
……もぉ~。いつからそんなに横暴になっちゃったの」
「うるせえ、元からだ」

通話を切る。自身も、倉庫から自宅へ帰る必要がある。抜いた報告書をそのまま手に持ち、扉を勢い良く開けた。




「オメー、ひとりでやる気だろ」

ヤコウの表情が、一瞬消えたのを、ヨミーは見逃さなかった。へらり、似合わない無精ひげとサングラスをかけた男が笑う。

「なんのこと?」
「このオレ様に、クソみてえな演技が通用すると思うなよ」

ソファに座ったヤコウの膝を、げし、と蹴る。いたた、と、大げさに痛がって見せるヤコウは、ヨミーと目を合わせなかった。
外は、いつものとおり、曇天だ。日が落ちるにはまだ早い時間だが、陽の光が入らないカナイ区では、時間にかかわらず電気をつけなくてはならない。

「オレを噛ませろ。悪いようにはしねえ」
……ヨミー、今、保安部長でしょ? そんなことしちゃ、だめなんじゃないの?」
「うるせえ。オレが法律だ。いいか悪いかは、オレが決める」

ヤコウが、少し困ったように笑った。三人でいた頃は、見たことのない表情だった。彼はいつも、笑うとき、大口をあけて笑っていた。
ヤコウを見るヨミーの顔に、何を思ったのか、ヤコウがヨミーの頭をくしゃくしゃと撫でた。何しやがる、怒声はヤコウの足元へと落ちる。体格差があるので、ヨミーの首の力では、ヤコウの手を押し返すことが出来なかった。
ぼさぼさになった赤い髪の毛を見て、はは、と、ヤコウが笑う。その顔は少しだけ、昔の顔に似ていた。

「変わってないんだな」

いつかは、自身に向けられた言葉を、ヤコウがつぶやく。ヨミーが目をすがめると、ヤコウはかぶりを振った。なんでもない。
じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。ヤコウが言った。そして続ける。ウエスカのほうをやりたいんだけど、と。

「じゃあ、もう一人のほうは、オレがやっとく。すでに一度やってるしな、たいして労力もかからねえ」
……ありがとうね」
「べつに。オメーにはその権利があるよ」

だから特別な配慮ではない、ヨミーが言い捨てる。
いいか、無茶すんじゃねえぞ。オレが迎えに行くまで。
ヤコウは、もう一度、ありがとうね。と、言った。




床に転がっているヤコウを、蹴り飛ばす。ふざけんなふざけんなふざけんな。
オレに任せろと言ったのに、こいつは、裏切った。彼女の元へ行きたいからと、裏切ったのだ。ふざけるな。あるいは、罪悪感なのか。わからない。もう、確かめることも出来ない。彼の死がそこまで迫っていることは、明白だった。
毒ガスの解毒はヨミーがどうにかするから、指定の位置で待機をしておけと伝えてあったのに、その場所にヤコウの姿は無かった。血まみれで転がっているヤコウを見て、本当に、はらわたが煮えくり返った。

ふざけるな。
もう二度と。
二度と、自身の前で、そんなことは起こさせないと誓ったのに。

何もかも、何もかも、気に入らない。したり顔で部屋に入ってきたマコトを見て、自身の頭に血がのぼって的確な判断が出来ていなかったことを自覚する。そうだ。ヤコウへ匿名の手紙を出したのは、誰だ。ヨミーへ、爆発事故を調べなおすよう、示唆をしたのは。
すべては、ヨミーを排除するための、マコトの計画。ヨミーがマコトを邪魔に思っていたように、マコトもまた、ヨミーを邪魔に思っていた。わざわざ己のためにこのような壮大な計画を、ご苦労なことだ、そのこと自体に不快感は無い。そのような計画が必要な相手であると、認めているようなものだから。

だが。
こんな利用の仕方は、絶対に、許せない。絶対に、後悔させる。それが、何もかもを失ったヨミーの、唯一の目標だ。
それがなければ、もう、諦めても良かった。だって、もう、なにも。なにも、のこっていない。暖かな日差しの下で過ごした日々は、二度と、戻ってはこないのだから。