訳あってキャバの店長やってるヨの店に一人の男前がやってきた わさわさと伸びた紫の髪、透き通るような青空の瞳、整った顔立ちに引き締まった身体は🇯🇵では見かけない褐色肌である きゃあと色めきだつ嬢たちをかき分け、男は店の奥にいたヨの前に立った
「お前はいくらなんだ?」
内心馬鹿にされたと屈辱を覚えつつも、更に色めき立つ嬢たちに押し切られ、仕方なくビの接待をするヨ 最初はいったい何をされるかと警戒していたが、ヨが飲みたいといった酒を買って献上し、ヨの話を聞きたがったビに戸惑いつつも武勇伝を語り、どっちが接待なんだか分からないままその日は終わった
それからビは毎日のように店にやってきて、必ずヨを指名した
最初は腹を立てていたヨも、酒も延長も気前よく払い、何よりヨの話を本当に楽しそうに聞くビに悪い気はしなくなっていた
意外にも同伴はヨから誘い、首を捻るビをヨのお気に入りの店へ連れて行った ヨもただ上機嫌に喋っていたわけでなく、途中からはビの反応を見ながら話題を振っていた その中でどうやら食べるのが好きらしいこと、そして料理にこだわりがあるらしいことに気づき、面白半分に連れ出したのである
結果はヨの心を大きく満たしてくれた うまいうまいと目を輝かせ、隠し味や調理法などに言及する姿は見た目よりも幼い印象を持たせる きらきらと眩しいくらい華やいだ顔で、饒舌に喋るビの話をふんふんと聞いてやるヨ いつもとは逆の立場であるのに、ヨは大変満足していた
それからはビのお誘いで、同伴することも増えた ビはやはり料理に詳しく、隠れた名店をたくさん知っていた 負けじとヨも高級店に連れて行ったが、こと料理についてはビの方が格上であった その現状に普段であれば歯噛みするほど悔しいと思うはずなのに、それよりも楽しいと思う自分がいることに、ヨ本人が一番戸惑っていた
そうして月日は流れ、半年が経った
自分で言うのも何たが、ヨはとても空気の読める人間である 読めているけど敢えて読まないのがヨ流なのである
だからこそ確信していたし、どうするかひと月近く悩んでもいた
「なあ、……そろそろ本当の名前、教えてくれよ」
「それは……」
「…一目惚れだったんだ。街中でお前を見つけて、慌てて追っかけてよ。ここに入ってくのを見て」
「…………」
「キャバクラなんて初めてだったからよ。あん時は悪かった……ホントはお前のこと、指名しちゃいけなかったんだよな? なんも知らなくて」
「……分かっておる。今は別に、……気にしとらん」
「そっか」
「……十万だ」
「?」
「この店のアフターは特殊でな。前金に十万かかる」
「!」
「その代わり、……嬢と同意の上なら何をしてもいいことになっているのだ。まあ、身請け金のようなものだな」
「そ、れって」
「名前は、なんだ……その、ホテルに着いたら教えてやる」
「……!!」
ビの逞しい腕に痛いくらいに抱きしめられ、満更でもないヨ
ホテルでは名前も素性も明かし、身も心もビに委ねて快楽を貪った
そうしてビは、その日からパッタリ姿を見せなくなった
裏切られた思いだった 最初の一週間は何かあったかと首を傾げて待った 次の週は裏切られたと腹を立て、怒りのままに酒を煽って飲んだくれた 三週目になれば怒りは引いた…かのように見えて、弄ばれたのだと思いやはり憤慨した そうして四週目を迎え、ビを愛しいと思う気持ちと裏切られた絶望との狭間で初めて涙を零した
月を跨ぐ頃には、ぼうと虚空を見つめて過ごすことも増え、色々なことが手につかなくなっていった 次の月はどう過ごしていたのか覚えていない
店にいる時だけは、嬢たちがきゃいきゃいと騒がしいので、バックヤードに押し込められていたが、記憶と言えばそれくらいである
膝を抱えて座り、何の変哲もない天井を眺める バックヤードの中は暇で仕方ないが、表に出れば涙が止まらないのは目に見えて分かっている かといって店長が店を留守にするのもいただけない この時間はここにいるしかないのだ
「…………?」
俄に表が騒がしくなる 普段は黄色めいた声が、強く鋭く空気を叩く 店長になってからだいぶ経つが、嬢たちの怒声なんて初めて聞いた 痺れた身体に鞭を打ち、立ち上がる そうしてヨがまごついている内に、ガシャンとガラスの割れる音が耳に届く いよいよ持ってマズイことになっている
ガチャ、とドアを開けたのと、温かな何かに包まれたのはほとんど同時だった
「ドゥリーヨダナ…!」
ぎゅうぎゅうと力強く抱きしめる腕も、ふわりと鼻腔を擽るスパイスの香りも、自身の名を呼ぶ声も、ヨの心を酷く揺さぶる
「やっと会えたぜ…!アフターで貯金が底をついちまってなぁ、バイトして稼いできたんだ」
首筋に顔を埋め、ぐりぐりと鼻先を擦りつけながら、ヨを振り回した男は何てことないように宣う
「バイトぉ……? なんだ、お前大学生だったのか?」
てっきり同い年くらいだと思っていたヨは、そういえばビの素性を聞き忘れていたことに、今更になって気がついた
「大学生?」
「違うのか?」
「おう。俺、まだ高校生だぜ」
「…………………………………は?」
時が止まった コウコウセイ…高校生?
「未、成年……?」
「そうなるなぁ。しっかし大変だったんだぜ? お年玉とか色々もらってた金かき集めてさ、」
「おとしだま」
「でも絶対手に入れたかったから、頑張ったんだ」
「…………」
「? どうした?」
「とりあえず、お前はもう店に入るな」
「え」
「未成年が入っていいわけなかろう!」
「そうなのか……?!?!」
「このバカチンめ!」
「いってぇ…っ!」
ぐりぐりと足を踏みつけてやり、ふんと鼻を鳴らす
「ナナ、すまんが後を頼む!」
ビの少し後ろから、酒瓶を構えつつ見守っていた嬢に声をかける 先程まで揉めていたのは、おそらくも何もこいつのせいである
「任せなよ、スヨ。…と、おいそこのゴリラ男!」
「ぅえ?! お、俺のことか……?!」
「あんた以外に誰がいるの! 次スヨを泣かせたらタダじゃ置かないから!」
一人の嬢を皮切りに、やいやいと野次が飛ぶ 随分と心配をかけていたのだと、少し気恥しくなる
「大事にする……!」
ビの宣言に今度は黄色い歓声が響く こういうところはノリのいい、ヨの自慢の嬢たちなのだ
今度は離れないようにしっかりと手を握り、店の外へと二人で駆け出した
fin.
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.