Ymi:no
2025-05-02 13:15:08
2215文字
Public ビマヨダ加筆修正前
 

指切りげんまん

祠を壊しちゃったヨダと神様ビマのビマヨダ

「あ」
 バキン、パキン、と音を立て、小さな建造物が崩れていく。そうして跡形もなく木片になった祠擬きを、指先でつんつんとつついてみる。
「ううむ……
 何をどうやっても、元に戻せそうにない。
 脳裏には憎らしくも可愛い末妹の顔が思い浮かび、そっと天を仰いだ。
 ――これはとんでもなくまずい状況なのでは。
 山の祠には神が祀られている――と、小耳に挟んだことがある。
 ――わし様、呪われたり……せんよな……?!
 幽霊や妖怪の類は信じていないドゥリーヨダナだが、神と聞くと背がひやりとする。自身の名が神話にあやかっているからなのか、なんとなく神には一定の信仰心を持っていた。
 ――よし、逃げるか!
 考えること三秒、ドゥリーヨダナは逃亡を選択した。神に関わるとロクなことがない、それがドゥリーヨダナの信条であった。
 素早く踵を返し、トップスピードで駆け抜ける――
「ぐえっ」
 ――間もなく、ぐん、と足が引かれた。
「だっ!」
 バランスを崩した身体は、重力に従って頽れていく。
「ぅぶ」
 それはとても綺麗な顔面着地であった。痛みに呻きながら、よろよろと頭を上げる。足元を見遣れば、人間の手が、確かにドゥリーヨダナの足を掴んでいた。
「わわわわし様の美し〜いおみ足を粗雑に掴むでないわヒトモドキ!」
 ありていに言ってパニックである。先程まで間違いなく人は自分しかいなかった。登山を勧めた末妹も、人が少ないのが魅力だと言っていた。
 では、この手はなんだ。
 褐色でごつごつと節くれだった指先。血管の凹凸がうつくしい、男らしい手。中空に浮いた手指を凝視する。
 ――……褐色?
 はて、と首を傾げるドゥリーヨダナの足を、男の手が呼応するように引っ張った。
「コラッ! やめんか!」
 足を引き戻すドゥリーヨダナと、引っ張る褐色の手。数度の攻防が続き、ようやく手の動きが止まった。
「わかればよいのだ、わかれば……
 わざとらしく鼻を鳴らし、恐る恐る褐色の指に自身の指先をかけた。とにかくこの手を引き剥がして逃げよう。ドゥリーヨダナはそう考えていた。
『ドゥリーヨダナ』
「?!」
 思わず、手が止まった。
 泥濘の底から這い出したような、それでいて嫌に甘ったるい声が頭に響く。
「誰だ!」
……忘れたのか?』
「っ」
 脳髄を声が侵食する。気を抜けば、甘さに蕩かされてしまいそうだった。
「わし様は、おまえなぞ、知らん……っ!」
 事実、ドゥリーヨダナに怪異の知り合いはいない。
『そうかよ』
 ぞわ、と背筋が粟立つ。怒りの滲んだそれに、声の主を怒らせたのだと気づく。
「な、なんなのだお前は……! なぜわし様の名を知っておる?! そもそも何がしたいのだ、」
 捲し立てた言葉が、喉に詰まる。
……本当に、覚えてねぇのか」
 身体が熱い。いつの間に現れたのだろうか。褐色の手指の持ち主に、痛いほどきつく抱きしめられていた。
――――
 鼻腔を擽る草木の香りに、遠い昔の、まだ幼かった頃の記憶が蘇る。
 思い出した。この山を登るのは、初めてではなかった。
「母様、父様、」
 家族で登山に来ていた幼きドゥリーヨダナは、景色に夢中になるあまり、逸れて迷子になっていた。探し回るのに疲れたドゥリーヨダナは、この祠の近くで休むことにしたのだ。その時に出会った子どもがいたのである。
 紫の髪に、褐色の肌。珍しい和装に身を包んだ、人懐こい犬っころのような男。
「ビーマ……?」
 ――ゆびきりげんまん
 ドゥリーヨダナに懐く、風の神と名乗った子どもに、名を与えた。こやつとは反りがあわないが、あれやこれやと尽くされるのは気分がいい。その上で、与えた飴に華やぐ顔を見て、自身のライバルとされる男の名を選んだのだった。
 ――ゆびきりげんまん
 大きくなったら、必ず迎えに行く。祠から動けないお前に、必ず逢いにいく。
 最後にそう約束して、迎えに来た親に手を引かれ、ここを離れたのである。
……ずっと、待ってたんだぜ……?」
 ぐりぐりと首元に顔を埋め、抱きつく姿にあの頃の面影を見る。
「随分と大きくなりおって……
 分かるか、と毒づけば、より強く抱きしめられる。温かな腕の中で、そっと男の背に腕を回した。

「この通り、祠というより木片なわけだが」
 改めて崩れた祠を見遣る。木っ端微塵になったそれは、祠の面影もない。
「別にいいんじゃねぇか? そのままで」
 あっけらかんとした男の態度に、思わずため息が出る。
「はぁ〜? そのまま〜? これはお前の住処だろう? ……それともお前、野宿が好みなのか?」
「そんなわけねぇだろう」
 男の顔には、堂々と呆れていますと書かれていた。
「ではなぜ」
「お前に憑いてくんだから、祠はもう必要ないだろ?」
「はぁ?」
 つく、の字が間違っているような気がする。
「これからよろしくな! ――俺の嫁さん」
 輝かしい笑顔がドゥリーヨダナを射抜く。
「なんだそれは…………まあ。壊してしまったのはわし様であるし……致し方あるまい。お前ぐらい、養ってやろう」
 どうにもこの顔を曇らせるのは気が引ける。もごもごと口篭りつつ、ドゥリーヨダナは風の神改めビーマを引き取ることに決めた。
「決まりだな!」

 こうして神に憑かれたトンチキ男は、無事(?)に山を降りたのであった。