かのまる
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伊織ワンドロワンライ「密やかな恋」

ワンドロワンライの作品です。
1時間半ほど。
セイバーは性別不詳です。
モブ「女」は偶然セイバーに似てただけかもしれないし、狐など化生の類かもしれません。
本気で惚れて顔をまねたのかもだし、二人を揶揄っただけだったり…。
そのあたりはお話に上手く組み込めず、お好きに解釈していただければと思います!

「い、イ、イオリに恋文だと!?」
淡い若草色の文を手に持ち、セイバーがわなわなと震えている。
「おい、古紙回収に回すんだからあまりぐしゃぐしゃにするな」
イオリを見上げ、かあっと真っ赤になったセイバーが文を突きつける。
「よく考えたら私は字が読めぬ!! 要点を掻い摘んで教えろ! 疾く!」
伊織はその剣幕に一歩後ずさると、文を受け取りさっと目を通す。
「はあ、なんてことない内容だよ。奥方がいるのは存じてるが、密かにお慕い申し上げております。せめて少しでも、お話しできませんか? だと」
「何だと!!」
セイバーがまた文を奪い取ると、読めない字を憎たらしそうに眺め、吐き捨てた。
「ふん、何が話しをしたいだ。私という者があるのを知りながらこの文よ。宣戦布告と見てとった。私は売られた喧嘩は買う主義だ」
「落ち着け、セイバー。このような文は今まで何度か貰ったことがある。セイバーが来てからは流石に来ていなかったが……。今回も穏便に済ませるさ」
伊織が宥めるように、セイバーの肩を叩くがパシリと叩き落とされる。
「イオリなんてもう知らぬ。さっさと断ってこい!! 私は……少し歩いてくる!」
セイバーはすぐ小走りになり、坂を抜けて広場に出ると、誰もいないのを確認して、地団駄を踏み始めた。
「ぐうううう〜〜〜!!!! 何なのだ、あの図々しい文に、あの澄ました顔! ああ、もうっ!! 私の方が先に好きだったんだぞ。そも私ばっかりイオリを好きなのはずるい!! ずるい!!!」
セイバーは激しく地面を踏みつけ、どたばたと悶絶する。
次第に土が割れてきたので、慌てて割れ目を慣らして元に戻すと、少し溜飲が下がったセイバーは長屋にトボトボと戻った。

文を託けてもらい、伊織は件の女と落ち合うことになった。相手がセイバーを妻と考えている人物であれば、人目につくのは尚更まずいだろうということで、浅草からほど近い神社になったことで、またセイバーは憤慨することになる。
「なにもここで無くとも良いではないか!! ううう……
またセイバーは地団駄を踏んで、悔しそうに唸り始める。
「仕方ない。ただでさえ男と女がその辺を歩くのすら憚られるのに、相手は既婚だと勘違いしているんだ。相手にはご足労願うが、仕方なかろう」
鳥越神社の敷地内で、伊織はごねるセイバーをまるで童を宥めるような表情で見下ろしている。
「はあ、はあ……私が、私が征く。そんなふてぶてしい女、イオリが相手するまでもない」
「やめてくれ。こじれるに決まっているだろうが! すぐ終わるから、家で大人しく待っているんだ」
叱られた童のように頬を膨らませると、「あとで心太ところてん奢れ!」と云って、霊体化してしまった。また余計な出費が増えるなと、伊織は寂しい懐をさすった。

しかし、素直にセイバーが家に戻るわけでもない。
「くっ、せめて相手がどんな女かこの眼で見てやるぞ。今こそシノビバタラキだ」
そうはいっても気配を消して、草むらにしゃがみ込んでいるだけだが、常人ならまずセイバーに気が付かないだろう。
ややあって、そこそこ上品な小袖を着た女が現れた。ふん、自信満々という訳だ。ん、うん? 私はあの女にどうも既視感があるぞ……そうだ、あの女はどことなく私に似ている……
セイバーがよく観察すると、確かに顔の作りはセイバーの面影が少しある。一見しとやかそうに見えるが、意志の強い大きな瞳に、紅を薄らと差した口元は微笑んではいるが、生来の気の強さが見え隠れしている。セイバーはますます腹が立ってきた。
二人は短い会話を交わすと、女は軽く頭を下げて足早にその場を去っていった。一瞬セイバーのいる茂みに、女の視線が移り、薄らと笑った。セイバーは目を見張り驚くが、すぐ前を向いて歩き始めた。
伊織が大きく息を吐くのを見届けて、セイバーは霊体化して長屋に戻り伊織の帰宅を待った。

「して、どうだった?? さぞかし良いだったろう?」
白々しくセイバーが腕を組み、伊織に事の顛末を尋ねる。
「ああ、別に普通の女人だったよ。……ちゃんと断ったさ。うちにいるのは妻でもなんでもない同居人だと……
その言の葉に、セイバーは胸がちくりと痛むのを感じる。だが、イオリに対する想いはこの胸にしまっておくと決めていたではないか。
「しかし……妻でこそないが俺にとっては大切な者だ。よって貴殿の想いには応えられない。相すまぬ、とな」
「な!」
セイバーがばっと顔を上げる。その顔は茹で蛸のように真っ赤に染まっている。
「それってどういう、意味……??」
伊織は口元に微笑を浮かべる。
「さあ? どう捉えてもらっても構わないが。それより心太を食べに行くんだろう。今日は少し暑いから、店も賑わってるかもな」
意味深な言の葉をセイバーが飲み込めないうちに、伊織はさっさと戸を開けて外に出てしまった。
土間にはセイバーだけがポツンと残される。セイバーは拳を握り締め、ぶるぶると身体を震わせている。
「ああ! もう!! 私ばかり、私ばっかりが勝手にイオリを好きなのが馬鹿みたいではないか!! なんであんなこと……まさか朴念仁のイオリが気づく訳あるまい……いや、もう隠すのはやめだ。必ずイオリを振り向かせてやる!」
セイバーは胸に手を当て心を落ち着かせると、勢いよく戸を開けて大きく息を吸い込んだ。
「ふふ、いつかきみをあっ! と云わせてやるからな、覚悟しておけよ」
ビシッと伊織を指差したあと、セイバーはあっという間に表通りに消えてしまった。伊織はため息をつき、首を振ると後を追いかける。
「やれやれ、本当に落ち着きがない。……俺が想うのはおまえだけだというのに。やはりきちんと言の葉にして伝えなければな……
すれ違う二人の心が一つになる日は、そう遠くないのかもしれない。