けがわ。
2025-05-01 00:23:35
4123文字
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ユアムさんとのデート録

ユアモラ

 ヴー……ヴー……、ポケットに入れていたスマホがバイブ音を響かせて小刻みに振動した。
「ん?」
 私に連絡をとってくる人なんて、兄か親友のモラン辺りでしょう。
 目星をつけてスマホを取り出すと、思った通りそこには親友の『モラン』の文字があった。
 いつもの溌剌とした声音と、コロコロ変わる表情を思い浮かべてクスリと勝手に笑みが溢れる。
 元気なモランを想像してから通話ボタンを押して、スマホから少しだけ耳を離してマイクに話しかけた。
「はい」
「ミナア!! 助けて!!」
 ほらやっぱり。モランは今日も元気みたいですね。

***

「それで、服を貸して欲しいと……
「ぅ、うん……
 電話の後、兄さんには秘密だとかでモランの家に来たものの、何事かと思えばそんなことですか……
 細く息を吐き出して、正面からモランを見つめた。
「ミナア……?」
「服を貸すのは結構ですが、変に着飾るよりも、兄さんはありのままのモランの方が喜ぶと思いますよ?」
「でも、本当にヨレた服しか持ってないし……それにオレ、センスないから買いに行くのもちょっと……
「モラン……
 俯きがちに訳を話すモランは頬を赤く染めて、恥ずかしそうに正座した膝を擦り合わせている。
 かと思えば、バッと顔を上げて更に染まった顔で必死に続ける。
「でも、せっかくユアムさんとのデートだから、オレだって少しくらいオシャレしたいし!」
……はぁ。まったく、仕方ありませんね」
 我ながらモランには甘いという自覚はある。けれど、友人の恋路を応援したいという気持ちももちろんあるわけで。
「うぅ〜、ありがとーミナア〜!」
 ガバッと勢いよく抱きついてくるモランを受け止めて、柔らかいふわふわの髪の毛を撫でる。
 兄さんと付き合っているというのに、男にこうやって気軽に抱きつくなんて、モランは少し危機感が足りないのでは?
「離れてください、モラン」
「えー?」
 いつまでもくっ付いているモランを引き剥がすと、頬を膨らませて唇を尖らせ、子供のように拗ねる。
「兄さんとお付き合いしているのに、他の男に抱きつくなんてマナー違反では?」
「でもミナアだし」
「はぁ……
 モランは全くわかっていない。私にとってもモランは特別な存在だし、私のモランに対する友愛がなんで恋愛にならないなんて言い切れるのでしょうか……
 横恋慕するつもりはありませんが、でも万が一、兄さんがモランを傷付けるようなことがあれば、その限りではないのかも。
 こっそりほくそ笑むとモランは不思議そうに首を傾げた。
 相変わらず大きなマゼンダの瞳を可愛らしく瞬かせている。
「デートは次の休日でしたね」
「うん!」
「では、その日の朝に私の家に来てください」
「え!? でも、ユアムさんが……
「大丈夫、私がなんとかしておきますから」
 イタズラを思いついた子供のように不敵な笑みを浮かべて、モランの唇を人差し指で黙らせた。

***

 デート当日、言われた通り服を借りに来たんだけど、どうやらユアムさんはもう既に出かけてしまっていて、ミナアが早めに向かうように嗾けたみたいだ。
 ユアムさんを待ちぼうけさせないためにも事前に見繕っておいてくれた服に身を包んで、鏡の前でくるりと回って全身を隈なくチェックする。
 うん、さすがミナア。センスがいい!
「どうですか?」
「完っ璧!! さっすがミナア!」
 いつもより大人っぽい服装が落ち着かないけど、これならユアムさんの隣を歩いても恥ずかしくなさそうだ。
「では急いでください。待ち合わせに遅れてしまいますよ?」
「そうだった! ありがとミナア! 今度ちゃんとお礼させてね!」
 ミナアと会ったのは本当に服を借りるためで、すぐに別れなければならないのが申し訳ない。そんなことを思って玄関まで見送ってくれるミナアに向き直ると、そっと頭を撫でられた。
「ミナア……?」
「いってらっしゃい、モラン。気をつけて」
「うん!」
 ふんわり微笑むミナアに笑顔を返して、急いでユアムさんの待つ公園に向かった。


「ユアムさーん!」
 遠くからでもわかるほどの美貌の持ち主に小走りで駆け寄り、ブンブン手を振ると、こちらに気がついたユアムさんも小さく手を振り返してくれる。
「お待たせしました!」
「ふふ、モランくんは今日も元気だね」
 ポンっとオレの頭を撫でるユアムさんの手つきが先ほどのミナアと重なった。
 さすが兄弟。血は繋がってなくても行動は似るのだろうか?
「あれ、モランくんその格好……
「ぁ、えへへ……今日は頑張ってオシャレしてみました」
…………そう」
 褒めてもらえるかも、なんて考えてじっとオレの格好を見つめるユアムさんを見つめ返す。だけどユアムさんは難しい顔をしたまま何も言わない。
 何か失敗しちゃったかな? ミナアのセンスだから絶対大丈夫って思ってたんだけど……
「あの、どこか変ですか……? 普段オレ、こういうの着ないから……
「そんなことないよ。でも……
「でも……?」
 スッと目を細めて何か考え込んでしまったユアムさんの顔を覗き込んでいると、急に手を握られた。
「へぁ!?」
「まずはアパレルショップに行こうか?」
「へ……?」
 和かな笑みを浮かべてはいるが、何となく笑っていないような気がして、強引に手を引かれるままオレたちは公園を後にした。


「これとかも似合いそう」
 オレをアパレルショップに連れてきたユアムさんは、先ほどとは打って変わって楽しげに洋服を選んでいる。
 しかもここ、服とかにあまり関心を持っていないオレでも名前くらいは知っている高級ブランド店だ。
 オレがたまに行く服屋はギュウギュウとラックに掛かっている服を引っ張り出すようなお店だから、こういうお店は一生縁がないと思ってたんだけどな。
 等間隔に掛けてある服を手に取って値札を確認すると、オレが普段着ているものとは桁が違うものばかりだ。
「ひっ」
 思わず漏れた声にユアムさんが反応してオレの手元に視線をやった。
「気に入ったのあった?」
「ぃ、いえ!」
 素早くラックに戻してなかったことにすると、ユアムさんから逃げるように視線を逸らした。
 居心地が悪い……。だってオレ、完全に場違いじゃない? せめてもの救いはミナアに服を借りといて良かったってことくらいだ。いつものパーカーで来たら場違いどころではない。
 なのにユアムさんは時折じっとオレの格好を見てくるし、やっぱり似合わなかったのかな……
「ぁ、あの……?」
「こっち来て」
 有無を言わせず、ぐいっとまた強く手を引かれる。今日のユアムさんは、いつもより強引でオレに拒否権なんてないって思わされる。別に嫌とかじゃないんだけど、ちょっとだけ怖いかも、なんて……
 店の奥を進んだ先にあったのは試着室で、「入って」と言われるままに靴を脱ぐ。
「これ着て」
 振り返ってすぐ、服を押し付けられて慌てて両手で抱き抱えると、何故かユアムさんも靴を脱いで試着室にズカズカと入ってきた。
「ぇ……あの、ユアムさん……?」
 思わず後退りして、背面の鏡に背中が当たると、逃げ道を塞ぐようにオレの両横に手をついた。そのままユアムさんの顔が近付いてくるから、きゅっと目を瞑って柔らかなそれが合わさるのを待つ。
……ねぇ、モランくん」
……?」
 いつまでも待ち望んだ感触が来なくて薄く瞼をひらく。
「っ、」
 持ち上げた視線の先、翳るブルーグレーの瞳が微かに細められた。
「これ、ミナアの服だよね?」
「ぇ……? はい……
 キス、されるかと思った……恥ずかしい。
 勘違いした自分が恥ずかしくて頬が火照っていくのがわかる。こんな場所でユアムさんがオレなんかに手を出すわけがないのに。
「なんで、ミナアの服を君が着ているの?」
 羞恥に耐えているオレとは反対に、ユアムさんはどこか怒った雰囲気で真っ直ぐにオレを見つめてくる。
 そっか、オレがミナアの服を着ていたから見られてたんだ……。確かに兄弟だったらミナアがこの服を着ているところも見ているかもしれないもんね。
「ぇっと……着て行く服がなかったからミナアに借りたんです。……その、ユアムさんと……デートだったから……
「ふぅん? デートだって自覚はあったんだ?」
 ユアムさんが何を言いたいのかがわからない。なんでそんなに不機嫌なのかも。
「ごめんなさ——んぅ!?」
 なにか言わなきゃって、咄嗟に出てきた謝罪はユアムさんによって遮られた。
 強引なキスは呼吸すらも奪うようで、顔を背けようとしてもユアムさんが手で顎を固定してくる。
 唇の隙間から無理やり舌を捩じ込まれて、逃げる舌をユアムさんが追いかけてくる。
「んむ…………ふ、んっ!」
……ッ!」
 送り込まれる唾液を溢さないように必死に飲み込むと、麻薬みたいに全身に染み渡ってじんじんと頭が痺れていく。
 クラクラして立っているのがやっとの状態になっているのに、まだ離してはくれなくて。
「ん、は……、ゆあむしゃ……
「ん……っ、ふ……モラン……
「はふ、……ッ、ぅんぅ……
 キスの合間に名前を呼ぶけれど舌が縺れてうまく回らない。
 ユアムさんの背中に腕を回してぎゅうっと精一杯の力で抱きしめると、漸く糸を引きながらオレを解放した。
「ふぁ、はッ……はぁっ……ゆあむさん……?」
 オレの頬に手を添えて、滲む目尻をユアムさんの親指が拭い取る。
 それからぎゅうっと抱きしめてくれて、カリッと耳の淵に甘く嚙みつかれた。
「ぁ……っ」
……デートなのに、他の男の匂いをつけてくるなんて、流石にマナー違反じゃない?」
「は……
——帰ったら覚えておいてね」
「っ!」
 耳元で低く囁かれて、ぶわっと背中に汗が滲み出る。
「ひゃい……♡」
 ミナアにも似たようなことを言われた気がして、さすが兄弟……なんて思いつつも、情けない声で返事を返すことしかできなかった。