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煤逃
2025-04-30 20:59:45
1288文字
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石田孫太郎「小猫を迎ふ」
石田孫太郎「小猫を迎ふ」のテキストデータです。
【底本】
『衛生新報』(47), 1906, p7.
【その他】
■石田孫太郎の著作権保護期間は満了しています。
■旧字を新字にあらためています。俗字や異体字はそのままとしています。
■誤字脱字などと思われる箇所についてもそのままとしています。
■ルビを省略しています。
■今後、青空文庫への収録申請を予定しています。青空文庫へ収録された場合、このページでの公開は停止します。
小猫を迎ふ
動物虐待防止会員 石田孫太郎
知人方の飼猫今春仔を産む者五、其一人は殺され、生存する者四人、白黒一人、虎毛一人、他の二人は熊、而して将に余が迎へんとするは、虎毛と熊の二人とす余は虎に対してお花の名を与へ、熊に対して猛と命ずべし、然り斯くの如くにして、お花と猛とは我が最愛の家族たる也夏目文学士自ら猫に擬して『吾輩は猫である』を発表してより以来、猫は家庭の批評家となり、猫は一家の秘密を漏らすの悪人となりはしたれど、而かも其観察眼の凡ならざるを示しにき、夏目文学士の名は猫と共に其名著はれ、今や文学社会に嘖々たり、然れども夏目氏の猫は遂に悪人なり、一家の愛児にして家庭の秘奥を発く、是れ何の心ぞや、俚諺に之れ有り、曰く犬は地獄の火を消し、猫は地獄の火を煽ると、夏目氏の猫は俚諺其儘なり、怖るべき哉、左れど我がお花と猛とは斯くの如き悪人に非ざるべし、幸に我れ文士たらず、彼れ批評家とならずして最愛の家族たらん哉。
猫を嫌ふ者曰く、猫程癪に障る者は無し、彼は表に平和を装ふて裡に鋭き爪牙を秘す、其声や媚び、其性や獰猛、取るべき処なくして、捨つべき処あるのみ、而して世俗の所謂表裏異なる者を称して『猫被り』と為すを以てするも、猫の愛すべき点なき知る可からずやと、余思ふに猫も斯の如き人に逢ふては三文の価値なし、然れども天下何者か表裏あらざる者ぞ、愛の化身基督も『為すべきを為さずして何故に我れを主と云ふや』とヂレて見、更に又『我を知らずと云ふ者は父の前に我も知らずと言はん』とスネ居れり、愛の化身神の独り子にして尚且つ然り、況や猫に於てをや。
猫は獅子属なり、獅子の小にして人に馴れたる者也、獅子一度び忿れば百獣戦き猫一度び忿つて鼠族を震はしむ、其威力自ら異なりと雖も、其性や近し、而して獅子も猫も平生の態や誠に親しみ易き観あり、是を吾人の社会に比すれば宛全現代の平和に同じ、即ち武装的平和是れなり、如何に表裏を忌む人も、軍備を以て国民的罪悪と為さゞるべし、猫の爪牙を嫌ふ人も、盗人の為すが儘に捨て置かざるべし、左らば吾人と猫と幾許の差かある、猫被むりは吾人の文明に非ずや、夫れ文明とは礼儀ある人の社会なり、左れど如何に礼儀正しき人も、私室に於ては浴衣兵児帯となるべし、猫を責むるに厳にして、自らを責むるに寛なる、余りに甚しからずや、一も二も無く猫を嫌ふはよし、然れども彼是理窟を捏ねて猫を嫌ふは、余其可なる所以を知らざる也。猫の社会的性格は爪牙を秘するにあり、而して人の見ぬ間に悪事を働くは其個人的性質なり、前者は新愛によりて益々社会化せしむべく、後者は教訓によりて其性を改むべきこと之れ吾人の幼童に同じ泥棒猫の人見て隠るゝは、猶吾人が盗みせし時左あらぬ人の履音に逃ぐると同じからずや、小猫が球に遊び親の尾に戯むるゝは、又吾人の幼童が種々の遊戯に似たり、観し来れば猫が与ふる教訓も尠なからざるを覚ゆ、余輩お花猛の兄弟を迎へて種々なる教訓を得んと欲す而して夏目氏の猫たるを欲せず、余輩は夏目氏が愛らしき猫とならずして、悪むべき猫となりて家庭の内秘を発きたるを恨む。
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