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yn
2025-04-30 02:20:15
2511文字
Public
movie100
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040:趣味の問題
映画タイトル100題からお借りしました。
メモにいた同棲済み拳コユお直し。おげひん。
ぴんぽーん。
聞き慣れたインターホンの音に顔を上げた。かちゃり、手にした皿が擦れて音が鳴る。慌てて水を止めて手を拭こうとすると、ソファからのそりと大きな影が伸びて手を振った。
「いーよ、俺出る」
〝ありがとうございます〟
「おう、皿サンキューな」
言いながらスマートフォンをソファへ放ったケンは、へいへーいと返事をしながら玄関へと消えた。それを見送って皿洗いを再開する。
今日の食事はケンが作ったので、皿洗いはコユキの担当だ。ざばざば泡を流しているとまもなく、ケンが小さな段ボール箱を片手に戻ってきた。
「お前さん宛だよ。ヌマゾン」
〝あ、早い。アレです多分、洗濯洗剤の替え〟
「あー、無かったやつか。あんがとね。じゃあ仕舞ってきちまっていい?」
〝お願いします〟
「あいよ」
同棲して早一年。ケンとゴウセツが見繕ってきたこの1LDKのアパートはもう二人にすっかり馴染んでしまった。会話も自然、所帯じみたものが多くなる。
家なし、金なし、仕事なし。宵越しのゼニは持たず、VRCをホテル代わりにするような男だったケンが、こうして住処を定めてコユキと一緒に暮らしている。コユキにはそれがたまらなく嬉しい。ニヤけ顔を止められないのもむべなるかな。
二人とも明日まで仕事が休みなので、今日は久しぶりに二人で映画を見て、カフェでお茶して、買い物をして帰ってきた。勿論吸血鬼騒ぎはあったのだろうが、有給中のコユキが呼び出されることはなかった。大した相手ではなかったのだろう。恋人と二人で過ごす穏やかで平和な休日を満喫している。
洗面所の方から、バリバリと段ボールを開ける音に混じってケンの鼻歌が聞こえてくる。コユキからするとだいぶ昔の、でも聞き覚えのある曲だ。曲名まではわからない。アイドルの歌な気がする。演歌ではないはずだが、ケンが拳を効かせて歌うと何でも演歌に聞こえてしまうのでイントロクイズはいつもコユキの惨敗だ。
なんだったっけこの歌。ピンクレディか、中森明菜だったかな、なんて考えながら皿を流して籠に並べて手を拭く。たかだか二人分の皿洗いはあっという間に終了した。
明日はミカエラとトオルとあっちゃんと一緒に、あっちゃんが行きたがっていた水族館へ行く予定になっている。吸血鬼向けに深夜まで営業していて、特にペンギン展示ゾーンのライトアップが美しいのだと、トオルがパンフレットの画像を送ってきていた。
冷凍庫には今日買った高いアイスが冷えているから、ケンが戻ってきたら一緒に食べようか。新商品を二種類買ったので、半分ずつ食べれば二倍美味しい。絵に描いたような、完璧すぎる休日だ。
ニヤニヤしながら食器棚の引き出しを開け、ミカエラとトオルが引っ越し祝いにくれた美しい細工のカトラリーたちの中からティースプーンを二本。続いて冷凍庫からカップを二つ取り出した。期間限定、ミルクマカダミアナッツとコニャックチョコレート。
二つをテーブルに置いてしばらく待っていたが、ケンは一向に戻ってこない。はて、と首を傾げた。置き場がわからない訳でもあるまいに随分遅い。
〝ケンさん?〟
声をかけつつ、ソファから立ち上がる。いつのまにか鼻歌は止んでいた。決して広くないアパート、数秒歩けば洗面所まで辿り着く。閉まっていたドアを開けて中を覗き込んだ。
〝ケンさん、どうし
……
〟
「あ」
向かい合った状態で時が止まった。
正しく言えば、ケンは冷や汗を垂らしてコユキを凝視しており、コユキは視線をケンの手に向けて固まっていた。
〝
……
〟
「
…………
あー、最近の、あれか。美顔器かなんかか?」
下手くそなフォローと半笑いが虚しく響く。
ケンの大きな手からはみ出しているのは、赤色が眩しいシリコン製の何かだ。波打つ胴体は途中でくの字に折れ曲がっており、曲がった先端は緩く膨らんで、穴が開いている。形は成程、確かに何も知らない者が見たら美顔器に見えなくもない。
ケンが間違えて何処かボタンを押したらしい。突然低い音を立て、赤色が存在を主張するように振動しはじめた。
ヴーーー、という低いバイブレーション音が響く。
「
……
」
〝
……
〟
洗面所で二人、黙って見つめ合う。無慈悲なバイブレーション音が痛い。コユキがバラエティ番組をつけっぱなしにしたテレビから、わざとらしい笑い声が聞こえてくる。
ひくり、ケンの口角が震えた。
「あの
……
ゴメンネ嬢ちゃん俺別に悪気はねえんだけど
……
」
〝
……
〟
「ひ、人のオナニーライフに土足で踏み込んじまったのは悪かったというか、これに頼るくらいなら俺を頼ってほしかったなっていうのはあるんだけども、ホラこれ結構いい値段するじゃん? 俺とのセックスになんか不満があるようならおじさん頑張って改善するし
……
アッ、やっぱねちっこかったんかな、すまねえそれはおっさんだからある程度は許容して欲しいっていうか、コレは俺のわがままなんだけどよやっぱり恋人の可愛いところを長々と愛でていたいっていうのは男の願望とロマンと夢と希望っていうかほらほら厚着の子をじっくり脱がすのとおんなじでさ、こう自分の手で料理していく過程を大事にしたいってのが俺にはあってね、そのへん吸血鬼としては自身の性癖には真摯でありたいし」
是非もなし、ケンも混乱していた。
聞かれてもいないことをベラベラとくっ喋り、慌てる手の動きに合わせて握られた玩具が振動音と共に更に存在を主張する。
コユキは青いのか赤いのかわからない顔で、呼吸困難の金魚のようにはくはくと口を開けたり閉じたりを繰り返した。同時に、今の今まで忘却していた、酔い任せの愚行を思い出す。
〝
…………
じ〟
「
…………
じ?」
コユキの選択肢はもう、二つに一つだ。
───逃げる。もしくは逃げる。
〝実家に帰らせて頂きます!!!〟
「待って嬢ちゃん話し合お!!?」
着の身着のまま、脱兎の如く裸足で玄関を飛び出したコユキを、ケンが慌てて追いかける。
放り出された玩具は一人、フローリングの床で悲しげな唸りを上げていた。
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