2025-04-30 00:42:37
6795文字
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きみはきっと、こいしてる②

さくっと終わる予定のかる〜いエメアゼ


「ワタシに報告すること無いわけ?」
 遠慮なくアゼムの執務室のアゼムの椅子に座るヒュトロダエウスに、アゼムは苦笑しながら行儀悪く机に腰掛ける。ぶらん、と足を揺らして少し首を傾げた。
「そんなに噂になってるの?」
「それはもう。でもワタシはキミから聞かない限りはなんにも言えないからね」
 頬杖をつくヒュトロダエウスにそうかあ、と返してアゼムが視線を落とす。
「付き合ってるとかじゃなくて。告白されただけなんだよ」
「でもデートしてるんだよね?」
「一週間だけ、ひととなりを知る時間を過ごしてから返事が欲しいって言われて。たしかになあって思って。……そんなに噂になってんの?」
 そんな興味ある〜?と笑うアゼムだが、今までそう言った浮いた話一つなく、誰かに思いを告げられてもすぐに断っていたのだ。そもそもアゼムは元々人との距離が近いが、それでも触れ合うような距離を許す人は少ない。それを、ぽっと出の男に!と思うがしかし、アゼムがそれを許しているのである。そしてそれを受け入れて、頬を染めて恥ずかしそうにしていると言うのだ。
「まるでキミが恋してるようだって聞いたよ。頬なんか染めちゃってさ」
「なあに、ヒュトロダエウスってば私が取られちゃって寂しいの〜?」
 笑いながらアゼムがヒュトロダエウスの頬を突く。こういうことが許される人は、少ないはずだったのだ。誰にでも笑いかけて距離を詰めて、それでもある一定のなにかを超えることを許されるような人は、ずっと少なくて。だからこそ無自覚の特別がきっとあるのだと、ヒュトロダエウスは思っていた。そう願っていた。
「キミ、実際どう思っているんだい」
 ヒュトロダエウスの言葉にアゼムがぱちんと瞬きをする。そしてほんのりと頬を染めた。
「なんていうか。あんなふうに扱われることがそもそも慣れてなくて、こそばゆいというか。愛されるってすごいことだなあ、って……
 私もびっくりだよ、と照れたようにアゼムが笑う。
「友人とは違う形の甘やかしを実際体験しちゃうとさあ。案外、私ってそういうの心のどこかで望んでいたのかなあって」
 私らしく無いかな、と呟くアゼムをヒュトロダエウスは否定する。そんなことないよ、と告げるのはアゼムの親友であるヒュトロダエウスだ。
「キミだって、アゼムである前に一人の女の子なんだから。その感情をワタシは否定しないよ」
「んふふ。ありがと! まあ、あと五日だけだし。今日の夜は食事はないけど帰り道を散歩しませんかって誘われてて。律儀というか、まめだよなあ」
 楽しそうなアゼムの横顔を眺めて、ヒュトロダエウスは立ち上がる。椅子を引いてやればありがとう、とアゼムが座った。
「時期が来たら、どう返事するんだい」
「ん。ごめんなさいってするよ」
 ヒュトロダエウスの言葉に、アゼムはあっさりと答えた。あまりに簡単に得られた答えにヒュトロダエウスが驚いてしまう。
「彼の感情を嬉しいと、美しいと思うけれども。同じものを私は返せないからね。だから期間限定! 君が嫉妬しなくたって時期が来ればちゃんと君と遊んであげる!」
 にこぉ、と笑うアゼムにやったね、と返す。それしか返せない。そろそろ戻るよ、と告げながら思うのは、もう一人の親友だ。
 誰より大切にして、誰より甘やかして、誰より想いを寄せて、誰よりも愛していると。そう、ヒュトロダエウスは思っていた。それを抱え込んでしまい込んでしまった親友に、どう声を掛ければいいのかどうにもうまく、思いつけなかった。それでも足はそちらへ向かう。厳重な扉は人の訪れを拒絶しているようで、軽い封すらしてるのがよく分かる。それでも無視して扉に手を触れれば、扉はあっけなく開いてヒュトロダエウスを中に招いた。
……何のようだ」
 執務室に一人、黙々と仕事をこなすのはなにも間違った姿ではない。それでもいつも以上に固い表情にヒュトロダエウスはゆっくり息を吐いた。
「アゼムから話聞いてきたけど。別に付き合っているわけじゃ無さそうだよ」
 一瞬エメトセルクの手が止まる。しかしすぐになんてことないように動き始めた。それから目を逸らさず、ヒュトロダエウスは口を開く。
「一週間だけひととなりを見てから返事を貰いたいって言われたんだって。その間共に過ごす時間欲しいってさ」
……私には、関係がない」
「そうだね。一応アゼムは断るつもりではあったみたいだし」
 一瞬だけ手の動きがおかしくなるが、それでもエメトセルクは顔を上げない。
「アゼムがさあ。あんなふうに扱われることが慣れなくて、でもこれが愛されるってことなんだねって笑ってたよ。友愛とは別物だ、って。案外、それを望んでいたのかもって」
 ゆっくりとエメトセルクが息を吐く音が響いた。しかし顔を上げることはない。ずっと、手元の報告書らしきものを見つめているがその視線は動かず、ポーズだけというのはよく分かる。
「あいつもそういうのに興味があった。それだけだ」
「そうだよ。でも、あの子にとってこれはきっかけになるよ。なってしまう」
 ヒュトロダエウスは確かに見たのだ。ほんの少しはにかみながら照れた顔をした彼女を。その表情はけして、目の前の友人に起因するものではないのだと。
……ねえ、キミはどうするの?」
 エメトセルクがゆっくり息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。長く長く吐ききって、どうにもこうにも、と呟いた。
「あいつは、私を友だと言う」
 それが答えだ。エメトセルクが出した答えだった。誰よりも想っているからこそ、願う通りの自分でありたい。
「臆病でもなんとでも言え。私は、失いたくないんだ。どんな形であれ、あれが呼ぶ対象であれば、それでいい。あれにとって都合のいい、そういった友人でいい。それを私も望んでいる」
「ウソつき」
 本当にキミは、と吐息混じりの声に今度こそ返事をせず、エメトセルクの視線が文字を追い始める。話は終わりだ、とばかりの態度にヒュトロダエウスはゆっくり首を振って、背を向けた。
「後悔しないようにね」
 身体を構成するエーテルが解けて流れていく。遠のいたのを確認し、エメトセルクは溜息を吐きながら少し俯いた。
 ただ、側にいたいだけなのだ。どんな形であれ、それでいいのだと。ずっと、言い聞かせている。言い聞かせておかないと、酷く傷をつけてしまいそうで。そしてきっと傷をつけることすら望む自分がいるのだとよくよく理解しているからこそ、重ね重ねで己に言い聞かせ、感情を封じ込める。
 エメトセルクは、アゼムの友人だ。何よりも尊い、友人なのだ。





「こうして歩く時、よくご友人達と歩く貴女を見ました」
 肩が少しだけ触れ合う距離だった。近いなあ、と思いながらも今だけだし、彼の思い出になるのならば、とそれを赦す。そもそも、この距離ってエメトセルクやヒュトロダエウスとそんなに変わらないんだよなあ、とふと気付いてしまってから、意識はほんの少しそちらに持って行かれている。最近彼らと過ごしてないなぁ、というか、こんなに近い距離にいても何にも意識しないあいつは何なんだ、なんて理不尽な怒りを少し覚える。けれども、そう言う関係の相手なのだ。何一つとして間違っていない。
「貴女はいつも楽しそうで。少し、羨ましかったです」
「そう? まあ、彼らは一番の親友だからね。古くからの付き合いだし、エメトセルクなんかはしょっちゅう助けてもらってるから」
「アゼム様のエメトセルク様の冒険譚はよく聞きました。楽しい話ばかりで。僕を知ってもらう機会でなければ、是非話を聞かせてもらいたかったぐらいに」
 ぱちん、と瞬きをする。話ぐらいいつでも付き合うのに、と笑えば、貴女は人気者なんですよ、と微笑まれる。
「貴女の隣にはいつも、人がいる」
 ふとフードの隙間からこぼれる髪を掬われる。それを胸元までゆっくり引いて、市民揃い仮面の向こうから真摯な瞳がアゼムを射抜いた。
「叶わなくても、それでも。ほんのひと時でいいので、そこに、僕が在りたかった」
 ああ、と。アゼムはどうしようもなく泣きたい気持ちになる。
……わかるよ」
 わかる。わかるのだ。ただ、隣に在りたい。どうしようもないその願いを、苦く苦く、それでも願い続けてしまうものを。
「きっと、貴女は理解して下さると、思ってました。……ずっと、貴女を見ていたのです」
 ああ。この人はきっと、知っているのだ。知っていて、それでもアゼムに想いを告げて、思い出を願った。叶わない願いにほんのひとときの夢を望んだ。
……君は、強い人だね」
「少し、我儘なだけですよ。星と愛するにはあまり相応しくない、欲深い人ですー
「いいや。私はそれでも、君を心から尊敬する」
 視線を合わせてアゼムは微笑んだ。
「こんな私でも、君のひとときの夢になれるんだね」
「貴女だから、ですよ」
 するりと彼の手から髪が流れ落ちていく。
「だから、もう少しだけ。貴女の隣を貸してください」
 そんな風に笑う彼に、もしを重ねてしまうのはあまりにも愚かだ。それでもどうしようもないです幻想を見る。きっと、この星で一番、彼にとって酷い人である。それでもアゼムはそっと頷いて、もっと逞しくて骨張った指先が髪を掬うことを夢見るのだ。それが殊更に罪悪感を増幅させ、この七日間を断れなくする。
「君は物好きだね」
 歩いていた足が止まる。移住区の入り口で、ここまでの散歩の約束だった。
「見る目があると自負してますよ」
 そう笑って彼がアゼムの手を掬う。触れない程度に唇を寄せて、それではまた、と笑う彼を見送って。
 ゆっくり息を吐く。今の息の吐き方は、あの人そっくりだな、なんて考えて。いつだって考えてしまう。ああ。彼と、話がしたい。なんでもない話でいい。そうだな、今のこの状況を話して、悪い女になっちゃった、なんて笑って。そうすればきっと、彼は眉間に皺を寄せながら座にふさわしくない行動はするなよ、などと言うのだ。
 ひらり、と足が進む。それはけして自宅の方向ではなく、ほんの少し弾む足取りだった。


「やあ! お邪魔するよ〜」
 鍵はいつだって開いている。エーテル認証にアゼムを入れてくれているのだ。アゼムだって友人二人を登録していて、不在にしがちの自宅の手入れを頼んでいる。
 まっすぐにリビングに進めば、ソファーに座った家主がのそり、とアゼムを見た。その顔はほんのり赤く、アゼムを見るなり溜息をついて額を抑えている。その反対の手には琥珀色の液体がとっぷり揺れるグラスがあって、アゼムはずるい!と声をあげてエメトセルクの隣へ飛び乗った。
「私抜きで酒宴を開くなんてずるい!」
「なにが酒宴だ。一人休息を伴う晩酌の最中だ。帰れ」
「やーだよ。何飲んでるの?」
 エメトセルクの隣に座ってグラスを奪えば、エメトセルクは溜息を付きながら指を鳴らし、もう一つグラスを作って酒を注いでいる。アゼムはありがたく奪ったグラスを一口飲んで、薫る風味にうっとりと笑った。
「おいしい……ねえこれいいやつでしょ」
「酒と水の違いも分からず流し込むような馬鹿達に飲ませたくなかった……
「ヒュトロダエウスと君?」
「ヒュトロダエウスとお前だ、馬鹿」
 睨みつけてくる視線にケタケタ笑って、空になったグラスをエメトセルクに向ければ、律儀に注いでくれる。なんだかんだ、美味しいものは共有してくれるのだ。追い返すことだって指を鳴らすだけでできるけれどもそれをしない。そういう、友人への甘さが好ましい。
 ほんの少し甘さに傾いた思考にあわてて酒を流し込む。そんな飲み方を見てゆっくり味わえ、一気に飲むな、とエメトセルクの叱責が飛んだ。
 ぐらり、と少しだけ思考が揺れる。結構強いやつだ!と言うことで重くなった頭を隣にひょい、と傾けて預けて、アゼムは目を閉じた。
……あのさあ」
「なんだ。寝るなら家で寝ろ」
「眠くないよ。……今さあ、私面白いことになってるじゃん」
 この人は、自分からは言ってこないんだなあ、と思う。アゼムが深く悩めば突いてくるくせに、そうでなければけして無理に踏み入らない。企てがあればそれこそずけずけとやってきて巻き込まれてくれるけれども。
「自分でそれを言うのか」
「ん。……大体は知ってると思うけれど」
 グラスを口元に近づけて傾ける。薫る酒精はまだまだアゼムをくてんくてんにする程じゃない。いっそ、何も分からなくなってしまえば好き勝手できるのかな。
「人伝に聞いたものと、お前から聞く真実は別物だ」
 思わず目を開けて隣を見上げる。目は合わないけれども、己の持つグラスに視線を落とすエメトセルクの横顔を見て、ほんのり染まった頬は酔いのせいにできることをそっと感謝した。
 また頭を預ける。アゼムもまた自分の持つグラスを見つめて、ゆらゆらと少ない液体を揺らした。
「んー。告白されて、七日間だけひととなりを見てから返事をする、ってだけなんだけど」
「そうらしいな」
「返事はもう決まってるんだよね。私はアゼムだし、あんまりそういうの向いてないし」
 アゼムはどこへでも旅に出る人だ。誰とでも仲良くなれる人だ。そうであろうと、アゼム自身が思っている。
「でも、さあ。なんだかんだ、優しく、唯一みたいに触れられるのが悪くなくて。こんなふうに、愛されてみたかったなって思う乙女のアゼムちゃんがいたわけ。びっくりだよね」
 けらけらと笑いながらグラスを口につける。そうして飲み干して、空になったグラスをひょいとエーテルに解いた。空いた手は両手で指を重ねて組んで、くるくると親指で遊ぶ。
「悪い女になっちゃった」
 んふふ、と笑って、目を閉じる。エメトセルクはなんて合うかな。いくつかの叱責を想像して、生真面目な彼を思うとおかしくなる。
……お前は」
 ふと、寄りかかっていた頭が押し返される。なにかな、と思っていれば手首を握られた。
「お前を大切に思う者に、触れられたいだけなのか」
 顔を上げようとして、さらに押し返されて反対の方へ傾く。
「エメトセルク?」
「お前のその願いは、ずっと叶っていたと言うのに」
 とうとうアゼムの頭がソファーの座面に着く。目開いてもエメトセルクの肩あたりに顔が埋まって、何も見えやしない。
「どうして」
 滲むような掠れた声が耳元で響く。手首を握る大きな手が少し動いて、アゼムの手の甲を硬い親指で撫でた。
 何か囁かれた気がするけれども、ほとんど吐息のそれをうまく聞き取れない。
「ねっ、エメトセルク。重たいよ。眠いの?」
 開いてる手をどうにか隙間から出してその背中をそっと叩く。しかし返事は重たい溜息で、吐息が耳元をくすぐってアゼムはほんの少し身体を震わせた。
「どう触れれば、お前を分からせてやれるんだろうな」
 掠れた声は自笑気味で、アゼムは目を白黒させながらももぞもぞと抜け出そうと試みる。しかし完全に上にのしかかってきた身体は異性である上に鍛えられたものでしっかりしている。こんなにがっしりしているんだ、と妙なことを考えてしまって、アゼムの頬がさらに染まった。
「エメトセルク! 一応乙女らしいアゼムちゃんを押し倒してどうする気〜?」
 どうにか妙な雰囲気にならないようにしないと、アゼムの気が持たない。万が一にでもアゼムの隠している感情が滲んでしまったら大変だ。アゼムは、親友でいいからずっとエメトセルクのそばにいたいのだ。
…………どこまでいっても、お前の友人にしかならない」
 苦しそうな声に、思わずアゼムは抜け出そう動いていた身体を止める。
……エメトセルク? 酔っちゃった? 気持ち悪い?」
「気分は、良くないな」
「ちょっと! 早くベッドに行って休みなよ! ほら、」
 そう、アゼムが言って。ようやく少しエメトセルクが離れて指がなる。視界が暗転してエーテルが解ける感覚と共に、すぐに再構築されて落とされる。
 背中からどすん、と落ちて、アゼムはずっしりと沈む感覚に息を一瞬詰めた。そうして薄暗い部屋を見上げれば、アゼムの手首をシーツに押さえつけたまま、囲うように手をついてアゼムに覆い被さるように見下ろすエメトセルクと目が合う。手が伸びて仮面を奪い取られてしまった。
「エメトセルク?」
……お前が、望んだんだ」
 揺れる黄金の瞳は苦しそうで、どうしたの、と口を開こうとして。

 それよりも早くちかづいてきた顔に、塞がった唇に、驚いて。何も分からないまま、弾力があるものが口内を暴れて、苦しくて。
 何が起きているのかまったく、理解が追いつかなかった。