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2025-04-30 00:19:43
2459文字
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食欲のぬい

#ししさめの日 4/30版

   食欲のぬい

 ししがみは、おくびょうなぬいです。
 しかし彼は、彼のむらさめを探すことにかんしては、まったく勇敢でした。
 むらさめを探す長い旅のはてに、おそろしいけものに襲われても、ししがみは後悔をしませんでした。ぱんぱんに詰まったじまんの綿はひきずり出されてはみ出ましたが、それでもししがみは、けものから逃げて旅をつづけようとしました。
 そんなししがみを助けたのが、のちの「きいろにんげん」です。
 きいろにんげんはけものを追い払い――にんげんたちはけものよりずっと大きいのですから、別ににんげんがぬいより立派というわけではありません――、すべすべの青いマフラーで、ししがみのことをくるんでくれました。
『いい医者を知っているから、そこで診てもらおうな』
 そう言ってきいろにんげんが連れていってくれた先が、くろにんげんの四角いびょういんです。
 そしてそこでししがみは、彼のむらさめにとうとうめぐり会ったのでした。


 きいろにんげんとくろにんげんは、いっしょに暮らしてはいません。そのかわり、くろにんげんは何日に一度か、ししがみのことを「おうしん」に来てくれます。きれいな縫い目がほどけていないか、作り直した目がしっかりついているかどうか、くろにんげんはしんしんとしたきれいな手で、ししがみのことを包んでたしかめてくれるのです。
『きいろにんげんのほうが、いいにおいがする』
 むらさめはそう言って、自分からきいろにんげんの手の中に入りに行きます。たしかにくろにんげんは少し「どくとく」なにおいがしますが、それはくろにんげんがお医者さまだからなのです。くろにんげんはぴかぴかの赤い目をしているし、ししがみを撫でるのがとてもじょうずなので、むらさめが言うほどには捨てたもんじゃない、とししがみは考えています。
 その日もくろにんげんは、ししがみに会いに、きいろにんげんの家に来ていました。
「ところであなた、この『きいぬい』には何を食べさせている?」
 にんげんたちはむらさめのことを「くろぬい」、ししがみのことを「きいぬい」と呼びます。もしかしたら彼らは、ししがみたちがにんげんを呼ぶときの呼び方をまねているのかもしれません。ししがみはししがみだしむらさめはむらさめなのですが、にんげんはにんげんで、互いを「ししがみ」「むらさめ」と呼び合っているようなので、まちがいのないように呼び方を変えるぐらいは、許してやってしかるべきです。
「食べさせるって……えっこいつ何も食べないけど」
 きいろにんげんは不思議そうな声を出します。ししがみは、となりでほこりを観察しているむらさめにたずねました。
『むらさめ、たべるのすき?』
『きらいではない』
『そのほこりもたべる?』
『これはたべものではないとおもう』
「ぬいは人の食べ物を食べるらしいぞ。少なくともくろぬいはよく食べる」
「マジで? オレこいつのこと虐待してた?」
 きいろにんげんはバタバタと立ち上がり、箱を一つ持って戻ってきます。知識としてししがみは、その箱から取り出されたものがドライフルーツと呼ばれるものであることを知っていました。きいろにんげんがときおり食べているからです。
「おい、ほら、これ食えよ」
 きいろにんげんはししがみに、オレンジ色の小さなドライフルーツを差し出してきます。ししかみはていねいに補修された手でそれを受け取り、げんきよくむらさめに向き直りました。
『ほら、むらさめ』
『これはなんだ』
『どらいふるーつ』
 ぬっ、とむらさめはそれを吸い込みます。
『おいしい?』
『わるくない』
 むらさめはうれしそうにしています。それを見ているとししがみは、よく詰まった綿がいっぱいにふくらむような心地がするのでした。
……ぬいにとって食べ物とは嗜好品らしい」
 くろにんげんが「スマホ」をのぞき込んで、なにやら言っています。なるほど、ときいろにんげんはうなずきました。
「つまりくろぬいは食べることが好きなんだな。飼い主と一緒で」
「食は人に必須の行為だ。嫌いよりは好きなほうがいいだろう」
「まあオレはお前がうまそうにメシ食うの見るの好きだけど」
 きいろにんげんは早口にそう言ってから、あわてたようにドライフルーツを取り出しました。
「ほら、食うの好きなんだろ。これも食いな」
 差し出された黄色のドライフルーツを、むらさめは、ぬっ、と吸い込みます。まんぞくそうなむらさめの顔を見ていると、ししがみは今度は、綿がもやもやするような心地がしました。
『おい、よこせよ』
 からだを起こし、両手を上げて、きいろにんげんにドライフルーツを要求します。きいろにんげんは、なんだよ、と今度はむらさき色のドライフルーツを取り出しました。
「やっぱりお前も食うんじゃねえか」
『よこせって』
「はいはい、ほらよ」
 差し出されたドライフルーツを受け取って、ししがみはそれをむらさめに差し出しました。
『ほら、むらさめ』
『ありがとう』
 ししがみの手からむらさめは、ぬっ、とまたそれを吸い込みます。礼を言われてししがみは、うれしい気持ちで綿がいっぱいになりました。
「あなたのことを信用してないんじゃないのか」
 くろにんげんが皮肉っぽく、きいろにんげんにそんなことを言っています。それに対してきいろにんげんは、いやぁ、と視線をそらした。
「多分そういうことじゃなくて、こいつ……
「なに?」
「いや……うん……
 きいろにんげんはモジモジとしています。ししがみはむらさめに顔をくっつけて、ないしょばなしをしました。
『おれ、むらさめがごはんたべるのすき』
『そうか』
「おれのてからたべてくれるのもっとすき』
『わたしもあなたのてからたべるのがすきだ』
『えへへ……
 こんなかんたんなことも、きいろにんげんはくろにんげんに言えないでいるのです。にんげんとはまったくきみょうな生き物だ、とししがみは思ったのでした。