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史加
2025-04-29 15:56:39
3207文字
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サンプル
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【5/4サンプル④】Household Medicine
鍾タル/格好付けたがりな鍾離と背伸びしたがりなタルタリヤの恋と家族愛の話
※A6/36P/15000字弱
会場限定
12月鍾タルWebオンリーにて全文公開予定のため、紙で読みたい方向けです
以下サンプル
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赤茶色に染まった豚肉がふるりと箸の先で震える。良質な胡麻油を使って炒められたそれは照りがあり、旨味の詰まった脂が今にも滴り落ちそうだ。やや覚束ない手つきで摘まれた肉はそのまま、大きく開かれた口の中へ運び込まれていく。
欠けのない、綺麗な歯の並びが見えたのは一瞬だった。咀嚼音を立てるようなはしたなさを知らぬ青年は、口の中でやわらかな肉の触感とあふれる肉汁の旨味、後からピリッと効いてくる絶雲の唐辛子の辛味を堪能して、幸せそうに目元を緩ませる。濃い目の味付けだったのだろう、よく噛んでごくりと飲み込んだ後、大盛りの白米へと手を伸ばした。
ひとがものを食べているところを凝視するのは不躾であると鍾離は理解している。理解しているが、食べっぷりの良い人間というのは見ていて気持ちの良いものであるし、愛する国の料理を美味そうに食べている姿には胸を満たされる。なので目の前の青年、タルタリヤと食事をするときは、茶を啜りながらそれとなく、あまり視線を感じさせないようにしながら、彼が料理を頬張っている姿を眺めるのを楽しみのひとつとしていた。
氷神とひそやかに交わした契約の下璃月へと派遣されてきた役者は、鍾離の想像よりも年若く、生命力に満ちあふれ、まばゆい輝きを放つ青年だった。気に入りの役者が立つ舞台があると聞けば一番良い席を取り、足繁く通って観劇する鍾離だが、残念ながらこのタルタリヤという青年の舞台はテイワットの各地にあり、開演も突発的で、ただの凡人が追いかけられるものではない。璃月に留まらぬ星をふとしたときに思い出すだけの日々も悪くはないのだが、手が届かないからこそ焦がれるし、触れられないとわかっていても手を伸ばさずにはいられないのが人間というものだ。神の心を手放して凡人となった鍾離がタルタリヤという極星にそうしたのも、ある意味しかたのないことだった。普通に手が届いてしまったのは想定外だったわけだが。
ともあれ鍾離の決断と行動は実を結び、タルタリヤとは時間が合えば食事をして、朝を共に迎える関係に収まっている。今日は夜中のうちに出立するというので食事を終えたら別れるが、卓上の料理をみるみる減らしていくタルタリヤの健啖っぷりは好ましく、これを見られるだけでも都合をつけた甲斐があるというものである。豚肉の油炒めを平らげ終えたところを見計らい、鍾離は自分の手元に置かれている松茸の肉巻きをタルタリヤへ差し出してやった。
「これも美味いぞ。食べるといい」
「ありがとう。
……
先生が頼んでいるのを見て美味しそうだなって思ってたんだけど、もしかして顔に出てたかな」
「さあ、どうだろうな」
皿を受け取ったタルタリヤがいじらしく尋ねてくるのを、鍾離は意地悪く受け流す。
ふたりで食事をする際は菜単を見て各々食べたいものを注文し、料理が運ばれてきたら相手を待たずに食べ始めることにしている。温かい料理は温かいうちに、一番美味しい状態で食べてもらいたいと鍾離が思っているからだ。
鍾離の食に対するこだわりは強く、それは自身だけでなく、食事相手が口に運ぶものに対しても発揮される。両手両足の指を使っても足りないくらい食事を共にしたことで、タルタリヤは璃月料理にもすっかり詳しくなったが、食材の旬の時期まで見極めて品を選ぶ境地には至っていない。だから鍾離はタルタリヤと食事をするとき、その日の天気や市場の賑わいから得た情報などを頭に入れた上で、特に優れた食材を使って作られている料理を選んで注文している。この肉巻きもそのひとつであり、食欲をそそられたのも勿論だが、タルタリヤが好きそうだとも思って頼んでおいたものだった。
タルタリヤに渡す前に鍾離もひとつ口にしたが、脂の乗った肉は柔らかくジューシーで、噛むと松茸の芳醇な香りと肉の旨味が口の中にあふれる贅沢な一品だった。米とも酒とも良く合う味なので、タルタリヤが皿をひとつ空ける頃にはおそらく茶碗の中の米も一緒になくなっているだろう。
「これ、全部もらっていいのかい」
鍾離は何も言わずに皿ごと渡したのに、タルタリヤはわざわざ確認をしてくる。律義な男で、そういうところも好ましい。
もちろん、タルタリヤが気にするのも当然ではある。受け取った皿の上に並ぶ肉巻きはほとんどが手つかずで、ひとつだけ欠けている状態だからだ。何もこういうやり取りは初めてではなく、今までにも鍾離は自分が注文した品を一口味見し、残りをタルタリヤに勧めるということを繰り返してきている。ただ弟妹のいる彼は兄として親しい者に譲る立場になることが多いから、未だに甘やかされることに慣れていないようだった。
……
まあ、甘やかしている訳ではなく、どちらかというと鍾離が甘えているのだが、それはまだあまりタルタリヤには知られたくないことである。
「ああ。好きなだけ食べるといい。他にも頼んでいる料理はあるし、俺はいつでも好きな時に食べに来れるが、お前はそうではないだろう」
年長者の貫禄のある、穏やかな微笑みの裏側に真実をそっと隠して鍾離は頷いた。
「じゃあ遠慮なくもらうよ。どうせ支払いは俺だし」
「む
……
今日は俺も財布を持ってきているぞ」
「そう言っておいて、いざ支払いをしようとしたら中にモラが入ってないとか言い出すんだろ。先生にはいつも美味しい店を教えてもらっているし、情報料も兼ねて俺が払うよ」
支払いに関しては正直タルタリヤの言う通りで、鍾離も気を付けてはいるのだが未だにスマートに支払いをしてやれたためしがない。なのでここは大人しくまたタルタリヤに任せることにした。一歩引いて譲る、というのも大人の余裕をつくる上で必要な振る舞いであるので。
それなりに胃袋が重くなってきたのを感じながら、鍾離は真珠翡翠白玉湯の入っている椀を手元に引き寄せ、匙で掬った。キンギョソウやハスの花托などの野菜の純朴な味が溶け込んでいるスープは温かくて胃に優しい。肉の脂の味を堪能した後だと、特にこういった自然の味は臓腑に染み入る。
鍾離が静かにスープを啜って箸を休めていると、タルタリヤが口を開く。
「やっぱり璃月料理は美味しいね。俺の故郷じゃ肉は凍らせたり塩漬けにしたりして加工することが多いし、松茸みたいに香りの良いキノコが採れる環境もないから、こういう新鮮な旨味を閉じ込めた温かい料理って何回食べても素晴らしいものだと思うよ」
「お前の場合は携帯食で済ませてしまうことも多いからなおさらだろう。次の任務は長いのか?」
「それなりに。だから今のうちに美味しい料理を満喫しておかないと」
そう言って早くも松茸の肉巻きを半分ほど減らし、米を頬張るタルタリヤに、鍾離は頬をほころばせた。
一度の食事で茶碗に山盛りの白飯数杯と五、六品のおかずをぺろりと平らげる姿はいつ見ても飽きない。好き嫌いがないのも彼の良いところで、とにかく食べさせがいがある。
璃月は山の幸も海の幸も豊富で、璃菜と月菜と呼ばれるそれぞれの材料を主とした料理は国が誇る文化のひとつだ。だから選り好みせず、どちらかに偏るでもなく、純粋に美味いものは美味いと言って何でも食べるタルタリヤの快活さは気分の良いものである。例え鍾離が海産物を苦手として、月菜はあまり好まないとしてもだ。
今宵もタルタリヤは栗鼠のように頬を膨らませて料理を楽しんでいる。その姿を眺めながら飲む酒は格別だ。盃に満ちる透明な液体を舐めるようにじっくり味わいながら、鍾離は時折蘊蓄を語りつつ、貴重な逢瀬の時間を楽しんだ。
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