Ai
2025-04-29 13:26:21
6907文字
Public かななゆ
 

Catch☆

cozmez小説

双子が外を歩いている話🍳
エスコート失敗して落ちこむ珂波汰の話です

 時間を作った日にかぎって、店は臨時休業するらしい。昨日までは営業していたはずなのに、よりによってなんで今日なのか。
 ありえねー……
 その店は人工的に整えられた自然豊かな公園の前に、ポツンと一軒だけ建っている。オシャレな出窓が味わい深い西洋風の喫茶店だ。ベンチと自然がとけあうような静かな公園の景観をくずさない、そんな趣きある。とくに今日のような快晴の日には神秘さが増し、よりいっそう趣深い。
 そんなオシャレな喫茶店の看板をながめ、珂波汰はダラリと肩を落とした。
 看板には『CLOSE 昨夜、妻と方向性の違いでもめました。朝起きたら妻が家出をしており、本日は妻捜索のため、お休みいたます』と、文字が走り書きしてあり、脱字のぐあいから店主の苦労がにじみでている。
 家族の家出なら仕方がない、とは思う。もし――那由汰が家出をしたら自分だって全身脱力したうえ青ざめる。寝て起きて、枕元に「探すな」という置き手紙があってみろ。この世の終わりだ。
 顔すら知らない店主を珂波汰は気の毒には思ったが、だからといって素直に納得することはできなかった。
 これで四回目 ・・・・・・なのだ。『CLOSE』の看板を見るのは。
 今朝、珂波汰はいつもより早く目覚め、那由汰を誘って家を出た。正直、那由汰はあまり乗り気してなかった。
 予想どおりの反応 ・・・・・・・・に、珂波汰は少しうろたえながらも「最近、出かけてなくね?」と、下手くそな話術で連れだした。
 やっとの思いで連れだしに成功した珂波汰は、那由汰が好きそうな店までエスコートする――予定だった。それがまさかの四連敗。お見事、すべての店が閉まっていた。
 喫茶店の店主には申しわけないが、四回連続となると、さすがに舌打ちひとつでは済ませれない珂波汰だった。

「マジでありえねー……

 珂波汰が愚痴った。そのとき、「あ……」と何かひらめいたように那由汰が声をあげた。

「Rich、Touch、Wish……次、珂波汰」

 単語の数だけ那由汰が指を折って言った。が、珂波汰の耳には届いてなかった。看板をじっと見つめたまま、ひたすらに黙りこんで、このあとのスケジュールをどう組みなおすか。そればかりに神経を使っていた。
 だから気づけなかった。

「またかよ……たく。珂波汰、ちょっと……ってくっから。ここ居ろよ」

 そう言って、どんどん遠ざかっていく那由汰の靴音に――
 完全に那由汰の姿が見えなくなっても、珂波汰は変わらず沈黙をつらぬいていた。
 ふいに、公園のなかを吹きぬける風が珂波汰の髪をかき乱した。
 それは二日前のことだった。
 珂波汰が朝食の席についたとき、那由汰は箸で目玉焼きをつついていた。いつも通りの朝。一見そう思ったが、那由汰の目はどこかぼんやりとしていた。話しかけてみても「んー」と雑な返事ばかりで、那由汰に対して心配性をこじらせがちな珂波汰はたまったものではなかった。

「大丈夫か、那由汰? ぼーっとして。だりーなら休んでろよ」
「ん、大丈夫」

 簡潔に答えて、那由汰はぼんやりとながめていた目玉焼きを頬張った。
 こういうとき、那由汰をかまいたくなるのだが、あまり言いすぎてはいけない。前に、那由汰を心配しすぎた結果、大喧嘩に発展したことがある。「大丈夫」という那由汰をムリにでも休ませようとして、那由汰に殴られた。一応、あのときから学んでいるのだ。
 それでもやっぱり気になって、仕事へ行く寸前に「つれーときは休めよ」と優しすぎる頭突きを那由汰の額にかまして、家を出た。
 その日はなんとなく那由汰のことを気にかけたまま一日を過ごし、そのままの気持ちでバイトを終えた。そんなときだった。帰路の途中で、悪漢奴等の三人組・紗月、北斎、玲央に出会ったのは。
 日はとっくに暮れた夜十時まえだった。街頭のついた道を四人で歩きながら、珂波汰はためらいつつも那由汰の話をきりだした。
 今日の那由汰がぼんやりしていること。そして経験上、こういうときの那由汰はムリをしている可能性があること。後半は珂波汰の憶測がほとんどだったが、それでも三人は親身になって聞いてくれた。

「なるほどね〜。那由汰が元気ないってことか。僕は――
「珂波汰! 俺らも男だ。頼ってきたダチを裏切るマネはしねぇ。なんでも協力するぜ!」

 玲央の言葉をさえぎって、紗月が珂波汰の肩を一方的に組んだ。相談した手前、邪険に払うこともできず、珂波汰は紗月の顔がある方向とは逆に身体を軽くかたむけた。
 わりこまれた玲央が「もー、紗月ちゃん。いきなり間に入らないでよ」と声をあげ、瞬時に紗月を珂波汰から引きはがした。よろけた紗月を知らんぷりして、玲央が珂波汰のとなりに立つ。

「やっぱり、気分があがらないときは嬉しいことや楽しいことをしないと。僕はねー、おしゃれなお店とか。とにかく、あがるお出かけをすると元気でるな〜。珂波汰がカッコよくエスコートすれば、那由汰だってすぐに元気になるよ」
「だろうな。良い店なら知ってるぜ。美味い定食屋が」
「あー、あそこか。あそこもいいよねぇ。あ! あと美味しいスイーツを奢ってくれたりとかもいいなあ。ね〜、紗月ちゃん。今度、玲央くんに〜」
「あ? ふざけんな、玲央。臥威亜様の財布にはな、小銭しか常置してねぇんだよ!」

 兄弟がじゃれあっているのを見て、珂波汰はほほ笑んだ。那由汰がいつもの調子を取り戻して、自分たちもあんなふうに笑いあえたら、と思ったのだ。
 あいだに入るのは悪いと思って、一歩さがった珂波汰の頭をふいに北斎がなでた。

「大丈夫……。那由汰が嬉しいことも楽しいことも珂波汰が一番知ってる……。だから心配しなくても大丈夫……。でも、気分転換はいいと思う」
「だな! 協力できることはなんでもすっからな。いつでも頼れよ」
「じゃあ僕は〜、那由汰があがるお出かけ考えよっかな」

 そうして那由汰を元気づける方法を四人で模索した。
 北斎の『気分転換』と玲央の『あがるお出かけ』
 そのふたつを参考にしながら、そして紗月の『いつでも頼れよ』という男のなにかを頭の隅におきながら。珂波汰は今日一日、那由汰を楽しませようと出かけたのである。
 玲央のアドバイスどおり、那由汰の気分があがるような店をチョイスした。
 しかしすべて惨敗なのだ。最初の服屋は改装休業、つぎの古着屋は休業日。レコードショップに関しては昨日閉店となっていた。そして今、目の前の喫茶店は臨時休業。
 偶然がすぎんだろ。こぞって休んでんじゃねー。事前確認をしていない自分のことは棚にあげておいて、珂波汰は唇の先をムッと尖らせた。
 これでは那由汰をただただ歩かせまくっているだけだ。玲央の言っていた『あがるお出かけ』にはほど遠い。歩きっぱなしでろくに休んでなければ、空腹状態もギリギリだ。あと少しで限界がきそうになっている。
 こうなったら次の店に行くしかない。けどまた閉店してたらどうする? 五軒分の距離を歩かされる那由汰はどう思う?
 一応、こういうことも考えて二十個の候補を考えた――ほとんどが紗月と玲央と北斎の三人が張り切って考えた――ので、まだ行き先のストックはある。
 数にすれば、あと十六ヶ所。だがあまりに見事に無駄足を踏まされたので、悪い方向へ考えるようになっていた。
 このまま、行き先もさだまらずにフラフラと歩けば、那由汰を元気づけるどころか疲れさせる一方なのではないか。と、どうしても弱気になってしまう。

「那由汰、わりー。次の……

 振りかえりながら那由汰に声をかけようとして、ようやく珂波汰は気がついた。
 となりにいたはずの那由汰がいない。

「那由、汰?」

 今までの青ざめるなんて比にならない。血の気が引いていく音がした。
 さっきまではとなりに居たはずなのに、いつの間に居なくなったのだろう。声もかけずにどこに――
 珂波汰はひとつも見落とさないようにあたりを見わたしたが、人の気配はなかった。人工的に植えられた木々が風に揺れているだけで、最愛とする兄弟の姿はどこにもない。

「那由汰……

 無理やり連れだしたからか?
 ずっと歩かせちまったからか?
 そもそも何であんなにぼんやりしてた?
 俺の知らないところで何かあったのか?
 頭のなかに一気に疑問があふれだして、息が吸えなくなりそうだった。のどをしめつけるような恐怖が胸にせりあがり、珂波汰は走りだしていた。

……なゆっ、……那由汰――ッ!」
「珂波汰、うるせーって」

 ペシッ。
 なでるように頭を後ろから叩かれて、珂波汰は足を止めた。

「ここはスラムじゃねーんだ。んな大声出してたら不審者で通報されんぞ。てか、どこ行こうとしてんだよ? ここに居ろって言っただろ」

 よく知っている声。すこし笑いまじりのあきれ口調。気だるげなくせにどこか温かみのある声が耳に優しい。

「那由汰」

 振りむくと、二本のコーラをかかえた那由汰が首をかしげていた。

「なに、珂波汰?」

 名前を呼ばれて安堵して、珂波汰は一度、深く息をはいた。自然が多いからだろうか。キレイな空気がのどを通って、呼吸が楽になった。いつも通りの鼓動をとりもどすと、那由汰のほうに一歩進んだ。

……お前な、どこに」
「さっき言っただろ。飲みもの買ってくっからって」
「飲みもの?」

 今度は珂波汰が首をかしげると、那由汰が少しあきれたようにため息をついた。「ほら」と手わたされたコーラはよく冷えていて、受けとると缶の表面についた水滴がポタポタとアスファルトをぬらした。

「それ、飲んだら帰ろうぜ」

 なんとなしに言われた那由汰の言葉に、体のどこからも声が出なかった。
 那由汰は傷つけるつもりで言ったわけじゃない。それでも今の珂波汰の顔を曇らせるには充分すぎる威力だった。
 今回のお出かけ計画は不評だったのかもしれない。
 那由汰は何も悪くないのに。嬉しいことも楽しいことも提供してやれない。大事な兄弟ひとり、満足にエスコートしてやれない自分は兄として、男として情けなく思えた。
 ふと爽やかな風が、太陽に包まれる緑の公園を吹きぬけていった。お出かけ日和の心地よさが皮肉をあおって、よりいっそ珂波汰の顔は曇りがかった。

「那由汰。……その、悪かったな」
「べつにいいって。気にしてねーし」
「気にしてねーって……。でも歩かせてばっかだし」

 一瞬、ぽかんとした顔をした那由汰だったが、珂波汰の浮かない表情を見て、察したように答えた。

「歩かせてって……いや、べつにフツーじゃね?」
「フツーじゃねーだろ。こんな状況」
「あー、まー……そうかもな。珂波汰、ずっと顔色わりーし。体調悪い?」
……いや、悪くねぇ」

 青ざめていただけだ。こうも立て続けにエスコートを失敗すれば、そういう顔にもなるだろう。
 うつむきそうになったその寸前で、那由汰が珂波汰の顔をのぞきこんだ。同じ目の色をした兄弟にじっと見つめられて、思わず珂波汰はうろたえてのけぞった。

「マジ?」
……おう」
「ふーん……
……なに?」
「もし考え事でそれどころじゃねーってなら俺、帰るけど。いい?」

 すねてるような、甘えているような。そんな中間地点の顔で那由汰が言った。

「珂波汰。今日は俺の話まったく聞いてねーし、体調わりーなら仕方ねぇなって思ってたけどさ――
「ちげー! ムシするつもりはなかった。ただ……

 言葉が続かなかった。上手くエスコートできなくて悩んでいるだなんて、さすがに格好がつかない。
 じっと覗きこんでくる那由汰から、珂波汰が目をそらそうとした。そのときだった。
 パシッ――――
 両頬にじんわりとした温もりがやどった。那由汰の手だった。左右両方の頬が那由汰の手のひらによって少しずつ温まっていくのが分かる。

「聞けよ、珂波汰。俺、珂波汰が誘ってくれて嬉しかった。最近、なんもやる気出ねーなって思ってたから。けど、自分のことで手一杯のときに俺にかまうな」
「那由汰……
「べつに俺は平気。あー、でも嬉しかったのはマジだし? その、散歩に付き合ってくれてありがとな。珂波汰」
「けど、どの店も……は? 散歩?」

 最初はしおらしかったのに、珂波汰の言葉が突然、ドスのきいたものになって、那由汰はパッと手を離した。

「え、なに?」
「那由汰、いま散歩って……

 互いが互いの言葉を疑問に思っているようだった。同じ顔で同じ仕草で、珂波汰と那由汰は首をかしげあった。

「え、なんか違った?」
「あ、いや。結果的にはそうなってっけど」
「は?」
「あー、クソ……。かっこつかねー」
「かっこ? 珂波汰は今日もかっけーけど、なに?」

 息を吸うようにサラッと褒めてくる那由汰に、珂波汰は「あー……」とうなり声をあげた。
 普段、ふたりで外出するときは那由汰が行き先を決めてくれる。正直、どこへ行きたいという希望は珂波汰にはほとんどない。行く先々で那由汰に何か買ってやったり食べさせてやったりして、その際に那由汰が嬉しそうにしてればそれで満足する。
 なにより珂波汰の行きたいところは、那由汰が上手いぐあいにスケジュールに組みこんでくれる。こういうのは珂波汰よりも那由汰の得意分野だった。
 これなら最初から素直に「那由汰の行きたいところ、どこでも連れてってやる」と言うほうが良かったのかもしれない。協力してくれた三人には悪いとおもうが、玲央のいうカッコいいエスコートはやはり珂波汰のガラではなかった。

「珂波汰」

 なにも分かっていない那由汰に名前を呼ばれて、珂波汰はようやくいつもの珂波汰にもどれた。さきほどまでのセンチメンタルも、那由汰のほうから吹きつけてくる風がいきおいよくぶっ飛ばしていった。

「店、ぜんぶ閉まってただろ」
「店? あー、確かに休業って店多かったな。あ。もしかして行きたかった店?」
「そうじゃねー。那由汰が好きそうだと思って」
「俺?」
「那由汰が元気ねーから、あがるお出かけ考えてた」

 得意じゃないと開きなおると、今までためらっていたはずの言葉が自分でも驚くほどスラスラと出た。

「それでいろんな店、行ってたけど店ぜんぶ閉まってたってこと?」
「まー……つーか、気づけよ」
「そう言われてもな……。今日、ずっとゲームしてたじゃん? だから看板見てんのかと思った」
「はあ?」

 予想もしてなかった返しに、思わず素っ頓狂な声が出た。だが那由汰は特に気にもせず、マイペースな顔でコーラのプルタブを開けた。

「ガキの頃はそうだったじゃん? 街のなか歩いても寄る店も、金もねーし。ゲームしながらいろんな看板見てただろ」

 言われて、珂波汰は「あー……」とうなずいた。
 憂鬱な雨が長くつづき、ようやく晴れがやってくると那由汰は外に出かけたがった。何かを手に入れるための金はなかったが、それでも街のなかを歩くことで、鬱々とした気分をまぎれさせていた。
 そんなとき、きまって那由汰はいろんな看板を見ながらボキャブラリーの数を増やしていた。最初はそんなものがリリックに使えるのかと思っていたが、普段使わない言葉遣いや描かれてるアートスティックなデザイン文字にはなんとなく珂波汰もインスピレーションを感じていた。
 ただ、同じような看板が続くと、さすがに那由汰もウンザリしてきて、そんなときに那由汰が突然、

「珂波汰、ゲームしようぜ」

 そう提案してきた。
 ゲーム内容はシンプルで、韻を踏んだ単語を三つずつ交互に言いあうというものだった。
 今日も家を出てからしばらくして、那由汰がそのゲームをしかけてきた。エスコートで頭がいっぱいになるほどに珂波汰はゲームに熱中できなくなっていたが、那由汰はわりとリズムよく答えていた。
 珂波汰の脳裏に、ふいに北斎の言葉がよみがえった。
 ――那由汰が嬉しいことも楽しいことも珂波汰が一番知ってる。
 ……あらためて那由汰を見ると、心なしか朝よりも機嫌が良さそうだ。乗り気じゃなかった空気も今はなんとなくやわらかい。

「那由汰、もう少し歩いていいか?」
「どうぞ」

 どちらともなく、公園の散歩道にむかって歩きだした。
 今日はお出かけ日和の空がまぶしい。そのまぶしさが木々のすき間からキラキラとさしこんで、地面に光と影のまだら模様をえがいている。

「あ、ゲームは珂波汰の負けな」
「は? なんで」
「続き言えねーなら珂波汰の負けじゃん」
「負けてねーし」
「ふーん。じゃあ珂波汰からな」
「えっと……Catch――――

 音色のついた声で言いながら、珂波汰はちらりと那由汰を見た。
 そこには嬉しそうな笑顔があった。