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シノハラ
2025-04-28 23:09:34
2762文字
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レイシオとスティーブン
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八百屋襲撃
レイシオが八百屋で店番してるスティーブンを強襲する過去捏造 データ振り返り見てたら気が狂ったので捏造しました
「ほお、超距離センシングの一次再現資料か」
端的に言って死ぬかと思った。
最近頼まれるようになった養父の店である八百屋の店番並びにサボりをしていたところ、突然背後から聞こえて来た男の声に心臓が縮み上がった。どうにか心臓は鼓動を続けてくれていたが、跳ね上がった体の制御が戻らず椅子から転げ落ちそうになる。
衝撃を覚悟して目を瞑ったのに、痛みを感じなかったのは背後の男の片腕に悠々と受け止められていたからだった。自身の状況を分析しながらも見知らぬ男の腕の感触に、堪らず弱々しく情けない悲鳴を漏らしてしまう。
そんなスティーブンの様子をものともせず、男は自由な方の手でノートパソコンのタッチパネルをするすると操作しながらスティーブンが資料に書き込んでいたメモを眺めているようだった。
慌てて画面の端の通知を確認したが、来店の通知はおろか来店予測のフラグすら立っていない。誰もいない中で客を待つために背筋を伸ばしているなんてあんまりにも馬鹿馬鹿しくて作ったシステムの一つであったが、これが誤作動をした事は一度もなかった。もちろん、八百屋へやってきた客を逃した事もない。ただし、今まではと注記を付ける必要があるだろう。
セキュリティの事はろくに考えていなかったので、やろうと思えば監視の目を逃れることはそう難しくもないはずだ。だからといって住宅街の八百屋に設置されている来店チェックのシステムをわざわざハッキングなりなんなりする意味がどこにあるのか、という話であるのだが。
――
あるのだが、この男はそれをやったらしい。
「君は天才の発明に興味があるのか?」
いまだに強張った体を椅子に戻されながら問われて、スティーブンは首を横に振った。天才の発明の中にはスティーブンの興味を引くものはあるだろうが、天才の発明だから興味が湧く訳ではない。スティーブンの答えを受けてふむ、と相槌を打った男が更に資料をスクロールしようとするので、スティーブンは少しでも彼から距離を取りたくて身を小さくした。
「なるほど、今の君に必要なのは再現性調査の手法か」
であれば、と口にしてブラウザを立ち上げたかと思うと、そのままキーボードに指を踊らせる。いい加減にしてほしい。ずるずるとキャスターを移動させながら椅子の位置を移動させ、スティーブンはやたら大きい彼の図体から逃れようとする。
そうする間に、彼はとあるサイトにログインしていた。URLを確認すると博識学会のドメインが表示されているので、どうやらこの男はこの学会に所属しているらしい。
学者にしては体を鍛えすぎているのではないかと思うのだけれど、確かあそこには武装考古学派なんて物騒な字面の学派が存在していたはずなのでその所属であるのかもしれない。そうでなくともフィールドワークをメインにする学者であれば、筋力と体力が必要になることもあるだろう。少なくとも彼が学者の括りである事は、スティーブンの目的を割り出すまでの速度を思えば疑う必要もないのだけれど。
「それならこの辺りも参考になるだろう」
スティーブンが彼の所属に頭を悩ませている間に、男はサイトからどかっと圧縮ファイルをダウンロードし始めた。ブラウザが示す予告ファイルサイズはモバイル通信であれば一気に上限を突破してしまいそうな値を示している。
「機密性は大丈夫?」
「少なくとも君の家に学会のならず者が尋ねてくるようなことはない」
だったら家族を困らせることもなさそうだと、スティーブンは動機の分からないの援助を受け入れることにする。現状の情報だけでは足りないものの、通信ログを見ればこの男が博識学会の誰かくらいは簡単に割り出せるだろうから、問題があればクレームの一つ入れてやれば良い。
「それとこれをあげよう」
「
……
あひる?」
そう、ちょっとしたおもちゃだ。そう、彼は小さく笑った。お風呂に浮かべるそれを大分小さくした黄色いあひるをひっくり返すと、データ容量の記載があった。どうやら記憶装置であるらしい。
「さて、今日のおすすめの果物はあるか? ぶどうの類があれば助かるが
……
」
「えっ⁉」
机にあひるのおもちゃとやらを置いた男がようやくスティーブンから離れたと思ったら、突然場に似つかわしい問いかけをしてきて今日一番の大声を出してしまった。自分は八百屋の客なのになんだその反応はと顔に書いてあるのは分かったが、八百屋の客はスティーブンの背後を取って来たりはしない。
平常心を取り戻しつつあり、違う意味で痛くなってきた心臓に絞られた声帯でぶどうだったらそこの棚の二番目だと案内してやると、男はしばらくぶどうを眺めて並んでいたものの中でもよく熟している物を選んで帰っていった。望まれるまま会計を済ませて席に戻ると、へなへなと背もたれに倒れ込んでしまう。
一体何だったんだあれは、と毒づきながら、スティーブンは彼が残していったあひるのおもちゃを手に取った。わざわざおもちゃだと言われたのだから、多少なりとも警戒した方が良いだろう。
結果として、サンドボックスを展開して読み取ったデータには二つほどのウイルスと三つのトラップが含まれていた。彼がおもちゃと表現した通り、そこそこの面白みはあったと思う。五つの障壁を無効化してからフォルダを開くと、そこにはスティーブンが進むべきロードマップが示されている。
一つはスタンダードに進学していくもの。飛び級や周囲の理解に応じてバリエーションが示されていた。そのいずれもスティーブンは選択するつもりはなかったが、この環境で高等教育を求めるのであれば的確な資料となっただろう。
実際のところ、よりスティーブンの関心を引いたのはそういう手段を取らずとも高い学術レベルの資料に当たる資格を得られるようにするためのステップだった。たとえば真理大学のオンライン図書館を恒常的に使用するための実績の得方や申請方法であったり、博識学会の非公開資料の当たり方であったり。
果てにはまだスティーブンが足を踏み入れていないギークのたまり場への招待トークンなんてものもあった。コミュニケーションが必須になることを考えると腐らせてしまう可能性が高かったが、それはともかく。
あの男が考えていた通り、たとえばあの男が悠々とダウンロードした資料を今のスティーブンが入手するのは結構骨なのである。そこをクリアすることができれば、自分はもっと自由に時間を使えるようになるはずだ。
どうやら彼は単に挙動が怪しいだけの親切な学者であったらしい。妙に頭が回る変質者でなくてよかったとようやく胸を撫で下ろしながら彼が残した通信ログを解析したところ、そこにはベリタス・レイシオの名が示されていた。
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