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瀬一
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竹鉢
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終の春
「幸せだな。こわくなるくらいに」
あかるい日がこんなにまぶしくそそぐのに、ひっとりとした囁きは言葉とうらはらに真冬の寒さにこごえている。
卒業まであと一年となった春の日の三郎と八左ヱ門。
猫にえさをやるのはすきだった。それが野良であっても、たとえ腹をすかせているだけであったとしても、一時的にでもなついてくれればうれしいもので、ざらざらとした舌の感触と茶色い毛並みにくすぐったくまなじりをゆるめながら、あかるい縁側に落とした影にふと声をひそめて呼びかける。
「雷蔵は」
「
…………
委員会」
「めずらしいな」
片眉をあげて竹谷が見やると、別に四六時中いっしょにいるわけじゃないさ。柱を背に、どこかすねたようにあどなく響くはずのその声は、このときばかりはひどく渇ききって爪尖ほどの起伏も感情もたたえてはいなかった。
遠い視線をたどると、長屋の中庭、何年も前の卒業生が遺していったという山桜の老木はふくふくとした蕾をつけて、もう幾日もあたたかな陽射しが続けばいましもはなやぐのだろうと偲ばせる。芽吹く春、かすれた色のはなびら、黒々とした濡縁から、まばゆく降りつもるひかりに眸をすがめて、
「なあ八左ヱ門」
「
……
ん」
「幸せだな。こわくなるくらいに」
あかるい日がこんなにまぶしくそそぐのに、ひっとりとした囁きは言葉とうらはらに真冬の寒さにこごえている。
いっとき竹谷の手がとまって、ああ、とため息とも呻きともつかない声がこぼれた。あえてその貌を見ぬよう、ほころぶ蕾を目のはしばしに留めたまま、あれが咲いたら五人で花見でもするか、とゆったりうなずいて誘いをかける。
「三郎、一曲舞ってくれよ」
「なにがいい」
「さあ花見といったら熊野か、それとも西行桜か
……
」
「桜川はやめておけよ」
竹谷が言いさしたのをくつくつ笑ってさえぎり、
……
夢の間惜しき春なれや、咲くころ花を尋ねん、とくちびるの裡でうそぶいた鉢屋は、考えておく、とかすかな笑みだけをゆたわせてやがて足音も残さず去ってゆく。その背中。向かうさきはきっと友の待つ図書室ではあるまい。やわらかな陽にまどろみはじめた猫のちいさな額を親指で撫ぜて、謡を口の端にくちずさんでは、ここで花を眺めるのもあとひととせかと、たがいに薄らいだ日に眸を細める。出逢って六度目の春のことだった。
春の夜の、花の影より明け初めて、鐘をも待たぬ別れこそあれ。得がたきは時、逢いがたきは友なるべし。待て暫し、夜はまだ深きぞ
――
白むは花の影なりけり。
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