瀬一
Public 雷鉢
 

灰になっても

「ねえ雷蔵、私が死んだら、きれいに焼いて埋めてくれる?」
思いつきで問いかけて、雷蔵の逆鱗をうっかり踏み抜いちゃった三郎の話。

 
 
 人の焼ける匂いはいやだなあ。合戦場のそばを通りすぎるたびにつくづくそう思う。
 なるべく風上を通るようにしているものの、漂ってきてしまうものはどうしようもない。同じ肉でも、豚や鳥や魚とはまったく異なる、独特の生臭さがある。ような気がする。気がするだけかもしれないが。なんでかね、脂身があるせいかもね。でも豚や魚にだって脂身はあるんだがね。不思議なことだね。でも、それにしたって、ねえ。まあ強いて言うなら、
「腐るよりはましなんだが」
 野ざらしになった仏を思う。もう白骨と化しているのなら問題ないが、途中のあれは、だめだ、いただけない。もし自分が朽ち果てるのが布団の上でなくどこぞの山路だったとしても、まあ後者のほうが可能性としては圧倒的に高いわけだが、あんな状態の死にざまを日の目にさらしたくはない。いくら忍が死にざまが選べない職業とはいえ、人間、譲ってはならない最低限のラインというものはあるはずだ――多分、きっと、おそらくは。
 そういったつれづれなる思いは、いつのまにか自然と声になって出ていたらしい。文机で書き物を読んでいた雷蔵が、ちろりとこちらへ視線をよこした。かと思えばすぐにもと通りに向き直ってしまう。会話しようよ雷蔵。そんなにその本がお気に入りかい。
 一抹の寂しさをもってその背を見つめながら、三郎は夜具の上で身を起こし、ふととりとめもない願いを口にした。

「ねえ雷蔵、私が死んだら、きれいに焼いて埋めてくれる?」

 呼びかけにも雷蔵は無反応だった。まったく微動だにしなかった。なにごとも聞こえなかったかのように、黙々と手許の書物をめくっていた。あるいは本当に聞こえなかったのかもしれない。ただ変わったことといえば、頁をめくる手がわずかに速まっただけだった。
 そんな、雷蔵、いまになって気づいたけれど、わりと真面目に言ったのに……。柄にもなく落ちこんだ、その気配を察したわけでもないだろうに。
 突然、ぐるりと身体ごと振り向いた雷蔵は、両手を伸ばして三郎の襟首をひっつかみ、見上げるようにして顔を寄せてきた。
 雰囲気だけでわかる。これは――ひょっとしなくとも超不機嫌というやつではなかろうか。
「え、ちょっと、雷蔵さん?」
「おまえが死んだら、なんて話、聞くだけでも不愉快だ。あー聞きたくない想像もしたくない」
「え……ごめん?」
「本当にね」
 鋭い眼光。平素の彼からは想像もできない凶暴な顔つきのまま、雷蔵は三郎の首筋に顔を寄せる。なにをするのかと思えば、おもむろに喉仏に噛みつかれた。わりと本気の噛み方にじんわりと涙がにじむ。いたたたた痛いって雷蔵、これ血が出てるんじゃないの。
 滲んだ血を舐めとるよう、喉許に舌を這わせてから、落としこむように雷蔵が言う。
「おまえが死んだら、きれいに焼いて埋めてあげる。けど、喉骨はぼくにちょうだいね」
……どうすんのんなもん」
「焼いて粉にして酒で飲む」
 ふさがれる唇に、なんならそのままいただいちゃってもかまわないよ、という言葉は喉の奥へと呑みこまれて消えた。