osoba1
2025-04-28 18:25:20
4622文字
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【SQV自ギルド話】1 道すがら

世界樹を登る冒険者たちの、冒険を始めるちょっと前のお話

 恥ずかしさと情けなさが、いつまで経っても体から抜けなかった。
 適度に舗装された街道を歩きながら、自らの未熟さを私は悔やみ続けている。弱気を振り払いたくて両腕を威勢よく振ってみても、敷石の継ぎ目を見逃して転んだだけだった。
 あの時も、サレンは呆れたような目をしていた。
「置いてくぞー、いい加減」
 考え込んで距離を離しつつある私を横目に、青年は興味薄といった様子ですたすたと歩いていく。遅れるわけにはいかなかった。
 目的地であるアイオリスの街まで、道のりのようやく半分を過ぎたというところだった。余計なことに気を回す前に、早く街へ入ってしまいたい。
 もう太陽は中天に達する頃合いで、草と石と土の入り混じる街道沿いは柔らかく暖かな光に照らされていた。肌寒くなってくるこの季節でも日中の移動には不自由しないが、どれだけ足を早めたとしてもあと半日はかかるだろう。夜間の移動などという無茶をするつもりはないから、到着は明日の正午前だろうか。
 のそのそと進む私の前方を、連れ合いにしては不自然に長い間隔を空けてサレンが同じ方角へ歩いていく。
 彼も、冒険者を志望しているらしかった。防具の類は背嚢に纏めてあるようで、金属の擦れ合う音がこの距離でも聞こえてくる。それでも幅の細い剣だけはしっかりと腰に下げ、上着代わりに汚れの目立つ襤褸布を纏っていた。
 衣は粗末でも、サレンの風貌は薄汚れたなどという言葉からは程遠い精悍さを湛えていた。髪は山吹の花を思わせる赤みの混ざった黄色で、瞳はそれよりも少し暗い。長旅によるものだろう、顔貌も頭髪もやや荒れて埃がついていたが、明敏そうな目鼻は些かも気力を失っていないようだった。
 彼の立ち振る舞いから感じる自信というのだろうか、何か確信に満ちたものは、いったいどこから来るのだろう。そう疑問に思いこそしたものの、今の私がおいそれと訊ねられる筋合いではないような気がした。それに、行きずりの関係である彼について、私の知ることは他に何もないのだ。

 サレンには、盗賊に襲われているところを、助けられた。追い剥ぎをして生計を立てる輩がいることは知っていたが、往来も少なくない街道筋の真ん中、しかも堂々と白昼の犯行に及ぶとは想像だにしていなかった。
「みんながそう思うからこそ狙い時なのさ」
 お前さん見るからに旅は初めてって顔だしな、と人好きのする調子でサレンは笑っていた。それは初対面ながら快く感じられ、襲撃でささくれ立った気持ちを少しだけほぐしてくれるものだった。
「だけどな、自分の身は自分で守らなきゃあならねえよ。身ぐるみ剥がされるだけならまだマシ、悪けりゃ命まで奪られる。死ぬか、売られるかだ」
 次に口を開いたサレンは諭すような厳しい語調になり、顔からは笑みも消えていた。
 知っている。知っていたからこそ、何もできなかった自分が許せないのだ。
「また襲われでもしたら寝覚め悪いからな……。方向も一緒らしいし、しばらく付き合うかよ?」
 ぽりぽりと頬をかきながら、まだ膝の震えていた私を見かねるようにサレンは呼びかけた。
 私は、その申し出を受けるしかなかった。

 それが、つい先ほど、長さにして一時間ほど前の出来事だ。
 それからは、二人連れの歪な同道が続いた。日中はお互いにほとんど言葉を交わすことなく歩き続け、陽も落ちて野営の準備をしようという時になって、ようやくサレンとの話ができるまでに自分が落ち着きを取り戻したことを知った。
……サレン殿は」
 青年が目を向ける。
「サレン殿は、何のために、冒険者を目指しているのですか」
 テントを固定するための小さな杭を地に打ちながら、顔だけを彼の方へ向けて問いを続ける。声はまだ少し上ずっていたし、手を動かしていないと体が動かなくなってしまうような気がした。返答を待つ間の、息の重さが体にのしかかって来るようだった。
 あの時、サレンは刃をぎらつかせた盗賊二人を前に颯爽と割って入り、一歩も退くことがなかった。もう少ししたら俺の仲間たちがやって来るぞ、と切り出した彼の言は、恐らく虚勢であったのだろう。しかし、賊と私とを射竦めるように見据えた彼の双眸には、確かな自信と闘志とが備わっていた。だからこそ賊たちは、それが虚勢であることをほぼ確信しながらも、仲間が来るという青年の建前に便乗して退散したのだ、ということは今にしてようやく分かったことだ。
 私はと言えば、ただ震えていただけだった。
 長いようで短い沈黙の次に返ってきたのは、ぷっ、くく、という空気の抜ける音だった。
「殿、サレン殿ってお前さぁ」
 サレンは笑っていた。出会った時に見せた微笑みがもうひとつ弾けたような、綺麗な笑顔だった。
「ようやく喋ったな、坊ちゃんが」
 そう言いながらサレンは私の背をばしばしと叩く。痛みはないが、全身が大きく揺れる。
「何、な、何かおかしかったでしょうか、サレン殿」
「声震えすぎだろ。いくら目上でも殿はないよなって話だ、まして俺みたいな奴に。世間知らずにしても、これはちょっとひでぇな」
 私の話し方がよほど面白かったらしく、サレンはまだ笑いを噛み殺している。弛緩した私の意識は、その姿をぼんやりと眺めていた。
「なんで冒険者になるのか、だっけ? いいぜ、教えるよ。ただし」
 そこでサレンは言葉を切り、両手の人差し指を立ててみせた。
「俺がひとつ喋ったら、お前もひとつ喋る。ギブアンドテイクだな。いやお前ほんと面白れーわ」
 サレンは、初対面の印象そのままに闊達で柔軟な青年だった。言葉を交わしていると、不思議と気分がほぐれて口も軽くなる。そう感じさせるような魅力が彼にはあった。
 だからこそ、これほどに快活なこの青年に表情を殺させてしまった自分の行為が、拭い去り難い汚点のように思えてならないのだ。
「ほい、ひとつ終わったぜ。次はお前。まず、名前から教えてもらおうか」
 いくつか問答を繰り返し、完全に陽が落ちきる頃にはお互いの抱いていた疑問や関心のほとんどを消化できたようだった。
 サレンはそこそこ大きな商家の生まれで、跡取りである兄を残して家を出てきたということ。以前は用心棒のような仕事もしていたこと。自由な身空で自分を試したくて冒険者というやり方を選んだこと。私の第一印象を見て「あまり甘やかさない方がいい」と感じたらしいこと(曰く“ヒョロヒョロのガキ”だそう)。
 私も世界の広さを知りたくて冒険者を志していること。それには幼い頃から修めてきた魔導の技が役立つであろうこと。そして、幼少から何不自由なく術法の探求に没頭できるほどの、魔導の名門に生まれたこと。
 寒さを凌ぐため、話の途中で用意の寝袋に潜り込もうとしたサレンを見かねて、私は思わずテントの共用を提案していた。そのため、今はそこまで広くない天幕の中で二人して膝を突き合わせる形になっている。
「しかしマリエルよぉ、初めて見た時は男だか女だか分からなかったよ、お前」
 女だったらもうちょっと違うアプローチがあったかもしれねぇな、とサレンは続けて嘯く。
「そう、言われましても」
 マリエル、というのが私の名だった。華奢な体躯も男性らしさのあまりない顔立ちも事実であったし、子供らしいとよく言われる淡い青の短髪も、年相応のものとして別段気に留めたことはなかった。
 だから彼の絡み言に深い意味はないのだと思い定めることはできたが、女なら良かった、と言われたような感覚は消えずに胸の底に漂っていた。
「というかマリエル、お前戦えんじゃん」
 夕飯の支度をするために薪木に手を翳し、短い詠唱と共に火を灯している私の姿を見て、サレンは少し驚いた表情でそう言った。魔法の存在は広く知られているが、実際に目にするのは初めてらしい。
 あの時、なぜ魔法を使って賊を打ち払わなかったのか。そう問われているのだということはすぐに分かった。
「あの時は、杖を取り出す余裕がありませんでしたから。背嚢に、しまってあって」
 焚き火程度の火力であれば補助具として日常的に身に付けている手袋だけで事足りるが、魔法で他者を傷付け得る威力を引き出すためには魔杖を用いた魔力の増幅が不可欠だった。
「だからって腰抜かして、されるがままってか? 降参のフリして不意打ちかますとか、そのちっこい炎もハッタリに使うとか、もっとこうあるだろ、命の瀬戸際なんだからよ」
 サレンは不満そうだ。自衛の力を持たないことと、力を持ちながらそれを振るわないことは、彼の中でそれぞれ別種の許し難い行いであるらしい。しかし有無を言わせない調子こそあるものの、サレンの投げつけてくる文句はどれも真っ当であり、それはこちらを慮ってのものであるのかもしれなかった。
 彼になら、話してしまってもいいのかもしれない。話してしまおうか。
 そんな考えが頭をよぎったと気付いた時には、もう口が動いていた。
「人を、傷付けたくなかったのです」
 止まらない。
「いえ、傷付けるだけではきっと済まない。一生の間消えない深傷を負わせるか、殺してしまっていたと思います。彼らの憎しみも、命の重みも、私には背負う覚悟がなかった」
 サレンはただ、ふうん、と、抑揚なく呟いただけだった。
「魔術の力は他人に向けて振るうものではない、というのはただの言い訳です。私は、何ひとつ、サレン殿のように正しく判断できなかった。こんな私が、あなたの横にいるだなんて、それだけで」
 不意に、言葉が詰まる。息ができなくなっていた。
「俺はさ」
 サレンの肩が目の前にあった。
「そんなに完璧じゃないよ」
 背に、頭に、手を回して、抱き締められていた。
 早まる心臓の鼓動を四つ数えて、息継ぎをする私とサレンの目が合った。
 今まで見せたどんな顔とも違う、優しくて悲しそうな顔が、炎を受けて明るく揺らめいていた。
「俺は、俺のできることを片っ端からやってるだけだ。俺はお前ほど考えられない。だから剣も頭も全部使って、そのどれかが上手く行くよう祈ってる」
「サレン殿はっ」
「俺がお前だったら、殺してた。そんな確実な手があるなら、俺は迷わず殺してた。俺には、真似できない」
「サレン殿」
 サレンの鼓動も私と同じように早くなっている、と肌で感じた。
…………これが、俺の偽らざる気持ちってヤツ。安心しなマリエル。お前は十分すごいよ。ただ」
 ただ。
「冒険者には、向いてねぇな」
 自分の頬を、涙がひと筋伝っていることに、初めて気付いた。
 夜が明ける頃には、テントの中で体を海老のように曲げて眠る二人の姿があった。

 陽射しもかすかに朝靄が立ちこめる中、目を覚ました私は、出立の準備を終えて草上に座り込むサレンの姿を見つける。
「来いよ」
 そう告げる面差しは、昨日に増して精気を漲らせていた。それに向かい合う私の顔も、恐らくは同じだろう。
「行きましょうか」
「おう」
 昨日と同じ、私より少し速い足取りで歩いていくサレンに、聞こえないように呼びかける。
「サレン殿」
 私が気付けなかった涙に、あなたは最初から気付いていたのでしょうか。
 だとしたらほんの少しだけ、あなたが憎らしいような気がします。
 まだ、陽は昇り始めたばかりだった。