アエとアウの出会いの話

「アエ、誕生日おめでとう。」

『typeアウ、今回の協力、感謝するよ』

画面越しに聞こえる男性の声。
この人は五百井饗シリーズの製作チームの人で、
たしか、ナノナのマスターだっけ。

「お気になさらず。役に立てるとも限りませんし」

『わ……いい子だ……。先に伝えておくよ、このお願いに、成功も失敗もないからね。気楽に臨んでくれると嬉しい』

「はい」

マスターから事前に話は聞いている。
今日は、typeアエと呼ばれている子と話してみてほしいらしい。
それ以上は何をしろとも言われてないし、どんな子かも教えられてないんだけど。

『じゃあ、ロックを外すよ』

扉の解錠音がした。

『身の危険を感じたら、逃げてもらってもかまわない。あくまで、今日は相性チェックだから。5分程度話したら、一度報告してもらえるかな』

危険な動物でも入ってるかのような物言いだな。

「わかりました」

扉を叩き、反応を見る。
……返事は無い。

『あぁ、入っても大丈夫。本人にも許可は取ってあるから』

そうは言われても入りづらい。
ただここで待っていてもしょうがない。

……ごめんね、入るよ」

声をかけて、扉を開ける。

部屋は薄暗く、床には壊れた玩具やページが折れた絵本なんかが散乱していた。

「君が、今日の人ー?」

部屋の隅に座っていた少年がこちらに気づいて近寄ってくる。
床に落ちているものには一切関心が無いようで、平気で踏んだりしている。
……遊んで壊してしまったわけでは、ないんだろうな。

「うん。はじめましてだね、俺はアウだよ」

「はじめましてー。アエだよー」

ニコニコと笑う少年。踏まれた絵本。
うーん……なんだこのアンバランス感……

「なんか、顔似てるねー?」

「ん?……あぁ、俺は『五百井饗』だから」

厳密には違うが、この言い方が1番伝わりやすい。

…………ふーん」

納得は、してくれてそう。

「君は何しに来たのー?」

「何…………お話……?」

特に何かしにきたわけではないので返答に困る。

「おはなしー……おせっきょー?」

「説教?なんで?」

「んー……こないだ来た人はね、片付けがーとか、べんきょーがーとか、こーなるべきだーとか、そーゆーお話ばっかりだったから」

それをしそうな人には、まぁ心当たりが。
俺もあの人苦手なんだよな。

「散らかしたの、僕じゃないのにねー?」

「そうなんだ」

「そーだよー。勝手に物置かれるのー」

製作チームの人が置いてるものなのか。
1人の時間が長いから、という配慮なんだろうけど。

「アエ……さんは、こういうのいらない?」

「うん」

「そっか。それは製作チームの人には伝えた?」

「言ったつもりなんだけど、どんどん増えるー……

「じゃあ、後で俺からも言っておくね」

「いーの?」

「うん。もし欲しいものあったら、代わりに置いて貰えるようお願いしておくけど、何かある?」

少年は少し悩むような素振りを見せる。

……いらない」

本当は欲しいものがあるけど、ってついてそうな『いらない』だな……

「うん、わかった。じゃあ、俺には?」

「むー?」

「製作チームの人にお願いできるものがないのは、教えてもらったから。じゃあ俺が叶えられるお願いはあるかなって」

……君も、『製作チームの人』でしょー?」

なるほど。やや警戒されてたのはそれもあるのか。

「違うよ。俺は、もうこの企画には関わってない」

俺の所有者はまだ関わっているけど、マスターはマスター、俺は俺。

「それに、そうだったとしても、君に何もしてあげられないほどの制限はかけられてないよ」

……。でも、やっぱり、いらないよ」

さすがに会って数分じゃどうしようもないか。
それに、そろそろ1度戻って報告をしなきゃいけない。

「わかった。でも何か思いついたら、教えてね」

「教えてって……また来るー?」

……君が、来てほしいって言ってくれれば」

俺が勝手に来ることはできないし、次があるか分からない。
まぁ、マスターに言えばどうにかしてもらえそうだけど、1番可能性が高いのは、この子がそう望んだ時だろう。

「変な人」

「変かな」

「変だよ」

「変か……

何が?

「ほーこく、行かなくていーの?」

「行かなくていいって言ってくれたりしない?」

「しないよー、お仕事でしょ」

……

真面目だった。

「しょうがない。それじゃいってくるよ。またね」

……ばいばい」


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っていうのが、1週間くらい前の話。

あの後、一通り報告したらその日はいったん帰るよう言われた。玩具とか、増やされなくなるといいけど。
あれ以降呼ばれることはなくて、無難に対応しすぎたかなとか考えたり。

「アウ!ちょっと聞いてくれねーです!?」

珍しく、明確に怒ったマスター……俺たちの製作者の声がする。

「こないだアエのとこ行ったでしょ?あの後検証チームの会議で『typeアウはtypeアエに与える影響が大きすぎる可能性がある』ってことになってたらしいのですよ!?」

……たかが5分でなんでそんな結論に。

「アエが初めて『あの人ならまた会ってもいい』って言ってたのに、会わせるのは慎重になんて……

思ったより気に入られてた。

「そのせいで、アエが『会いたいから予定組んでほしい』って言ってるの、こっちまで届いてなくて」

……

「だから私、『勝手にアウを嘘つきにするな』って面会許可を…………あれ?アウ?どこいったですー?」


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できるだけ急いでアエがいる場所に向かう。
なんか警告音が鳴ってるけど気にしない。

マスターは『初めて』って言ってた。
それを裏切るとか、そんなの俺はしたくない。

扉の前に着く。でも当然、鍵がかかってて。

……いい子ちゃんだと思うなよ。
セキュリティシステムに介入して無理矢理鍵を壊す。
すんなり開いたので、扉まで壊す必要は無くなった。

部屋に入ると、そこにはアエと、アエの複製。
…………だけじゃないな。
消えかかった身体の一部……おそらく、何人ものアエの複製だったであろう残骸があちこちに散らばっている。
随分暴れた後みたいだ。あ、でも玩具とかは無くなってる、よかった。

まだ動いているのは、複製に馬乗りになって首に爪を立てているアエと、その被害者。

「アエ」

声をかける。
アエがこちらを見る。

……来たんだ」

「うん、遅くなって、ごめん」

「忙しいから、次来るのはだいぶ先って聞いてたけど」

そこまで言ってたのか、随分とタチの悪い。

「それに来るの、許可とってないよね」

……まぁね。でも、会いたいって、言ってくれたんでしょ?」

「悪い子なんだ」

「そうだよ?」

「そっか……悪い子に、しなきゃいけなかったんだね」

落ち着いたのか、気が済んだのか、気が変わったのか。もう1人のアエは解放された。
その子は一度起き上がり、怯えた様子もなくその場に座り直す。

……

……

……聞かないの?」

「何を?」

「何でこんなことしたのか、とか。何してたのか、とか」

「俺からは聞かないよ。言いたいなら聞くけど」

……変な人」

「そんなに俺変かな……

「うん、変。すごく」

「そっ…………かぁ……

でも普通聞けなくない?なんで自分の複製ぐちゃぐちゃにしちゃったの?とか。

……忙しいのに、来てくれたの?」

「それは検証チームの人が勝手に言ったやつ。会いたい時に会えないほどは忙しくしてないよ」

「あぁ……その場しのぎか」

「あの人いつもそうだよね……

検証チームの主任の人、本当にろくな事しない。

「ねぇ、なんでそんな嘘つかれたか、アウさんは知ってる?」

「俺が君に影響しすぎるって。又聞きだから詳細はわかんないけど」

……ふーん。じゃあ、その心配が無ければいいんだ」

「なにかできるの?」

「あいつらは製品への影響を気にしてるだけでしょ。手はあるよ」

すごい、何するつもりなんだろ。

「秘密」

「教えてくれないんだ」

「裏技だからね」

………………つな……

ノイズ混じりの声がする。
これは……製作チームの人かな。

『typeアウ!何したの!?』

……そういえば鍵壊したな。忘れてた。

『あんた達のせいでしょうが!アウを責めんじゃねーです!!』

マスターもいるや。

「セキュリティシステムを壊したことは謝ります」

『あ、うん、それは』

「反省はしないです」

『その宣言は必要かな!?』

俺悪くないもん。

『いや、いい、今はいい。typeアエも、随分落ち着いたようだし』

「知ってて、何もしなかったんですか」

『うっ……そう言われても仕方がないね。言い訳というわけではないのだけど、君が来る少し前から、typeアエにアクションができなくなっていてね。カメラ越しに状況は確認できていたんだけど、さっきそれも繋がらなくなってしまって』

「アエ、君のせい?」

…………えへ」

やっちゃったみたいな顔をするな。

『だから今回の件は目を瞑るし、感謝もしてる。ありがとうtypeアウ』

「不問にしていただけるだけで十分です」

『いい子だなぁ……

「鍵壊して入ってくるのはいい子なのかなー?」

「アエ、この場合は手のかからない都合のいい子で助かる、だから」

「うわぁ……

『あ、とても歪んで受け取られてる……

悲しそうな顔をしている。
そのままの意味で受け取った方がよかっただろうか。
少し間を置いて、アエが口を開いた。

「職員さん」

『ん、なんでしょうか』

「後で話したいことがあります。少し長めにお時間をいただけますか」

『君そんなにすらすら話せたの……?』

……

……すみません。了承しました、この後時間を取ります。typeアウにも同席してもらいますか?』

「いいえ。できればあなたと一対一で話がしたい」

『わかり、ました。じゃあtypeアウはまた後日来てもらえるかな。今後は、定期的にtypeアエと面会できるよう手配するから』

自由に、とはいかないんだろうな。

「マスター、いいよね?」

解決したしもういいやみたいな顔してる製作者に声をかける。

『ほぇ、私ですー?』

お前だよ。

……マスターの許可なしに勝手に決められないよ」

『別にいいのにそれくらい。アウのやりたいこと優先でかまわねーですよ~』

お気楽なマスターだな……

『ところで、その子はどうするのです?』

『あぁ、typeアエの複製か……typeアエ、その子は?』

……ただの失敗作。消してもいいよー」

いくら複製とはいえ、生まれてすぐ消される……それをただ見てるだけなのは、嫌だな。

「俺が、連れて帰ろうか」

「それは嫌」

「え」

「そうなるなら今消す」

「ご、ごめん」

そんなに嫌……

『そうだな……一時的に別室に居てもらおうか。処遇は追って決めるとして……あ、処分にはならない、ならないように報告と申請をする。からtypeアウには安心してほしい』

……その決定にどうこう言える立場ではないので、お気になさらず」

『わぁちょっとトゲ……もしかして私少し嫌われましたかね』

『知らねーです』

嫌いじゃないよ、別に。ただ思ったこと駄々洩れなのはどうかと思うけど。
素直すぎるのも考えものだね。

「じゃあ、今日はこれで。アエ、またね」

「うん、またね」

声ではない音でのメッセージが届く。
外からはわからない俺たちの会話手段……それで届いた言葉は

─ 必ず行くから、待ってて ─


---


アエの部屋から、アエの複製と一緒に外に出る。
挨拶くらいした方がいいか。

……遅くなったけど、はじめまして。アウだよ」

「はじめまして。僕は……いや、アエを名乗ったら、まずいか」

うん、アエの逆鱗に触れそう。
にしても、さっきまで消されかけてたわりには落ち着いてるなこの子。

「ひとまず、名前は保留で。必要になれば、呼称が与えられると思うから」

「わかった。……随分、アエとは雰囲気が違うんだね」

……余計なことを言うと、オリジンに消されてしまいそうだけど、僕は」

「じゃあ言わなくていいよ。君に消えてほしいわけじゃない」

……うん、あなたなら、そうだよね」

「俺なら……?」

「僕が残されていたのにも、理由があるってこと」

全然わからない。なんだろう。

「ふふ、じゃあ、僕は向こうだから。たぶんこれでさよならだけど、もしまた会ったらよろしくね」

「え、あ、うん。またね」

……また、ね」

曲がり角の向こうに消えていく複製を見送って、俺も帰路についた。


---


3日後に届いたのは『五百井饗シリーズ』開発中止の知らせ。
それを持ってきたのは

「久しぶりー!」

アエ、だった。

「え、え……?」

「えへへーえへへー」

褒めろと言わんばかりにしっぽを振って俺を見上げている。

「何があったか……聞いても……?」

「ひみつー」

「そ、そっかぁ……

明らかに待たれているので、頭を撫でてみる。

「わぁい」

へにゃりと笑うアエを見ると、少し気が抜ける。

「あとねー、連れてきたよー」

「連れて?」

「1(ワン)さーん」

声をかけた先を見れば、あの時の複製がこちらに向かって歩いてきた。

……ほんとーにその呼び名でいくのー?」

「いーじゃん、生存複製第一号なんだしー」

他、全滅してた。いやまぁ、そうだろうとは思ってたけど。

「まぁ連れてきたけどー、普段は別のとこに居てもらうよー。あと二人連れてきたから後でご挨拶させるねー」

「いっぱいいるんだ……

「でも君のアエは僕だけだよ」

……なんか、他の言葉と同じ調子なのに、すごく重く聞こえた。

「えへへ、これからいっぱい一緒に居られるね」

もしかして、とんでもない子に気に入られたんじゃなかろうか……


後で製作チームの人に呼ばれていろいろ説明を受けた。
アエは定期的な調査や検証に"友好的に"協力する代わりに俺のところに居られるようになった、らしい。
最初は"積極的に"って言われてたそうだが、そこはかなりごねられたとのこと。

それで、俺には『typeアエの情緒面の成長補助』が依頼された。うん、なんかよくわからないけど絶対向いてない。
断ろうとしたが、あくまで形式上のもので実際に何かする必要は無いと。
アエが俺のところにいる対外的な理由が必要だとかで、便宜上そういう依頼をしたことにしたいそう。
ただ、できれば人間的な生活も体験させてあげてほしい、とも。
『教育』じゃなくて『成長補助』というのは、
成長の仕方を矯正してほしいってわけじゃなくて、機会をあげるだけでいいってことらしい。
要は普通にしてろってことだと思う。それならいいかってことで、承諾。
こうして、俺とアエは製作者の下で一緒に居る事になりましたとさ。


---


「あったねぇそんなこと」

時間は進んで現在。
アエが仕事に行ってる間、俺とワンさんは思い出話に花を咲かせていたわけです。

「そういえば結局、ワンさんって何だったの?」

今のアエなら、それを知られたくらいでワンさんを消すなんてことしないだろうと踏んで聞いてみる。

「んー……『アウが欲しくなったオリジンが、自分の複製にアウの真似事をさせた』、その時の個体の1人なんだよね、僕」

「欲し……

言葉の綾……だよね?

「いやぁ、『違う』って何人もの同胞が引き裂かれるのを見るのも、なかなか貴重な体験だったよ」

「わぁ……

貴重な体験で済ますんだ。あるいは俺だったらそう思うって思われてるのかな……

「ただいまー!何の話してるのー?」

アエが戻ってきた。いつもより少し早かったな。

「おかえり」

「昔話だよ、オリジン」

「昔話ー?」

「初めてアエと会った時の話」

……やだ恥ずかしい、若い頃の話とか」

「若いって……お前いくつのつもり……?」

「そろそろ1歳?」

「1歳の若い頃って何……?」

「そーたいてきに若い頃でしょー?」

そうだけども。

「さて、オリジンが帰ってきたなら僕はお暇しようかな。エーとエフの様子も見に行かなきゃ」

「いつも2人のめんどー見てくれてありがとねー」

「え……

「な、なんでちょっと驚いた顔してるのさ」

「君、お礼とか言えたのか」

……!?」

いくらなんともないように振る舞っていても、複製視点のアエってだいぶ怖い人なんだろうな……

「まぁ、いいや。じゃあね」

「ちょ、待って、どういう、あーもー全然待ってくれないー!」

ワンさんは呼び止めるアエを無視して消えてしまった。他の複製たちがいる部屋に移動したらしい。

……ねぇアウ。僕って、そーゆーの言わないと思われるタイプだったっけ?」

「もうそんなことはないと思うけど」

「昔はそーだと思ってたんだね……

……無意識に思ってることが出るよね、こういうのって。

「うーん……もーちょっと複製たちともお話すべきかなー……

そう悩むようになったのは、成長なんだろう。
依頼には、それなりに応えられてるんじゃないかな。

「何笑ってるのさ」

顔に出てたらしい。

「何でもないよ」

「何でもないのに笑うアウはちょっと怖いんだけど……

「え、俺笑ってたらダメ……?」

「そこまで言ってないよー!?」

軽くからかいつつ話題を変えることにする。

「ほら、今日は何するの」

「えっ……えっとー今日はー昨日のゲームの続きしたいー!」

「んぇ、それ俺とでいいの?」

「れんしゅーしとかないとまた馬鹿にされるよー?」

「うっ……

「いわゆる姫プに耐えられるなら別にいいけど……

「や、やるよ、やるって、女の子に守られてるだけなのわりと気にしてるんだから!」

「ゲームに男も女も無いと思うんだけどなー」

「珍しく人並に遊べるゲーム見つかったのに負けっぱなしなの悔しいし、かっこ悪いって思って悪いか……!」

「そーやってムキになるからいけないんじゃないかなー……

…………それ、は、そう」

「しょんぼりさんになっちゃった……あんまり難しくない小技教えてあげるから元気出してー」

腕を引かれて、ゲームルームまで連れてかれる。
二時間くらい遊んで、一緒に夕飯作って食べて、今度一緒に歌いたい歌の話を聞いて。

今日も、そんないつも通りの一日。

これからも、ずっとそうだったら、いいな。