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みずあめ
2025-04-28 00:56:19
5208文字
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brmy
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神麗
パソソン2を聴いて書き殴った神麗。
「あ? その日は仕事」
『え〜! そこをなんとか! 麗も好きでしょ?』
「んなこと言ったってシフト入ってんだよ。決まってることうだうだ言うな」
『いつもの事務所の掃除だろ? 俺が昼間のうちにパパッとやっておくから、それか終わってから二人でやってもいいし!』
「しつけーな! 行かねえっつってんだよ!」
怒鳴るようにそう言って電話を切り、そのままスマホをポイと放り投げる。ベッドの布団に埋もってしばらくブーブーと震えていたが無視して部屋の掃除を進めた。
電話の相手は神家で、来週の夜にあるライブへの誘いだった。以前はオレが一人で聴いていた曲を、今は神家も聴くようになって、全然趣味は合わないのにあのバンドだけは共通して好きだから時々話のネタになっていた。都内でライブがあると知ったのは数ヶ月前で、だけどオレは暗いところも狭いところもうるさいところも好きじゃなくて、ライブに行くなんて考えもしなかった。神家はいいな、行きたいな、とかなんとか言っていた気がしたけど、それにも適当な相槌だけを返したはずだ。
掃除の手を止め、静かになったスマホを拾い上げてカレンダーで日付を確認する。やっぱり仕事が入っている日だ。神家の言うように特務部の代行ではなくいつもの事務所の掃除だから一日くらい休んだって、他の日に代わりに行けばいいだけだった。チャッタスの画面を開き、オレのシフトを作っている由鶴へのメッセージ画面までいって、文字を打つことなくそのまま閉じた。
くだらない。仕事を休んでまで行きたい場所ではない。
ぐらぐら迷う心を振り切るように頭を左右に振って、スマホをもう一度ベッドの上に放り投げる。掃除はあらかた終わっていたけれどゴム手袋を付け普段は平日にはやらない風呂場のゴムパッキンへスプレーを吹き掛けた。
週末、いつものようにオレの部屋にやってきた神家を追い返しきれずに部屋に上げ、神家が持ってきたポップコーンやドーナツを食べながら映画を見た。テーブルの上にはコップが二つ並んでいる。神家が気に入ってよく飲んでいた紅茶のティーバッグはこの間使い切ったけれど追加で買ってあったから、にこにこアホみたいに機嫌の良い神家が自分の分と一緒にオレ用にミルクティーを入れてくれた。砂糖が控えめな優しい甘さのミルクティー。いつも甘ったるいもんばっか食ってるくせに、オレのために作られるもので甘すぎるなんてこと一度もなかった。
二人きりで過ごすことに、ずいぶん慣れた。最初はどんな顔してどうしていればいいのか分からなくて避けていたけれど、神家はそんなオレを笑うことなく、いつも通りでいいよと言った。麗のしたいようにしていい、怒ってても笑ってても俺が麗のこと好きなのは絶対変わらないから、麗の一番過ごしやすいようにして、と。言われたことを飲み込めずにオレが固まってる間も神家はただそこにいて、繋がれた手が温かくて、オレはそれをそっと握り返した。普段は見ないような映画も、人のいる部屋の空気も、一人じゃ飲まないミルクティーも、いつも通りのことなんてひとつもないけれど、それでもそこに神家がいればオレは気を張らずにいられた。
映画を一本見終わって、配信サイトを行ったり来たりしながら何か見たいものがあるか探しているふわふわした時間。オレはずっと聞こうと思っていたことを聞くため密かに緊張しながら、ミルクティーを一口飲んで口を開いた。
「あれ、どうしたんだよ」
「ん? あれって?」
「
……
ライブ、チケット取ったとか言ってただろ」
捨てるのは勿体ねぇから、と続けようと思った言葉は、神家の「あぁ」と言う声で遮られた。
「篠信くん誘ったら一緒に行ってくれることになったよ。無理言ってごめんな? もうちょっと早く誘っておけばよかったなぁ。次、またリベンジさせて」
「
……
」
「麗?」
「
……
ライブとか、うるせぇの、無理」
「だよな。了解。他のデートに誘います」
心臓がキンと凍ったように冷たくて、痛かった。他のやつが行けるなら、チケットが無駄にならずによかった。昨日由鶴と話した時にその日の仕事をズラしたけれど、休みの日にわざわざライブだなんて疲れそうなところへ行く必要はないんだから。ザワならきっとライブをしっかり楽しんで、神家も無駄に気を使わない相手との方が楽なはずだ。
「え、麗、顔色悪いよ? どうした?」
「
……
甘いの食べすぎた。トイレ」
「大丈夫?」
伸びてきた手を払い落として立ち上がり、ふらっと傾きかけた体をなんとか足を踏ん張って堪えトイレへ向かった。後ろで神家がなんか言ってたけど、耳が聞くことを拒否していた。
トイレに入って鍵を閉め、しゃがみ込んで床を睨みつける。泣きそうな意味が分からない。神家には神家の交友関係があり、オレはその中ではわりと上の方にいて、でも、ただそれだけだ。付き合っているからって全てを独り占めすることなんてできない。当然だ、わかっている。それなのに何が気に食わないんだ、この欲張りな心は。
何分経ったのか分からないけれどたぶん結構な時間が経っていて、トイレの扉がコンコンと優しくノックされた。麗、とオレの名前を呼ぶ声だけで神家がどんな顔をしているのか想像がつく。
「大丈夫? まじで体調悪い感じなら病院行こ。お腹痛いの?」
「
……
平気だ。寝てれば治る。帰ってろ」
「心配だから顔だけでも見たいんだけど」
「腹痛いから無理。後でちゃんと連絡する」
「
……
」
「電話するから」
「
……
わかった、約束な。本当にやばそうだったら何時でもいいから連絡して」
「わかった」
扉の前から足音が遠ざかり、キッチンで洗い物をする水音が聞こえた後、もう一度足音が近づいてきた。「帰るけど、後で鍵ちゃんと閉めてね」と神家が言って、返事をしないと動かなそうだったから仕方なく「わかったよ」と返して、離れていく足音と玄関の扉の開閉音を聞いた。
ずっと世界をぼやけさせていた涙がようやく乾いてきたから服の袖で顔を拭い、籠城していたトイレから出た。綺麗に整えられているキッチンとリビングを確認してまた少し涙が滲む。涙腺がバカになっていやがる。洗面所で顔を洗い、鏡を見ないように目を逸らして玄関に向かって鍵を閉めた。一人きりの部屋はとても静かだった。
あのバンドの曲を一人の時にはよく聴いていたのに、今日はどうしても聴く気になれなかった。今頃ライブは終わっただろうか。どこかに出かけることもせずに布団に包まっているだけなんだからいっそのこと当日券でもなんでも買ってライブに行けば良かったか。ライブに行きたいわけではないことは分かっていたけれど。
時間潰しのためだけのパズルゲームのアプリも飽きてきていた。もう寝てしまおうかと欠伸をかいたところで、画面がパッと切り替わる。手の中で震えるスマホは着信を知らせて、頭の隅で期待していた名前を画面に大きく表示していた。
「
……
」
心臓がうるさい。画面を見つめたまま瞬きすらせずに動かないでいれば着信は止まり、数秒後にもう一度電話が掛かってくる。やっぱりそれにも応答はしない。楽しかったよ、なんて言われて、何を言えばいい。
二回目の着信も途切れた後、今度は部屋のインターホンが鳴った。思わずバッと布団を跳ね上げて起き上がり玄関の方へ顔を向ける。数回インターホンが鳴って、よく知った声がオレの名前を呼んだ。
「麗? いないの?
……
もう寝ちゃったかな。麗ー?」
インターホンが繰り返し鳴らされ、そのあまりのしつこさに顔を見たくないとかよりも近所迷惑だ!という考えで玄関に向かい扉を開けて「うるせぇ!」と叫んだ。夜の住宅街にその声がかすかに響き、目を丸くした神家が自分だってうるさかったくせに「しーっ! もう夜だから!」なんて慌ててオレの口を塞ぐ。
口を閉じてキッと睨み上げたオレを見ると、今度はほっと安心したように笑みを浮かべた。意味が分からなくて余計にイラつき神家の手のひらに舌打ちの音を当てる。
「ごめん、えーっと、本当にいっぱいいろんな意味で謝らなきゃなんだけど、
……
でも、とりあえず、泣いてなくて良かった。それがどうしても気になって、こんな時間に部屋に行くの迷惑だって分かってたんだけど我慢できなくて」
「
……
ハァ?」
「そうだ、おみやげ! 帰り道で通ったパン屋さんがすっごいいい匂いで、しかも入ったらドーナツとかも置いてて、調子に乗って買い過ぎちゃったから麗も食べない? 夜ごはん、なんか食べた?」
「は? なに」
「とりあえずお邪魔するね。玄関前で話してるのとか、隣の家だと結構聞こえちゃうんだなーってこの前気づいてさ」
「は、あ、おい」
「おじゃまします。あれ、真っ暗だ。ごめん、まじで寝てた?」
半ば押し入るようにして部屋に入った神家の後ろで扉が閉まり、薄暗い玄関で向かい合う神家がオレの目元をそっと撫でた。男の指先は硬くて冷たいのに、神家がオレに触れる時だけ、どうしてこんなに柔らかく温かいんだろう。
「
……
寝てねぇよ。寝ようとはしてた」
「わぁ、ごめん? じゃあもう夜ごはんも食べ終わってるか。でもパンは麗にもあげたいな、今食べなくていいから好きなやつ選んでくれる?」
「
……
ライブ行ってきたんじゃねぇの」
「うん、行ってきたよ。
……
麗、今日休みにしてくれてたの、なんで言ってくれなかったんだよ。たまたま由鶴さんに聞いて、俺ほんと
……
めちゃくちゃ後悔したんだけど」
「
……
べつに。休みたいから休んだだけだ。チケットはザワのおかげで無駄にならなかったんだからそれでいいだろ」
「よくない。俺は麗と行きたかったんだもん」
拗ねたような口調で言われたたった一言のそのわがままに、ぶわっと体温が上がった気がした。好きだと何回も言われているしオレにだけ向けられる言葉をいくつも知っている。好意は確かめるまでもなく分かっていたけれど、それでも、今のオレにはその神家の言葉が深く刺さって心臓が甘く痛みを訴えた。
「麗?」
「
……
もう、かえれ、あほ」
「
……
やだ。もうちょっと一緒にいたい。ぎゅってしていい?」
「
……
」
「嫌だったらちゃんと蹴飛ばしてね。
……
麗、俺さ、いーっつも麗のこと考えてるよ。今日のライブ中もこの曲麗が好きなやつだーとか、ここだと結構スピーカー近くてうるさいから麗と来たらもっと後ろ行かないとなーとか。帰り道だって篠信くんと話してるのに麗のことばっかり話してたみたいで笑われちゃうし、パン屋さんでも麗が好きそうなパン無意識に探しちゃってた。麗に会える理由をいつも探してて、結局理由を見つけられなくても会いに来ちゃうし。笑っちゃうよね?」
「
……
他のやつと行ったくせに」
「うん、ごめん。次はもっと駄々こねて麗が一緒に行くまでわがまま言い続ける」
「うぜぇ、やめろ」
「あはは! ね、すっごいわがままなんだよ、俺。だから麗もいっぱいわがまま言って。俺は麗のわがまま聞きたいから」
「
……
」
みんな最初はそう言って、本当にわがままを言えば面倒臭いって顔をして離れていく。期待なんてしたくない。どうせ傷付くだけだから。
神家だって、こんなこと言ったって次なんてないんだろう。
……
そう、思うのに、でも神家のことだから本当に懲りずにまたオレに声をかけて、わけわかんねーことごちゃごちゃ言って、最後にはオレはコイツの思い通りになってしまうのかもしれない。それが全然、嫌じゃない。神家のわがままなら、なんだって聞いてやりたいと思ってしまう。
「
……
クロワッサン」
「え?」
「でかくてサクサクのクロワッサン、食いたい」
「
……
、
……
じゃあ、買ってくる。
……
え、ねえ、そんなこと?」
「ふっ。うそだよ、いらねー。次パン屋で見つけた時に買ってきてもいいけど、今はいい」
「クロワッサン好きなの? ていうかそういうわがままじゃなくて」
「んじゃ夏用に手持ちの扇風機欲しい」
「買う、それも買うから、そうじゃなくてさ」
「ふ、ふはっ、買わなくていいよばーか。なんもいらねーって」
「でも」
おまえがいればそれでいい、って。言わなくても分かれって言うのがオレのわがままだよ。抱きしめられている体に自分から寄りかかって、神家の肩にぐりっと額を擦り付ける。すぐに神家の手が少し強引にオレの顔を上に向けさせた。顎を掴む手の力強さだって嫌いじゃないこと、おまえは知っているんだろうか。
目が合って、神家はぐっと何かを堪えるように眉間に皺を寄せて目を細めた。人にはわがまま言えって言うくせに、おまえだっていつも色々飲み込んでんだろ。
「神家」
「
……
なに?」
「好きにしろ。
……
それがオレのわがまま」
言い切る前に唇が重なった。誰にも期待なんてしたくない。だけど、神家だけ、オレの特別になってほしい。
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