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三崎
2025-04-27 21:38:38
5336文字
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弔いと、明日と
ラス6♂本「ふたりの境界線」の火√話「燃え尽きた惑星で」の幕間的な話です。
バスキュラープラント跡地を訪れる二人の話。
ラスティwebオンリー合わせの書き下ろしです。
あの大災害
――
レイヴンの火が起きた、その中心。バスキュラープラント跡地へ向かって、ACフルコースは駆けていく。
この惑星を燃やした首謀者の一人、シンダー・カーラが残した機体。レイヴンの火から五年が経ち、過酷なルビコンの環境に晒されたせいで、塗装は剥げ、傷だらけになっている。
そのコアの中で、少し痩せた二人の男が静かに抱き合いながら到着の時を待っていた。敵も、味方さえいなくなったルビコンは、自動操縦モードで機体を動かしていても危険はない。眠ってしまってさえ、何か取り返しのつかないことが起きたためしはなかった。何もないから、何も起きない。ただそれだけの、虚しい惑星。
その中でも、とびきり虚しくなった場所へ向かうことに決めたことに、何か理由があった訳ではなかった。ただ、少しばかり落ち着いた炎の中、珍しく621が提案したことがきっかけだった。
コーラルが全て燃え尽きたことを確かめる、そんな途方もない旅は、順調といえば順調だと言えた。邪魔するものは何もなかったし、元々コーラルが少なく、被害の無かった場所を起点に活動を続け、今のところ、活性コーラルは見つかっていない。僅かな不活化コーラルを溜め込んで、いざという時のために保管してあるだけだ。
食料は乏しく、しかし二人が食いつないでいくには足りている。気がかりなのは、621の体調くらいだった。乏しいのは食料だけでなく、医薬品
――
それも、旧世代型強化人間向けの薬はほとんど見つからない。体調に異常がなければ必要のないものではあったが、あるに越したことはない。本人は気にしていない様子だが、医療設備がある場所を見つけるたび、ラスティは祈るような気持ちでそこを探索した。出来る限り、621には生きていて欲しかったから。
そんなラスティの思いを知ってか知らずか、621は、バスキュラープラントの様子を見に行きたい、と言い出した。どこまで近づけるかはわからないが、どういう状況かだけは確認したいのだと。見に行くのは最後で良いと思っていた場所、どう考えても、有用な物資が残っているはずのない場所に。
ルビコンを覆った炎は落ち着きつつある。そして浮き彫りになったのは、燃え残りと溶け残りが混ざりあう地獄のような地表。その中心だったバスキュラープラントがどうなったかなんて、想像に難くない。周囲にいた人々
――
特にアーキバスの社員たちは、骨も塵も残さず、ほとんど蒸発したことだろう。この機体を託してくれた彼女もまた、あの近くで死んだはずだ。
「あそこには
……
もう、何も残ってないぞ」
「それでも
……
」
きっと、たくさんの人が死んだ場所だから、ずっと放っておくのは良くない気がする。そう、たどたどしく621は話した。行ったとして何が出来るでもない。行く意味なんて何もない。そう言ってしまうのは簡単だったが、ラスティにはどうしてもそれを口に出来なかった。ラスティもまた、多くの知り合いを失った場所だったからだ。
結局ラスティは、無理のない範囲で、という条件のもと、バスキュラープラント跡地へ向かうことを承諾した。
死者を弔う余裕など、ルビコンにおいてはほとんど無かった。大抵は埋めて、それで終わり。命日に死を悼むような、そんな贅沢が出来る人間はいない。企業も別の意味で似たようなものだった。死体が手元に戻って来るのは稀で、遺品を遺族に送り返すことが出来る者はかなりの幸運の持ち主といえた。もちろん、余程親しい相手や家族は別だが、誰がいつ死んだかなんて、いちいち覚えていられない。それくらい、湯水のように人が死んでいくからだ。
もちろん、あの日
――
ルビコンが再び炎に包まれた日に比べたら、どれもこれも、可愛い数に過ぎなかったが。
あの日、爆発したバスキュラープラントの近くには、それぞれの見知った顔が数多くいた。
621と共に戦い、ラスティを逃がしたシンダー・カーラ。道中で死んでしまったチャティ・スティック。621の友人だったエアも。
アーキバスはバスキュラープラントでの仕事に人員を多く割いていたから、必然的に大半の社員は死んだことになる。その中にはラスティのかつての部下も含まれていただろう。バスキュラープラントの側で艦隊の総指揮を取っていたはずのV.Ⅱスネイル、補佐をしていたV.Ⅴペイターも、おそらく生きてはいない。V.Ⅲ
……
オキーフは勘が良かったから、もしかしたら彼の部下を含めて逃げ延びているかも知れないが、期待はしすぎないほうがいいだろう。生きていたとして、もうルビコンを去っているはずだ。
解放戦線の人々も
……
灼けた空の向こうで一人戦うラスティを援護しようと、地上でバスキュラープラントを襲撃していたから、おそらくは。
出した犠牲の数だけを考えれば、一足先にルビコンを撤退したベイラムの連中は幸運だったかも知れない。
普段、思い出さないようにしていても、バスキュラープラントが近づいてくると、あの時のやりきれない思いが蘇ってくる。なにか、手立ては無かったのか。惑星を焼くこと以外に、皆が救われる選択は無かったのか、と。
互いの信念をぶつけあい、その結果がこれだ。誰もいなくなった惑星で、ラスティと621は二人きり、果ての見えない旅を続けている。誰も責めない代わりに、誰も認めてはくれない、そんな旅を。
だからかも知れない。もう返事をしない多くの命に、自分たちはこの惑星で生きていて、あなたたちのことを忘れていないと、そう告げたくなったのは。
二人は数日をかけてバスキュラープラントの付近までやって来た。ぽつぽつと交わしていた会話は少しずつ少なくなり、ただ身を寄せ合って、静かに到着を待つだけになる。プラントから十キロメートルほど離れた地点で、機体からアラートが鳴った。汚染濃度が高く、これ以上近づくのは危険らしい。
「
……
ここらが限界か」
「
……
」
モニターには、赤く暗い空間が映されているだけだった。拡大してみても、光景は大して変わらないまま。あれから五年。それほどの年月をかけても、詳細を調べることはおろか、近づくことさえ出来ないとは。
吸い込まれそうな深い赤。言葉を失ったラスティに、621がぽつりと呟いた。
「
……
わたし、一人なら
……
行ける、かも知れない」
「駄目だ。アラートを聞いただろう」
ラスティの強い口調に、621は押し黙った。致死量のコーラルを浴び、それでも生還出来たという話は聞いている。コーラルに耐性があるというのは真実に違いないが、それを承諾する訳にはいかなかった。機体にどんな影響があるかもわからないし、何より、彼を一人で行かせてしまったら、そのまま帰って来ないような
……
そんな気がしたから。
「この状況では、あまり長居するのも良くないだろうな
……
」
「ああ
……
でも、もう少し
……
」
先に行くのは許さなかった手前、その621のわがままは許すことにした。ラスティも621と共に、何も無い、赤い空間を見つめる。コーラルの影響が色濃い621には、自分には見えない何かが見え、聞こえない何かが聞こえているのかも知れない。死者の手招き、今なお残るコーラルたちの嘆き、そういったものを想像して、ラスティは621に気付かれないようにこっそりと身震いした。惑星を守れず、この惑星を燃やした張本人と共にいる自分を責める同胞たちの恨み言
……
それが聞こえていたとしたら、きっと、耳が壊れるほど、苛烈なものに違いないだろうから。
負けてしまったらルビコンがどうなってしまうか、ラスティは考えないようにしていた。自分が死んでしまっても、ただ勝利を、灼けた空の向こうにあるはずの理想を掴もうと、前だけを見ていた
……
つもりだった。それなのに、カーマンラインで621と対峙してみれば、自分が見ていたのは621だけだったことに気付いた。理想でも、同胞でもなく、遥か高みへ飛んでいく背中を、目には見えない翼を追いかけて、ただ必死に手を伸ばし
――
そして、全力を出しても、その羽根にさえ届かなかった。やっとのことでそれに触れることが出来たのは
……
。
「
……
もう、行こう。ラスティ」
「いいのか」
「ああ」
悲しげに目を伏せる621に頷いて、ラスティは来た道を引き返し、ブースターをふかした。不活化したコーラルが漂っているおかげで、動力不足を感じることもない。全速力で駆け出して、二人はここから一番近い、損傷の少ない拠点へと向かった。
企業によって放棄されたそこは、バスキュラープラントから百キロ近く離れた高台にあった。被害を免れたのには幸運以外の理由はない。立ち寄ったのは、バスキュラープラントに向かう道中が初めてで、訪れるのは二回目だ。AC格納用のガレージはもちろん、食料もそれなりに残されており、ベッドもシャワーも、暖房設備も生きている。賞味期限・使用期限については見ないふりをして、食料も備品もありがたく使わせてもらうことにした。
バスキュラープラントまで全速力で駆け抜けていたから、身綺麗にすることも何もかもがおざなりになっていた。二人は、数日はここに留まって休息を取ることに決め、久しぶりに熱いシャワーを浴び、暖かい食事をとり、清潔なベッドの上で眠ることにした。
言葉少なに寝支度をして、拠点の中で一番広いベッドの上に横になる。おそらくはこの拠点の責任者に割り当てられていただろう、上等な部屋のベッドだ。ここに眠っていた誰かは、もうこの惑星にはいない。生きてさえいるかどうか。
この途方もない旅を始めて以降、二人抱き合って眠るのが習慣になっていたから、今日も自然とそうなった。碌な整備も出来ないまま、時折軋むようになった義足を外し、小さくなった621の体をラスティが腕の中に収めて、体温を分け合う。
「
……
ラスティ」
「ん?」
「ありがとう、わがままを
……
きいて、くれて」
ぽつりと621がラスティに呼びかける。聞き返すと、彼はラスティに礼を言った。わがままだったという自覚はあるらしい。ラスティは苦笑して、621の頭をそっと撫でた。
「
……
いいさ。いつかは見に行かなければと思っていたしね。久々に、あの時のことを思い出したよ」
「
……
」
あの時のこと、と聞いて、621は気まずそうな表情になる。あの、ルビコンを炎が包んだ日。それはつまり、自分がラスティを打ち負かした日でもあって
――
。
「ああ、いや、怒っているとか、恨んでいるとか、そういうことじゃないんだ。ただ
……
」
自分の無力さを思い出しただけだ。慌ててそう口にしたラスティを、621は驚いた顔で見上げた。きみが無力であるはずがない、どうしてそんなことを言うんだと、そう言いたげに。
「私では、君には届かなかった。君をこうして抱きしめていられるのは
……
シンダー・カーラと、君が倒れていたおかげだ。ルビコンを背負って戦ってきて、自分にはそれなりに力があるつもりだったけれど、君一人を手に入れるのさえ、自分の力ではどうにもならなかったんだ」
私があの灼けた空へ飛んで行けたのは、本当に多くの支えがあったからだ。けれど、企業とまともに戦えるのは自分だけだと、そんな思い上がりがあったことも否定出来ない。もっと素直に誰かを認め、頼れていたら
――
例えば、腕の中の君に、ルビコンを救うために手を貸して欲しいと、そう懇願していたら
――
もっと違う結末が訪れていたのかも知れない。今更だとわかっていても、そういうことを考えてしまった
――
。そう、ぽつぽつとラスティは語った。
「
……
わたしも、似たような、ことを
……
考えて、た」
君や、他の誰かに、知ったことを
――
コーラルのことを知らせて、どうにかする方法を皆で探すことが出来たなら。誰も死なずに、惑星も燃やさずに済んだのかも知れない。コーラルは危険なものだと思ったし、主の願いを叶えたかったのも本心だったけれど、と、621は拙い言葉で話した。
ああ、その通りだ。こんな途方もなく、取り返しのつかない、多数の犠牲を払うことになる決断を、たった数人の思惑でしてしまって良いはずがない。そう言うのは簡単なことだったが、ラスティは喉の奥から出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。言われるまでもなく、彼はきっとわかっている。
いくら後悔しても、もう遅い。失われたたくさんの命の上に立ち、それでも歩いていくしかないのだと。
「今更、悔やんでも
……
許されない、のは、わかってる、けど」
「ああ
……
。でも、戦友。私達は生きているし、一人ぼっちでもない」
だから、今、出来る最善を尽くそう。そうラスティが告げると、621は小さく頷いた。咎められることも、許されることもないなら、せめて、自身の信じるものに従って生きていきたい。
この広い、虚しくなった惑星の中、力強く打つ二つの鼓動。互いのそれに耳を澄ませ、生きている証を抱きしめながら、二人はそっと目を閉じた。
途方のない旅はまだ続く。誰もいなくなった惑星の静かな夜が、また一つ過ぎていった。
おしまい
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