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溶けかけ。
2025-04-27 21:32:28
1958文字
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ほぼ日刊
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あくがれ
以前呟いた、どうしても人であるフリーナが認められないヌヴィレットのお話です。
「疲れたから休む
……
もう、放っておいてくれ
……
」
柔らかなネグリジェ姿のまま、部屋から顔を出したフリーナは開口一番そう言った。
「フリー
……
」
名を呼びきるより早く、扉が閉まった。耳を済ませば、静寂の中にスプリングの軋む音が微かに聞こえてきた。かと思えば、それもすぐに聞こえなくなり、パレ・メルモニアの最上階はしん、と静まり返った。鳥たちの世間話も窓を叩く風の手も届かない無音の廊下でヌヴィレットはしばし、立ち尽くす。
──きっと、すぐに良くなるはずだ。
根拠のない自信で胸を満たし、不安に揺れる心に蓋をしてヌヴィレットは歩き出す。しようがないのだ、デスクには私を待つ書類たちが列をなしているのだから。
──このとき、ヌヴィレットは誤解していたのだ。それも致命的なまでに。
フリーナはどんなことにも傷つかない機械仕掛けの神ではなく、一人では上手く立てないこともある人間であることを。
「フリーナ殿。いつまでそうして部屋に籠もっているつもりかね?」
苛立ちをノックと共にドアへとぶつける。フリーナが部屋に籠もるようになって早一ヶ月。初めのうちは、疲労が溜まっているのだろう、と大目に見ていたヌヴィレットであったが、流石に我慢の限界に達していた。
「フリーナ殿」
ドアを叩く音が強くなる。にも関わらず、フリーナは部屋へと籠もったまま、返答すら寄越さない。
そのことにヌヴィレットの中で余計に苛立ちが募っていく。
「フリーナ」
二人きりの時にだけ呼ぶことを許された名を呼べども、フリーナからの返事はない。ヌヴィレットは苛立った心情のまま、勢いよく扉を開けた。
「やあ、ヌヴィレット
……
」
ベッドに身体を預けていたフリーナはヌヴィレットの無作法を咎めることもなくゆっくりと起き上がると無礼な侵入者を空虚な瞳で見つめた。
ぞわり。
感情のない瞳に睨まれたように感じて、ヌヴィレットの肌が粟立った。
青い双眸は淀み、ふくよかな頬は頬骨が薄っすらと判別出来るほどに痩せこけ、星色の髪は艶を失い、使い古された人形のようであった。ネイルで彩られていた爪は何度も噛んだのかぼろぼろで所々に血の塊がこびりついていた。
──これは、誰だ?
疑問が鎌首をもたげる。見慣れた白いネグリジェから伸びる手足は枝のように細く、水分の抜けた皮膚はカサつき、どこかくすんでいて、それがより、枯れ枝のような印象を与えていた。
「何か用?」
抑揚のない平坦な声でフリーナが尋ねた。常日頃から喜怒哀楽を表現していた鈴のような声が今は掠れ、老婆のようだった。
「いつまでそうしているつもりだ」
「いつまで
……
」
フリーナは徐ろに首を傾けた後、ああ、と短く感嘆詞を口にした。
「すまない。そうだったね」
ふ、と表情を和らげたフリーナに安堵する。ヌヴィレットのよく知る彼女だ。
「水神でもない一般人がこんな豪華な部屋を使っていいはずもなかったね。明日から適当な客室にでも移るとするよ」
──は?
目を見開いて動きを止めたヌヴィレットに気づかないまま、フリーナは尚も言葉を続ける。
「キミに叱咤されて反省したよ。家を探したらなるべく早く出ていくから、少しだけ待っていてくれないか?」
ヌヴィレットは瞠目したまま、フリーナを注意深く観察する。感情の一切を削ぎ落とした瞳に薄っぺらい笑みを貼り付けた唇。メイクを剥がした顔の下には濃く深く刻まれた隈が露わになっている。
「
……
そういう話ではない。君は水神として自分の仕事をするべきではないかね? 君の認可を待っている書類が数多く存在しているのだから」
一つの瑕疵もなく、人よりも人らしい振る舞いをする水神。気ままで我儘でヌヴィレットを振り回した彼女ならば、食ってかかってくるはずだ。
「ああ
……
そうだね
……
。キミにあげるよ」
「は
……
」
「僕は本当は水神でもない。ただの人だったんだ
……
でも、それでキミが非難されるのはいただけないね
……
僕からちゃんと国民に伝えなくては
……
」
フリーナは腕を組むと考え込むように頭を垂れた。それから思いついたように立ち上がると数歩進み、前に倒れ込んだ。
「ははっ
……
久しぶりに歩いたものだから歩き方を忘れてしまっていたみたいだ
……
ありがとう」
ヌヴィレットが手を差し出せば、小さな手が指先にのった。
「フリーナ
……
」
「
……
? どうかしたかい?」
「いや、何でもない」
フリーナはヌヴィレットの手を借りて立ち上がると逃げるように部屋を後にした。
一人残された部屋でヌヴィレットは差し出した方の手を握りしめた。脳裏に浮かぶのは頼りなく震える小さな手。
「私は認めない」
彼女は
……
フリーナは神でなければならないのだから。
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