三崎
2025-04-27 21:25:41
7082文字
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いつかの僕たちは、それでも

ラス6♂本「ふたりの境界線」の解放者√書き下ろしでした。
二百年後生まれ変わった二人がなんかいい感じにラブラブしてる話。
ラスティwebオンリーに合わせて公開しました。
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 アパートのドアを出て、いつもと同じ道をゆっくり歩く。公園の側を横切って、通勤・通学する人たちの流れに乗って、駅へ続く歩道を歩いて数分。そろそろ、彼がやって来る頃だ。
「やあ、おはよう」
「おはよう、ラスティ」
 僕は足が悪いから、彼より少し早く家を出る。数分遅れてアパートを出た彼が追いつくのが、大体この辺りなのだった。
……君、顔色が悪いな。体調でも悪いのか?」
 駅までの道を並んで歩きながら、ラスティは僕の顔を覗き込んで、そう尋ねた。つくづく、よく気がつく男だ。そういうところがモテるんだろうなと思いつつ、返事をする。
「いや、そんなことは無いよ。少し、夢見が悪くてね……
「そうか……
「たまにあるんだ。だから、気にしなくて良い。夜には元気になってるよ」
「なら良いが……無理はしないでくれよ」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
 そう、何が何でも夜には元気にならなければならない。何しろ今日は週末、金曜日。一週間の疲れを癒そうと、帰りに一杯飲んで帰ろうと約束している。社会人になりたての僕たちは金がある訳でも無いけれど、たまに飲んで帰るくらいは良いだろう。
 話しているうちに駅につき、僕たちは同じ電車に乗り、同じ駅で降り、二つ並んだビルへ、それぞれ出勤した。偶然というのは重なるもので、勤務時間もぴったり同じ。九時間後には、彼と一緒に駅に向かって帰路につくことになる。
 これだけの偶然が重なれば、当然仲良くなるのも早い訳で……僕たちは自然に付き合うようになり、そろそろ二ヶ月が経とうとしていた。
 出会ったばかりの頃は、格好をつけて〝私〟なんて言っていたけれど、彼と話していると気が緩んで、そんな仮面は早々に剥がれてしまった。でも、社会人になってすぐにそんな相手と出会えたことは、きっと幸運なのだろう。やりたかった仕事に就けたとはいえ、働くことには相応の辛さがあるからだ。会社の外に友人がいることは、色んな面でありがたさがある。
 僕はビルのロビーにある自動販売機で缶入りのフィーカを買い、自身にあてがわれたデスクについて、支給されたラップトップを開いた。
 さて、夜の楽しみのためにも、今日も一日頑張るとしよう。


 僕が見る悪夢には、いくつかの種類があった。それは、真っ白な病室で体を切り開かれる夢だったり、二機のACから雨あられのようにミサイルを打ち込まれる夢だったり、暗い空の上で赤いACが墜ちていくのを見下ろす夢だったり、薄暗い小屋の中で男たちに取り押さえられ、鉈を振り下ろされる夢だったりする。
 そんな夢を見た日は、決まって汗だくになって目を覚まし、疲れた朝を過ごすことになる。結局は夢に過ぎず、眠れていない訳でもないのだけれど、気分としては良くない。
 どうしてこんな夢を見るのかはわからない。祖父は防衛軍でACの整備士として働いていたけれど、僕はAC乗りになんてなろうと思ったことは無かった。争い事は得意じゃなかったし、植物の――農作物の研究をして、この惑星をもっと豊かな惑星にしたいと考えた。大学でその分野の研究をして、念願かなって希望通りの企業に就職もした。名付けてくれた祖父は、少し残念そうにはしていたけれど、夢を叶える一歩を踏み出した僕に、頑張れと言ってくれている。両親だって同じだ。家族も、仕事もある。きっと充実した、幸せな人生を送れているはずだ。それなのに、どうしてかこの悪夢だけは、頭の中に巣食ったまま消えてはくれない。
 ――まさか、本物の〝レイヴン〟の記憶だったり……なんてことは、ないよな。
 僕は、たまたまかの英雄と同じ名前というだけの、どこにでもいる一般人だ。生まれ変わりだと言うのなら、防衛軍のエースパイロットにでもなって、この惑星に侵略してくる企業勢力を追い返し、皆から称賛されるような人間になっていたはずだ。
 悪夢のことは気にはなるけれど、毎日見る訳でもない。きっと僕の前世は、どこかの不幸なAC乗りだったのだろう……。僕はそう思うことにして、昼を過ぎる頃には、悪夢を見たことなんて、すっかり忘れていた。――のだけれど。


「一体、どんな夢を見たんだい?」
 酒の席での話題として彼からそんな質問を投げかけられてしまい、僕は少し困ってしまった。隠すような話ではないのだが、そんなに楽しい話でもない。
……大した夢じゃないよ。今日は、寂れた山小屋で、悪い男たちに殺されそうになる夢」
 僕がそう言うと、ラスティはグラスを持ったまま、ぴたりと手を止めた。
……なんだって?」
「だから、山小屋で――
「いや、その内容は理解できたんだが、ちょっと、予想外だったというか……
 思っていたよりグロテスクな夢だったから驚いてしまったんだ、とラスティは言う。幸いと言って良いのかなんなのか、僕は夢の中では殺される側だから、そうグロテスクでもないのだけれど、想像する側からすると、そう感じるのかも知れない。
「そんな話をさせて悪かった」
「いや……気にしないで」
 見慣れている夢だからと、特に気にせず口にしたのも悪かった。気まずさを誤魔化すように、三分の一ほど残ったビールを飲み干す。近くを通りかかった店員に声をかけると、ラスティもおかわりを頼んだ。ビールとハイボール、僕たちは大体いつもそれだ。
 この店にはラスティと何度か来たことがある。初めて彼と会った時、一緒に街を見て回り、暗くなってきたからどこかで一杯、という話になって、入った店がここだった。
 店内に設けられた大きなモニターには、星内で行われているサッカーの試合中継が映されている。僕はそう詳しくないけれど、二チームに分かれて、ゴールポストにボールを入れた数を競うものだ。二百年前にはスポーツを見て楽しむなんて考えられなかったことだと、こういう中継を見る度に祖父が言っていた。僕くらいの年代だと、スクールでの定番の部活動の一つがこれだったし、ふうん、くらいの返事しか出来なかった。足も悪いから、実際にやったこともない。ラスティはサッカー部に入っていたらしく、時折モニターを見ては楽しそうにしている。
 残り少なくなったポテトサラダを口に運びながらモニターを見ると、ちょうどどちらかのチームがシュートを決めて、点数が入ったところのようだ。ラスティが小さな呻き声を漏らす。どうやら贔屓のチームが劣勢らしい。店内では歓声を上げる客と、ラスティのように呻いたりため息を吐いたりする客とが入り混じっている。特に贔屓のチームのない僕はそのどちらでもなく、賑やかな雰囲気だけを楽しんでいる。
「おまたせしました!」
「ああ、どうも……
 ちょうど店員が酒のおかわりとフィッシュアンドチップスを持ってきてくれ、僕たちはそれらを受け取って、空いた皿を渡した。試合の状況はさておき、これは熱々のうちに食べたい。さくさくふわふわに揚げられた白身魚を皿にとって、卓上にあったビネガーをびしゃびしゃにかける。ぱらりと塩を振ってかぶりつけば、軽い食感と爽やかな酸味、そして魚の身がほろりとほどけて、とにかく美味い。すぐもう一口いきたくなるのをぐっと堪え、熱々になった口に、届いたばかりの冷えたビールを流し込む。程よい苦味と炭酸が心地良い。
「いつも思うんだが、君はなんというか……マイペースだよな……
「そうかな……
 ラスティはラスティで、揚げたてのフライドポテトを口に運んで、ぐびぐびとハイボールを飲んでいる。それだけなのに妙に絵になるから、いい男というのは、本当に……
「狡いよなあ、君は」
「なんだ、急に」
「いや、別に……
 僕も熱々のフライドポテトを口に放り込んで、店内のモニターに視線をやった。同点のままロスタイムに入った試合は、両チームとも一層気合いが入り、攻防にも熱が入っている。店内の熱気も上がるばかりで、客も店員もモニターを気にして、選手の一挙手一投足に様々な歓声が上がる。
 こうした命のやり取りではないことで盛り上がれるようになったことを、二百年前の英雄はどう思うのだろう。素直に喜んでくれるのか、それとも……
「おおっ!」
 試合終了、二分前。ラスティの贔屓のチームが華麗なロングシュートを決めた。店中が歓声に包まれた二分後、互いのチームの健闘を称え合う乾杯がそこら中で交わされることになったのだった。


……もう、飲み過ぎだぞ、ラスティ」
「うう……つい……
 周りの雰囲気に呑まれたのもあって、お互い、いつも以上に飲んでしまった。僕はラスティより酒に強いおかげで歩くのに苦労はないが、それも一人ならの話。杖を付きながらよろめくラスティを支えつつ帰路を行くのは、なかなかの重労働だ。
 僕たちは一旦、噴水公園のベンチに腰掛けて、一休みしてから帰ることにした。自動販売機でペットボトルの水を二つ買い、片方をラスティに渡す。ラスティはそれを一気に半分程飲み干すと、ほう、とため息をついた。
「君がそんなに酔うなんて、珍しいな」
……
 酔いが回りすぎているのか、ラスティはぐったりと項垂れたまま答えない。アパートはすぐそこだし、そこまで心配している訳でもないのだけれど、こんな彼は初めてで、少し驚いてはいた。辛いなら下手に声をかけない方が良いかも知れない。僕は水を飲みながら、ラスティの返事を待つことにした。
 夜の噴水公園は、静かだった。かつての英雄たちが駆っていたACの像も、心なしか寂しげに見える。彼らの時代と今とでは、あまりに様変わりし過ぎているだろう。かつてのルビコンでは、主食はミールワームというコーラルを食料にして育つ虫か、僅かな星外からの支援物資くらいだったと聞く。今では食料も水も酒も煙草も、大半はルビコンで自給自足出来ているし、飢えて死ぬ子どもなんていない。農業も畜産業もそれなりに発達したし、ほとんど未開だった海を浄化して、星外から輸入した稚魚や稚貝を使って、海産物の養殖もされている。ここまで豊かな惑星は、きっと数える程しかないだろう。
 僕たちの世代は、この豊かさが〝普通〟だ。そのはずなのに、それに現実味を感じられない気がして、ふわふわした心地になる時がある。二百年前の雪と氷に閉ざされた頃のルビコンが、ふっと頭に浮かぶのだ。あの恐ろしく冷たい夢を見た時は、特に。
……すまない、世話をかけた」
「気にしないで。そういう時もあるさ」
 僕はそう言って、申し訳なさそうなラスティの肩をぽんと叩いた。彼にしては珍しいけれど、僕を含め、若いうちは調子に乗って飲み過ぎるということはよくあることだ。と思っていると、ラスティは思いもよらないことを話し出した。
……実は」
 私も、悪い夢を見ることがある、と。
 僕は驚いて、どういうこと? とラスティに尋ねた。
「私の見る夢は……いくつか種類はあるが、そのうちの一つが、あまりにも君の夢と似ているものだから……驚いてしまったんだ」
 僕の悪夢と似ている夢。あんな悪夢もそう無いだろう。驚くのも無理はない。
「さっきは動揺して、言えなかった……それで、つい、飲みすぎて……
……そうか。その、君の夢っていうのは……?」
 なんとなく様子がおかしかったのは、そのせいだったのか。となると、夢の内容が気になってくる。似ている、というだけで、ラスティは〝同じ〟とは言わなかったからだ。
 ラスティは少し黙って、長く息を吐くと、ぽつぽつと話し出した。
……夢の中で、私は……寒々とした森の中を歩いているんだ。森の中を彷徨って……そして、雪が積もった山小屋を目指して走って……その中で、どう見ても助かりそうにない、大怪我を負った誰かを見つける……そんな夢さ」
 薄暗がりで顔は良く見えないけれど、思い返してみると、君に似ていた気もする……
 ラスティはそう話して、ペットボトルに残った水をぐいと飲み干した。
「もし、夢で見た〝誰か〟が、本当に君だったとしたら……私は、きっと……いつかの君を、助けられなかったんだろうな」
……
 僕は、なんと返せば良いのかわからなかった。ラスティが見た夢が、僕が見た夢の続きだとしたら、いつかの僕たちは……
「幸い、今はそんな酷いことが起きるような時代じゃないけど……でも、君に何かがあった時は、今度こそ、間に合いたいな……
 ラスティはそう言って、酔った赤い顔のまま、僕に微笑みかけた。
 こういう時でも格好良いんだから、彼って人は、本当に……狡い。僕はわざと無視をして、夜空に向かって伸びをした。
……じゃあ、僕は、襲われても負けないくらい、強くなろうかな」
……もう、せっかく格好良いことを言ったのに」
「君にばかり格好をつけさせる訳にはいかないだろ?」
 君ほど格好良いつもりもないけれど、そう言って笑ってやると、ラスティは少し照れた様子で苦笑した。
「君って奴は……
「ふふ、たまにはね」
 夜風が頬を撫で、街灯が僕たちを優しく照らしている、そんな夜。穏やかで、いい夜だ。
 僕たちはベンチから立ち上がり、まだ覚束ない足取りで、アパートへと戻ることにした。


……ラスティ、大丈夫か?」
「ん……
 なんとかアパートにたどり着いた僕たちは、一階にある僕の部屋に向かうことにした。ラスティの部屋は二階だから、今連れて行くのはちょっとキツい。手前から三番目が僕の部屋だ。僕は鍵を取り出して扉を開けた。週末は僕かラスティか、どちらかの部屋で過ごすことが多いから、それなりに片付けてはある。
 部屋の中に入ってしまえば、こっちのものだ。玄関の明かりをつけて靴を脱がし、よたよたとベッドへ向かう。とにかく横にしてやらなければ。この様子では、いつ寝てしまうのかわかったもんじゃない。
「ほら、ベッドまでもうちょっとだから……
 そう声をかけて、寝室に入った瞬間。ラスティは僕の手をぐいと引いて、すぐそこのベッドの上へとなだれ込んだ。スプリングがギシリときしみ、ラスティが酔ってふにゃふにゃの顔で、ニッと笑う。まるで悪戯が成功した子どもみたいだ。
「もう……
 ベッドに押し倒されてしまった僕は、呆れ半分でため息をついた。どこまでが酔いで、どこまでが本気なのか、僕にはちょっと判断がつかない。
……あれだけ酔ってて、ちゃんと勃つ?」
「今日は、君を抱きたいんだ。どうしても……
 そう言うラスティは、僕の腹に、芯を持ち始めたものを押し当てている。まだ半勃ちという様子だったが、まあ、そう言うなら、好きにさせてやることにしよう。ただし――
「まあ、良いか。でも、もし勃ちそうになかったら……僕が君を抱くからね」
……悪いが、そうはさせないさ」
「どうだか」
 むっとした顔のラスティが、くすくす笑う僕の唇を塞いだ。ふわりとウイスキーが香るキス。酔っていつもより熱っぽい舌を味わいながら、僕はラスティの背に腕を回し、ぎゅっとその体を抱きしめた。


 翌朝、ラスティより先に目を覚ました僕は、カーテンの隙間から挿す明かりに目をしかめた。時計を見ると、まだ明け方と言っていい時間。今日は休みだし、二度寝してもいいけれど……
 隣で眠るラスティは、まだ目覚める様子はない。昨晩はかなり酔っていたし、結局寝落ちに近い様子で果ててしまっていた。おかげで僕は不完全燃焼で、つまりは、ラスティが起きたら覚悟して欲しい、ということ。あの夢の答え合わせが出来て色々と思うところがあるのは、僕だって同じだった。
 僕はあの夢を、不幸なAC乗りの今際の際の出来事だとばかり思っていた。けれど、それはきっと、間違いだった。
 あの夢の主はいつかのラスティに、言葉では表せないくらい、愛されていたのだろう。あの出来事からどれくらい時間が経っているのかはわからないが、何十、何百年もの時を経ても夢に見るくらい思われていたとしたら、彼はきっと、幸せだったに違いない。死に際はどうあれ、それほど愛されていた人間の人生が、不幸でなんてあるものか。
 誰かから見れば、いつかの僕たちは不幸な終わりを迎えたのかも知れない。でもそれは特別なことではなくて、長い歴史の中では、ありふれた不幸の一つでしかないのだろう。
 今も過去も、きっと未来にも、不幸や悲劇は数え切れない程あって、けれど、それと同じか、それ以上に、幸せだって溢れている。だから……いつかの僕たちは、それでも幸せだったのだと、僕はそう信じたい。
「んん……
 ラスティが眠そうな声を上げて身じろぎをする。僕を抱き枕にして、気持ち良さそうに眠るその整った顔を見ていると、見返してやりたい気持ちがふつふつと湧いてきて、いけない。
 二度寝はやっぱり止めた。君が目覚めてすぐ、昨晩、君がしてくれた以上に優しく激しく、可愛がってやりたくなった。
 僕はラスティを起こさないように気をつけながら、そっと額にキスをした。
 格好良い君の、格好悪いところを、もっとたくさん見せて欲しい。嫌いになんてならないし、むしろもっと好きになると思うから。
 春の、まだ涼しい朝。君と過ごす穏やかな夜明け。月並みかも知れないけれど、こうした日々がいつまでも続けば良いと、心からそう願う。
 僕の願いなんてつゆ知らず、ラスティはすうすうと暢気な寝息を立てていた。


終わり