ヨジ🔞
2025-04-27 21:09:24
5869文字
Public jjba
 

【DIOプチ】AD覚書

「AD」執筆中のネタ出し連想の覚書と、元ネタ・自己解釈の解説。

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【タイトル・構成】
 「Playbackの前日譚のDIOプチ」を書くというところからスタート。
 他のことは一切何も決まってなかったので、まず「Playback」を読み返し、過去に少しだけツイートしていたD/SのDIOプチツイートを集めるなど。ワインかけられるとかビンタされるとか、そんなふわふわしたかるーい妄想です。
 あとはSM的なえっちな妄想をちょっとして、いやこれいくら妄想しても構想決まってないと書けないなという行き詰まりを感じたので、誰視点という大枠を考えはじめる。神父の回想という形が書きやすいかな、というのは即決定して、じゃあいつの時点の回想なんだ?という問題が発生。最初はPlaybackが始まる直前、この小説の最後で徐倫を登場させる……ということを思いついたけど、別に面白いオチでもないので保留に。
 時系列的にどこを切り取るか、を先に考えるのは難しいなと思ったので、またちょっと別のことを考えることに。前作「Playback」は小説全体が記憶DISCになっていて、読者がそれを読む=神父がDISCを再生するという物語構造上の工夫があったので、こっちでも何か上手いことしたいなと。DISCに関連させたいけど、どうしようかな~~。神父は別にDIOとの思い出をDISCにしてるわけじゃないし。というか、この話は神父の回想になる予定だけど、自分の頭の中のことってどれだけハッキリ覚えてられるのかな~、記憶ってあやふやだしDISCにするときってそういう主観と客観のズレどうなるんだろ……的なことを考え、「DISC化された徐倫との記憶↔頭の中にのみ存在するDIOとの記憶」という対比をさせようと思いました。取り出せば古びることなく永遠、脳内だと擦り切れて摩耗していく……的な。ここからレコード(アナログディスク)に発想が飛ぶ。
 徐倫の記憶DISCとの対比を考えると、時系列は「Playback」本編後の方がいいかな、となりました。そこで、後日譚として承太郎がエンリコ・プッチを処刑しにくる展開を考えていたことを思い出し……最初は前日譚の予定だったけど、前日譚と後日譚をくっつけて外伝ということにしよ~と決定。この物語の神父の回想は、処刑前の最後の再生(プレイバック)ということに。
 このへんでレコードのことを調べます。レコードはCD(コンパクト・ディスク)との対比でAD(アナログ・ディスク)とも言われるそうな。そこから、ADって紀元後のことだよなと連想。連想ゲームはリアル知識がかなりモノを言う。しかも調べ物は、調べた中でどれを小説の材料として使うかの取捨選択があって、時間かかるね。これが楽しいんだけど……。で、ADはラテン語Anno Domini(主の年に)の略でした。そういやそうだわ、BCはBefore Christでしょっちゅう使うけど、ADは使わないから忘れる~。なんというか、考えてみればあたりまえなんだけど、Domで繋がったのが嬉しかったよね。さすがDIO、しびあこ。ついでに紀元後ADがAfter Deathの略と勘違いされがちという情報も入手。後日譚で神父は死ぬから使えそうだなと思って、使いました。つか、寄せていきました。
 これでタイトル・構成あたりが確定。このへん思いついたときに書けるな、という確信を得ました。私が常に言ってるオチを思いつけば書ける(オチを思いつかないと書けない)というのはこういうことなんだ。おかげで出だしが書けたし。小説、出だしを書くのが大変だからホント助かった。ちなみに、「Pick the needle up off that broken record and sing a new song:壊れたレコードからレコード針を外して、新しい歌を歌いなさい(意味:昔の恋人のことは忘れなさい)」ということわざ?があるらしい。
 このあと中身を考えたりなんだりを挟みつつ、全体の構成を詰める方にもたまに戻ってきて考えてた。DIOの記憶と心中するのはいいけど、徐倫のDISCってどうするんだろうというデカい問題があってね……。どこに隠すんだとか、承太郎に処刑されるとして見せていいのか、そのときにはDISC持ってるってバレちゃうじゃん……とか。そこから逆に、承太郎に嫌がらせでDISC見せる神父という閃きが生まれました。逆転ホームランだぜ! 承太郎をすごく苦しめてしまう鬱展開になってしまうが、よく考えたら神父は承太郎のことたぶんめちゃくちゃ恨んでいるので、それくらいするだろという脳内GOサインが出てしまった。徐倫のDISCも道連れにする神父、これで二つのカップリングを上手いこと同時に解決したと思いたい。原作の神父は徐倫にとって父殺し的な意味を持って立ちはだかってくるな(神「父」だし)という自己解釈があり、そこは「Playback」でも意識したので、ここで父親対決書けて満足。承太郎と神父、二人ともDIOとの対比関係があるから、裏の裏は表理論でニアリーイコール的な関係にあるんだよね。ここの対決好きだ……
 細かいことなんだけど、神父が死んだらDISCもなくなっちゃうだろ(ダービー兄弟の例もあるし)というこれまた大問題があってね。そんなこと言ったらウェザーとかFFとか詰めたら破綻するんですけど。神父が承太郎にDISCの処分方法を教えるというシーンを絶対入れたかった(手錠デスマッチのオマージュ)んで、処分方法別に教えなくてもいいじゃんとなっちゃうのは困る。もうそこは、神父が死んでもDISCは残るという設定にさせてもらいました。ここが今回の話で設定的に一番無茶したなと思う。こうした適度なガバさはどうしようもないと自分に言い聞かせております。あとありがとうSPW財団。


【02 Anno Domini】
・「DIOを前にしての一日は百年となり、百年は一日となる」はペテロ第二の手紙3章8節より。千年ではなく百年にしたのは、DIOが深海にいたのが百年だったからという理由と、このフレーズを知ったボルヘスのエッセイでは「主を前にしての一日は百年のようであり、百年は一日のようである」と書かれていたから。ちなみにボルヘスは、「神学の入門書は、永遠とは時間のすべての部分を同時的かつ全体的に直観で把握することであると規定」と言い、上記のフレーズは生を軽視する言説と言っている。(平凡社『ボルヘス・エッセイ集』)
・「神が被造物を支配するように、君のことを支配したい。神は化けものや鳥や、見えない霊や、あるいは法悦そのものの姿になって、その被造物を支配する」は、原作の「神を愛するように君のことを愛している」のアレンジではなく(重ねた意図もあるけど)、ポーリーヌ・レアージュ『O嬢の物語』からのほぼ完全な引用。あとに続くフレーズは私が補いました。今作だと参照したのはここだけなんだけど、実は前作「Playback」のSMプレイのかなりの部分は、この小説を元ネタにしている。
・「DIOという導星の光は、わたしの無意識・無防備状態の心の奥に入り込んだ。ダイナミクスという本能に対するインパクトは、巨大な効果となって人間を支配する」は原作15巻「ヘビー・ウェザー その⑩」より。そのあとの「彼がわたしをまなざせば、わたしもまた彼に見入った。彼という法悦はわたしの心に深く入り込み、肉体の本能を反応させる」も神父によるヘビー・ウェザーの説明を部分的に取り入れた。
・「初めて魂に息を吹き込まれた」について、これは昔英単語を勉強しているときに知ったんだけど、英語のinspireは‘spire’(息を吹く)という語幹にin-(中へ)という接頭辞が添えられてできた動詞で、語源的には「(神が)魂に息を吹き込む」という意味がある(参照:TOEFL® TESTスピーキング英単語 ワンポイント講義)。いつもミケランジェロの『アダムの創造』を思い出す。
・ワイン=キリストの血とか、洗礼とか、右の頬を打たれたら左の頬を差し出せとか、この辺は適当にごたまぜにぶち込んだのであまり私の意図はないです。解釈の余地……あるかな。架橋できそうなら各自してください。強いていうなら、最初プッチくんが殴られたのは右頬だから、DIOは利き手ではない左手で殴ってくれたということになります。やさしいね。
・神父がつける襟、ローマンカラーは犬の首輪と言われているそう。これは前回の「Eat The Apple」で使おうと思っていたネタなんだけど、こっちに使えてよかった。
・DIO、脳を押されて人間以上の身体能力を引き出せる……ということなら代謝よくて体温高かったらいいなと思ってたんだけど(デカくて熱い生き物ってなんかかわいくない?)やっぱり原作で吸血鬼は寒い日でも呼気が白くならない(ストレイツォ)ので、ひんやりしてるんだろうな。
・今回の話全体を流れるサディズムについては、主にジョルジュ・バタイユ『エロティシズム』第二部のサド論を参考に書いてる。あとはサディスト・神・支配者の立場とはどんなものかを説明するうえで、亀山郁夫『『悪霊』神になりたかった男』やシモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』他、今まで読んだ本をちょこちょこ取り入れている。サディズムによる生の破から、原作11巻「JAIL HOUSE LORK! その①」の俗欲のない人間(信頼できる友)への解脱という文脈に接続。
・「死者の書」は私のリアル知識だったけど、大天使ミカエルはこの死者の審判について裏取りしている過程で初めて知った。私、キリスト教全然知らないんだよな~……特にこういう天使とかの独自設定のところは思想の話じゃないから全然興味が出ない。天秤、なんかいくら調べても重い方と軽い方どっちがいいかって話が出てこなくて……調べ方が悪かったのかな……つかそこ気にならないんかい! まあ定説はないらしいです、たぶん。間違ってたらメンゴ~~~。
・「交わりと使命の秘跡」について、カトリックの秘跡のことを私はよく知らないんですが(ごめん、知らないことばっかなんだ……)、主な七つの秘跡というものがあって、キリスト教入信の秘跡(洗礼・堅信・聖体)、いやしの秘跡(ゆるし・病者の塗油)、交わりと使命を育てる秘跡(叙階・結婚)に分類されるらしいです。wiki調べ。DIOプチ、結婚しろ~~~!! いやごめん、ここも適当。適当知識ばっかでごめん。私の言うことを信用しちゃだめだ。誰か助けて。カトリックのこと全然わかんないよ……だってあんまり興味ないんだもん……(本音!!!)(開き直るな)
・シーツのくだりについては、鷲田清一『モードの迷宮』参照。身体の存在の抹消と、色彩のコントラストの描写。あと、いないいないばあをしているのは悪の帝王がバブバブしているだけです。対象の永続性を理解しはじめているね。ピアジェの発達段階理論でいうと感覚運動期だ。
・「貞淑な人間は脚を隠すものだ。スカートとは天国へ行く道の一番始めの停車場だ、と言った人間もいるらしい。隠されたものは暴かれる宿命にある。……君の靴を脱がせたのは、わたしだったな」について、これも『モードの迷宮』参照。ディオが生きていたヴィクトリア朝時代では、下半身は徹底して覆い隠すものだったらしい。また、「スカートとは天国へ行く道の一番始めの停車場」はフックスの孫引き。
・「ある心理学者によると、すべての芸術は無意識の底から育ってくるという……それは何個、何万個という魂が泳ぎ蠢いている、夜の泉だ。その癒し救済する魂の淀みから、芸術家は自分の作品を汲む……」は、カール・グスタフ・ユング『創造する無意識』より。原作7巻「ウルトラセキュリティ懲罰房」のホワイトスネイクの話に合わせてアレンジしている。またこの本でユングは、ニーチェ『ツァラトゥストラ』の「夜の歌」から、「いまは夜――湧き出づる泉のみこそ語るなれ、わが心また湧き出づる泉なり」を引用している。
・リンプ・ビズキットの元のスタンド使いに関する捏造設定は、彫刻家カミーユ・クローデルをちょっとモデルにしてるけど、ほとんど原型はない。前見たなんでも鑑定団で名前を知りました。何とこのときの彫刻「ワルツ」、本物で3500万円だったんだ……。リンプ・ビズキット、私はDIOからもらったものではないと思っているけど、原作11巻「天国の時」とエピソード繋げたかったので捏造した。今はけっこう気に入ってる設定。また、死刑執行人のくだりについては、このあとの承太郎とのオーバーラップと、ホワイトスネイクのスタンドデザインが死刑執行人をモデルとしていることから。
・「癒しの力を獲得するには、自らも傷つけられた経験を持たなければならない。君は矢に選ばれ、貫かれた。君と、君のホワイトスネイクには、資格がある」については、マリー・ルイゼ・フォン・フランツ『永遠の少年』参照。「自ら傷を受けない限りシャーマン(治療者)にはなれない」「槍で首を突かれるなどの儀式を通して初めて資格が与えられる」「この体験はふつう恍惚状態を呼び起こし、星や不気味な悪魔に襲われ、引き裂かれる幻覚を抱く」「癒やしの英雄とは、独自の治療法を発見した人物」「実際に傷を受け、その苦しみを克服することが資格(→『星の王子さま』における蛇というモチーフ)」とある。ちなみに著者はユングの直接の弟子。
・「今度は、君がわたしを目醒めさせるのだ」は、原作15巻「ヘビー・ウェザー その⑤」のDIO「「心の記憶」を……それが君の目醒め」から11巻「ホワイトスネイク-追跡者 その⑤」の神父「DIO!君を目覚めさせわたしが使いこなすだけだ」に繋げるセリフ。


【03 After Death】
・徐倫=若いツバメの喩え、神父のDISC投げ、その他神父のセリフは、原作11巻「天国の時」より。
・「お前はわたしを怒らせた」は言うまでもなく原作三部の承太郎のセリフより。また、その後の「敵討ちは終わった。だが、だめ押しだ」も原作三部のDIOより。
・「ただの感傷にすぎない」は原作6巻「集中豪雨警報発令 その③」より。
・「これでわたしは心置きなく、この世を去っていける」は原作17巻「メイド・イン・ヘブン その⑥」より
・「君のことを、大切に思うからこそ」は原作3巻「面会人 その⑨」より