ユコ
2025-04-27 19:16:40
7422文字
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ジェネリック・ヒューマノイド・ラブ(レイチュリ)

お題:パートナー
教授にはギャンブラーが生きている限りは彼のアンドロイドは生み出せないという話。
※ロタに影響を受けていますが、特にロタの世界線との接続はない原作軸の二人です。




「ねえ。レイシオ教授が今日1502個目の特許技術の申請が降りたそうなんだけど、あの技術凄いわよ」
 君ももう使ってる?
 出勤早々、珍しくはしゃいだ声で僕に話しかけてきたトパーズに僕は首を傾げた。
「朝から君がそんなにはしゃいでるのは珍しいね。いい契約でも結んだ?」
「ふふん、今月の業績は君がどれだけハイリターンで稼ごうが私の勝ちだよ。それぐらいの大きな商談の契約を三つも朝から得てきたんだから」
「質で僕に勝てないから数で稼ごうって? ありえないな。今日の勤務が始まってまだ2システム時間だよ、君の能力がいくら高かろうが時間は生み出せない」
「ところがこのレイシオ教授のプログラムを使えば、それも実現可能ってわけ」
 自信満々という笑みを浮かべながら、トパーズは僕に端末を突きつける。
 そこにはトパーズらしきシルエットの人物の上半身が映し出されている。
『おはよう、アベンチュリン。先週の出張案件の始末書はちゃんとジェイドさんに提出したでしょうね?』
「うわ! びっくりした……、え? 何、これ録音ボイス?」
 トパーズと同じ声が端末から響いて僕は目を見開く。普通のコミュニケーションロボットやチャットbotの音声なんかじゃない。ちゃんと僕に何かと突っかかってくる感情的なトパーズの声がきちんと再現されている。
「違うわ。私の思考AIを搭載した自立型会話プログラムよ。レイシオ教授が開発したプロトタイプのね。これを使って、朝から同時並行に三つも商談を済ませてきたってわけ。契約内容が決まっている簡単な商談内容であれば私の代わりに全部このプログラムがやってくれる。今までの私の不在を伝えるしかできなかった能無しチャットボットと雲泥の違いよ。っていうか、君の端末にもインストールされてるんでしょ?」
……僕、それ知らないけど」
「え、そうなの? レイシオ教授、私以外のカンパニーの人間にも実験の協力を申し出ているって言ってたから、てっきり君もだと思った。憶質記録メモリを渡されなかった?」
 そう言ってトパーズは胸元から一センチほどの金色のリングのようなものがぶら下がっているチャームを取り出した。
「これ、メモキーパーと共同開発された電子メモリなんだって。持ち歩くだけで、光円錐に近しい情報量の憶質がこの電子メモリに貯まるの。これで私の言動や性格、癖をプログラムに学習させて、私をベースにした自立型会話プログラムをレイシオ教授が作ってくれたってわけ。……本当に君、知らなかったんだ」
……聞いてない」
 思わず拗ねた子供のような声が出てしまう。
 戦略パートナーの僕を差し置いて、トパーズに協力を依頼したのも面白くないし、彼から期待されていないという烙印を押されたような気分も相まって惨めさのダブルパンチだ。そんな僕の顔を見て、トパーズは苦笑した。
「まぁ、君の性格って捻くれてるからプログラムでは再現が難しいってレイシオ教授は判断したのかもね」
「はぁ? でも君はそのプログラムで業務改善できたわけだろ? こんなの勤務環境の差別だよ、レイシオのやつめ。僕は今から商談の前に、ジェイドに始末書を出しに行かなきゃいけないのに」
「『始末書案件ばっかり生み出す君が悪い』」
「うわぁ……、朝から聞きたくないお小言ダブルサウンド……」 
 レイシオのやつめ。
 僕は二度目の文句を胸の内でぼやいた。



          *



「おい、レイシオ! トパーズばっかり贔屓するなんてずるいじゃないか!」
 僕はレイシオの研究室に踏み入るなり、そう喚いた。
 レイシオの研究室はよくある研究所の構成と同じで、準備室と実験室が硝子で仕切られている。硝子越しの実験室にいても僕の声は響いているのか、レイシオは顔を顰めながら実験室の自動ドアを開いた。
「喧しい。アポイントメントもなしにやってくるな」
「マルガリータさんにはちゃんと連絡したよ」
「僕に入れろ」
「君、どうせ既読スルーだろ」
 準備室の研究机の上に置かれたままの彼の端末をじろりと見る。この状態じゃ既読もつかない。実験室から現れた白衣を着た姿のレイシオは腕組みをしながら僕に問いかける。
「一体何の件だ」
「あのトパーズの業務改善をした自立型会話プログラムの件だよ。僕の業務も改善してほしい」
「ああ、あれか……。駄目だ。あれは失敗作だ」
「え、あれで? トパーズの生意気さの再現率、めちゃくちゃ高かったけど」
 僕の返しに、レイシオは渋い顔を見せた。
「トパーズのような素直でまともな人間なら業務範囲内では比較的本人に近い形で会話を再現できる。ただ彼女以外に何人かに憶質記録メモリを渡して実験を試みたが、会話の再現がうまく行ったのは限られた事例だ。再現性がない理論は真理とは呼べない。これをみてみろ」
 そう言ってレイシオは渋い顔をして、椅子から立ち上がる。そうして近くの研究机に置かれていたパソコンを起動させ、画面を僕の方に見せた。その画面の中には、僕らしきシルエットの上半身が映し出されている。僕とそっくりの音声が、僕に向かって話しかけてきた。
『やあ。僕の名前は投資戦略部のアベンチュリン。もしよかったらゲームをしないか? このダイスの目が1が出たら、僕は君の望むことをなんでも話そう』
 この軽さ、間違いなく僕だ。
 僕は思わず小さな拍手を手元で叩いた。
「すごい、これ僕が言いそうなやつ」
「この程度がか? 僕の憶質からプログラムして君を再現してみたのがこれだ。こんなのちっとも君じゃない。君のギャンブルがこんな生温い遊びだったら僕は苦労してない」
 出会い頭に僕が突きつけた拳銃のことを言っているのか、顰め面のままそう言ったレイシオに僕は苦笑する。
「あれは特別だよ。僕だって毎回やってるわけじゃない。これぐらいの軽いハッタリだってたまにはするさ。軽い仕事ならこれぐらいの精度でちょうどいいよ」
「駄目だ。……こんなつまらないプログラムは君じゃない」
 そう苦々しい顔のまま吐き捨てるように言ったレイシオに、僕は瞳を瞬かせた。どうにも僕と彼の間で、この会話プログラムに対しての温度差がある。僕は首を傾げながら彼に問うた。
「もしかして、レイシオ。この自立型会話プログラムって、もしかして本気で人格を再現しようとしたのかい? ただの業務改善用じゃなくて?」
 痛いところを突かれたのか、レイシオが渋い顔を見せた。どうやら僕から見れば賞賛するべき技術も、彼にとっては恥ずべき研究らしい。渋々と彼が重い口をひらく。
……最初はその程度のつもりだったが、君という例題に手を出した時点で僕は誤った。結果、恥ずべきものをまた生み出してしまった。これは忘れろ」
 時折現れる自虐的な彼の顔を前に、僕は苦笑いを浮かべながら、励ますようになるべく明るく発言する。
「よくできてると思うけどなぁ……
「いや。これなら退屈なチャットbotの方がまだましだ。この自立型会話プログラムには、永遠に完成できない理由がある。君を例題にしてみて、遅れて気づいたんだ」
「へえ、どんな?」
……この自立型会話プログラムを例えばヒューマノイドや機械にインストールして実装しようとすると、ロボット工学三原則に縛られる」
「三原則?」
「この宇宙で人権を侵害しないために研究者たちが定めた原則だ。僕たちは人間性を再現するプログラムやロボットを生み出す時に、三つの条件を守らなくてはならない。一つ、人間に危害を加えてはいけない。二つ、人間の命令に従わなくてはならない。三つ、自身を守らなければならない」
「へえ、プログラムって自由に思えてなかなか不自由なんだね」
「つまり、君みたいな捻くれた人間はプログラムでは生み出せないということだ」
「それ、君がいう?」
 僕が捻くれてるなら、君も大概だろう。
 そう言いたくて唇を尖らせる。しかし、トパーズの予想は当たっていたと言わざるを得ない。つまり、レイシオは僕をプログラム上で再現するのは無理だと実験の前から早々に判断していたということだ。その理由も今はっきりと僕にはわかった。僕は掌で手を打って口を開く。
「でもこれで理解したよ」
「はっ、君が何を理解したと?」
「君がトパーズには協力をお願いして、パートナーである僕にこの研究の話をしなかったわけ。君はやっぱり凡人院の天才だよ。君はその一線を越えられないから天才じゃない」
……何が言いたい」
 僕の言葉が不服なのか、苛立ちを秘めた彼の視線がぎろりと僕を睨みつける。彼の地雷を平気で踏みつける僕のこの口は、もし研究室の職員が周りにいたのなら縫い付けたくなるほど酷いものだろう。普通の人間なら彼からの一睨みで逃げ出すのだろうが、彼の真意を理解した僕にとっては今やこの睨みは創造生物ケーキたちが戯れてくるような可愛いものだ。僕は微笑みを浮かべながら彼に話しかける。
「君は早々に気づいたんだろう? 僕にこの研究の協力を依頼しても、君の望む結果は得られないって。だって、そのロボット工学の三原則とやらの三つ目がある限り、君が生み出すプログラム上の僕は、絶対に僕にはなり得ない。三つ、自身を守らなければならない、だっけ? その条件がある限り、いくら似せようが、プログラムの僕は『僕』になりえない。僕という存在が君の研究の矛盾を証明してしまう」
 僕はこの身を賭けて生きることしかできない人間だ。自分自身を守らなくちゃいけない工学ルールに則った僕という生き物なんて、僕ではない。
 僕という人間の生き方を理解している彼は、早々にそれを理解していたというわけだ。
「違うかな? 先生」
 生徒としての僕の問いかけに、レイシオの顔が忌々しいと言わんばかりに歪んだ。そうして、深海の底にまで届きそうな長い溜息を吐く。
「はぁ……。君は本当に僕にとって難問だ」
「褒め言葉をありがとう」
「全く褒めてはいない。何がそんなに嬉しいんだ」
「だって、嬉しくないわけないだろ。君は僕にとっての最高の理解者だって、また一つ証明されたんだから」
 僕は歌うように軽やかにそう言いながら、いつもより疲れたように見える白衣の背中に言ってやる。
「君以上に僕を理解してる人は、この宇宙にきっともういない。それが君の天才性を否定することになっているのは皮肉だけれど」
「今日のアティニークジャクはいつも以上に囀りがやかましいな。仕事の邪魔だから帰れ」
「まぁまぁ。僕は今すぐ君を抱きしめたくなったよ」
「僕は今すぐ君を蹴り上げて研究室から追い出したい」
「レイシオ」
 僕の前から去ろうとする白衣の背中を引き止めたくて、僕は思わず彼の背中を抱きしめた。静かに、息を吸う。研究室にいる彼の体からは、外で見かける彼からは漂わない僕の知らない科学の匂いと、コーヒーの苦い香りがする。僕は研究室にいる時の彼の香りが好きだった。ずっと何かに向き合い続けている人からしか、感じられない香り。厳しい言葉で僕を拒んでも、僕を理解しようと努めてくれる人の香りだ。
「君は凡人院のベリタス・レイシオだ。君がまともな博士で、凡人である限りは、君は僕を仮想上プログラムでも再現することはできない。だって、天才たちが軽々越える一線を、君は超えられないから凡人院にいるんだろう?」
……君に言われずともそんなのはわかっている」
「僕は狂人と哲人の違いを言ってるんだよ。君は引き金を引けないけれど……、僕はその引き金を迷わず引ける。そして、君は僕という狂った銃が暴発しない安全装置セーフティだ。違う?」
 僕は汚れひとつない、真っ白で潔癖な白衣の背中に語りかける。
「だから、狂人の僕と哲人の君はいい相棒パートナーになれるんだよ。僕はそう思ってる」
 抱きしめてそう囁いたレイシオの背中は、無言だった。僕は無言の背中から言いようのない圧を感じて、彼の背中をゆっくりと手放す。さすがに気難しい男の地雷に踏み込みすぎたかもしれない。早々に椅子に投げ置いていた鞄と帽子を手にして、早口で別れの言葉を口にする。
「さて。そろそろ本当に君を怒らせそうだから、帰ろうかな。業務改善プログラムの開発は僕はいつでも待ってるし、君が望むならいくらだって僕が研究費用をカンパニーから引っ張ってきてやるから、その時はトパーズじゃなくて僕に声をかけてよね。じゃあ……
「待て」
 レイシオが厳しい声で僕を呼び止める。そうして研究机の引き出しを開けて、何かを取り出すし手にすると、僕の元へと速足で歩み寄った。僕の左手をむずりと持ち上げる。いったい何を。そう問いかける隙もなかった。彼が僕の薬指に黙って何かを嵌めた。──金色のリング。その形状には見覚えがあった。確か、トパーズが僕に見せたものと同じ形のものだ。自立型会話プログラムを生み出すための憶質を貯める媒体。
「トパーズに渡したのと同じ憶質記憶メモリだ。君に持っていてほしい」
……これ、指輪にするにはちょっと大きいんじゃない?」
 トパーズはチャームのようにぶら下げていたものだ。もとよりそんな身につける用途のものじゃないんだろう。僕は僕の指より一回りは大きいリングをはめた左手を彼に指し示す。気を抜けばぽろりと僕の指から抜けて外れてしまいそうなそのリングに、レイシオは渋い顔で答えた。
……そのつもりで設計はしていなかった。指輪として使いたいのなら、君の指のサイズに合わせる」
「なんで急に。もう研究は諦めるんじゃないの? こんなのまるで恋人たちのリングだ。僕たちが何を誓うっていうんだい」
 僕が問いかけると、レイシオは首を振った。
「君は僕の【相棒パートナー】だと言ったな。僕が君の安全装置セーフティを担うのなら、等しく君も僕の安全装置セーフティを担うべきだ」
「僕が君みたいなまともな男の安全装置セーフティになるだって? どうやって」
 僕の疑問だらけの問いに、レイシオは澱むことなく答えた。
「これは僕からの一方的な誓いだ、アベンチュリン。いいか。君がそれを持っている限り、僕は君の前では一生凡人でい続けてやる。君はその両の目で僕の生き様を見て、それを証明しろ」
 僕は彼の言葉に、思わず目を見開いた。
 僕が生きている限り、僕の前では彼は狂わない。ただの一生、凡人でいる。
 それは言い換えるなら、僕がこの憶質記憶メモリを手放した時、彼は何をするかわからないということだ。──つまり、この男はいつか僕を失えば、僕のために狂えると言っている。
 自覚した僕の口から、遅れて乾いた笑いが漏れた。
「はは……、それはちょっと重くない?」
 結婚の契りを結ぶ恋人たちだって、こんなことを神の前で誓いやしないだろう。僕は思わず胡乱な目でレイシオをじとりと見上げるが、一人で導き出した答えに納得した男は、いつもの高慢な笑みを取り戻していた。
「ふん、言動がいつも軽々しい君にはそれぐらいの重りがあってちょうどいい。話は済んだ。僕は研究に戻る。さあ、帰れ」
「呼び止めたのは君のくせにさぁ……
「勝手に来たのも君だ。ではな」
 本当にマイペースな男だ。
 僕に言いたいことだけ言い終えた男は満足したのか、硝子に囲まれた実験室の中へと戻っていく。僕は文句をぼやきながら、彼に背中を向けた。
『おや、帰るのかい? お客人』
 先程、レイシオが立ち上げたプログラムの中の僕が、去ろうとする僕に反応したのか、口を開く。僕はレイシオからは否定されてしまったプログラムの中の僕を憐れみ、肩を竦めた。
「ああ、君か。かわいそうだね、狂ってない正しい君には、彼は興味がないってさ」
『一体、なんのことだか』
「わからなくていいよ、マイフレンド。わからない方が人としてはまともだ。……君はプログラムだけどね」
 僕は左手に嵌められた憶質記憶メモリのリングに触れる。僕にとっては純金よりも重くて、宝石よりも価値のあるリングだった。随分と重い枷をはめたものだ。──僕も、君も。僕はその指輪に向かって小さく囁く。
……いつか君が、僕の魂を仮想上プログラムで再現できるとしたら……、それは、本当に君が天才の称号を得る時なのかもね……
 それは、哲人が狂人への一線を越える日でもある。
 そして彼が誓った通り、それを生きている僕が目にすることはないのだろう。
 僕は初めてこの世界に未練というものを感じた。同時に思う。
 ──そのいつかが見てみたいと、少しでも願ってしまうなんて。
 やっぱり、僕は狂ってる。
 悲しむべき愛する男が道を踏み外した世界を思って、今、僕の胸は確かに歓喜に満ちている。
『何か言ったかい?』
 プログラムの僕が、画面の中で不思議そうに僕に尋ねる。僕は静かに首を振ってみせた。
 僕はレイシオが口にしていたロボット工学三原則を思い返す。
 ──二つ、人間の命令に従わなくてはならない。
 僕は画面の中の僕に向かって囁く。
……聞いて。これは命令だよ。いつか君がもう一度目覚めることがあるのなら。僕が見れない彼を、『僕』が守って」
 狂いの側に、常に正しさがあるのが僕たちの関係なら、僕が見ることができないいつかの彼は狂えない『僕』に託すから。
 ──その時までは、どうか僕が、彼のそばに。
 彼が嵌めてくれた今にも落ちそうなリングにそっと唇を落として、そう静かに誓う。
 僕が生きている限り、君は狂わない。
 だって、僕が君を守るから。
 君の正しさも、君の道も、僕が守ってみせる。
 僕の命が、ある限り。
 ──だから、自母神様。いつか、僕がカカワの下で愛する家族と再会するその日まで。あなたが本当に僕を愛しているのなら、どうかその日までは少しでも長く、彼のそばにいさせてほしい。
『わかったよ、マイフレンド』
 何も知らない画面の中の僕が、軽やかに僕を肯定する。僕は『僕』と別れるためのシャットダウンのボタンをゆっくりと、確実に押す。できれば二度とレイシオがこの『僕』と出会わないことを願いながら。さようなら、マイフレンド。その『僕』が終わる感触はとても曖昧で、音もなく僕の目の前から消えた。