荒野ハチ
2025-04-27 14:37:24
3718文字
Public 小話
 

それは「私たち」になるということ

二人でないと叶えられない夢
二人だから叶えられる夢

「あっ!」

昼下がりの海沿いの遊歩道
誰かの咄嗟の声とともに
真っ赤な風船が空に浮かび上がった

高度を上げ、どんどん遠くなっていく風船をぼーっと見上げていると
近くで小さい子供の泣き叫ぶ声が聞こえてきた
女の子だろうか。どうやら、その子が手を離してしまい誤って飛ばしてしまったもののようだ

「また買ってあげるから」

きっと親御さんだろう。そう言って一生懸命その子を慰めようとしている

一点の雲もない青空____
飛んでいく真っ赤な風船は無情にも、次第にその広大な青い世界の中にのみ込まれていく……

泣き止む様子を見せないその子は、慰められながら抱きかかえられ
親子と思われる二人はそのままその場を離れていった


「あの風船
「ん?」
「ナホビノだったら、取ってあげられたのかも」

ナホビノの身体能力ならそんなこと造作もなかっただろう
とはいえ、こちらの世界ではできもしない“もしも”を悔いたところで
何の意味も成さないが

ああ。そうだろうな」

そんな“もしも”を、隣に立つ神造魔人は肯定した

不思議なものだ。
一人なら何の意味もないただの独り言だったものが、
二人なら「会話」という意味のあるものになるんだから

「ナホビノだったら……かぁ」
「? どうした」
「ううん。今そんなことを考えるのは、世界で僕くらいかもなって」

ナホビノだったら。なんて、当たり前だが嘗ては考えられもしなかった可能性だ。
これが、今は世界で僕たち二人だけの特別な可能性なのかもしれないと思うと、少し擽ったい気もする

「一人なら、考えもしなかった」
……
「考えられもしない可能性なら、最初から“できるかもしれない”なんて夢は見ない」
「夢 君の?」

夢というか、望みというか……
こうしたい。こうありたい。そんな思いというか
いつの間にかそんな思いは、どこかに置いてきてしまっていた

「夢。って言うと、少し大袈裟だけどね。……常なき世の中で、僕一人が何かに必死になったところで結局何も変わりはしない。
だから、期待する前に興味を無くしてた。「どうせ何も意味がないんじゃないか」って」

世の中の全てが白黒に見えていた毎日
何をやってもそこに意味を見出だせなくなってて、何も感じなくなって、まるで抜け殻のような……
生きながらにして死んでいる。って、きっとこういう事を言うんだろうと

「でもあの日 アオガミに出会って、初めてナホビノになった日から、世界の見え方が大きく変わったんだよ」
「どのように?」
「世界が、とても広く見えた」

一人だから気付けなかった
一人で見る景色しか知らなかったんだもの
けれど、一人から二人になって途端に目の前の世界が色付き、大きく拡がった
二人だからこそ成せる、ナホビノって可能性が生まれてから___

「あの世界を車に負けない速さで駆け回って、自分の身長の倍の高さを跳ね回って、神話の神や悪魔と戦うなんてこと」
……
「当然だけど、僕の身一つでは到底できないことだから」
……
「アオガミに出会って、自分にできることが途端に増えて

「? アオガミ?」

急に黙ってしまった神造魔人に違和感を覚え、目を向けると
彼はやや険しい表情でこちらの話を聞いていた
今の話の中に、何か気になることでもあったのだろうか

「アオガミ。どうかした?」
……だが君は、あの日を境に悪魔と深く関わるようになり、日常が大きく変わってしまっただろう」
「えっ
……
「それは、確かにそうだけど」
……

そっかまだ気にしてるんだ

出会った時からそう……
彼は悪魔と深く関わりを持った僕のことを案じ、
そのきっかけが自分の手を取ったためだと、やや負い目を感じているようなのだ

そういえば出会って間もない頃、ダアトの裏庭で
自分の手を取ったことを後悔していないかと聞かれたことがあった
あの時、僕の言葉を待たずにアオガミから「忘れてくれ」と会話を一方的に切られたせいで
結局その問いかけに答えてあげられていなかったことを思い出す

………

あれからずっと考えてたんだ……
二人で過ごした時間も今となればもう短くはない
その中で僕の気持ちも何となく伝わっていないかなと思っていたけれど
少し俯く彼の様子を見たところ、それは期待できそうにない。
『私たちは共に理解し合えるよう、こうして言葉を尽くしていこう』
アオガミが言っていた通り、言葉で伝えることって大切だなと改めて納得した

……だけど、悪い方向に変わったとは言ってないよ」
「少年?」
「アオガミに出会って、僕の日常が変わったことに間違いはないけど
それが悪いことだなんて。一言も言ってない」
……
「覚えてる?アオガミが僕に、私の手を取ったことを後悔していないか。って聞いてくれた時のこと」
ああ」
「あの時はちゃんと答えてあげられなかったけど


「僕は後悔してない」


改めて彼に向かい合い、その金色の眼に向かって真っ直ぐに伝えた
彼はやや驚いた様子で目を見開いていたが、
ゆっくりと目を細め、優しい視線をこちらに返す

「そうか君がそう感じてくれているのなら幸いだ」

ずっとそのことが彼の胸につかえていたのだろう
僕の言葉を聞いて、少し安心した様子にも見えた
もっと早く伝えてあげればよかったと、心苦しくなる

「ごめんね。ずっと気にしてたんだね」
「君が謝ることなど何もない。あの時、忘れてくれと頼んだのは私だ」

アオガミがあの時一方的に会話を切ったのは、もしかすると
僕から拒否されることを無意識に恐れていたからなのかもしれない。
ならば、それは違うとはっきり否定しなければならない
今までもそうだったし、この先も__

「君がそう思ってくれているのなら、この先も君に後悔をさせぬよう行動せねばな」
「アオガミと一緒にいて後悔なんてするはずないよ。この先もずっと」
……。嬉しいことを言ってくれる」

根拠は無いけどはっきりそう言える確かな自信
意味を失っていた僕の毎日に、意味をくれた人
冷めきっていた僕の心に、温もりを与えてくれた人
それだけで十分すぎる

「できるかもしれない。意味があるかもしれない。いろんなことに対して、そう思えるようになって」
……
「今までは何かを夢見る前に諦めていたことも、これからは叶えていけるのかもしれない。
アオガミと一緒ならって」

そう言って自分の背より頭一つ高い神造魔人の顔を見上げた
すると彼は、姿勢を低くして目の高さを合わせ……いや、
それよりも低く跪いて
真剣な表情で僕の顔を見つめてくる

……。ならば」
「ん?」
「君が見る夢を叶えることが、私の使命。いや、私の望みそのものだ。少年」
「アオガミ
「だからこの戦いで君の命は誰にも奪わせはしない。
あの日私の手を取り、私と共に在ることを受け入れてくれた君を、必ず守ると誓おう」

物語の中に出てくる、まるで主君に忠誠を誓う西洋の騎士のよう………
いやそれよりも、海沿いの遊歩道でこの光景は
何も知らない周囲から見るとまるで___

ドクンドクンと脈打つ自分の心音が耳を塞ぎ、周囲の音が消える
胸の脈動は次第に速さを高め、顔が火照り、その熱でやや頭がクラクラしてきた

…… 夢か
僕の夢見る未来は_______


「やだー!ちょー風強いじゃん!海風ぇ?」
「じゃあ帰るか?ウチでゆっくりしようぜ」

「Σ!?」

突如、比較的近い距離から第三者の声が乱入し
2人だけの世界に旅立ちかけていた意識が強引に現実に引き戻される。
そう。ここは現実世界の遊歩道

そっか。アオガミのことは普通の人には見えないんだった

よって周囲からは、一人の人間がただ突っ立っているようにしか見えないのだ
……見えていたら大騒ぎだったろうけど


「少年。君は寒くないか?」

そう尋ねながら神造魔人は立ち上がり、僕の風上側に移動する
本当、いつも僕への配慮を欠くことがない
もはや無意識なのかもしれない

「あっ;; うん。大丈夫」
「日中、太陽光により生じた陸地と海の気温傾度により、海風は夕方に向けて最も強くなる」
「もうそんな時間なんだ」

西の空に目を向けると、僅かではあるけれど夕暮れの色が滲んでいた。
今まで部屋の時計に頼りきりだった僕が、こうして身体全体で時間を実感するのは
随分久しぶりのような気がする……

『アオガミ。一緒に外を歩かない?』
この提案もまた、彼が居なければ実現しなかったもの。
そうでなければ僕は、今日のこの日も
色褪せたあの部屋に閉じ籠もってずっと本を読んでいたに違いない


「少年」

僕を呼ぶ声とともに、目の前に大きな左手が差し出される
まるで僕らが出会ったあの日と同じように___

「我々も帰ろう。少年」

そして僕もまたあの日と同じように、「うん」と頷き
その手を取った

🤝