アラあい

お迎え。

 締日というものらしい。
 アランはホスト業界に詳しくはないが、締日がホストにとって重要なものであることは知っている。月の売り上げの決算、ホストとしてのランキングや給与にも大きく影響する日である。
「今日はスーツ着るから、髪も合わせてもらえる……?」
「了解。格好良くする? 可愛くする?」
「アランさんのおすすめで」
 一番良くしてくれるから、とはにかむ彩衣雅にアランは任せて! とウインクをして、彼の長い髪を確かめながらスタイリングを考える。彩衣雅はこまめに店を訪ってくれるから髪に傷みはない。この前、整えたので毛先を取る必要もないだろう。
 考えながら想像する完成図。スーツを着た彩衣雅。
 ホストといえばスーツを着るものと思っていたアランであるが、最近のホスト業界はカジュアルな服装で接客する店も増えてきているらしい。スーツを着たホストを見たいのであれば締日に訪れるのがいいのだとか。生活時間の違いから彩衣雅の出勤時の服装を見ることは多くないが、少なくとも今日は彼もスーツだという。
「彩衣雅くんは弟っぽい感じで接客してるんだっけ?」
「うん……で、でも仕事だから……!」
「あ、大丈夫だよ。分かってるから。ごめんね、びっくりさせたよね。キャラ付け? に合ったスタイルのほうがいいかなって思っただけ」
「そ、そっか……ごめん、変な勘違いして」
「ううん。気を遣ってくれてるんでしょ? ありがと」
 髪を梳かす仕草で彩衣雅の頭を撫でれば、鏡越しに彼の顔がふにゃりと緩むのが見える。アランは彩衣雅の店を訪ったことがないので彼がどんな風に接客しているのかも分からないが、以前聞いた話では客層はお姉様系が多いという。きっと彼女らは彩衣雅がこういう顔を見せたら札束を積んで喜ぶのではないだろうか。アランだってこの顔を見たらなんでもしたくなる。可愛い恋人のことだもの、喜ぶことはなんだって。
「今日って遅くなるの?」
「うん、多分」
「お酒も結構飲む、よね? よかったら迎えに行こうか?」
 タクシーを使えばいいのだろうけれど、それなら自分が行ってもいいだろう、とアランが提案すると、彩衣雅は眉を下げて「いいの……?」と小さな声を出す。帰りの遅くなる恋人を迎えに行くのなんて嬉しいばかりで労などではないのに、いいのかな、と言わんばかりに窺う彩衣雅にアランはくすくすと笑った。接客中でなければ抱き上げて顔中にキスをしていたところである。
「もちろん。あ、でも」
「なに?」
「酔ってたら心配だからうちに連れて帰ってもいい?」
 彩衣雅の家に送ってそのまま帰るのでは、彩衣雅が一人で具合が悪くなっていないかと気を揉んでしまう。それなら自宅へ連れ帰ってしまったほうが安心だ。なによりも一晩一緒にいられるのならばそうしたい。
 アランがそう言えば、彩衣雅はじわりと頬を赤くしながら「いいのかな」と呟く。
「なんだか、そんな……恐れ多い……
「あはは、なんで恐れ多いの。俺、彩衣雅くんの恋人だよ? いつだって一緒にいたいし、できることならしたいって思うよ」
「こ、恋人……
「え、違う?」
「っ違わない……!」
 屈んで顔を並べて鏡越しに見つめれば、彩衣雅は勢いよくアランを見てから鏡へ視線を戻し、今度は両手で顔を覆ってしまった。彩衣雅としては顔を見たいようなのだが、視線が合うのは照れがあるようで、間近で見つめるとよくこうして慌ててしまうのだ。やりすぎると泣いてしまうので気をつけなくてはいけない。ましてや今夜の彩衣雅は沢山の女性に格好良く可愛い姿を見せるのだ。化粧をしたとしても目元が赤くなってしまったら大変である。
「きれいな顔隠さないで。恥ずかしいなら手元だけ見ててよ」
……顔も、見ます」
「ふ、あはは。ちなみに斜向かいの席、幕くんとカレラくん着いたよ」
「え!」
「反応いいねえ」
「あ、ちが、その…………もう、目が足りない……
 しおっとしつつもちらちらと同僚たちや鏡越しに自身に視線を送る彩衣雅を見ていると、推し活って楽しそうだなあ、とアランは思うし、言葉にはしないが負けたくないとも思ってしまう。恋人と推しは違うものらしいが、アランにとって一番見ていたくて応援したくて幸せになってほしい、幸せにしたいのは彩衣雅である。この気持ちは推し活の熱量にも負けないつもりだ。
(これも推し事ってやつになるのかな)
 彩衣雅は髪がきれいなのでかっちりとはいじらないほうがいいだろう。スタイリング剤は敢えてオイルではなくヘアミルクで。アランは己の仕事に向き合い、大好きなひとを誰よりも輝かせるための手伝いをする。
「じゃあ、本気でスタイリングするね」
「うん……お願いします」
 とろりとした彩衣雅の目。惚れ直してくれたらいいな、とアランは思った。

 ──深夜の繁華街、コインパーキングまでの短い道をアランは彩衣雅と並んで歩く。
 彩衣雅は足取りこそ危なげではないものの、少しぼうっとしているようなのでアランは何度も彼の顔色を確認したり声をかける。肩を貸すほどではないけれど、できれば手を繋ぎたいところだったがもし繁華街に残る彩衣雅の客に見られたらまずいだろう。酔った人間に肩を貸すのは珍しくなくとも、手を繋いだり腕を組むのは傍目にも親密だ。
「はい、乗ってねー」
「うん……
「水飲めそう?」
「飲める……けど、飲ませて」
「いいよ」
 助手席に彩衣雅を座らせてから運転席に乗ったアランは、あらかじめ買っておいたペットボトルの水を開けて彩衣雅の口元に運ぶ。彼は素直に水をこくこくと飲んでほっと息をついたようだった。
 酔うといつもは恥ずかしがるようなことも言うのだなあ、とアランは彩衣雅が可愛らしくて、彼の濡れた口元を指先で拭う。今度は休日に一緒に飲んでみたいと思ったが、アランは酒にさほど強くはない。みっともないところを見せてしまうかもしれないので軽々しく誘うのも躊躇われ、ならばいまは貴重な機会と酔った彩衣雅をじっと見る。
……なあに?」
「んー、可愛いなって」
「ふふ……そう言ってもらえるの嬉しい」
「お客さんにも沢山言われたんじゃない?」
 元々の彩衣雅の素質は大きいし、自分が腕によりをかけて仕上げたという自信もある。お姉様方はさぞかし可愛いかわいいと彩衣雅にめろめろになったことだろうとアランは確信している。桐彩衣雅というひとはとても素敵なひとなのだ。
 しかし、彩衣雅はむに、と唇を動かすと顎を引きながらアランを見上げ、シフトレバーにかけていた左手を緩く握った。
「お客さんとアランさんは違うでしょ。アランさんだから嬉しいの……
 ぽす、と肩に額を押し付けながら言う彩衣雅は「もう」とか「恋人だから特別なの」とか、いつもより明瞭さに欠ける声でむにゃむにゃと繰り返している。
 その彩衣雅の頭を見下ろすアランはどうしてここが繁華街のコインパーキングなのかと心底惜しくなる。せめてここが彩衣雅の職場から離れてさえいれば、アランは彼の可愛いことばかりを言う唇を喰んでいたし、車のシートを倒していただろう。
……車、動かすからちゃんと座って」
「ん。早くアランさんのうち行きたいな……ついたらいっぱい抱きしめてくれる?」
「する。めちゃくちゃする」
 多分、それ以上もする。いや、酔っている相手に対して無体だろうか。アランは奥歯を噛み締めながらぐるぐると悩み、アクセルを踏む。
「アランさんにぎゅうってされるの好きだな……ねえ、キスもしてくれる?」
「事故らないで無事についたらめちゃくちゃする」
……キス以外もしてくれる?」
「事故る事故る事故る絶対にする」
 逸る心を落ち着けと叱咤して、アランはアクセルを踏み抜かないよう安全運転に努める。
 きっと、自宅についた瞬間にアランは彩衣雅を抱き上げてベッドへ向かうだろう。そうしてお姉様方が見たことのない彩衣雅の顔を見るのだ。恋人の特権として。