mishiadd
2025-04-27 00:45:20
7151文字
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宮本伊織は生きにくい:わたしはあなたのもの

【本編軸】「セイバーが断らなかったのでアリアにも魔力を供給することになってしまい日に日に具合が悪くなって弱っていく伊織殿」という性癖の展覧会。被告人は「アリア異傳で自分の体に関する処遇の決定権を他人(セイバー)に委ねてしまう伊織殿が非常にえっちだった」などと供述しており【剣伊/アリ伊】

「自分にも魔力を供給してほしい」。

幼く愛らしい見た目をした、舌ったらずの口調でおっとりと話す逸れのライダータマモアリアに乞われた伊織が一体どう答えるのかと、面白半分で彼の様子を隣で見物していたセイバーの目の前で、あろうことか彼は――

ひどく困り果てた顔をして、唯一の味方に助けを求めるように――

それでいて、彼自身の命運をまるっきりセイバーの手のひらの上に委ねるように。



――彼の機嫌を窺いながら、その袖に縋るような眼差しで、月夜の色をした双眸がセイバーの顔を見たのだった。



だからきっとそれは、ちょっとした悪戯心だった。

言ってみれば『魔が差した』。伊織が自分では碌に自分自身の処遇を判断せず、それをまるごとセイバーの手に委ねるというのなら。セイバーのいらえひとつで、伊織の処遇が決まるというのなら。
――であるならば、ちょっとくらい、痛い目に遭ってもらってよいだろう。
そう、もしかしたらこれは軽い『お仕置き』であったのかもしれない。自分の身を碌に顧みず、日々人々の命を守りながらなぜだか自分の命だけは大切に扱ってくれない己がマスターへの。
そうやってまたぞろ碌にするべき主張もせぬまま相手の主張に押し負けて、あまつさえ最後の最後に自分の足で踏ん張りもせずにあっさりと、自分の体に関する決定権を――ただそちらが先に自分の体を占有していたからという理由だけで――セイバーに委ねてしまう。「おまえには、俺を彼女と共有する意思はあるのか」と。

なんのことだ、とセイバーは内心苦虫を噛み潰すような顔をした。

そもそも自分にそんな気などさらさらあるわけがない。この男は、そんなことすらいちいち訊かなければわからないだろうか。きっとわからないのだろう。
そんなことくらいは訊かずともわかってほしかったし、理由も訊いてほしくなかった。なぜ自分が「いやだ」と感じるのかも正直セイバー自身よくわからなかったし、そもそもそう感じている自分を自覚してしまうこと自体ひどく癪だった。

それに――とセイバーは思う。伊織自身は一体どうなのだ。伊織は、自分がセイバー以外の誰かをセイバーと同列に扱うことを、なんとも思っていないのだろうか。

なぜ自分で断らないのだ。なぜその判断をセイバーに丸投げするのだ。ではなにか? セイバーが「問題ない」と言ったら、この男は素直に従うのか?

自分の意思で断ることもせず、それをセイバーに委ねたのだ。――であれば、少しくらい後悔してほしい。きちんと、「いやだ」とその口で言わなかったことを。――「生憎自分はセイバーと契約していて、セイバーとしか契約をしていないから、自分には彼以外に自分の魔力を渡す予定も余裕もつもりもないのだ」と――その口でしっかりと宣言しなかったことを。



「私は構わぬぞ」



伊織の瞳が、「え」とわずかに見開かれるのがそっぽを向いたセイバーの視界の端に見える。「まあ、セイバーさま!」とライダーがおっとりと喜びの声を上げるのが聞こえる。

「イオリの魔力量は貧弱だが、まあ、大きな戦闘さえなければ私とライダーのふたりくらい、なんとかなるだろう。――少しばかり体がつらくなることもあるかもしれないが、それは我慢せよ、イオリ。……自分でちゃんと断らなかったきみが悪いのだぞ」
「わたくしのせいで……伊織さまのお体に、障ってしまうかしら……?」

冷たく突き放すような口調でセイバーが伊織に言い放ったのを聞き、ライダーが哀しげな顔をする。すると、少しだけ焦ったような調子で、「いや――俺は大丈夫だ。セイバーがそれでいいと言ったのだから、気にするな」と慰めるように言った。
なにがだ、とセイバーが内心で不満げに鼻を鳴らす。この男は異性に言い寄られてもまったく嬉しくなさそうな様子でひたすら困惑するばかりのくせに、いざこうして相手が少しでも哀しげな顔を見せると途端に弱って、とにかく相手を傷つけまいとして宥めすかすのだ。一体なにが「大丈夫」だと言うのだろう。「セイバーがいいと言ったから俺はそれでいい」? なにもよくないが。――伊織自身の意思は一体どこにあるのだと、セイバーは舌打ちをする。伊織は――嫌ではないのか。セイバー以外に自分の魔力を渡すのを。

考えるだに腹立たしくなり、なかば自暴自棄のようにセイバーが吐き捨てた。

「よい。――イオリ、ぼさっとするな。さっさとライダーと経絡を繋いでしまえ。……よいか、だからといって私への魔力供給量を減らしたりするのではないぞ。これはきみの優柔不断が招いたことなのだからな。すべてきみの自業自得だ」
「一体なんの話――
反省せよ。自分できちんと嫌なことを嫌と断らなければどうなるか、きっちりその体に教え込ませるのだ」

言うだけ言って、踵を返してセイバーがずんずんとその場を立ち去る。腹立ちまぎれにそのまま大通りの方まで抜けていって頭でも冷やそうと思ったとき、背後で「伊織さま、早速で申し訳ないのですけれど、少しだけ魔力をいただければ――」とライダーのおっとりと甘えたような声と、「あ、ああ。……――絡を繋ぐ、のは一体どうすれば……」と伊織のひときわ困惑した声が聞こえ、セイバーは「フン!」とその声を掻き消すように鼻を鳴らした。







伊織の魔力を共有することまでは了承したセイバーも、ライダーが長屋に住みつくことまでは許さなかったため、その日の夜にカヤが小笠原の屋敷に戻ったあと、ようやくふたりきりになった長屋の中で――ひどく苛立った様子のセイバーが、碌に伊織の顔も見ないまま吐き捨てるように尋ねた。

「それで? ライダーと経絡はうまく繋げたのか、イオリ」
「いや。……恐らくなのだが、それはおまえと俺のように正式にマスターとサーヴァントとして契約を交わさなければ繋がらないものなのではないだろうかと」
――そういえばそうだ。それもそうか」

すとん、と急に心の中でどこか溜飲が下がったような気がして、セイバーが伊織の隣に腰を下ろす。ふたりで並んで畳の縁に座りながら、セイバーがぽつぽつと尋ねた。

「で? それじゃ、結局やめたのか。ライダーにきみの魔力を渡すのは」
「いや。アリアが言うには『粘膜の接触が経絡の代用になる』と――

ぴた、と伊織が口篭もる。それから、はぐらかすように「そろそろ就寝しよう、セイバー。明日もまた早い」と言った。それでようやくセイバーが隣に座る伊織の顔を見る。見上げてくる顔に、「うん?」と軽く小首を傾げたその端正な顔の――元から白い肌が、より一層蒼白く見える。

――イオリ?」

ぽつり、とセイバーが尋ねる。「うん、」と伊織が答える。――しばしの逡巡の末、セイバーがやや上擦ったような、掠れた声で尋ねた。

「イオリ。……一体どうやって、ライダーにきみの魔力を渡している?」
……この話はもうやめにしよう。セイバー」

伊織が立ち上がる。畳の上に白い敷布団を几帳面に広げる伊織に、「イオリッ」とセイバーがやや語気を強める。それでようやく伊織がはたと手を止めて、セイバーを見て言った。

「おまえが『そうしろ』と言ったことはこうしてきちんと果たしている。おまえはやり方までは指定しなかったろう。――経絡が繋げないとなると、やり方が限られるらしいのだ。……さすがに、彼女に何をされているのかはおまえにも話したくはないよ。俺にも羞恥心はある」
――は?」
「『アリアにも魔力を供給しろ、ただしセイバーおまえへの供給も怠るな』。実際、俺の魔力量でどこまでやれるかわからないが、やるだけやってみるよ」
「え? ま、待て。――待て待て待て、待て、イオリ」

「え? ――え?」と言葉の咀嚼を試みながらも混乱に陥りかけているセイバーに、伊織が改めて「さ、この話は終わりだ、セイバー。もう寝よう。……俺も、正直疲れている」とぽつりと吐息交じりに呟くように言った。
それっきり、伊織がセイバーの問いに答えてくれることはなかった。







伊織の白い肌が日に日に幽鬼のように蒼褪めていくようだった。

頬からも血色が失せ、ふいに立ち上がったときなどにもふらつきが目立つようになった。朝餉を作りに来てくれたカヤが、「兄ちゃん、また夜中に稽古でもして夜更かししたでしょ!? ――セイバーさん、この人また無茶をしましたか!?」となかば叱りつけるように声を荒らげたので、「いや、違うぞカヤ。今回は違うのだ」とセイバーが控えめに仲裁するほかなく――かといって、自分が仕掛けた『意地悪』を馬鹿正直に真に受けた彼女の義兄が、セイバーの言いつけを忠実に守るあまり血の気が足らなくなっている――などとも、口が裂けても言えなかった。

「また来ます」と言ってぷりぷりと長屋を出て去っていったカヤを見送り、セイバーが伊織を見る。

「きみ――大丈夫なのか」
「うん……?」
「うん、ではない。――体調は?」
「ああ。――いや……

大きな手のひらを見下ろす。血の気が失せて白くなった蝋のような長い指先を何度か曲げてみて、ぽつりと言った。

「よくは――ないが。……まあ、俺の実力を思えばこんなものだろう」
……魔力が……足りないのだな?」
「情けないが――

ふ、と自嘲気味に笑い、伊織がセイバーを見た。「まあでも、まだおまえへの供給量は妥協せずにこれている。――から、勘弁してくれ」と肩を竦めて笑った。

「イオ――イオリ。私は――

元はと言えば、自分が許可し、言い出したことだ。――それは、そうだ。だからきっと、自分が伊織を怒るのも、ライダーを怒るのも、きっと違うのだろう。

……イオリ。あの」

からからと長屋の引き戸が音を立てて開いて、「伊織さまー?」とおっとりとした無邪気な声が響いた。セイバーがそちらに目を遣り、伊織も顔を向ける。ライダーが立っていた。

「伊織さま、おはようございます。セイバーさまも」
……ライダー」
「アリア、おはよう」

伊織が名を呼ぶと嬉しそうに尻尾を揺らしたアリアが、「早速なのですが、伊織さま」と恥ずかしそうに言った。

「少しだけ魔力をいただけますかしら? お腹が――
「ライダー。イオリはあまり体調が優れないのだ。悪いが今日のところは上野に帰って、霊地で魔力を――
いたわけではないのですけれど、伊織さまの泣いているお顔が早く見たくて、もう我慢できなくなってしまいましたの」

「は、」とセイバーの表情が凍る。
おっとりとするばかりだったライダーの瞳が妖しく底光りする。セイバーの隣で伊織がわずかに顔を背けたのが、セイバーの視界の端に見えた。

「最初の頃の戸惑いながらもわたくしに流されてくださる伊織さまもとても素敵でしたけれど、このところはお体がおつらいのか、いつも涙を流して耐えてくださるでしょう?
セイバーさまのようにただ冷たく突き放してくださってもよろしいのに、ただ自分がしてやれるからというだけで、自らの身を顧みずに施せるだけ施してしまう。――この町でいっとうお優しくていっとう美しい真っ白なお月様。いつまでも一番近くの特等席で愛でていたくなってしまうのです」
……ライダー」

セイバーの声が低く響く。その声を予期していたかのように、ライダーが彼を見た。

「帰ってくれ。――私が間違っていた。イオリは甲斐性なしで――

言いかけて、セイバーが肩を竦める。わずかにも自嘲や笑みを含まない真剣な顔で、セイバーが言った。

「イオリは私のマスターだ。つまり、これは私のものだ。誰とも分け合う気はないよ」
……そうですのぉ」

しゅん、と途端に残念そうにライダーが縮こまる。今更そのそぶりに騙されるセイバーではなく、伊織は既に意識も朦朧としかけているようで、セイバーとライダーが何を話しているのか、あまり聞こえていないようだった。

「残念ですわぁ。わたくしも逸れでなければよかったですのに。……でも、伊織さまのお体に障るのならば、わたくしも諦めなければいけません。伊織さまには魔力を供給いただかなくとも、素敵なお顔を見せていただく方法は他にいくらでもありますもの」
……
「ですから、セイバーさまの仰る通り、伊織さまから魔力を供給いただくのはやめにします。――セイバーさまに分けていただけないのなら、仕方ありませんもの」
「うむ。――あげないよ」
「わかっておりますわぁ。そんなに何度も言わないでくださいまし」

ぷん、と小さく頬っぺたを膨らませたあと、ライダーが言った。

「ああ、でも。――これは、お礼半分、自慢半分なのですけれど。……伊織さま――

ひそ、ライダーがセイバーに耳打ちする。その隣で、とさりと軽い音がした。セイバーとライダーが同時に見遣る。気を失うようにして眠ってしまった伊織が、畳に倒れ込んだまま、軽い寝息を立てていた。






伊織が目を開けると、日が既に傾きかけているようだった。柔らかな午後の日射しがやがて夕焼けへと変わりゆこうとする中、乳白色の温かな日の光が障子を透かして畳の上に長く伸びている。
ゆっくりと身を起こすと、すぐそばで伊織の顔を覗き込んでいたらしいセイバーと目が合う。「うん、」と疑問に思いながらも周囲を見渡す。ライダーの姿は既にどこにもなかった。

「セイバー? ……アリアは?」
「今日のところは上野に帰ったよ。――もう、ここに訪ねてきたとしても、きみに魔力を強請ねだることはない」
「そう――なのか? ……そうか」

どこかほっとしたような顔をして、「では、夕餉の支度でもするか」と立ち上がろうとする。その手首を掴んで今一度畳の上に座らせてから、セイバーが言った。

「イオリ。――魔力は足りているか」
「うん? ……いや、恐らくお世辞にも『足りている』とは言えないだろうが――

「アリアに供給せずにすむのなら、すぐに元通りになると思うよ」と言いさした伊織を遮るように、セイバーが言った。

「私の魔力を分けてやろうか。さすれば、体調もすぐに良くなるだろう」
「うん?」

じり、とセイバーが伊織の膝の上に手を掛ける。そのままゆっくりと体重をかけるようにして乗り上がり、互いの鼻先がつくほどに顔を近付けて、言った。

「ライダーと――こうして魔力供給をしたと聞いた。口づけて
……ああ」

どこかうんざりしたような顔で溜息を漏らし、「聞いたのか」と伊織が言った。

「経絡が繋げないから、粘膜の接触が必要だという話でな。それがどうかしたか」
「だから私も、そうしてきみに魔力を分けてやろうと言っているのだ」

今にも唇同士が触れ合いそうな距離で、淡々とした会話が続いている。語る互いの吐息の熱が互いの唇にかかる。ふ、とわずかに伊織が身を引いて距離ができる。その距離を、セイバーが同じだけ詰める。伊織が言った。

「サーヴァントからマスターへ魔力を逆流させるということが可能なのかわからないし――第一、俺とおまえには経絡があるだろう。これは不要だな?」
――そうだな」

セイバーが言い、「納得したか」と伊織がようやく身を起こそうとしたが、その肩を押さえつけられた。その力に伊織が身動きを取れなくなる。ほんの――紙一重のような距離をわずかに保ったまま、伊織の吐息がかかってしっとりと濡れたようなセイバーの唇が蠢く。

「だが、そんなことはすべてがもうどうでもいい。――私はな、イオリ。分け合わない
「うん――?」
「たとえ、それがどのようなものであったとしても。――ライダーが知っていて、私が知らないきみというものは――あってはならないのだ、イオリ」

くちり、と濡れた音が、昼下がりの長屋の中に響いた。

伊織には、セイバーとするその行為の意味がまったくもって理解できなかったし、セイバーの意図もわからなかった。恐らくは、セイバー自身、その行為の意味も、そうしたいと思った自分の感情も、きちんとは理解していないのだろうこともなんとなく察しがついていた。
それでも、伊織は抵抗しなかった。――なにせ、それはセイバーが決めたことであったので。



あのときセイバーが「そうする」と決めたので、自分の身はセイバーとライダーの間で共有された。

今、セイバーはもう「そうしない」と決めたので、これ以降、彼が自分をライダーと分け合うことはないらしい。



ああ、そうなのか――と、ただ下された決定を『決定事項』であるとして受け入れ、伊織はその中で生きていくだけである。



ライダーのそれとは違う、まるで塗り替えようとするかのようなセイバーの魔力供給――「ああ、そうなのか」と、伊織はそれが当然のこととして諾々と受け入れるだけだった。

それが正しいのか、一般的な感覚なのかどうかは別として、伊織にとっては、少なくとも『マスター』としての自分は『サーヴァント』であるセイバーのものであるという自認識があり――即ち彼がセイバーのものであることはあまりにも自明のことであったので、従って彼自身に自分の『マスター』としての体に決定権はなく、そのすべてをセイバーが握っていることは当然のことであったため――

その自覚があるのかないのかわからない、しかしそれを当然のことのように振る舞う伊織の体の権利保持者の口づけに、伊織は夢見るように重い二重瞼を閉じて、応えた。






わたしはあなたのもの・了