タロイモ
2025-04-26 22:32:19
5817文字
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金色の花言葉

ワンドロ ログ用


暖かで穏やかな、からりとした風が吹いていた。
どこまでも高く青い空は、僅かに雲を散らばせるばかりだ。
乾いた空の下に佇むのは、十五フィート近いホワイトグリーンの葉を蓄えた背の高い木。その枝には、まるで光が灯るように、太陽の陽射しを集めたように、ふわふわとした目にも鮮やかな黄色い房が幾つも着いていた。

様々な海を走り、陸を渡り、珍しいモノもたくさん見てきた自負のあるバーソロミューだったけれど、ソレは未だ見た事のないもので。
その鮮烈さに、優美さに、思わず目を、足を、とめてしまって。
淡い春の光を束ねたような、黄金色に輝くその植物を目にした時。バーソロミューの脳裏に真っ先に思い浮かんだのは、清く尊い騎士の姿だった。



オーストラリア南東部、ニューサウスウェールズ州——バーソロミューの故郷と同じ名を冠する巨大な州、その都たる街の名はシドニーという。
かつて海賊たちが蔓延っていた大航海時代にはまだ『未開拓の土地』であった場所も、時が流れ、西暦もマスター達の生きる『現代』に近くなった頃には、巨大な港湾都市として発達していた。
そんな都市にカルデア一行がやって来たのは、西暦2000年。いざレイシフトしてみれば、すっかり入植者たちに開発され尽くして近代都市となっていたはずの街は、何故か熱帯雨林に覆われていた上に、四年に一度のスポーツの祭典がトンチキ微小特異点になりかけているという有様だった。最近こういうの多くないか。全く、カルデアというのは飽きることのない場所である。
さて肝心の特異点はというと、実は既に歴戦のサーヴァントとマスターによって解消済である。聖杯を持っていたポンコツ魔術師を捕縛した事で、あれよあれよという間に事件は解決してしまっていた。呆気ないが、毎度こうであれば苦労が無くて良いのにとバーソロミューは思った。
あとは皆で帰るのみなのだけれど、マスターのレイシフトおよびサーヴァントの退去までには幾分か調整が必要で、帰還までにはあと一時間弱ほどかかるとの事だった。おかげで、マスターとサーヴァントには束の間の自由時間が与えられていた。
この所、リソース回収と称してマスターに連れ回される生活に辟易としていた海賊は、これ幸いと一人でバイクを駆っていた。海に行こうかとも考えたが、一時間ぽっちでは港町や珊瑚礁の広がる海は堪能できまい。ならばと常に無い刺激を求めて、乗り捨て可能なレンタルバイクで駆け出して少し。
海岸線が見える高台を目指していたバーソロミューは、その大樹と出会って思わずバイクのエンジンを止めていた。

美しいな」
無意識のうちに、唇がそう感嘆を紡ぐ。
自慢では無いが、宝飾品や美術品をはじめ、美しい物や人は山ほど見てきた。それに心動かされた事も多少なりともある。けれど目の前のソレは、未だ見た事が無く、そして今まで見たどの植物よりも、バーソロミューの目には眩しく映った。
思えば、生前も、サーヴァントとしてカルデアに現界してからも、こういった自然の景色や植物をまじまじと見て回ったことは殆ど無かったような気がする。それこそ、少し前に行ったドバイが初めてではなかろうか。何せ何もない海を必死で駆け抜けた海賊は、そういう心に余裕のある人生を送ってこなかったのであった。

小高い丘の上に佇む大樹の周りには、ひと回り小さい同じ木が数本植えられていた。他にも木々は幾つも、それこそ30フィートを越すような巨木もあったけれど、一番目を惹かれたのはやはり、この黄金の木々だった。
よくよく見れば、周囲の丘や民家の近くにも、同じ植物はポツポツと見て取れた。もしかすると、この地域では特段珍しい種類ではないのかも知れない。
「何て植物なんだろうか
「おや、お兄さん。ワトルを知らんのかい?」
不意に後ろから声をかけられて、振り返る。
そこには、よく日に焼けた恰幅のいい赤毛の女性が、シンプルなエプロンを前にかけ、鋏片手にぽつねんと立っていた。ラフなシャツとズボン姿という出で立ちからして、このあたりの農園の主、といったところだろうか。
人と話すことが嫌いではないバーソロミューは、かぶっていたフルフェイスのヘルメットを脱いだ。バイクのハンドルにメットを預け、ふるりと頭を振ってから、こんにちは、と返す。それから、逆に彼女に質問を投げかけた。
「ワトル、と言うのかい。この大きな黄色いふわふわの木は」
すると、いかにもお喋り好きそうな女性はそうさね!と胸を張った。
「ワトルはね、この国の国花さ。他の国での呼び名は確か、ミモザだったかいね。お兄さん、あんた旅行者だね?」
「あぁ、しがないバックパッカーさ。気ままに旅をしている所なんだ」
髪を搔き上げながら、ぺろりと当たり障りのない嘘をつく。人好きのする笑顔で向き直れば、おや男前だねぇ、と中年の女性は目をぱちくりさせた。
ありがとう、優しく美しいマダム。と返すと、あんた上手だね、とマダムは少女のようにはにかんで笑った。
「この黄色いふわふわしたのは、この木の花さね。今、切り花用に収穫してた所だよ。春先になるとこうやって、私らの目を楽しませてくれるのさ」
「なるほど、ふわふわのコレは花だったのか」
バーソロミューが黄色いふわふわもとい、ミモザの花弁をつん、と突けば、思ったよりも柔らかい感触が返ってきた。花と言うよりも、まるで綿毛や羽毛のようだった。
ふわりと、爽やかな甘い香りが漂う。見た目も鮮やかな上に、どうやら芳香まで持っているらしかった。
「しかしまぁ、今どき知らん子もおるんだねぇ。世界中に植わっとると思うけど」
「ふふ、世間知らずで面目ない。見聞を広めたくて旅をしているようなものなんだ」
驚いたような、呆れたような顔のマダムに、バーソロミューは困ったように笑ってみせる。半分嘘で、半分本当の話だ。

終焉の海賊が征くのは、遠い遠い、行先の分からない旅だ。
しかし必ず辿り着かなければいけない旅。たとえ自分が朽ち果てようとも、星を送り届けなければならない旅。
見えない先を見やるように、バーソロミューは黄金の木を眺めて目を細めた。願わくば、その使命を全うしたいものである。

気取った仕草が妙に様になる、しかし若々しくも老獪にも見える男の横顔を見て、マダムは不思議なお兄さんだね、と呟いた。
「てっきり誰かイイ人にこの花を贈りたいのかと思ったよ」
なんの気なしにマダムが唐突に放った話題に、遠い目をしていたかつての大海賊は意図せず噴き出した。
感傷が台無しである。お陰で、ポーカーフェイスには自信があるつもりだったバーソロミューの耳には、かっと熱が上がった。
「えっ、なっ、」
「たまに来るんだよ、ちょっと花を買いたいって若い男が。まぁアンタぐらいキレイな男なら、女が放っとかないだろうけど」
あぁ、成程ね」
脳裏にちらついた白銀の騎士の姿を頭の隅っこに追いやりながら、バーソロミューは苦笑した。うっかり心の声やら何やらが漏れ出る呪いにでもかかったのかと思ったが、早とちりだっだようだ。
動揺したバーソロミューを見て、マダム——農園の主はくつくつと笑う。
「別に、この花は女の子にプレゼントするだけの物じゃないんだけどね。胸に飾ったって、帽子に挿したって、花瓶に生けたっていいんだから。干して飾ったって可愛いんだよ」
「すごいな、マダムは詳しいんだね」
思った事を賞賛も込めて素直に口にすると、マダムには生産者ナメんじゃないよ!とちょっと怒られてしまった。
「職人気質(かたぎ)な私らだが、商売だって仕事の内さね!」
「それは、とんだ失礼を」
「分かりゃいいのさ。ワトルはね、この国じゃ太陽の象徴のような花なんだ。花言葉は『希望』と『友情』。だから、誰に贈ってもいい花なんだよ」
よくしなる枝を掴みながら、農園の主は暖かな眼差しで黄金の花を見つめた。まるで子を見つめる母の視線だ。バーソロミューの視線も、自ずとその枝葉の方に向けられる。

誰に贈ってもいい花。
希望と友情、太陽の象徴のような花。
なるほど、パッと見た時にかの騎士の顔が思い浮かんだのが、何となく腑に落ちた気がした。
「誰に贈ってもいい、か
金の花々は、風にそよいで何も言わない。
ただひたすらに、美しい姿を晒すばかりだ。

誰に贈ってもいい花ならば、彼に贈っても良いだろうか。そこに預ける気持ちは、バーソロミューしか知り得ないのだから。
伊達男を気取って、かの騎士の銀糸の髪にひと差し。男前が上がったね、なんて軽口を挟んで。それぐらいの気安さならば、あの夏を共に過ごした我々にもある筈で。
伝えるつもりの無い淡い思いは、流れ星のような宝石の粒だ。きっといつかは解けて消えて無くなるだろう。
海賊は、それを外には出さずに後生大事に宝箱の中に閉じ込めておくつもりだった。途中で消えてしまったならば、それはそれで良いのだ。
何せ取り出した所で、彼にはどう扱えばいいかも分からない代物だったので。けれど、捨てるにも偲びない、美しい感情でもあったので。

咲き誇る黄金の花々をぼんやりと見つめるバーソロミューに、農園の女主人は片眉を吊り上げた。おもむろに、ニヤリ、と口元に笑みを浮かべる。ピンときた!という顔で、彼女は手近な黄金の花枝をむんずと掴んだかと思うと、手に持っていた収穫ばさみでバツン、と枝ごと切り取ってしまった。
「えっ、」
驚きにバーソロミューが固まっていると、彼女はなおもバツン、バツンと枝を落としていく。それも満開ではなく、八分咲程度の花ばかりだ。
数本集めたそれらを手際良く手の中で見目良く並べ、腰に下げたウエストポーチから取り出した麻の紐で根元をくるくると縛る。何とも見事な手つきだ。
仕上げとばかりに不要な花と葉を千切り落とし、農園の女主人ははい、どうぞ!とその花束をバーソロミューのライダースーツの胸元に押し付けた。
あまりに突然過ぎて反射的に受け取ってしまったバーソロミューは、困った顔で農園の主を見た。
「マダム、これは」
「いいから取っときな、お代は結構!そのままホテルに吊っておきゃスワッグになるからね。飛行機だと検疫でちょっと足止めは食らうかもだけど」
「いや、そうじゃなく!私は別に、誰かに贈ろうとかそんな事は、」
「はぁ?あんた自分の顔、鏡で見てみな」
恋してる顔をしてるから。
そうニンマリと満足げなマダムに言い切られて、バーソロミューはポカンと口を開けたまま固まってしまった。
「言ったろう、この花は誰に贈ったっていいんだ。大切な人なら、友達でも知り合いでも何でもいいのさ。さ、渡しておいで」
追加でそう宣って、農園の女主人は「あたしゃ仕事中だからね。それじゃ、良い旅を!」とずんずん歩いて行ってしまった。
一人取り残されたバーソロミューはというと、たっぷり一分はそのまま凍りつき、やがてへなへなとその場にしゃがみ込んだ。誰にでも分かる程に、耳を真っ赤にさせて。

「何だよ恋してる顔って!」
顔が熱い。エーテルの心臓がうるさい。空いている手で覆った額は、確実に普段よりも温度が高かった。
恋してる顔。あのマダムはそう言ったけれど。
きっと鏡を見ようが、辞書を引こうが、そんなものは分からないのだ。だってバーソロミュー自身、恋なんて今までした事がない。この感情が恋かどうかなんて、そんな事を言われたって確かめようがない。

美しい女性と一夜を共にした事は幾度となくあれど、そこに焦がれるようなものは無く。
愛してやまない海や船はあれど、そこに激しい情動は無く。
大切に思う存在や友への友愛はあれど、そこに胸が苦しくなるような切なさは無く。

けれど海賊は、焦がれて、激しくうねり、胸が締め付けられるような感情を、この第二の生で知ってしまった。その全ての感覚が向いてしまう相手が、あの夏を経て出来てしまった。いや、気付いてしまったと言うべきか。
伝えるつもりの無かった宝石のような雫が、泉のようにバーソロミューのちっぽけな宝箱から溢れ出す。
自覚するのと、人に言われるのとでは、天と地ほども差があった。
理性と感情を切り離して動くのは得意なはずなのに。どうにもあの騎士が絡むとそれが出来なくなる己を自覚して、バーソロミューはうねる自分の髪をぐしゃぐしゃと片手で掻き混ぜた。
もう片方の手には、春色の花束をぎゅうっと握って。
恋は盲目。よく言ったものである。

あぁ、全くもう」
長い長いため息を吐いて立ち上がったとき、しかしバーソロミューの顔にはいつもの紳士然とした表情が戻ってきていた。
この思いに名前がついたとて、奥底の宝箱に納まりきらなくなったとて、それを表に出す事はしない。何故なら己はマスターのサーヴァントであり、剣であり、船である。私情で流されるなど有り得ない。
けれど、とバーソロミューは思う。
(この気持ちを抱えて。誰にも見せないようにして。仮初の生を終えることぐらいは、許されるだろうか)
答えは何処にもない。胸にさがるロザリオだって答えてはくれない。
ただ、これはバーソロミューの矜恃で、意地だった。
これで腹は決まった。
「ならば、海賊紳士の名にかけて、さり気なくこの花束を渡してしまわなければね」
そう独りごちて、シート下スペースに束ねた春色を詰め込み、バーソロミューはバイクに跨った。
ヘルメットをかぶり、エンジンを吹かし。からりとした風を切って、かつて広大な海を巨大な船で駆った男は、細い一本道を鉄の馬で引き返した。

花が萎れてしまわないうちに、カルデアへと帰るために。



その後、バーソロミューは適当に理由をつけて花束を騎士に渡したのだけれど、騎士が真っ赤になって無言でそれを受け取ったのを疑問に思い、偉大なるアレクサンドリア恐るべきイヴァン可憐なる紫式部図書館へ足を運んだ。
そうして、ミモザの花言葉を改めて調べたバーソロミューは、「あんのマダム!!」と静謐なる図書館で大声で叫び、うるさいぞとイヴァン雷帝の雷を受けて霊基が消し飛びそうになったのだった。
海賊が回復ポットに入っている間に、真っ赤な薔薇を抱えた聖槍の騎士が、医務室に駆け込んで行くのが見られたとか。