雪成はす子
2025-04-26 22:03:05
3985文字
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誰がORを殺したか

ハートのワンドロワンライ、お題『タトゥー』
⚠名前のあるモブ視点の話。タイトルがアレですが誰も死んでいません
王下七武海時代のとある海兵の後輩の死を巡る話。ミステリー(?)を目指しました
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 それは半年ほど前の出来事だった。
 その時俺は、新たに配属されたという新人の教育に当たっていた。奔放に跳ねたブラウンの髪の、まだ二十代半ばと思われる男。瓶底眼鏡に隠れて顔はよく見えないが、いつも困ったように寄せられた眉と頬に散ったそばかすが印象的な男だった。
「は、は、初めまして、おれ、お、オルって言います! よ、よろしくお願いします!」
 緊張しながらも敬礼しながら俺に挨拶していた、その時の第一印象は『真面目そうだが気弱そうで少し頼りなさそうな男』だった。
 それから暫く俺が教育に当たっていたが、オルは最初の印象通り真面目で、かつ最初の印象とは違い頼りがいのある男だった。気弱でおどおどとしているが、それでも一度教えた作業はそつなくこなす。少し打ち解けてみれば言い淀む事もなくなり、どうやら緊張すると吃音が出てしまう性質らしい。困ったように眉根を寄せながらも屈託なく笑う、そうすると顔の印象が少し幼くなる事を知った。その事を指摘したら、オルは顔を真っ赤にして俯いた。
「あんまり言わないで下さいよ、マゼラン先輩。それ、ちょっと気にしてるんです」
 そう言って口を尖らせたオルの髪に光が透けて、ブラウンの髪が明るい赤毛のように見えた。


 けれどオルは、配属から僅か一月ほどで殉職してしまった。
 俺たちが配属された街で、海賊たちの抗争があったのだ。海兵として駆け付け、街の人々の避難誘導をしていく。銃を構え、海賊たちの抗争に市民が巻き込まれないようにと声を張り上げていた俺の耳に、「やぁぁぁ――っ!」と大きな掛け声が聞こえた。
 聴き慣れた声に、俺は声のした方へと目を向ける。港の波止場にいた海賊に、オルは大きく刀を振りかぶる。
「オルっ――!!」
 咄嗟に俺はオルの名を呼んだが、遅かった。黒いツナギを着た海賊はオルの方へ振り返り――

 ――そのまま、オルの左胸を持っていた槍で深々と貫いていた。

 オルの胸から血が迸り、ぐらりと傾いた体は海へと投げ出されていく。赤い特徴的なタトゥーが彫られた腕が助けを求めるように宙を掻き、その直後にザン、と大きな水しぶきが上がった。俺は咄嗟にオルが投げ出された波戸場に走るが、波間にはもうオルの姿はなかった。ただ、赤黒く染まった海がそこにあるだけ、それだけだった。
……ハッ、ざまあねえな」
 背後からのあざ笑う声に振り返る。オルを殺した海賊は、俺を見下ろして愉快そうに笑っていた。
……貴様っ! よくもオルを!!」
「おっ、殺る気か? だが悪いな、俺も急いでるんだ」
「ふざけっ――!!」
 素早く銃を構えたが、海賊は俺には構わず跳躍し、そのまま海へと飛び込む。
「なっ――!!」
 海に消えた海賊を追うべく俺も海に飛び込もうとしたが、それよりも港に停泊していた海賊船がドォンという音と共に大きく傾いた事で俺はそちらに気を取られてしまった。
 悲鳴と怒号、海賊たちが海に飛び込む音。
 それらの騒動の中で、最早一人の海兵が死んだ事などもう誰も気にも留めなかった。

  ***

 王下七武海となったトラファルガー・ロー率いるハートの海賊団がこの島に停泊したのは、つい三日ほど前の事だ。
 この島の名産であるアシュワガンダという薬草を採取したいとの事で、今日はそのトラファルガー・ロー本人が俺の配属する海軍基地に挨拶に伺うと聞いていた。白地に黒いまだら模様を描く帽子を被った背の高い男。手配書で見ていた通りの恐ろしく整った顔立ちに、冷酷そうな笑みを浮かべていた。『死の外科医』を名乗る男が何故薬草なんかを欲しがるのかは分からないが、どうせ碌な使い道などしないのだろう。海賊とはそういう生き物だ。
 警備として配属されながら、俺は苦虫を噛み潰したような顔でトラファルガー・ローを迎え入れた。いくら王下七武海なんて肩書きが付こうと海賊は海賊だ。油断なんてする訳にはいかないのだ。
 ローの後ろに、側近らしき二人の男が付いていく。一人は『PENGUIN』と書かれた帽子を目深に被った男。
 ――そしてもう一人は。

……オル?」

 無意識のうちに、俺はそう呟いていた。
 揃いの白いツナギを着た二人の男、そのうちの一人の腕に――オルの腕に刻まれていたものと同じ、特徴的な赤いタトゥーが刻まれていたからだ。
……あ?」
 ちらりと俺を一瞥し、男はそのまま通り過ぎていく。
 奔放に跳ねた赤い髪、鯱を模したキャスケットにサングラス――特徴としては、あの男はオルにはちっとも似ていない。
 なのに。

 纏う雰囲気が、何処かあの気弱な男と酷く似通っていた。



 その後、俺は海賊たちがバラバラに動いたのを見計らい、あの男の後を追う。
 人気のない路地に差し掛かり、そのまま森へ入り――そして。
「お兄さん、俺に何か用?」
 ぴたりと立ち止まり、男は俺の方へと振り返った。
 俺は隠れるのをやめ、銃を構えながら男を対峙する。
「やっと出てきたね。海軍基地からずっと俺を追ってきてたでしょ? ねえ、俺に何か用なの?」
 喋り出した男の声は、似ているようで似ていない。言い淀む事もなく、実に滑らかに声が滑り出る。
……オルという男を知っているか?」
「オル? 知らないなぁ。少なくとも、俺の知ってる奴にそんな名前の奴はいねえ」
 言いながら、男はくっと口元を歪ませる。
「ああ――それとも」
 男は背を屈め、懐から何かを取り出した。顔が見えないほど分厚い瓶底眼鏡を、まるで手品のようにサングラスと取り替える。

「こんな顔の男だったりする? ソイツ」

 困ったように眉根を寄せ、男はくいと首を傾げた。
 髪色こそ違えど、その顔は正しく――オルの顔だった。
「き、さま……まさか、でも、お前……っ!!」
 ありえない、と心の中で警鐘が鳴る。同じ入れ墨、同じ顔――だが、あの男は。
「お前はっ、死んだ筈だろう……!!」
――あァ、そうだね。確かに『オル』は死んだよ? 俺は死んでねえけど」
「ふざけるなっ!! 俺は確かに見たんだ!! 心臓を貫かれて、お前は――
「そうそれ。心臓取り出すのはうちの船長の専売特許だからさ。うちの船長が王下七武海になった経緯、アンタも聞いてるでしょ?」
「経緯……⁉ まさかっ、貴様――!!」
「そうそう。あらかじめ心臓抜いて、代わりに輸血用の俺の血液パックを胸に取り付けたってワケ。で、後はアンタも知ってる通り『オル』は殺された。俺が『俺』に戻る為に、仲間にも協力して貰ってね」
 じり、と男が近付いてくる。知らず、俺は一歩後ろに下がっていた。
 目の前の男が、まるで得体の知れないモノのようだ。かつて後輩として可愛がった男と同じ顔をしているのに、まるで全く違う存在のように見える。真面目で、少し気弱で、少し頼りなさそうだったあの男はもう何処にもいない。それを改めて思い知らされた気分だった。
……悍ましい……
 ギリッ、と強く奥歯を嚙む。
「心臓を生きたまま取り出すなど……悍ましいにも程がある。所詮、貴様は海賊だったって事か」
「そういう事。俺は海に出た瞬間からずっと海賊だからね」
「ふざけっ――!!」
「ああ――でも」
 改めて銃を構えた俺の耳のすぐ近くで、男の声が聞こえる。気付けば、そばかすの浮いた男の顔が俺の顔のすぐ近くにあった。
 いつの間に距離を詰められたのか――そう思っていると。

「一か月、気弱で頼りない『オル』を親身になって教育してくれた事は感謝してますよ、『マゼラン先輩』?」

 ちくり、と首に鋭い痛みが走り、直後にぐらりと脳が揺れる。
「き、さ――
「アンタは真面目な海兵さんだから殺さないでおいてあげる。じゃあね、『マゼラン先輩』」
 ぐらりと傾いた視界に、赤い特徴的なタトゥーが見え――そこでぶつりと意識が途切れた。



――オイ、大丈夫か⁉」
 ゆさゆさと揺さぶられ、薄く目を開くと同僚が俺の顔を覗き込んでいた。
 白い無機質な天井に、どうやら俺は医務室に運ばれていたらしい。
……良かった、意識が戻ったようだな。しかし何でお前が医務室になんか運ばれてるんだ」
「何でって……お前が運んでくれたんじゃないのか」
「俺はお前が医務室に運ばれたって聞いてここに来ただけだ。赤毛の新兵がお前を運んでくれたって聞いたが「ソイツは何処へ行った⁉」……っは?」
「ソイツは何処へ行ったって聞いている⁉」
「ばっ、やめろ首が締まるだろうが⁉ 知らねえよ、俺が駆け付けた時にはお前は一人でここで寝ていたんだ!」
「そうか……クソッ」
 ベッドの上で、俺はぎり、と拳を握る。
 あの男に、情けをかけられた。それだけではない、あの男はまた海兵を欺き、俺をここまで運んできたというのだ。
 なんという屈辱、なんという生き恥か。俺はぎりりと唇を噛んだ。
……なあ、トラファルガー・ローの側近の名前って知ってるか?」
「側近? ……ああ、トラファルガーの後ろにいたあの二人な。確か基地に入る際に名前を聞いてたんだったか。一人はペンギン。もう一人は――

 聞かされたその名前を、俺は何度も心の中で反芻する。
……そうか、それがお前の名前か」
「何か言ったか?」
「いいや。さっきの男はどうやら、半年前に俺が教育した新人を殺した男らしくてな」
「ああ、そういう事か。……だが、憶えておいてどうする? 復讐でもする気か?」
「さあな」
 あの男に復讐するかどうかは俺にも分からない。
 だが、これだけは事実だ。

 『オル』という名の海兵は、『シャチ』という名の海賊に殺された。

 それだけは、紛れもない真実なのだと――そう、俺は悟ったのだった。