
※AI学習無断転載禁止
今際のテンペスト
船長室のドアの前。コンコンコンと、ノックは三回。
「ペンギンです」
「入れ」
「入りますよっと
……あれ、ベポだけ? シャチは?」
「ベポの紅茶に入れるミルク取りに行った。能力でとってやるっつったのに賞味期限がとかうるせェのな、あいつ。お前の教育か?」
「シャチって賞味期限とか生焼けに煩いよね!」
「ベポは火の通り具合にもう少し敏感になって欲しいとおれも思うけど」
だってベポは三日前に腹を壊したばかりだから。
目の前の二人は珍しく白いマスクつけてなにか煎じてる。
薬を石臼で混ぜるキャプテンの、その姿。
命を奪い、命を救う、どちらもできるその手にはDEATHの文字が刻まれている。
死の外科医。懸賞金は憶超えの海賊。
しかし、日々積み重ねられていく医学書と、その研究の姿勢は、海賊というよりは医者そのものだ。
まあ、堅実な町医者も似合うけど、鬼哭を振り回してるキャプテンのほうがおれはしっくりくる。
コンコンコンと、ノックが三回。
「おれです、入ります」
声と一緒にドアが開く。そこへ、紅茶の茶葉が膨らんだホッとする香りが部屋に入ってくる。
「あれ、シャチ紅茶もあっちで淹れてきたの?」
「せっかくだから煮沸も兼ねてロイヤルミクティーにした」
ちらっとベポを見るシャチはたまにみせる兄の顔。すっかり板についているその顔に、おれはいまだに「おっ」と思う。
「あと、三人ともこれあげる。買い出し組のお土産」
ほれ、と饅頭を見せて投げるふりをする。
すると手のひらを「待て」の意味でスっと立てて、キャプテンはシャチを見上げた。
「いま毒草触ってるから食べられねェ」
「なにそれ怖い」
「え、キャプテンそれもしかして昨日買ったやつ?だから二人ともマスクしてんの? シャチ、マスク!」
「だからそのまま口に入れてくれ」
「え、あーんしてってこと?ラッキー役得」
「そういう話じゃねーよ、換気? いや、耐性ないやつも艦にいるから陰圧上げて、いやシャチのマスクが先か?あれ、手袋もしとく?」
「おれらはマスク今更じゃねーの、ペンギン。キャプテンとベポのマスクもいつものポーズじゃん」
「その秩序と言う名のポーズが大事なんだよ!」
キャプテンの教えを乞いながら毒草を捏ね回し出して十年以上のおれたち三人はともかく、昨日今日入ってきたやつが真似したら困る。そもそも慣れてきた奴ほどちょいちょいルールを破るから素手で滅菌後の高温機械を触るやつが出てくるんだ。誰かを治す過程で、おれたちが負傷してどうすんだ。
とりあえず、マスクだマスクって引き出しを掻き回してる視界の隅でキャプテンがシャチに向かって、ぱかっと口を開けた。シャチも半分に割っただんごをキャプテンの口に近づける。マスクを外せば、薄い唇がつうと開いて、赤い舌がうっすら伸びた。白い薄皮、風変わりな緑のあんこ。何それ、そっちの方がよっぽど毒っぽいなって思っていると鮮やかな色たちが、キャプテンの魅惑の唇に吸い込まれる。
「甘
……ん?豆か?」
「ずんだって云うんだって」
「
……ふぅん」
シャチは残った半分をベポの口に。そしてもう一つ手に取って、さらにぱかっと半分にするとおれの口に放り込む。自然と口を開けてしまった自分が恨めしい。
困惑の中、咀嚼すると独特の味わい。いや、風合い?
「甘い
……のに、なんか爽やか?豆だから?」
シャチも、残りを自身の口に入れてた。
「あま!うま!!」
シャチは今日も素直で誰よりも喧しい。それにしても、甘くて、美味しい、独特の青い風味。
詳細不明な毒草を目の前で煎じられているのも忘れて、その甘さを享受した。四人で始めての味を共有している、そう思うだけでそれはなんとなく甘く感じられた気がした。
それはきっと、いつまでも慣れないつもりでいても、毎回新鮮だと感じていても、気がつけば染み渡ってしまっているものた。
『兄の顔をするシャチ』のように。四人での初めて、その嬉しさや戸惑い、それがじんわりと遅効性の毒のように。ゆっくり、でも確実に、いつものことのように。
ごくりと飲み込んで、変わらず正体不明の毒草をごりごりしているキャプテンと目が合う。動いているものを目で追ってしまうのは人間の性で。その指には、変わらずDEATHの文字。そして、ごりごりと潰されて粉になっていく粉末は、薬屋のおやじは青酸カリ並みの致死量とか言っていた気がする。
「葉っぱ十枚で致死量だ。粉末にして安定剤と混ぜてるから多く見えるだけで心配する量出してねェよ」
「そうそう、今作ってんのはただのハライタの薬だよペンギン」
にっこり笑ったベポは確か三日前にひどい食あたりで苦しんだばかりだ。
おれの戸惑いと呼ぶにはあまりにも薄いこの気持ちをロイヤルミクティーで飲み込むことにした。ぐびっと飲んだそれはホッとする香りが鼻を抜けて、いつもの幸せの味。
「それでも、今後は調合中の飲食は禁止です」
はっと息を吐き出しながらそう告げた。
ペンギンそこブレねーな、ってシャチが茶化して、キャプテンはチッて舌打ちをした。
相変わらず「DEATH」が刻まれた指は忙しそうに動いている。
死の近くにいるという覚悟の手。
死の近くからおれたちを引っ張ってくれた愛深い手。
それは、常に、既に、おれたちにも刻まれている。
【了】
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