冬人と水樹さん

アスレチック。

 それは偶々開いていたPCの壁紙であった。
「ここオランダ? じゃないよね。なんか違う気がする……し、ちょっと見覚えあるかも」
 特定の壁紙を設定していなかった冬人のPCは時間ごとに様々な画像が表示されるようになっているのだが、そのうちの一枚に目を止めた水樹が首を傾げている。
 画面に映っているのは風車。だが、水樹の言ったようにオランダの風景には見えない。風車は一台切りで周囲の花畑もこぢんまりして見えるのだ。
「あー……ここ有名な公園じゃない? 日本にあるやつだ」
 水樹の言葉に記憶を探っていた冬人はぴんとくる場所を思いつき、PCでたかたかと検索を始める。表示されたのはなかなかの規模を誇る公園で、施設にはアスレチックあり、水場あり、動物との触れ合いあり、と近づく大型連休で賑わいそうな様である。
「すごい、一日中遊べそうだね。あ、これがさっきの風車かー。ねえねえ、冬人さん。冬人さん」
「連休で混む前に行こうか」
「賛成! さっすが冬人さん」
 ぴっと上げた片腕を下ろしてぎゅむっとハグをする水樹の背中を軽く叩き、冬人は彼のつむじにキスを落とす。途端、一瞬しんと黙り込んだ水樹は「冬人さん、頭だけでは足りません」と冬人の両頬を掴む。以前ならば緊張と照れに固まっていた冬人であるが、いまはもう水樹と恋人となってそれなりの時間が経っているのだ。愛情表現をすることに躊躇はない。照れは、まだあるが。
 水樹のぐっと上向きに差し出された唇にちゅっと唇を落とせば、じわりと頬を赤らめながらも水樹が嬉しそうに笑う。
「当日は動きやすい格好しないとね。水場もあるから着替えも必要かな……
「水樹くん、満喫する気満々だね」
「こんなにも広大な遊び場があるのに、日向でお昼寝するだけなんてもったいないですからね!」
「両極端だな……
「お弁当も作っていかない?」
「まるきり遠足になってきたな。いいね」
 ふんふんといまから気合いを入れているらしい水樹が立てる予定に微笑み、冬人も行き帰りのルートを検索した。

 当日はよく晴れていた。初夏が目前ということもあり気温の高さを心配したが、動かなければ肌に涼しく、動けばぽかぽかといい具合である。
「目標、アスレチックの全制覇です。安全第一に注意一秒、怪我一生の心構えでいきたいと思います」
 宣誓するように重々しく言う水樹に冬人も「はい」と固く返事をし、いざと歩き出した彼の隣を歩く。
 人混みを避けるために平日を狙ったのだが、普段は多いというこどもたちが少ない代わりに大人たちの姿をよく見かける。それは友人同士であったり、恐らくは恋人同士であったり、誰もが楽しそうな顔をしている辺りにこの施設の充実度が窺えた。全体を回る目安時間が数時間とあるのは伊達ではない。
「アスレチックなんだけどさ、コースが分かれているみたいだから初級コースから攻めるので大丈夫?」
「そのほうが準備体操にもなっていいんじゃないかな」
 初級コースは対象年齢が小学生とあるので、予想ではあるが楽々こなせるだろう。軽い伸び運動はしておくが、大人のふたりからすれば初級コースそのもので体が温まるだろう。
 広い施設内をえっちらおっちらと進んでやってきたアスレチックエリアは木々に囲まれたなかにあり、日差しを柔らかく遮ってくれて涼しかった。
 丸太を立てたステップに平均台、網による吊り橋やトンネル。他にも様々なアスレチックは幼い頃に公園で遊んだときのような郷愁を冬人に覚えさせたが、ふと横目で見た水樹はどうだろうか。長く入院していた彼が公園で元気に走り回っていた姿はあまり想像できない。
「冬人さん、冬人さん。僕の足にかかればこのステップなんてね、軽々ですよ。僕の勇姿を見ていてください」
 水樹の過去にふと思考が飛んだが、現在の水樹は目を晶晶とさせてばらばらの距離感で置かれた丸太の上を「ほっ、よ……!」と掛け声をしながら渡り歩いていく。最後の丸太からぴょいと飛び降りた水樹に拍手を送れば得意げな顔で彼はうんうんと頷いていた。
 冬人は先を行く水樹を追いかける形でアスレチックに挑戦していたが、だんだんと上級者コースになっていくアスレチックを渡るなかで水樹が意図的に先を進んでいるのだと気づいた。
「冬人さん、ここは協力したほうがいいかもしれません」
 不安定な吊り縄渡りを前に水樹が神妙な顔をする。
「ここはかつてない難度ですよ。僕は冬人さんの命綱になろうと思います」
 さっと冬人の横に立った水樹は、冬人の移動に合わせて万一のときに支えるつもりらしい。
 冬人は釣り縄を見る。吊られた縄の輪になった部分に足をかけ、縄と縄を渡っていくアスレチックは不安定な足場故に体勢を崩すことがあるだろう。不自然な体重のかかり方をして、どこかしらに負荷がかかることもあるだろう。例えば、それは脚であったり。
 いまでは早朝マラソンをしたりと怪我をしたのだと意識することもない冬人の片脚だが、冬のうんと寒い時期は痛み、動かなくなることがある。水樹はそれをよく気にかけてくれており、今回もきっとそうだった。過剰に遠ざけさせようとすることはないが、注意一秒、怪我一生。水樹はもしも、の心配をさり気なくしてくれたのだ。
……俺も水樹くんに格好いいところ見せないとね」
「ひゅうひゅう! 応援しています」
 冬人は吊り縄に脚をかける。足場としては意図したとおりにゆらりと不安定で、もう片方の脚を別の吊り縄にかけてもゆらゆらと安定しない。これが冬の時期だったら難しかったかもしれないな、と思いつつも冬人は次から次へと縄を渡り、最後の縄から飛び降りて水樹に向かって笑いかける。
「どう?」
「とても格好良かったです」
 ぱちぱちと拍手されて冬人は小さく笑う。
 次いで水樹も挑戦し、彼はなんと一段飛ばしで縄を渡るという軽技によって短時間でこのアスレチックを攻略した。冬人が惜しみない拍手をしたのは言うまでもない。
 その後も傾斜のついた丸太壁をファイト一発と渡ったり水に浮かんだ筏を飛び移ったり、縄登りをして引き上げあったり乱雑に配置された杭を渡り歩いたりと、自分たちは舐めてかかっていたかもしれないと認識を改めるような「ガチ」のアスレチックを体験した。
 このあとも水場へ行ったり動物触れ合い広場へ行ってみようという予定を立てていたのだが、冬人と水樹は芝生の上に座り込んでぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。
「ちょっと……ちょっとだけ、鍛え方が足りなかったかも……
「俺、大人も楽しめるとはいうけど、メインターゲットはこどもだと思ってたよ……
「大人にもきついてですね……明日は筋肉痛かも」
 買っておいたスポーツドリンクをごくごく飲んで、水樹が「んーー」と声を上げながら伸びをする。病的ではなくなったが未だ白い水樹の腕に陽光が差して眩しいのを、冬人は目を細めて見つめる。
……僕の腕見て楽しい? まあ、これほど鍛え上げられた上腕二頭筋ですからね、気持ちは分かります」
 ふん、と作られた力こぶは、日夜本屋で鍛えられているからか肌の白さからは意外なほどには逞しい。
 もう、水樹は無尽蔵の体力を誇るわんぱくなこどもたちに混ざって走り回れるほど元気なのだ。そのことが改めて嬉しくて、冬人は燦々と眩しい空を見上げる。
……水樹くん、もう一周する体力ある? どっちが先にゴールするか勝負しない?」
「お? 勝負を申し込まれたからには受けなければ男が廃りますね。いいでしょう、かかってきなさい」
 ぴょん、と飛び跳ねるように立ち上がり、水樹はにっと笑って冬人へ片手を差し出す。その手を掴まなくても冬人は立ち上がれたが、そんな選択肢はない。
 冬人は水樹の温かくなった手を握り、まっすぐに立ち上がる。
 大の大人が本気で競い合う過酷なアスレチック。ゴールを迎えたらきっとお腹が減っていることだろう。