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みすず
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創作
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ミロキサ
修復中。
損傷箇所が悪かった。
キサラギは頑丈に造られているとはいえ中身は精密機器であり、部品と部品の繋がりや回路は繊細なものとなっている。
今回の侵略者との戦闘でキサラギは吹っ飛ばされ、その身を強く地面へ打ちつけることになった。内部で金属のひしゃげる音とピという簡素な警告音がするも、幸いにも戦闘継続は可能だったので侵略者は無事に討伐できた。できたのだが、その時点でキサラギには異常が現れていた。
「
……
キサラギ、どうしてなにも言わない?」
戦闘を終えたミロがのろのろとした動きで近づいてきたキサラギに怪訝な顔をして、数秒見つめてからさらに眉間へ皺を寄せた。
常であれば戦闘が終わればキサラギはミロへ「よう、よく頑張ったな。とっとと飯でも食いに帰ろうぜ」と戦闘の余韻を引きずらずに軽く声をかけるのだが、今回のキサラギはそうではなかった。
キサラギは顔にろくな表情も刷くことがなく、ミロからの質問にも返答しない。ただ、黙って無表情にミロを見つめる姿は如何にも異常であるし、出来の悪い人形のように不気味だ。
キサラギは無表情のままミロの眉間をつつき、自身の喉を叩いてから口の前でぱっぱっと手を開くと首を横に振る。話せない、という身振り手振りだった。
「
……
急いで帰るぞ」
強く掴まれた腕。ぐいぐいとミロに引っ張られたキサラギは単車に跨ろうとしたのだが、それをミロが制する。傍目には不機嫌そうな顔をするミロに「俺が運転する」と言われ、キサラギは手を振って大丈夫だと伝えようとしたのだが、ミロは聞かずに後部席へキサラギを乗せた。軽口を得意とするヒューマノイドは口を開けはしてもすぐに閉じる。心配性な坊やだと笑う声すらキサラギは発せなかった。
普段よりもやたらと速度のある単車で向かった研究所、キサラギはミロが技術者に「キサラギがおかしい。早く治してくれ」とその気はないだろうが詰め寄っているのをまあまあ、と肩を叩いて宥めるのだが、声もなければ表情もないのでミロは見たこともないような複雑な顔をするだけだった。
ミロからキサラギの「治療」を求められた技術者は片眉を上げて速やかに応じてくれたものの、ひとつ予想外のことを言った。
「外部損傷はすぐに直せるが発話と表情管理に関しては修復プログラムで応じられる。放っておいて大丈夫だ」
「どうしてすぐに治さない?」
「部品も時間も有限だ。一時的に外部機能をつけることもできなくはないが、いますぐに必要な機能じゃないだろう」
そのときのミロの不満そうな顔といったら!
ミロの表情が豊かになるのは喜ばしいことだが、もう少し不満を隠せるようになるのも必要かもな、と思いながら、キサラギはミロの頬をつまむ。表情のないヒューマノイドがするにはやはり不気味な仕草であるが、ミロはむっとしたまま引き下がった。
幸いにも外部分の修理は速やかに終わり、キサラギはその日のうちにミロのもとへ戻ることができたのだが、発話と表情に関しては数日を要するとのことだった。
「『認識する情報を増やしたほうが修復も進むらしいから、にこにこしたところも見せてくれよ』」
端末に打ち込んだ文字を読んだミロは難しい顔をしている。彼が偶に浮かべる笑みは傍目には薄いものなのだが、問題なのはその頻度だ。不満や難しそうな顔はよく見るし、驚きや好奇心で目を輝かせるところも知っている。だが、どうにもそれらの表情よりも笑顔の頻度は低い。必ずしも見なければ修復が進まないということはないけれど、キサラギは敢えてそれを言わずに黙っている。大事な人間が笑っているのはいいことなので。
「情報量
……
?」
「『学習データのほうに影響があったらしくてな。経験をなぞることで修復が早まるんだと。情操教育みたいなもんだな』」
「そうか、学習
……
本を読んだり映像を見るのも効果があるのか?」
「『そうだな』」
「
……
俺が本を読んでやる」
表情が動けばキサラギは片眉を上げていただろう。
悪い案ではなかった。文芸は喜怒哀楽の発露を促すことができる。だからこそキサラギはミロに本を読み聞かせているのだ。ミロがそれをするというのなら、いまのキサラギにも効果があるだろう。なにより、ミロはキサラギが本を読み聞かせているときに表情豊かになるのだ。それを見ていればキサラギの修復は早まることだろう。
「『じゃあ、頼むわ』」
「ああ、任せろ」
頼もしく頷いたミロは早速とばかりにキサラギをソファへ座らせ、見慣れた絵本を数冊持ってくる。キサラギの隣へどっかりと座り、よく見えるように身を寄せながら絵本を開いたミロは辿々しく読み聞かせを始めた。
キサラギが読み聞かせるように抑揚のある朗読ではなく、ほとんど音読であったけれど、場面によって自然と声が上擦ったり挿絵をなぞる指はミロ自身も絵本を読むのを楽しみにしているのを窺わせる。
お気に入りの場面では一番声に張りが出て、それを聴くキサラギは早速口角がぴく、と動くのを感じた。
「少年は幸せに暮らしましたとさ
……
どっとはらい。ずっと気になってたんだが、どっとはらいってなんだ?」
「『これで終わりって意味だ』」
「
……
なんで『おしまい』って書かないんだ」
「『趣ってやつだよ』」
「
……
よく分からん」
どちらが情操教育をされているのか分からない会話に、キサラギの口が動く。声を上げられたなら「はは」とでも笑っていただろう。
それからもミロは何冊もキサラギに読み聞かせをして、キサラギの表情がぴく、と反応するのを見ては熱心さを増していった。音読もなめらかなものになっていき、これなら最近お友達になったらしいスラムのこどもたちに聴かせても楽しんでもらえるだろう、とキサラギはミロの交友関係を思う。修復を早めるのならば、彼らと遊んでいるミロを眺めるのもいいかもしれない。
だが、キサラギはそうと提案しなかった。
自分の大事な人間が自分のために一所懸命本の読み聞かせをしてくれる。それはとても嬉しい時間で、贅沢な待遇で、キサラギは短い間と分かっているこの時間を独占したかったのだ。
「昔むかし小さい女の子が
……
」
戦闘による傷跡がちらほらとある手が絵本の頁を捲る。
少しずつキサラギは修復していく。少しずつキサラギはミロに育てられている。
発話と表情が戻ったときには、より一層ミロのための自分になっていることだろう。
ミロが熱心に絵本を見つめる横顔に向けられるキサラギの目は、ほんの少し、ほんのちょっぴりだけ細くなっていた。
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