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まきわ
2025-04-25 20:36:42
4841文字
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クロリン
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海色
クロリンが夜のドライブデートする話です
書きながら考えたので先輩の持ってきたサンドイッチの意味がよくわからない作品となっております
よろしくお願いします
リィンはその日帝国西部に出張に来ていた。
政府から相談を受けた案件でもあったのだが、去年まで教え子だった現カイエン公ミュゼのたっての頼みもあって教官の仕事は同僚達に預けて数日出張することになったのだ。
問題なく要請をこなし、元教え子の苦難はあれど大きな問題のない現況を聞いて安堵した頃、ジュライの様子を見に行っていたクロウが所用あってオルディスにも立ち寄っているという連絡を受けた。
お互い時間が取れそうだということでその夜、二人は待ち合わせをすることにした。
リィンは取っていた宿で私服に着替えると、クロウに指定された場所へ向かった。
そわそわしながら待つこと数分で遠くからエンジン音が響いてきた。
流れるように一台の導力車がリィンの前に止まる。
「よっ」
車から出てきたのはよく見知った長身だった。
「クロウ」
驚きながらもリィンは嬉しそうに顔を緩めた。
「どうしたんだこの車。まさか買ったのか?」
「さっすがに無理無理。開発中のテスト車を試運転させてもらっててな。ちょうどいいからお前とドライブデートでもってわけだ」
デート、とさらりと言われてリィンは反射的に顔を赤くしつつ周囲を伺ってしまった。
こういう関係になってそこそこ経つが、どうしてもこういう言葉には慣れない。
「それは、まぁいいけど。昼間じゃなくてよかったのか?」
「夜のってのが大人のデートって感じでいいだろ。ほれ、とりあえず乗れって」
「あ、ああ」
促されて助手席側の扉を開けて乗り込む。
テスト車というだけあって中も真新しい様子で、広めの座席は座り心地のいい革張りだった。
そして助手席と運転席の間にはバスケットと水筒が置かれている。
「なんだこれ?」
「夜食と飲みモン。酒はさすがにまずいから紅茶な」
「当たり前だ。酒だって言い出したら引っ張り出して俺が運転したところだ」
くく、と楽しそうに笑ってクロウは運転席に収まり、エンジンをかけた。
「んじゃ、夜のドライブデートに出発~っと」
「うん」
クロウの様子も相まってリィンは少しわくわくした心地になりながら、背もたれに身を委ねた。
街中を出て、車は人気のない夜の街道を走っていた。
等間隔に置かれた魔獣除けの外灯と月明かりだけがほんのりと道を照らしていて、車の中も薄暗いくらいだ。
少しだけ開けた窓から涼しげで爽やかな風が吹き込んできて髪を撫でていくのが心地いい。
街道に出て少しするとクロウは備え付けのオーディオで音楽をかけ始めた。
エンジン音の上にそっと乗るような音量の穏やかなBGMに乗って走っていると、なんだかたゆたうような気持ちよさを感じる。
「
……
いいな。バイクばかりで導力車ってそんなに乗らないけど、こういうのも悪くないな」
「バイクとはまた違った良さがあるだろ。落ち着けるしな。共和国なんかじゃ道路もかなり整備されてバンバン車が走ってるらしいが、帝国じゃ不況も相まってまだまだだけどなぁ。おかげで夜はゆったり走れるが」
「そうだな
……
なんだか世界に二人だけになったみたいだ」
エンジン音とBGMと風が一つの曲のように流れていく中で、どこか密やかに自分とクロウの声だけが交わされているとそんな気がしてくる。
傍に寄り添いたくなるが、さすがに運転中にそれはできない。
「実際世界に二人だけになったら困るだろうが、雰囲気の上じゃ悪くねぇだろ?」
「ふふ、そうだな。ああ、紅茶淹れるか?」
「お、頼む」
リィンは頷くと水筒の中身を一緒に置いてあった紙コップに注いでクロウに手渡した。
ちなみにバスケットは乗り込んだ時にリィンが膝に抱えている。
片手でカップを受け取るとクロウは必然的にハンドルも片手で握ることになる。
その姿が憎らしいくらい絵になってリィンはしばし見惚れてしまった。
「?お前は飲まねぇのか?」
「あ、ああ、そうだな。いただくよ」
なんだかずっと見ていたい気分にもなったが、リィンは赤くなった顔を隠すように俯いて自分の分の紅茶を注いだ。
「ちなみにそのバスケットの中にはサンドイッチが入ってるから食わせてくれ」
「はいはい。
…
あれ、後ろの座席にもバスケットがないか?」
「こら、そいつは秘密だ秘密」
「
…
むう。隠し事は良くないぞ」
「あ・と・で・な。ほれほれ、あーん」
「はいはい。ちょっと待ってくれ」
気になりつつも後ろバスケットからは視線を離して手元のバスケットを開く。
ツナやハム、たまごにレタスやトマトと色とりどりのサンドイッチがバスケットの中に整然と並んでいる。
どれも小振りで一口か二口あれば食べられそうだ。
「どれがいい?」
「お前が選んだの」
「まったく
…
じゃあはい」
ツナサンドを選んでクロウの口元に差し出す。
クロウは口で受け取ると唇を動かしてサンドイッチを口の中に収めた。
「
…
なんか、こういうの良いな」
自分もハムサンドを口に運びながらリィンは呟いた。
運転するクロウの世話を焼いて軽口を言い合っているこの穏やかな時間が、胸が痛くなるほど愛おしい。
「いいだろ、こういうの」
サンドイッチを飲み込んだクロウがリィンの言葉を繰り返す。
くす、と微笑んでクロウを横目で見たところで街道の脇に並んでいた並木が切れて海が広がった。
「あ
……
」
リィンの感嘆の声につられてクロウも横目でそちらを見る。
夜空を映したように昏く染まった砂浜と夜空と境目を失くしたような深い藍色の海。
その藍色の一部に白い穴を空けたような月がぽかりと浮かんで、海の一部に参道のように白い道を作り出している。
雲が無く晴れているからか、その藍色はどこまでも深かった。
窓の外をいくら眺めても尽きない海の景色にリィンは目を瞠って見惚れた。
「
……
あんまり海を見た回数自体が多くないけど
…
夜の海ってなんかいいよな」
なんだかさっきから「なんかいい」しか言っていない気がして少し恥ずかしくなる。
けれど全て良いと感じるのだから仕方ない。
「オレも夜の海好きだぜ。飲まれちまいそうで」
「飲まれてしまいそうなのに?」
普通は怖いと感じそうだが。
「んーなんだろな。大きさを感じるし、落ち着くんだよな。ガキの頃から見てるからかもしれねぇけど」
「山の雄大さを感じる、みたいなものかな
…
少し違う気もするけど」
「そういやぁ、お前の瞳を見た時に思ったんだよな。夜の海みたいだって」
「うえっ」
ぶわっと頭が熱くなって頬が赤くなる。
こんな雰囲気の中でそんなことを言われると、渾身の口説き文句のようだった。
「は、恥ずかしいこと言うなって」
「えーほんとだしぃー?つかお前のが普段から恥ずかしい事ぽんぽん言ってるっての」
「そんなことない。今のは規格外に恥ずかしかった」
「異議あり!お前の恥ずかしさには勝てねぇ」
「人を恥ずかしい人みたいに言うなよ!」
ひとしきり言い合って、二人は同時に吹き出してしばし笑い合った。
静かで大人の良いムードはすっかり吹き飛んでしまって、幻想的に輝く白い月になんだか呆れられてるような気がしてきた。
「あーこの辺にするか」
「ん?」
「車止めるぜ」
宣言通りクロウは少し街道を外れて、土道に車を停止させた。
「さて、ちっとばかし休憩しようぜ」
ウインクするとクロウは扉を開けて外に出てしまった。
よくわからないながらもリィンも外に出て、軽く体を伸ばす。
その間にクロウは後ろの座席に置いていたバスケットを取り出していた。
「秘密の中身は教えてもらえるのか?」
揶揄い混じりにそういうと、クロウは悪戯っぽい笑みを浮かべて手招きした。
リィンが首を傾げつつクロウの隣まで行くと、クロウは更に砂浜の方へとリィンを促した。
車の中では聞こえなかった波音に耳を澄ませながらクロウの隣を進んでいくと、砂浜の半ば辺りでクロウはしゃがみこんだ。
バスケットを砂の上に置いて開けてみせる。
「あっ
……
」
中にはフィッシュバーガーが二つ。
クロウは嬉しそうな声をあげたリィンにウインクしてみせた。
「夜の海を眺めながら
…
ってのもオツだろ。晩飯食ったかもと思ったけどお前これだけは何があっても食うしなぁ」
「食べるに決まってる!」
リィンはいそいそとクロウの隣に腰を下ろして早速一つを掴んだ。
「ったく、この時ばかりはミリアムみてーだなお前も」
クロウはどこか嬉しそうに笑って、自分も残った一つを手に取った。
いただきます、と呟いてからバーガーにかぶりつくリィンを微笑み混じりに見た後、クロウは海へと視線を移した。
「
…
祖父さんが亡くなった後、ジュライを出るって決めてから最後にと思って夜の海を見に行ったんだよな」
波音に乗せるように密やかに呟かれたクロウの言葉にリィンは口を止めて、クロウを見た。
「もうあの時とは心持ちがだいぶ違ってるし、かなり経ったからな。はっきりとは覚えてねぇけど
…
何もかも飲み込んでくれって泣きながら願った気がする」
「クロウ
……
」
リィンは寄り添うように肩をクロウに寄せた。
クロウはくす、と笑みを零すとリィンの肩に頭を乗せた。
「だからかね。あの時の海と同じ色のお前の瞳にオレの心は全部飲まれちまったってわけだ」
「
…
やっぱりすっごく恥ずかしいぞ」
楽しそうに笑ってからクロウは顔を上げて正面からリィンの瞳を見つめた。
それを見つめ返しながら、クロウの鮮烈なまでの紅い瞳こそ飲まれそうな気がする、と思った。
そして夜の藍色にこの紅はぞっとするほど合うとも。
(
…
あれ、それって俺の瞳とクロウの瞳の色が合うってことに
…
?)
そう思って急に顔が熱くなる。
それに気付いていないのか、クロウは優しい色を浮かべて小さく笑った。
「だから、お揃いも悪くなかったが、呪いが解けてお前の髪と瞳の色が戻った時よかったって思ったぜ」
「クロウ
……
」
重なり合った視線が導くように二人の顔の距離が自然と近付く。
月に見守られてしばし二人は唇をただ重ねた。
夜の海が波を寄せるように、お互いを感じ合いながら。
それに浸っていると、突然クロウがふっと息を吹き出した。
笑ったのだ、と気付いた時にはクロウは顔を離して口を押えて笑い崩れていた。
「
…
ぷ、くくっ、魚のフライの味がするっ
…
はははっ」
「
……
クロウが食べさせたんだろ!」
やはり良いムードは一瞬にして去ってしまった。
笑いを収めた後はゆっくりフィッシュバーガーを味わいつつ思い出話をぽつぽつと語り合った。
割と長いことここで時間を過ごした気もするが、音も景色も時を止めたように変わらないままだ。
それを振り切るようにクロウは立ち上がって体を伸ばした。
「さーてそろそろ戻るとすっかね」
「帰りは俺が運転しちゃだめか?」
車の運転にももちろん興味がある。
学院でも所有していないからなかなか機会がないのだ。
「だめー。このままお前を攫ってくつもりだしな」
「え。どこに」
同じく立ち上がったリィンが目を瞠るのをにやにやしてクロウは見つめた。
「もちろんホテルのオレの部屋。これでお開きってことねぇだろ?とことん大人な良いムードにしてやろうと思って良いホテル取ってあんだよなぁ」
「
…
その良いムードはさっきからいたりいなかったりしてるぞ」
「
…
ま、そういうこともある」
誤魔化すように目を逸らすクロウに苦笑する。
とはいえ、このまま一緒に過ごすことに異議はなかった。
リィンは傍に寄るとクロウの手を取った。
「それじゃ、しっかり攫ってくれ」
「りょーかい」
クロウは満足そうに笑うと、握ったリィンの手を持ち上げて甲に口付けた。
また戻ってきたムードに少し頬が熱くなるのを感じながら、リィンはクロウの隣に並んで車へと歩き出した。
一度だけ、夜の海を振り返る。
クロウを飲み込まないでくれてありがとう。どうかこれからも見守ってくれ。
そう心の中で呟いて、リィンは視線を戻した。
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