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吾妻
2025-04-25 15:16:58
3332文字
Public
18TRIP
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飛んで陽に入る
×よりも+にかなり近くてあんまり甘さはない添椛。
「また連絡するから。
……
え? 本当だって。信じてくんないの? 悲しいな~。次会うときはちゃんと埋め合わせするからさ。うん、いい子にしてて。んじゃまた~」
声だけは愛想よく。指先に煙草を挟んだまま。甘ったるい言葉と紫煙を同時に吐き出す。
通話を終えたあとは、PeChatで一言「おやすみ」メッセージを送るのも忘れずに。このひと手間が案外大事だったりする。これでしばらくは、鬼電に付き合わなくてもよさそうだ。
会場の片隅に隔離された喫煙所は、牢屋みたいに四方を無機質な壁に囲まれて、ネオンがギラつく夜の街と同じ区画にあるとは信じられない。
決して広くない空間の中央をどでかい分煙機が占領していて、空気清浄機能の音がやたらとうるさい。だけど、パーテーションの向こうから聞こえてくる雑踏は、それよりも更に騒がしかった。
あーあー、今日も盛況。結構なことで。
手伝いに引っ張り出されるこっちの身にもなってほしいなぁ。
地域活性化を目的とした、利き酒フェス
――
だっけ。
市民公園の広場を借り切った、結構デカい催し。
主体は夜班だけど人手が必要で、とはいえ夜、しかも酒を取り扱う関係上未成年を駆り出すわけにもいかなくて。
見事にお鉢が回ってきてこの有り様。
こんな時間外労働、適度にサボらないとやってらんないよね。
面倒な電話に応対するために適当に誤魔化して抜けてきたけど、一服するくらいは許してもらいたい。
一口、深く煙草を吸ったところで、通知音。
なんだろ、面倒な連絡じゃなきゃいいけど。いっそのこと今日はもう電源切っちゃおうかな。そんなことを思いながら端末を引っ張り出せば。
――
具合大丈夫? 無理はしないでね。
「うわー
……
」
煙を吐き出すと同時に、思わず声が出た。
うわー。マジか。ほんとに?
鈍感というかお人好しというか。
「
……
ちょっとチョロすぎない? 主任」
思わず苦笑と独り言が出てしまった。
短い付き合いでもないし、さんざん振り回されておきながら。
未だに、「ちょっと調子悪いんで休んできます」なんてわかりやすい言い訳に騙されちゃうんだ?
彼女の周囲には保護者が多くて、時々ちょっと過保護すぎない? って引くこともあるけど。いざこうやって無防備な一面を見せられると心配にもなるし、ちょっとイラッとさえする。
〝犬〟といい彼女といい、陽だまりを無条件に温かいと思えるような人間と、オレは根本が違うんだから。眩しくて、目が潰れそうになる生き物がいるなんて、知りもしないくせに。
まるで対等な存在のように。
むしろ憧れを抱くかのように。
手を振られるとびっくりするよ。
ひねくれてるのは百も承知で。こんなふうにしか生きられないんだから仕方ない。
今日はこのままバックレて帰ろうかな。そんなことを思っていたら。
「さっき見かけたHAMAツアーズのスタッフの子さ」
喫煙所に入ってきた二人組の片割れから、耳慣れた単語が聞こえてきた。
「ああ、あの黒髪の?」
「そそ。可愛くなかった?」
手元のケータイを覗き込みながら。耳だけが会話を拾う。
これは職業病みたいなもんだから。情報収集は全ての基本だし。
「は? お前、ああいうのタイプだっけ? なんか真面目っぽかったし、重そうじゃね?」
「いや、そうなんだけどさ。でもちょっと話した感じ、押せば行けそうだったんだよな。なんつーか、チョロそうだし」
まだ半分しか吸ってない煙草を、無意識のうちに灰皿に押し付けて揉み消してしまった。もったいねーことしたかな。そこそこ値の張る嗜好品なのに。
……
まぁいいか。
「あとでもっかい声掛けに行こっかな」
調子の良い男の声を聞きながら、もたれていたパーテーションから体を起こす。
そうそう。真面目だし、時々鬱陶しいし、無防備すぎるんだよね。主任って。
ほら言わんこっちゃない。あちこち愛想振りまいてるから、こういう野良犬に目をつけられるんだって。
舌打ちしそうになるのをなんとか堪えて、喫煙所を出る。
どうなったって、オレには関係ないんだけど。
別にオレはあんたの、過保護な保護者気取りじゃないんだし。
*
あちこちからアルコールの匂い。
宵の口よりも増した人の数。
歩いているだけで、色んな意味で酔っ払いそうだ。
公園の広場にはいろんな出店が乱立して、木々にはカラフルな提灯がぶら下げられていていかにもお祭りって感じ。
その中心に設営された運営本部のテント。その前に立っている、細い背中。
俯いて何をしているのかと思えば、真剣に手元のファイルを覗き込んでいるらしい。
今日のフェスにも企画段階から参加して、夜班とHAMA中を駆け回っていたっけ。どうしてそんなに一生懸命になれるのかはわからないし、その姿勢が時々鼻につくこともないわけじゃないけど。
雑踏の向こうから、さっき喫煙所で見かけた二人組が歩いてくるのが見える。
明らかにこっちに向かってきているのを察して、また体が勝手に動いた。
大股にテントに近づいて、足音に気付いた主任が振り返るよりも早く。
「み~っけ」
後ろから覆いかぶさるように抱きついた。
「わっ、添くん!? な、なに!? どういうこと!?」
びっくりした主任が小動物みたいにもがいているけど、そんなの全然抵抗にならないし。
っていうか、びっくりしすぎてファイル落としてるし。
「いやぁ、会場広すぎて、テントの場所忘れちゃったんですよね~」
「えー
……
添くん、方向感覚しっかりしてるほうじゃなかった
……
? って、そういう話じゃなくて! 急にどうしたの、これ!?」
「アルコールの匂いがすごすぎて、オレ、酔っちゃったかも~」
「あんなにお酒強いのに!?」
主任の頭の上に顎を乗っけたまま、テントに向かってきていた二人組のほうを見やれば、この状況を目の当たりにした野郎どもが尻尾を巻いて逃げ出すのが見えた。すぐに人混みに紛れて見えなくなる。
なんともまぁ、みっともないことで。
「こら! 添くん!」
腕の力が緩んだ隙を逃さずに、主任ががばりと起き上がり、こっちに向き直った。
あーあ、あんなに暴れるから。髪の毛ぐちゃぐちゃですよ。
跳ねた髪の毛を整えてやると、「添くんがびっくりさせるからでしょ」とむくれられた。まぁ、その通りなんですけどね。
こっちは主任の危険を未然に取り除いてあげたわけで。このぐらいは許してもらいたいとこだけど。
「それで、調子は大丈夫なの?」
唇を尖らせつつも、相変わらず主任はお人好しの姿勢を崩さないから。
さっきの連中の言葉を思い出してしまった。
――
は? お前、ああいうのタイプだっけ? なんか真面目っぽかったし、重そうじゃね?
――
いや、そうなんだけどさ。でもちょっと話した感じ、押せば行けそうだったんだよな。なんつーか、チョロそうだし。
そうそう。主任ってば、真面目だし、時々鬱陶しくて重たいし。
確かにめちゃくちゃチョロいけど。
「
……
あんたらみたいなのにそんなふうに言われる筋合い、ないんだよね」
外野に訳知り顔でウロチョロされるのは、フツーに気分悪いっていうか。
もう二度と顔を見せないでほしいくらい。
「? 何か言った?」
「いーえ、なんでも。っていうか、オレが体調崩したら、主任は看病してくれるんですか~?」
「そんなの当たり前でしょ」
あー、またそんなこと即答して。社長に知られたらオレのほうが睨まれちゃうんですけど?
だからあんな野良犬どもにも舐められるんだって。
本当、どうしようもない人だな。太陽を見上げると目が痛くなるのとよく似てる。
わかってるくせに、なんで見上げてしまうんだろう? オレは別にマゾじゃなかったはずだけど。
「
……
じゃあ、そのときはヨロシク」
眩しくて目を細めてしまうのを、笑顔を作って誤魔化した。
主任は苦笑して、「そうならないように気をつけてね」と、またお節介を言った。
【おわり】
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