キリカ
2015-08-09 23:15:02
1304文字
Public とうらぶ
 

彼の地、彼の岸

#右んば版お絵描き文字書き60分一本勝負 お題:彼岸

相変わらずみかんばです。
なんかポエムみたいになってしまつた物体。

 雲の裂け目からのぞく、一条の光。
 とうとうと灘に渦巻く潮の流れは、岸辺からはようとして窺えない。
 濃い潮の香りは、鼻が慣れてしまったのかもう感じなくなっていた。
 ただ遠く近く響く潮騒と、耳元で叫ぶ風の音だけが、目の前に広がる水の深さを、何処かにある岸辺の遠さを教えてくれる。
 白い布の塊が横薙ぎになびくのも気にせず、彼は浜を歩いた。
 丸くなった小さな石の多い浜辺には、足跡も残らない。
 潮の流れを読んで、波打ち際に浮かべたのは花一輪。
 瞬く間に流れ流れて、花火のような緋の色は白い波に揉まれて沖へ往く。
 黒々とした海面とはまた違う、温かな海の色に似た瞳は静かにそれを見送る。
 きっと自分以外、誰の目にも映らない景色。
 歴史になど残らない、小さな出来事。
 これくらいは、許されるだろうと。

 敷き詰められた小石の崩れる音で、誰かが近付くのを知った。
 気配で、それがよく見知った者であることにも気付いた。
 ここにいたのかと、慣れ親しんだ朗らかな声が彼を呼ぶ。
 吹き飛びそうな勢いで捲れていた布を被り直し、押さえながら振り返る。
 その仕草に、垣間見えたかんばせに、その人物は目を細めて笑んだ。
 青い瞳に光が射し、真昼の月が浮かんでは消える。
「海は変わらないな、いつの時代も」
 肩の並ぶ位置まで歩み、淡い光が踊る黒い海を眺めながら三日月は言った。
「人もそう変わっていないと思うが」
 布の下で彼が呟くと、そうだなといつもののんびりとした言葉が返ってきた。
 言葉が途切れても、押し寄せてくる潮と風が沈黙を埋め尽くして、ある筈の寂寥感をも押し流していく。

 人は命を失ったら、何処へいくのだろうか。

 ふと零した言葉に、三日月は今度は感慨深そうに「そうだなぁ」と返した後、水平線の彼方を見遣った。
 目に映ゆる花の赤色は、もう何処にもない。
 もう波に呑まれたか、相当沖合に流されたか。
 どうあれ、遠い遠い彼の地へは辿り着けないことは明白だった。
「船に乗って彼岸へ渡る、か……渡し賃もろくろく持てぬまま、汀に立つ者も多かろうにな」
 少なくとも戦乱の続くような世では、ろくに弔いもされずに潰える者も少なくはないだろう。
 富める者も、貧しい者も。

 ならば、自分たちは?
 折れた後何処へいくのか、よくはわかっていない。
 消えてしまうのか、繰り返し使い回されるのか、はたまたあるべき場所へ還るのか。

 口には出さなかったが、顔半分の表情からそれを読み取ったように、三日月の唇が緩く弧を描いた。
「少なくとも、今の俺たちには帰る場所がある」
 そこへきちんと戻らなければ、役目を果たしたことにもなるまいと。
 差し伸べられた手に、彼は少し逡巡してから自らの手を重ねた。
 いつかこの手も、失われることになるのか。
 それとも、自分が先にいなくなるのだろうか。
 胸のざわつきに気を取られていた彼の頭に、ぽふりといつの間にか風で引っぺがされていた布が乗せられる。
 目を瞬かせる彼の仕草が面白かったのか、三日月は愉しげに肩を揺らして言った。
「さて、帰ろうか」