キリカ
2015-04-13 00:14:31
3133文字
Public とうらぶ
 

時代の影に


4/12【右んば60分・お題:「それで殺そうと?」】

遠征中のお話。ほんのりみかんば……多分。
名もなき人物が出てきます。

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 夕闇に帰巣を告げる鳥の声に、その日の終わりを知る。
 今日も何とか凌げるようだ、だが明日はどうか。
 ひもじい腹を擦って、棒切れのような足に意思を巡らせて、踏み固められた道をなんとか進む。
 少年は盗人だった。
 盗まなければ、他の者から奪わなければ生き延びることも叶わない。
 凶作やら戦やらは、彼から両親や縁あるものを容易く奪っていき、今や明日をも知れぬ身だった。
 痩せぎすの少年が目指すのは、街の外れに、林の陰に隠れるようにして建つ廃屋になった小屋。
 最近見慣れぬ者たちが出入りしていると、自分と同じように橋の下で夜露を凌ぐ子供のひとりに教えて貰ったのだ。
 曰く、決まった刻限に数人ずつが交代し、何処かへと消えていくのだと。
 もし金目のものが手に入れば、暫くは食い繋げるかも知れない。
 肩を寄せ合って震えている同輩にも、分けてやれるかも知れない。
 得体の知れない相手に危険だとも思ったが、どうせいつ死んでもおかしくない身の上だ。
 棲む者がいなくなっていくらか経とうという小屋の戸口の陰に立ち、少年は中の気配と様子を探る。
 静かだ。誰もいないのかとも思ったが、破れた障子の向こうに白い人影らしきが横たわっている姿が見えた。
 それも一人、眠っているなら家探しするには好機だ。
 引き戸が余計な音を立てないよう細心の注意を払い、少年は小屋の中に滑り込む。
 幸い夜目は利く方だ、何度も家屋に忍び込んだ経験のある彼にとっては造作もない。
 その奥へ、必然的に横たわる人影に近寄りながら、少年は改めてその様子を確認した。
 申し訳程度の筵の上で眠っている若い男は、その身の殆どを白っぽい布で包んでいた。
 静かに寝息を立てている様子の人物の服は、所々汚れたり綻びが見られる。
 長い渡世で擦り切れたのだろうか。
 顔半分も隠すような布から覗くその髪を見て、少年はぎょっとする。
 整った顔立ちを隠すように伸びた髪の色は、見たこともない色をしていた。
 まるで、豊作だった頃見た黄金色に波打つ稲穂のような。
 ――関わってはいけない『モノ』だったかも知れない。
 じわじわと背を這うような怖気が、彼を苛み冷や汗を呼ぶ。
 しかし、ここまで来て手ぶらで帰る訳にもいかないのだ。
 懐に仕舞い込んだ獲物を握り締め、彼は腹を決め、古びた板張りの床に上がり込んだ。
 小屋の中に何もなければ、この男を起こして脅し――
……ッ!?」
 考えを巡らせながら横たわる男の横を過ぎた直後、突然ぐるりと視界が一周した。
 次の瞬間にはしたたかに背を打ち付けていた。
 一体何が起きたのか、と藻掻き起き上がろうとしたその目を、爛々とした鮮やかな色に射られて息が詰まる。
 起きていたのか。
 暗がりでもはっきりとわかるような、青とも緑ともつかぬ光を宿した男が、黒塗りの鞘に収まった刀を左手にして見下ろしていた。
 そこに強い感情は浮かんではいない。
 寝起きとは思えない、ぴんと張り詰めた静かな空気を感じる。
 どうやら、彼は始めから少年の侵入に気付いていたようだ。
 その上で、どう動くか見極めていた。
 逃げなければ――咄嗟にそう思った少年は、思い浮かべた時には既に懐の刃を抜いていた。
 切っ先を突きつける手は無様にも震えていたが。
 頭の隅では理解しているのだ、相手にとって自分など簡単に斬って捨てられるくらいの弱くちっぽけな存在なのだと。
 男は震える切っ先を眺めてから、射るような光を少年の顔に移す。
「錆の浮いた合口……それで殺そうと?」
 低いが、落ち着いた声音だった。
「ち、違う……
 思わず口をついて出た言葉とは裏腹に、やり場を失くした切っ先はそのまま、男の鼻先を指して震えている。
「不作や災害で親を失ったか」
 ここはそんな子供ばかりだな、と彼が溜息をつく仕草にも、少年は合口を取り落しそうになるくらい身震いした。
 しかし、どんな仕置きや折檻を受けるかとびくついていた少年の耳に届いたのは、意外な言葉だった。
「すまないが、ここは見ての通りのあばら家だ。あんたに施せるようなものは何もない。食料も、また調達してこなければならないしな……
 男はそう言って、俄かに目瞼を伏した。
 見逃してくれるだけでなく、やれるものがないと詫びているのだ。
 少年が思わず腕を降ろしてぽかんとしていると、背後からガタガタと戸を開けようとする音が聞こえた。
「ん~? 開かんな、壊れたか?」
 今しがたの、空気の張り詰めた遣り取りが遠く思えるほど暢気な声がする。
 と思えば、不穏な音がして引き戸が外れた。
「おお、取れてしまったぞ」
 現れたのは、これまた恐ろしいくらいに見目の整った黒髪の男で、人間離れした容姿の者たちの間で少年は固まるしかなかった。
 まるで、物の怪の巣にでも足を踏み入れてしまったような気分だ。
……あんた、相変わらずそういうの下手だな」
 肩を竦めた金髪の男は少年を追い越して、戸を直しに行った。
 対して黒髪の男は眉を下げ、あいすまんと笑っている。
「そういえば、その童はどうした? お前さんのともがらか?」
「あんたには刃を向けてくるような友がいるのか」
 少年と彼を見比べた黒髪の男のとぼけた物言いに、呆れたような声が返る。

……ほう、それは気の毒なことだな」
 仔細を知った黒髪の、三日月と呼ばれているらしい人物はうんうんと頷きながら少年の前に饅頭をもうひとつ積んだ。
「三日月……こういう不憫な子供はどの時代でもいるものだ。いちいち助けていたらキリがないぞ」
「まあそう言うな、袖すり合うも多生の縁というではないか」
 金髪の、山姥切とかいうもう一方の苦言に、三日月はひらひらと袖を振る。
「何処で調達してきたんだ、それは」
 小さく息をついた山姥切は、突然の食べ物の出現に目を丸くしていた少年を代弁するかのように尋ねた。
「これはな、ちょっと散歩をしておったらそこの川向こうの……竹細工を生業にしておるという老夫婦がおってな。それで……
 三日月の話は長くなりそうだった。

……で、これがなかなか腕のいい職人なんだが、後継ぎがおらず困っているらしくてなぁ」
 長い話の後、三日月は饅頭を頬張っている少年を見遣った。
「寄る辺がないなら、行くだけ行ってみてはどうだろうな」
 自分が、と尻込んでいる少年に、三日月はにっこりと笑った。
「案ずるより産むが易し、だ」
 少年はしばらく考え込んでから、おずと頷く。
……そら」
 残りの饅頭を包んで彼に渡した山姥切は、気を付けて帰れ、と小さく続けた。
 小屋に来た時とは全く違う気分で、少年は戸口を潜る。
 山姥切に投げ飛ばされた時には終わりだと思っていたのに、人生はわからないものだ。
 容易く安堵は出来ないが、開けた道を思って歩き出そうとした背に、戸を一枚隔てて声が聞こえる。
「お節介も程々にしろ」
「はは、お前さんだって口ではああ言っても態度は違うではないか」
…………交代の刻限まで寝直す」
「なんだ、俺の暇つぶしには付き合うてくれんのか」
「あんたもきちんと休んでおけ……って、離れろ。眠いんだから放っておいてくれ」
「つれないな……
「目を離せば何処かへほっつき歩いているような奴のことは、知らん」
 仲が良いのか悪いのか、妙に微笑ましい心持ちになりながら、少年は小屋を離れたのだった。