ortensia
2025-04-25 01:18:50
1803文字
Public 傭リ
 

死ネタよーり。たぶん荘園外。

傭兵が死んでいる。

 傭兵が死んだ。
 遺体を寝台に寝かせた。死んだ傭兵。起き上がらない傭兵。
 朝が来た。
 それでも傭兵は目覚めない。
 朝食を作る。卵とベーコンを焼く、あとトースト。二人分。いつも通り奴の分は自分の二倍程。実質三人前。それから今朝は珈琲を入れる。ミルクとお砂糖はその時の気分や体調で変える。今の自分はブラック。相手の分は、どうすれば良いか分からなくて、自分と同じにした。
 席に着く。向かいの席には誰も座らない。置いた料理が形式上に湯気を上げるだけ。トーストに歯を立てる音が、自分の分だけ朝日に溶けた。日が差した定位置が空席であることへの違和感。ステルスはこちらの役目の筈だ。
 食べた食器を自分の分だけ洗う気にも成れず、珈琲を何度も淹れて、時間稼ぎに飲む。こんなに珈琲を飲んだのは初めてだ。
 何もしない朝でも腹の消化は進むらしい。空きっ腹に成っても珈琲を飲み続けたところで、長い長い朝が終わった。漸く昼に成ったところで、死んだ朝食に手を付ける。朝自分が食べた物と同じ内容なのに、なんだか未知の国の食事のようだ。ひょっとしたら宇宙食かも。もっと悪いのが、絵に描いた料理、きっと絵の具味。そう言えば、食べた筈の朝食の味を、覚えていない。自分が普段通り作ったものだから保証は有る、わたしが食べたのは手料理ではなく、保証だったのだろう。昼食を中断する。皿の上に置いた匙が立てた音を、真昼の太陽は焼き決してはくれなかった。
 午前中住んで居たかのようだった食卓から離れて、洗濯に取り掛かる。洗濯物には傭兵のものも有る。当然生きていた時のものだ。結局、ものや肉や鉄が燃えた匂いは、何度洗っても衣類から消えなかった。料理の匂いとは違う。奴自身からは火の匂いはしないのに。今後この部屋では、絵の具と霧の匂いしかなくなることに成るのだろうか。今日は干した時間が遅かったから、今日中には乾かないかもしれない。だったらいっそこの部屋で干してしまおうかと思ったが、早くも霧の匂いに成って仕舞うようで、気が進まなかった。
 洗濯で捲っていた袖を下ろしながら、おやつの時間に昼食の残りを食べる。昼に自分の食べて居るものに対して少しの疑問を抱いたせいで、自分が作った料理であることの保証の効果が薄れている気がする。けれど食べずに捨てるのも敗北のようで納得が行かない、なんのゲームともしれない。午前中に散々飲んだ珈琲をまた淹れる。珈琲で流し込むようにして、やっと奴の朝食を平らげた。やはり奴の胃は化け物だったに違い無い。朝食はしっかり摂らなければ、などと言う話に収まらない。
 出てから寄り付かずに居た寝台にそっと近寄る。傭兵はよく眠っている、とでも言いたく成る程、体からすっかり力を抜いて横たわって居る。抜けた力は何処へ行ったのだろう。何処かの学問では、力が有から無に成ることはない、とかなんとか。なら、おまえ今何処に居るの。せっかく体をここに寝かせて遣ったのに。体に触れることはしなかった。だってもう死体だから。
 食器も洗って掃除もして、すっかり日が落ちても、夕食を作り出す気には成らなかった。
 本当は、今日のディナーに傭兵を調理してしまうつもりだった。
 夕食は傭兵を食べるから、普段通り朝食を摂っても問題無いと思った、昼食もおやつも。けれど朝食を奴の分迄作ることに気紛れが動いてしまったから狂った。もう今日は何も食べる気がしないし、何より。
 わたしは傭兵の朝食を朝のうちに食べきれなかった。
 だったら、普段あんなに食べている傭兵を夕食に食べきることも、わたしには出来無いような気がした。
 今日一日はすっかり狂ってしまった。
 今日は一杯も紅茶を飲んでいないし、今日はちょっとも筆を取って居ない。
 今日は傭兵の熱を感じて居ない。
 また寝台に近寄る。
 遺体を見下ろす。
 傭兵が死んでいる。
 揺り起こしてもそうならないと分かっているから、そうしない。
 冷たさはここへ運んだ時に充分味わった。正直もうお腹いっぱいだ。
 それでもその横へ寝転ぶ。
 朝が来た。
 また死んだ傭兵を見た儘朝が来た。
 それでも傭兵は目覚めない。
 唐変木かと思えば機敏を察する小男は、わたしの気紛れの異変に案外気付き易い。
 それでも傭兵は目覚めない。
 今日も傭兵は目覚めない。
 今日は、じゃあ、葬式でも上げましょうか。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。