RINGO
2025-04-25 01:16:56
4020文字
Public 境界の灯
 

番外編1-7


……ついにこの日が来てしまった。)
 青年は、記憶に刻み付ける様に、ゆっくりと周りを見渡した。

 子どもたちの泣き出しそうな顔、既に泣いている顔を見て、罪悪感が襲う。
 だが、それを振り払って青年は、息を吸った。
……お世話になりました。」
 そう言って、深々と頭を下げる。

 途端に子ども達から、「いやだ~!」「ここにいてよ!!」と抗議の声が上がる。
 それを、一生懸命職員が宥めていた。
「悪いな、お前らと別れるのは俺も寂しいが、こればっかりは仕方ないんだよ……。」
 困ったように笑いながら、取り囲む子どもたちの頭を撫でる。
 もうこの手に触れられないのかと気づき、子どもたちの泣き声はさらに広がる。

 そんな混乱の中、年長の女の子がぽつりと言った。
……ここの先生になればいいんじゃない?」

 それに反応して、他の子どもたちは「それだ!」とでも言う様に青年の方を向く。
 キラキラとした数多の視線に、困りながら職員に、視線で助けを求める。
 しかし、当の職員も「それもありかもしれない。」と言った顔で思案し始めている。
(まいったな……。)
 青年は、頭を掻きながら、口を開いた。
……それも悪くない。けどな――。」
 
 その時、後方で力いっぱい叫ぶ声が上がった。
「ダメだよ!!」
 飴を渡した少年だ。
 目に沢山の涙を溜めながら、こぼれないように、鼻をすすりながら言う。
「兄ちゃんはっ!オレの作ったカッコいい武器でっ……活躍するんだからっ!!」
 両手を力強く握り、叫んだ。
 青年は、静かに少年の前に向かうと、優しく抱きしめた。
「そうだよな、俺と約束、したもんな。」
 少年の頭を撫でると、堪えていた涙がボロボロとこぼれた。
 乱暴に、涙を拭いながら、彼は何度も何度も頷いた。

 青年は、そんな少年の背中を擦っていると、服をくいっと引っ張られる。
 振り向けば、文字を書くのを教えた女の子が、立っている。
……おてがみ、書いていい?」
 一瞬呆気にとられたが、青年は考える。
(この村には、国から物資が定期的に運ばれている。……その時に持って行ってもらえば。)
 もし、駄目だとしても是が非でも頼み込もう。
 そう小さく決意する。
……あぁ、わかった。」
 青年が頷くと女の子は目を細める。
 女の子は「文字のべんきょう、がんばる。」と微笑んだ。

 それを見ていた他の子どもたちは、「わたしも書く!」「おれも!」と青年に詰め寄ってきた。たくさんの小さな手が青年の身体や服を掴み、もみくちゃにしてくる。

……こんなに、俺自身が求められていたことがあったっけ?)

 駒としてしか、見られてこなかった自分が別れが惜しいと言われたのは、初めてかもしれない。

(あ……、やばい。)
 涙腺が、軽く緩んだ気がする。
 青年はそれを誤魔化すかのように、声を上げた。
「わかった!わかったから!全員分読んでちゃんと返事するから!」
 青年はくすぐったそうに笑いながら、抱きしめたり、頭を撫でたりしながら言った。

 ようやく解放された青年は、集合場所に向かう。
 ふと、一度歩みを止め、孤児院を振り返ろうとする。
 だが、すんでのところで、頭を軽く振った。
 見てしまったら、戻ってしまいそうだと思ったからだ。

 上を向けば、澄み渡る青が広がっている。
 軽く息を吸って、吐く。
 寂しそうに笑うと、青年は黙って前を向き、歩みを進めたのだった。



 研修が終わり、中央の軍の宿舎に戻った数日後、大量の手紙が青年の元に届いた。
……物資の搬入出で頼むのは、正解だったみたいだな。)
 青年は安堵する。
しかし、それと同時に目の前にある手紙の数に苦笑した。
 一通一通、丁寧に封を開けていく。

「こりゃあ、結構な時間がかかるな……。」
 手紙の山を横目に、困ったような声を上げる。
だが、その顔には笑顔が浮かんでいた。

 その日から、青年の生活が一変した。
 任務や訓練が終わるや否や、自室に戻り、手紙を読んで返事を書く。
 それが日課になった。
 
「お前、最近どうしたんだよ。」
 訓練終わり、使用した用具を片付けながら、仲間の兵士が青年に顔を向ける。
「どうしたんだよって、何が?」
 木刀を何本か抱えた青年が、怪訝な顔で首を傾げた。
「訓練終わってから、いつも誰かしらと駄弁ってたのに、最近じゃ速攻部屋に戻るだろ?」
「あぁ……。」
 何でもない様に作業に戻る青年に、ますます様子がおかしいと口を尖らせる。
……例の研修終わってから、そんなんだろ?なんだ?研修先で女でもできたか?」
 それはないだろうと、冗談めかして青年に聞く。
 しばらく沈黙が流れ、仲間の兵士は口角が歪み始める。
 
 青年は、抱えた木刀を片付けると、振り返った。
「まぁ?」
 一言だけ答えると、すぐさま「抜け駆けかよ!!」「裏切り者!!」と叫ぶ兵士を笑いながら軽く受け流し、青年は宿舎に戻った。

 ――もじのれんしゅう、がんばってる。にーちゃんもへいしのべんきょうがんばってね。
(前よりずっと字が綺麗になったな。お前を見習って俺も頑張るよ。)
 ――今日の職場体験で工房のおじさんに褒められた!兄ちゃんに会えるのも、すぐかもね。
(すごいな。俺もお前の武器を扱えるように、訓練しとくから焦んなくていいぞ。)

 手紙を読んでは、返事を書く。
 それをひたすら繰り返してみれば、やがて手紙は分厚くなる。
 あっという間に一か月過ぎ、いつの間にか反省文でも書かないような、分量になっていた。
 それでも、孤児院での日々を思い出し、手紙を受け取って、喜ぶ子どもたちの顔を思い浮かべながら、彼は最後まで手を抜かずに書き続けた。

 すべての手紙の返事を書き終えた日、青年は足早に軍施設にある発送受付へと向かった。
 居ても立っても居られなくなり、朝一番で来た青年以外誰もいない。
 窓から差し込む光に照らされ、廊下の床が鈍く輝いている。

 麻ひもでまとめられた手紙を受付の台に置いた。
「すごい量ですね。どちらにお送りいたしますか?」
 にこやかに受付の女性は、手紙を受け取った。
「えっと……これで良かったですか?」
 初めての手紙の発送に、戸惑いながら青年は、懐から発送依頼書を渡す。
「はい、それで……。」
 しかし、受け取った依頼書を見て、女性の動きが止まった。
 申し訳なさそうな表情を浮かべて、首を横に振る。

「えっ?」
 青年は、最初女性の言っている意味を理解できなかった。

……襲われた?」
 呆然とした表情で、青年は呟く。

「はい。先日、この村は賊の襲撃を受けたそうです。報告では壊滅的な被害だったそうで、現在こちらの村への配送は受け付けておりません。現在調査中とのことなので――……
 それから先の説明は、青年の耳に全く入ってこなかった。
 頭の中が真っ白になり、心臓の鼓動が早くなる。
 息が苦しくなって、胸が締め付けられるような痛みが襲う。

「壊滅的……。」
 小さな声で、青年は呟いた。
 戻された手紙の束に添えた手が震える。
 受付の女性が、心配そうに声をかけるが、その言葉は彼の耳に入らなかった。
……わかり、ました。」
 ただ一言、そう言うとフラフラしながら青年は自室に戻って行く。
 
 子どもたちは無事なのか、どうしてそんなことになったのか?

 そんな疑問が頭の中で繰り返される。
 地面に足がちゃんと着いているかさえ、わからない。

 指の間から、するりと手紙の束が落ちた。
 その落下音で、現実に引き戻された青年は、身を屈めて手紙を拾う。
 視線を上げて、自然と窓に目線が向った。
 青年の心中とは裏腹に、今日は素晴らしい快晴だった。
 一面の青空に、手紙を掴む手に力が入る。

……あの日と同じ色だ。)

 孤児院を去った、あの日の青を思い出した。
 窓に映った青年の顔は、眉を顰めて、強張っていた。



 自室に戻った青年は、椅子に座って、机に置いた大量の手紙を呆然と見つめていた。

 いつもは気にもしない、秒針の進む音が耳につく。
 音が進めば進むほど、信じられない気持ちと焦りが募る。
 その音に、急かされているようで、余計に胸が苦しくなっていく。

「嘘、だよな……?」
 カーテンも開けず、薄暗い部屋の中、言葉がぽつりとこぼれる。
 呼吸が苦しくなり、頬に一筋涙が伝った。
 
 机に置かれた手紙の一通、一通に子どもたちが自分に伝えようと、拙くても懸命に書いた思いが込められている。

 そんな彼らの無事を確認したいのに、例の暗示で村の座標が頭の中から消えていた。
「思い出せよ……クソッ!クソが!!」
 何もできない自分に、どうすることもできない自分に腹が立つ。
 青年は歯を食いしばりながら、膝を拳で何度も何度も殴りつけた。
 どうにかしたいのに、その手段がないという事が青年を追い詰めていく。

 ふと、手が机の端に置かれた携帯灰皿に触れた。
 その感触に、青年は久しく忘れていた感覚が蘇る。
 震える手でふたを開けて、煙草を一本取りだした。
 一か月ぶりに煙草を咥えて、火を点ける。
 荒くなった呼吸を誤魔化す様に、煙を思い切り吸い込んだ。

「あー……。」

 肺の奥まで広がる煙で、胸の苦しみが薄れる気がした。
 けれど、これは一瞬の事で子供だましだと青年は分かっている。
 こんな誤魔化し方は、良くないという事も分かっている。
 けれど、こんな事でしか気が紛れない弱い自分が情けなくて、情けなくて、手で顔を覆った。
 目からボタボタ流れる涙は止められそうにない。
 静かな部屋には、青年が泣きじゃくる音が響いていた。