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誕生日は知っていても素顔は知らない
「アナタ、ご飯ができたわよ」
「ありがとう」
少女は自分の母が言うような口ぶりで、おもちゃの食べ物を乗せたお皿を渡す。そうすると、渡されたペンギンは底から一つ手に取り、口をモグモグさせる。
「美味しい」
「えへへ、隠し味はセロリなの!」
ペンギンの口元が優しく微笑んで「おいしい」と言われ、釣られて少女も笑顔になる。
「
……ペンギン、いつも遊んでくれてありがとう」
「んー? ガキはそんなこと気にすんな」
少女がそう呟くと、ペンギンはおままごとの優しいお父さんの役から降り、いつものペンギンの口調に戻った。
「だって、お父さんいつもお店が忙しそうで、遊んでくれないから
……」
ここには両親が買ってくれたおもちゃが溢れんばかりにあり、可愛いぬいぐるみ達も少女の部屋を賑やかにしていた。だけど、それらをどんなに買い与えられても、彼女はいつも寂しかった。あるときから、レストランを経営している父の瞳はギラギラと怪しく光り、目の前に居るのにちっとも少女のことを映さなくなってしまった。そんな父を母は少女から引き離すようになった。そして、店の繁忙と呼応するかのように、与えられるおもちゃの数だけが増えていった。
だから、少し前に住み込みで働きに来たペンギンが、暇を見て遊んでくれるのが本当に嬉しかった。もしかしたら母に頼まれて来てくれているのかも知れないとさえ思った。
「そっか。お店が終わってからも、親父さん忙しそうだもんなァ」
「うん、お店も忙しいけど、他にも色々やることがあるからバタバタだって。最近は夜にも色んなおじさん達が来るから、お母さんもなんか買い物にばっかり行っていて私のこと放ったらかしだし」
俯きながら言うと、ペンギンは少女の頭を優しく撫でながらうんうんと頷く。
「何か、お店で催しでもやるのかなァ」
「わかんない。でも、お部屋でおじさん達と来週の金曜日は祭りになるぞー。って盛り上がってたの。すっごい盛り上がってたのに、なんで私は混ぜてくれないんだろう。お祭り、私大好きなのに」
思い出しつつ頬を膨らませていると、はっと少女はペンギンを見上げた。
「あれ、来週の金曜日ってペンギン誕生日じゃない?」
「あれ、おれそんな話したっけ?」
「
……あ、」
少女はもじっと、指を擦り合わせながらすぐに下を向いてしまう。
「あ、あのね。お母さんに聞いたの。ほら、シンペンショっていうの? うちで働くときに、あれに書いたやつ
…………ごめん、なさ
…い、勝手に見せてもらっちゃって。ペンギンのこと、知りたくて」
ふるふると震える少女の頭を変わらず撫でながら、ペンギンは務めて優しくゆっくりと語りかけた。
「いーよ別に。それより、お祭りか。なら
…… 来週は楽しいことが待ってンじゃないか?」
「私お祭り好き!」
少女が目を輝かせると、もう一度頭を撫でながらペンギンは目を細めながら笑った。
ペンギンとお話しすると、なんだか心がポカポカすると少女は思った。
「じゃあ、来週もしお祭りがあったら
…ペンギンと、」
少女の話が終わらないうちに、少女の父親が部屋の扉を開けた。
「ペンギンいつまでサボってんだ!」
「あ、見つかっちまった」
ペンギンは舌を出して少女を見た。
「じゃ、またな」
「うん!またね!」
去り際に手を振るペンギンに、少女も手を振り返す。父親と視線が合うことはなかった。
ペンギンと父親が去ったその部屋はシンと静まり返っていて。周りを見回すと、ペンギンとおままごとをしていた名残のおもちゃ達が散乱している。
「あーあ。片付けよ」
それらを片付けていると、楽しい時間の終わりをまざまざと突きつけられて少し寂しくなる。
でも、大丈夫。来週はきっと楽しいことがあるんだから。そのことを考えて少女は思わず笑みを溢しながら、宝石が鮮やかに装飾された箱におもちゃを仕舞った。
◆
しかし、結局そんな楽しい日が少女に訪れることはなかった。
お祭りの日を指折り数えながら過ごしていた少女の日常は、突然やってきた海軍の人達に、呆気なく壊された。
なんでも、父はただのレストラン経営者ではなく、とんでもなく悪いことをたくさんしていて、レストランの営業が終わると夜は麻薬の密売と、ついには人身売買にまで手を出すところだったらしい。
レストランの中を荒らされ父やお店の人達が捕まるのを目の当たりにしながら、「そんなの嘘だ」って心の中で叫んだ。いつも忙しそうで、お父さんらしいことは何もして貰えなかったけど、まさか人身売買だなんて。そんなことするはずないって。
ぐったりと項垂れた母が「だから言ったのに
……」と呟きながら大きな宝石が光る指で顔を煽っているのを見て、これは現実なんだって思い知った。
そうだ、ペンギン。ペンギンも連れて行かれちゃうの? そんなの嫌だ。私に優しくしてくれたあの人が、そんなことするはずない。よく考えたらペンギンはお店に来たばかりだし、私と遊んでばっかりでそんな悪いことに加担なんてしてる時間もなかった筈だ。
そう思いながら、少女は縄に括り付けられたお店の人達を見るけれど、ペンギンの姿はなかった。
もしかして、なんとか逃げられたのかな。良かった。だって、悪いことをしていないのに捕まったら大変だもん。
そんなことは建前かもしれない。それでもなぜか、彼には逃げて欲しかった。少女は涙で滲む視界を動かしていると、視界の隅に海軍の制服を着たペンギンが見えたような気がした。
とても似てるけど、そんなはずはない。だって、いつも優しく微笑みかけてくれていたペンギンが、あんなに怖い顔をするはずないのだから。
そう思いつつ俯き、少女はゴシゴシと目を擦って涙を拭く。次に前を向いた時には、ペンギンみたいな男の人はいなかった。
変わりに、明るい髪が帽子からちらりとはみ出た海軍の男が来て「きみはこっち」と、手を引かれた。
なぜか、ペンギンが近くにいる気がして、
「ペンギン、」
そう呟くと、海軍の制服を着た男は「大丈夫、おばあちゃんが迎えに来てるよ」と申し訳なさそうに微笑もうとした。でも、私の泣き顔に笑みを作ることが出来なかったんだと思う。困ったような、優しくて辛そうなそんな顔をしたその人は、目元がサングラスで隠れていたけど、ペンギンには全然似ていなかった。
◆
「今の、ペンギンが潜入してたレストランの娘じゃねー? ほら、子供に麻薬仕込んで拐ったりしてて、キャプテンがブチギレた例の店の
……、なんかケンカ売ってきたクソ海賊団の資金源でぶっつぶした」
ちょうど一年ぶりに立ち寄った島で、ペンギンと街を歩いていると、買い物袋を抱えながら老婆と歩く少女とすれ違った。
少し背丈が伸びていたが、間違いなく去年ひょんなことから人身売買やドラッグの流通経路を暴いてしまった小悪党の店の娘だった。
「そうだっけ」
シャチが隣のペンギンに聞くと、飄々としながら興味がなさそうな答えが返ってきた。
お前、当時「あーあ、あの子良い子だったのにな」とか言ってなかったか。と、シャチは思い出して苦笑いをする。
シャチはペンギンとは別行動で、後始末を海軍にやらせようというローの作戦通りに海軍側へ潜入していたため、実際はペンギンがその娘とどう接してしたかはわからない。
「結構冷めてるよな、ペンギン」
「お互い様だろう。いちいち情を持っていたらやってらんねェよ。おれにとっちゃおままごとも仕事の内だ」
そう話しながら、いつもの感情の読めない顔でペンギンがはははって笑った。
「でも、あんときはおれが
レストラン で良かったよ」
「そうかな」
「そうだよ」
遠くに見えた少女は、全くこちらを気にする様子もなく、老婆に優しく微笑みかけていた。
優しくて素直そう。そんな勝手なことを思いながら、シャチは少女の姿をこっそり目で追った。
「早く帰るぞ。今日はなんてったっておれの誕生日だからな」
そうだそうだ、この隣のご機嫌な男は今日が誕生日で。去年はなんだかんだと文字通りのお祭りになってしまい、ポーラータング号でのペンギンのお祝いは深夜遅く満身創痍でケーキを突くこととなったことを根に持っている。
「うん、ペンギンのためにみんな用意して待ってるよ」
「キャプテンの部屋で上品な包み紙も見たしな」
「ふっ、ふははっ、それな」
「あの人毎年おれらにバレてないと思って隠してんのかわいいとこあるよなー」
「まっじで毎回気づかないふりすんのに目が泳ぐ」
「今朝なんて報告書の下に
…ふっ、あははっ、無造作過ぎてどこ見たらいいかわかんねーの!」
あはははって、ふたり。いつもの軽口。
「そうだなァ、二時間散歩してこいなんて雑にポーラータングを追い出されけど。
……お陰様でいいもん見れたし」
軽く後ろを振り返りながら、ペンギンがシャチの帽子にぽんっと手を置いた。
「帰るぞ」
と、もう一度言った。
シャチも「うん」と、呟いてふたり前を向いた。
ペンギンとシャチは並んで少女とは反対の道へ歩みを進めた。
帰ろう、ポーラータング号へ。
ペンギン Happy Birthday 2025
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