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ふじしろ
2025-04-24 22:48:51
1991文字
Public
浄皇
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Stand Alone
桜の話。じょーさんとこーさん。ラブ要素なしですがこういうのが積み重なって…という願望はささやかに添えて。
ウィズダムへの出勤前、俺はあるオフィスビルの裏にある庭へと向かう。
いつもなら道すがら頼んでいた食材など受け取りながら来るのだが、それをしない分今日は早い時間に家を出た。
向かっている場所にはベンチなども整備されており誰でも入ることが出来るようになっていた。
建物の角を曲がると揺れるピンク色が目に入る。
ここには一本の立派な桜が植えられていた。
桜は春の柔らかいそよ風に五分咲きの花を静かに揺らしている。
本当は家から酒でも持ってきて桜を肴に花見と洒落込みたいところだが、ウィズダムが閉店する時間には入口が封鎖され入ることが出来ない。
だからここには出勤前に眺めに来ることしか出来なかった。
その木は見事な枝振りで桜としてはかなり大きい部類に入る一本だった。
ここはスペースに余裕もあるし、もう一本二本一緒に植えられていても良さそうなものだが、この庭には桜はこの一本だけだった。
もしかしたら何か特別な理由があるのかもしれないが、木の周りに特に何かプレートなどがあるわけではなくそこにはただ桜が一本植えられているだけだった。
この木の存在を知ってから見に来るのは数度目だが俺は何故この桜の木が気になるのだろう。
毎年桜の開花を知ると一度は立ち寄ってしまうのだった。
もしかしたらポツンと一本だけ立っている姿に昔の自分に重ねたりしているのだろうか。
他に思い付くこともなく、毎回そうは思ってはみるもののあまりしっくりとこない。
今年も変わらないな、そんなことを思っていると背中の方から聞き慣れた声がした。
「こんな所があるんだな」
振り向くと浄が立っていた。
俺の視線に気が付くと彼はいつもの薄い笑みを浮かべながらこちらへと歩み寄ってくる。
「皇紀がビルの方に向かうのが見えてね」
「やけに早いじゃないか」
俺はいつもより早く店に向かっていた。
その俺を見つけたというなら浄も早く出勤しようとしていたということか。
本当にそれだけなのかと思わず浄の顔を睨むと彼は苦笑いを浮かべ肩をすくめてみせた。
「アルコールの仕入れで宗雲に話したいことがあってね。だからそんな目で見るなよ」
改めてギロリと睨みを効かせるが浄の様子に特におかしなところは感じられなかった。
どうやら本当に偶然居合わせたらしい。
「桜の季節か」
浄は俺が見ていた桜の木へと視線を移した。
「こんな所にも咲いてるんだな。ちょっとしたお花見スポットじゃないか」
彼は楽しそうにそう話す。
花見と言うと何となくたくさんの桜の花の下でというイメージがあったが、彼にとっては一本だけであっても十分らしい。
確かにベンチに腰掛ける人や走り回る子供たちも時折桜を気にする様子が見られる、たとえ一本であっても桜は桜らしい。
そういう考え方もあるのかと思うのと同時にそうか、俺はこの桜を今の自分に重ねたいのかもしれないとふと思う。
その答えが見つけられずにずっと気になっていたのかもしれない、そう感じて改めて桜を眺めた。
確かにそう言われて見ると一本でも見る人に季節感や華を添える姿はちゃんと一人で立っている一人の人間のようだと思った。
ふと視線に気付いて浄の方を見ると彼はいつの間にか俺の顔をニヤニヤ眺めている。
こういう顔をしている浄は大抵ろくなことを考えていない。
「何だ」
「いや、別に。何だか皇紀がこの桜にこだわっているようだからさ、ちょっと興味が湧いただけだよ」
どんな興味なんだか、こいつ解体するか? と一瞬思うが外で人前だ、一旦その気持ちは置いておく。
「別に何も思っていない」
「そういうことにしておこうか。これからちょうど見頃になるな、宗雲や颯を誘って花見なんてどうだい?」
「それなら穴場を知っている」
「へー、どこだろう」
「市内の外れの山だ。獣道を一時間くらい登っていくと崖がある。そこに桜が群生していて見応えがある。山の所有者と顔見知りだ、山菜の天ぷらぐらいなら振る舞える」
そんな気もないだろう浄の言葉に半分冗談のつもりで答えると彼は分かりやすく苦笑いを返した。
「それは遠慮させてもらいたいかな」
桜の話も山菜の話も嘘ではないが、まあそうなるだろうなというそのままの回答に面白みも何もなく、思わずフンと鼻を鳴らした。
しかし浄の他愛ない一言でこの桜を見る目が変わったのは確かだ。
さっきまではどこか寂しいと感じていたのに今は堂々とその姿を見せつけているように思える。
舌が二枚と言わず五枚十枚あるようなろくでもない男だという考えを撤回する気はないが、こいつの言うことが役に立つこともあることは確かだ。
何となくそう思うことが近頃は増えた気がする。
「そろそろ俺は行くけど」
「俺も行く」
そう言う浄の数歩後ろを歩き、二人で店へと向かう。
満開になる頃にまた見に来るか、そんなことを思いながら。
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