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織音
2025-04-24 22:33:43
3677文字
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白キ果テニ
『死んだ体温。貴方は綺麗なまま、永く』
「凍死」というテーマとパニグレ本編で度々語られる『冬』について夢を見て。
勝利を掴めなかった世界でふたり、冬の中果てるという選択をした里指のお話。
僅かに創作指揮官の外見に関する記述があります。
新雪を踏みしめて歩く、それは何時まで経っても慣れない感覚だった。
まだ誰の足跡もない真白な道と、目の前を覆い尽くす吹雪。その中を指揮官と二人歩いていく。
「
…
リー
…
」
力なく、指揮官は僕を呼んだ。身に着けている防寒具は少なく、きっと酷く消耗しているのだろう。歩けますか、少し休みましょうか。気遣い、そう問えば彼は首を横に振って繋いだ手を一層強く握る。
「
…
大丈夫、行こう」
一定のリズムで吐き出される白い息。二人分の足跡は吹き荒ぶ雪にすぐ消されていく。きっと、僕たちが此処を通ったことさえもすぐに忘れられてしまうのだろう。
こうなった過程を語ったとて、最早意味はない。目の前にあるこの白い冬こそが、今の人類
…
僕たちを語る全てなのだから。
…
人類は、勝利を掴めなかった。
そして空中庭園は地球の衛星軌道上を離れ、訪れた永遠の冬という結末の果て。自らの意思で地球に残った者と残された者達はこの傷付いた地球上で生きる方法を探した。
誰かと共に生きようとする者、他者から奪ってでも生き延びようとする者。自死を選ぶ者、誰かと共にその命を絶つ者。様々な者がいた。
中にはやはり足元の赤い影
―
赤潮という結末を選ぶ者もいた。
明日を生き延びられるかわからないような世界の中でその目に映した幻影と優しく幸せな夢
…
その為に目の前の赤潮に身を投げる。目に映るそれが偽りであり、異合生物の温床となってまた他の誰かを苦しめようとも
…
命が還るまでの数秒間、その意識が捉えられる僅かな『幸せ』に縋ることを選んだ者達を責めることなど出来ない。
逆に、全ての希望が潰えたこの世界で生き延びようとすることの方が愚かな行為なのかもしれない
―
そう思う者すらいた。
不意に、指揮官が足を止める。じっと目の前の景色を眺め、小さく微笑んだ。そして口を開く。
「
…
最期は
……
此処にしようか」
吹き荒ぶ白の中静かに最期、という言葉が落ちる。
―
僕たちも、この世界の中で終わりを選んだ者の一人だった。
僕たちが選んだのは冬の中ふたりで果てる
―
凍死という終わり方。
とは言っても、凍死出来るのは人間である指揮官のみ。構造体である僕は指揮官の死を見届け、その後自分で再起動出来ないよう全ての回路を遮断する。所謂機能停止というやつだ。
本当は電磁パルス減衰リング、あれを使って指揮官と同じようにゆっくり死んでいくのでも構わないと言ったのだが、指揮官は悲しげに微笑んで、それを柔らかに拒絶した。
『君には苦しんでほしくない』
これはただの我儘だ、と言っていた声が今も鮮明に頭に浮かぶ。
「此処なら
………
静かかな」
指揮官が最期に選んだのは人の気が一切しない、雪が吹き荒ぶ廃墟の片隅。白い雪の上、二人で並んで壁に背を預けた。
明日は少しくらい気温は上がるかなとか、そういえば誰にも言わないで来てしまったねなんて、なんでもない会話をして、暫くふたりで身を寄せ合った。
…
お互いに何故空中庭園に残らなかったのか、聞けないままで。
ふたりを空中庭園に留めようと、差し伸べてくれた手は幾つもあった。兵士として、戦場が居場所だとしても、無理に地球に残る必要はもうないのだと。
それでもふたりがその手を取ることは無かった。最後まで互いの唯一の手を握ったまま、白に覆われた地球の片隅で今日まで生きてきた。
…
生きてきてしまったのだ。後戻りの出来ない所まで、共に。
後悔していないかと聞かれれば分からない。お互いに、お互いが『空中庭園に残っていれば』という『もし』を拭いきれていないことなんて疾うに見抜いていた。それでも手を離さないでいたのだから、もしかすると後悔はしていないと言えるのかもしれない。
「
…
ねぇ、リー」
指揮官はジャケットの裾を小さく掴んで、僕の腕の中が良いとねだった。
「
……
だめかな」
そんなに控えめな聞き方をしなくたって良いのに。
僕は構いませんよと腕を広げる。あれほど寒い中を歩いていたというのに、腕の中に入り込んできた体温はまだ、とても温かった。
「
…
こんな時でも、君の腕の中は温かく感じる」
そう言って、指揮官は静かに目を閉じる。
可視化される呼吸。吐き出されていく息はやはり酷く白かった。
「もう
…
眠りますか」
「
………
まだ眠らないよ」
もう少しこのままでいようかと、指揮官は腕の中で小さく丸まって擦り寄る。再び静かになった世界を、呼吸音と風の音が彩った。
「ねぇ」
再び開かれた瞳は酷く不安げで。
「
……
僕が
……
僕たちが為してきた全てに、意味があったのかな」
「
…
結末がどうであれ、僕たちグレイレイヴンが
…
貴方が為してきた全てに意味はあった。僕はそう思います」
人類の為、未来の為と希望の旗印を掲げて戦場を歩き、人間という在り方を捨てた構造体に寄り添って、共に世界を見てくれた。
そうやって齎された希望が一時的に過ぎないとしても、僕は確かに救われた一人であるから。だから決して、無意味なんかではなかった。
「そうだったら
…
いいな
…
」
指揮官は寂しそうに目を伏せた。その体は寒さのせいか、酷く震えている。頼りない防寒を貫いて、彼の命の燈火を消してしまうのは、最早時間の問題だった。
「
……
リー
…
」
白く吐き出される息と共に、呼ばれる名。今まで何百回と呼ばれ、これからも何百回ではきかないほど呼ばれると思っていたのに。きっとこれが最期になってしまうのだろう。
「
………
傍に、いてくれる
…
?」
君よりも先に、逝ってしまう、けれど。
凍った睫毛から覗くスカイグレーは氷と同じように透き通っていて
…
しかし氷の中に紛れ込んだ不純物のように、不安の片鱗を宿していた。
永久凍土にも似たこの世界の中で、もう貴方の傍以外行く場所などないというのに。どうかそんなに心配そうにしないでください。そう祈るように、僕は夜空によく似た色の髪を梳いた。指通りが良かったはずの髪は雪と氷で、流れるような指通りは失われてしまっていた。
「ええ、傍にいます。僕は
…
何処にも行きません」
その言葉を聞いて、安心しきったように指揮官は笑った。
—
そして貴方は緩やかに死んでいく。冷えていく末端と小さくなっていく震えを感じながら、死に至るまでの苦しみを共に背負えたら良かったのにと、そんなことを思う。共に背負うことの出来ないそれはきっと酷く寒く、痛く
…
酷く苦しいだろう。同じ寒さを、痛みを。苦しみを感じられない機械の身体を今だけは呪った。
…
やがて腕の中の震えは、全てを凍えさせる温度の中に消えていった。
失われた体温と拍動。頬も耳も、指先も。あんなに赤かったのに。雪と同じ白に染まりゆく指揮官の姿はまるで作り物だった。
そっと血の色のない白磁の頬を撫でる。構造体のその動きはまるで隣で眠る大切な人を慈しむように、愛おしそうだった。
「
…
綺麗、ですね」
凍死とは、自然界に存在する死に方の中で最も綺麗な死に方と言えるだろう
―
緩やかに死ななければならないという、過程にある苦しみを除けば。
綺麗なまま凍りつき、その最期の一瞬を永く遺し続ける。これほどまでに美しく、綺麗な死を他に知らない。
「
…
指揮官、貴方は
…
何を想っていたんですか」
最期の一瞬まで凍えながら、震える指先を握りしめて。
「
…
どうして
…
そんなに幸せそうに、死ぬんですか」
凍った指揮官の表情は、笑っていた。
一体、何を考えていた?どんなことを思い出していた?
…
どんなことを、想って凍えていた?
それを知る術は、今はもう無いけれど。
吹き荒ぶ雪が徐々に衰えていく。厚く空を覆った雲の切れ間が光を呼び、ただの白が白銀へと変わる。
―
案外、こんな最期も悪くはないね。
「
……
貴方なら、きっとそう言うでしょう?」
ただ、そう思った。
…
この冬が続く限り、凍りついた僕たちの体はこの地に残り続けるのだろうか?
僕たちの意識が消えたって、この身体に明日は来る。その僕たちの意識を置いて訪れる明日も、何十年先も。風化することも地に還ることもなく、冬が続いていく限り同じ姿のまま残り続けるのだろうか?
いや、きっと僕のバイオニックスキンは剥がれ落ち、指揮官の身体だって少なからず変化はするのだろう。潮が満ち引きを繰り返し、月が満ちては欠けるように、いつかは僕たちも
…
人類の文明も。潰え、朽ち、やがて過去になっては消えていく。『不変』など、この世界には存在しないのだから。
僕たちの意識を置いて訪れる明日が
…
未来が。どんなものかはまだ分からない、けれど。
「
…
貴方となら
……
共に朽ちていくのも、悪くないのかもしれません」
冷たい眠りについた腕の中の人間へそう微笑みかける。
「おやすみなさい、僕の
――
」
雪を模した体温を離さないように、抱きしめて。僕はいつも傍に在った温もりを追うように眠りについた。
白き冬という結末の果て、なによりも美しく冷たい死の中でふたりは夢を見る。
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