かん
2025-04-24 21:41:34
8049文字
Public
 

しばらく会ってないアイドル幼馴染が、 体調を崩したらしい

遠藤さくらさん


「じゃあ、後よろしく」


〇〇:はい、お疲れ様でした


一足先に店を出る師匠。

残った自分は店内を隈なく掃除する。



このお店に入って2年。

この掃除は毎日の日課。

最初は、料理人だから掃除なんかより料理がしたいなんて文句を垂れていた。

でもやっていくうちに掃除の大切さを痛感して、料理を作らせてもらえるようになった今もこうやって毎日掃除をしている。



〇〇:うし

一通り終わったら、厨房へ。


〇〇:やりますか

冷蔵庫の余った材料を取り出し、こっそり練習。

これができるから、ひとり残ってるのもある。



今日余ったのは

エビ、蓮根、椎茸、そしてそば。



〇〇:.天ぷらそばだ

そうと決まれば話は早い。



まな板を出して野菜を洗う。

切った野菜をパン粉に塗しておく。

その間に鍋にたっぷりの水を沸騰させる。


そして、そこにそばを




"いつか〇〇が作ったそば、食べさせて"






そばを見てるとふと、彼女を思い出す。




〇〇:



上京してから一度も会っていない。

お互いに仕事が忙しいのもある。

まぁ俺なんかより彼女の方が遥かに忙しい。

そして何より、俺は彼女に会わせる顔がない。

会う資格がない。




〇〇:おっ..



いい感じに天ぷらが揚がったかも


麺を切って丼の中へ。

そしてその上に揚げた天ぷらを乗せる。


〇〇:いただきます


フーッ フーッ


ズズー
     
サクッ




〇〇:


悪くはないと思う。

そばの湯で具合はいい感じだし、天ぷらもサクサクで美味しい。

出汁も深みがちゃんと出てる。

でも


〇〇:まだ

まだ彼女のお父さんには全然敵わない。

決定的な何かが足りない。




会いたくない、なんて言いつつ未だに練習してしまう。

あの一言が忘れられないからか。

自分の中で何かになってるからか。



まだ想いがあるからなのか。



丁寧に完食はするだろう。

でも、いつか彼女に美味しいと言わせるまで


美味しいとは言わない。









〇〇:んーうまっ


基本的に休日はいろんなお店を巡る。

料理人として更に成長したいし、単純に食事が
好きだから。

休日は有意義に過ごしたいし。


現に今も、行きつけのラーメン屋で昼前から麺を啜ってる。





『窓の外に雲ひとつない空』




ふと視線を角のテレビに映すと、乃木坂46が。

珍しく朝の情報番組で最新曲を披露していた。




〇〇:かわい


「可愛い




〇〇:え

隣の女性と声が被った。


「え!もしかして乃木坂好きなんですか?」


〇〇:あ、あぁまぁそれなりに



「今の、遠藤さくらちゃんにですよね!?」



〇〇:違いますよ


「絶対そうですよっ!」


〇〇:えっあ、アイツは


「アイツ?」


〇〇:いや昔は、そんな感じで.


「昔?」






〇〇:遠藤さんかわいいですよね

ボロが出る前に正直になろ。



「ですよね、私推しなんですよっ!」

タオルとスマホのケースに入った生写真を
でかでかと見せつけられる。


「私初期から応援してて、さくちゃんは



自分の推しについて熱く語るお姉さん。

でも既に知ってる情報ばかり。

だって物心ついたときから一緒だったから。

俺の方が絶対詳しい。一生話すことはないけど。



「え、ちなみにお兄さんは?」


〇〇:え、何が


「さくちゃんの好きなとこですよっ!」


〇〇:俺すか.


「はいっ!どこですか?」


〇〇:









〇〇:わかんないです、ごめんなさい


「あ……そうですか」


〇〇:すいません、お会計お願いします


足早に店を後にする。




情け無い。

人のいいところ、ましてやアイドル。

ましてや幼馴染。


ましてや


それを見ず知らずの他人にすら、曝け出せない
自分は一体何をしているのか。


〇〇:


ブーッ ブーッ ブーッ




スマホがうるさく震える。


画面に母親のアイコンが表示された。


珍しいな



〇〇:もしもし


「もしもし、〇〇?」


〇〇:うん、どうした?


「今何してるの?」


〇〇:今?今は



〇〇:暇してるところ

逃げてきたなんて言えない。



「今東京?」


〇〇:そりゃ、そうだけど


「よかった!ちょっと頼みたいことがあって


〇〇:全然いいけど何?



「さくらちゃん覚えてる?」


〇〇:どの?


「遠藤!遠藤さくらちゃん、わかる?」


〇〇:また


「また?」


〇〇:あーいやいや覚えてる覚えてる


正直名前を聞くだけで、色んな感情が心の中で
混ざって騒つく。


謝りたいとか。

会いたいとか。

会いたくないとか。

直接声が聞きたいとか。




〇〇:それで?なんかあったの?


「さくらちゃんママから連絡があって、さくらちゃんちょっと体調を崩したらしい


〇〇:えー大丈夫なの?

生放送出てたのに


「朝から悪かったらしいの


生放送めっちゃ可愛いかったしミスも無かった。

あれで体調悪いの?

アイドル凄



〇〇:それは心配だ


「そう、でもさくらちゃんパパママどっちも今日忙しいらしくて


〇〇:あーそっか


俺ら2人とも名古屋で生まれ育ったので、両親も
もちろん名古屋在住。

確かに、そんなすぐには来れない。


〇〇:で、それをなんで俺に?


「あんた今東京住んでるでしょ」


〇〇:うん


「さっき暇だって言ってたよね」


〇〇:ちょっと待って


「さくらちゃんのお見舞い、代わりに行ってほしいって」


〇〇:無理

血の気が引くとはこのことか。


「なんでよ!?」


〇〇:忙しい


「さっき暇だって聞きましたけど?」



〇〇:さすがにやばいって


「何が?」


〇〇:アイドルだよ?


「その前に幼馴染でしょ」

アイドルの家に男が出入りするのは.


それに


〇〇:絶対アイツも嫌がるから


「むしろ喜ぶって!」


〇〇:そんなわけない


「遠藤さんもあんたが行くなら安心だって」


〇〇:まじ



御託は並べてみたけど、一番の理由は他にある。

向き合うのが怖い、こっちが悪いのに。


「あんた、もしかしてまだあのこと引きずってる?」


〇〇:うっ


「はぁちゃんと謝って仲直りしなさいっ!」


〇〇:

そんなこと、自分がいちばんわかってる。


「とりあえず、住所は送っとくから」


〇〇:


「絶対行ってきなさいよ」


〇〇:


「わかった?」


〇〇:はい


プーッ プーッ プーッ



〇〇:はぁ

とりあえず、薬買いに行こ

あ、あと



*****



さくら:私、アイドルになる


〇〇:は?

17歳の夏、彼女から突然そのことを聞かされた。


さくら:


〇〇:珍しいね、冗談言うの


さくら:ほんと


〇〇:いやいやいや


さくら:

彼女の瞳が、こちらを真っすぐに捉えている。


〇〇:ほんとに?


さくら:うん


〇〇:オーディション的なやつは


さくら:もう受かった


〇〇:いつ受けてたの?


さくら:学校休んで、ひとりで

確かに、最近家の用事が増えたなぁと思ってた。


〇〇:受かったの?


さくら:うん


〇〇:じゃあ、デビュー決まったの?


さくら:うん配属は決まってないけど


〇〇:そうなんだよかっt


さくら:だから、転校する


〇〇:え?


さくら:東京の高校に


〇〇:


さくら:だから、もうすぐ東京に引っ越す


〇〇:


さくら:黙っててごめん


〇〇:他の人には言ってるの?


さくら:家族と友達とかには


〇〇:


さくら:ごめん、〇〇にも言いたかっ


〇〇:いいよ別に


さくら:〇〇


〇〇:ただの幼馴染だから、別にいいよ


さくら:違う


〇〇:違わない



さくら:〇〇ほんとに違うの


〇〇:大丈夫だから


さくら:〇〇.こっち見て.


〇〇:何?別に話すことないけど


さくら:ほんとに、〇〇に言うつもりで


〇〇:別に嘘つかなくていいから


さくら:嘘じゃないほんとなの


〇〇:さくらの大切な人に自分は入って無かった、
それだけのことでしょ


さくら:それは違うっ私は


〇〇:少なくとも俺は、家族くらい大事な存在
だった


さくら:〇〇


〇〇:今日は帰る


さくら:嫌っ〇〇待って.

そう言って掴まれた手を


〇〇:向こうでも頑張れよ、元気に

冷たく振り払った。






*****






今も夢に出るくらい、心に深いなにかがあった。

時が経てば経つほど痛いくらいにわかる。


自分が悪い。


ただの嫉妬でただの絶望。

あいつの大切な人に入ってなかった嫉妬心。

自分と考えが同じだと勘違いしていた絶望。


合格おめでとうの一言も言えないくらい
余裕がない自分が情けなくて恥ずかしい。

でもその時の自分にとって、それくらいショックだった。


あの時のさくらの表情、声色、瞳。

想いが熟成されてどんどん後悔が募る。




〇〇:うぉっ


住所を辿ると、目の前に大きなマンションが。


やっぱアイドルってすごいな


エントランスも煌びやかで、警備員が常にいる。




〇〇:えーっと

パスワードを聞いたんだけど




「あんたならすぐわかるでしょ」



行ったこともないのにそんなことを言われた。

正直何にも心当たりがない。


〇〇:うーん

とりあえず、あいつの誕生日を






開かない。


じゃあ、デビュー日?





これもダメ。


じゃあ、初センターの日付なら






ダメだ。

色々ダメだ。


警備員から鋭い視線を向けられている。

確かにこれは、ただの不審者。


早く解読しないと







〇〇:

少しの期待と願いを込めて、入力してみる。






ウィーン



〇〇:あ

開いた。




〇〇:

笑みを必死に堪えてエレベーターに乗り込んだ。






ポストから鍵を入手しドアの前へ。


本人曰く勝手に入っていいとのこと。


いや勝手に入っていいとは言われたけど


チャイムは押すのがマナーだろ。



〇〇:

今になって、会うのが怖くなる。

どんな顔して会えばいいのかわからない。

あの日から散々逃げ回った来たから。



でもこのまま逃げてたら、ずっと変わらない。




〇〇:あーん゛っん゛


ピーンポーン







〇〇:


出ない。

もう一度


ピーンポーン







寝てる?

いや、そりゃそうか。

体調悪いのに無理矢理起こすのはダメか。


もうこれは、鍵使って入るしかないのか?

許可は得てるし。


いや、ダメだろ。

アイドルの家に不法侵入


犯罪者になるのはごめんだ。


〇〇:うわぁぁぁぁ

考え過ぎて頭がパニックに








……………〇〇」



〇〇:ん?

ドアの向こうから懐かしい声がする。


………〇〇

声が掠れて聞こえにくいけど.


これはさくらの声だ。



〇〇:さくら?


さくら:.……


〇〇:さくら?


声が聞こえなくなった。


〇〇:開けてもいい?


大丈夫なのか?


〇〇:さくら?大丈夫?





〇〇:ごめんっ開ける

意を決して鍵を解除して中に入る。



〇〇:うおっ.

玄関に横たわる幼馴染が。


〇〇:さくら?

肩を叩いても返事がない。


〇〇:熱っ

おでこが熱くて、汗が滲んでる。


〇〇:さくら?さくら?


さくら………


〇〇:触ってもいい?


さくら:………


〇〇:ごめんっ、ちゃんと捕まってて

無理矢理担いで寝室を探す。


〇〇:広い

マンションとは思えないくらい広いリビング。

流石はグループの顔で、エース。


〇〇:ここか

綺麗にされ寝室へ。


〇〇:よっ

できるだけ起こさないよう、慎重にベッドに寝かせる。

まぁ信じられないくらい軽いんだけど


〇〇:熱い

もうこちらにも熱が移ったのかというくらい

自分の顔が真っ赤になっていた。







その後は一旦、彼女が起きるまで身の回りの掃除をすることにした。

風邪をできるだけ引かないよう、床や食器の除菌や抗菌。

冷蔵庫の整理。あとお粥を作ったり。

洗濯物は流石に。


そして5分に一度は様子をチェック。

冷やすものを替えたり枕を冷たくしたり。

あとたまにおでこを触ったり。

もちろん、熱を確認するために。




顔が見たくて、5分に一度行ってました。


〇〇:

気持ちよさそうにすやすや寝てるから、居心地は悪くないはず。

気づけばもう夕方だし。


〇〇:はぁ

久しぶりに会った幼馴染は、やはり大人びていて

前よりもさらに美しくて。

芸能人って感じで、自分とは住む世界の違いを
痛感する。

でも綺麗な瞳とか、ベッドに置いてある
ぬいぐるみは変わらなくて。


諦めるにも諦められない。



さくら:ん……んぅ……


〇〇:おっ起きた?


さくら:……


〇〇:とりあえず、薬


さくら:……

粉薬を渡して水と一緒に飲ませる。


さくら:にがぃ


〇〇:ふふ



そうだった。

さくらは、苦いのが苦手で。

いっつも目をぎゅっと瞑る。

変わんないんだ


さくら:笑い事じゃないから


〇〇:ごめんごめん笑しっかり寝てて

もう一度ベッドに寝かせる。


さくら:ありがと


〇〇:全然、喋んなくていいから。しっかり休んで


さくら:むり


〇〇:無理じゃない


さくら:このまま何も喋らず帰るの?


〇〇:うっ


さくら:お見通しだから


〇〇:さすが

ちゃんと理解してくれていることに喜びが
隠せない。


さくら:元気?


〇〇:いや、元気じゃない人に聞かれても


さくら:そうじゃなくてっ


〇〇:へへ元気


さくら:よかった


〇〇:見たよ、朝の生放送


さくら:見てるんだ


〇〇:見るよ、結構見てる


さくら:〇〇、興味なかったのに


〇〇:.幼馴染は別


さくら:ありがと


〇〇:こちらこそ、元気もらってるし


さくら:嫌われてると思ってた


〇〇:こっちのセリフ


さくら:


〇〇:最後に会った日、覚えてる?


さくら:うん


〇〇:あの時、あんなこと言って後悔してる


さくら:私もしてる


〇〇:俺のしょーもない気持ちで、あんなこと
言って


〇〇:おめでとうも言えずに、最低だった


〇〇:ごめん


さくら:私も、〇〇にはちゃんと言うべきだった


さくら:反対するわけないのにどう思われるのか怖くて


さくら:後悔してる、〇〇にちゃんと応援してほしかったから


さくら:ごめん



〇〇:ごめん



さくら:ごめん


〇〇:いやいや、ごめん


さくら:ごめん


〇〇:だからぁ俺のせいだから


さくら:違う、私


〇〇:


さくら:私


〇〇:俺!


さくら:私!


〇〇:


さくら:


〇〇:なんでこうなるの笑


さくら:ふふ……

お互い意外と意地っ張りで。

でも、それは芯が強いって意味で。

自分以外でいちばん頑固で。


それが似ていて、懐かしくて。

心地いい。



〇〇:なんか作るよ


さくら:ありがと


〇〇:何がいい?








さくら:そば






*****




茹で上がったそばを丼に移してつゆをかける。


なんとなく、そう言われる気がして。

一応店からそばを持って来た。


今までで一番シンプルなキッチンで。

特別な調理器具は何もない。

客もただ1人。


でも

いちばん気持ちがこもってて、認めて欲しくて。

その1人のために、今まで頑張ってきた。



〇〇:どうぞ


さくら:いい匂い


さくら:いただきます

ただその一言が聞きたくて。





さくら:んっ


〇〇:どうすか?






さくら:うまっ






〇〇:まじ?


さくら:おいしい






〇〇:よっしゃーー!!!!

今までで一番の達成感が押し寄せた。



〇〇:えっどれくらい?


さくら:お父さんよりちょっと下


〇〇:うわっまじか

喜んだものの束の間、流石お父さん。

まだまだ修行が足りない。



さくら:でもちゃんと、美味しい


〇〇:ありがとうございます!


さくら:そんな嬉しい笑



〇〇:当たり前だろっ!だって


さくら:だって?




〇〇:なんでもない


さくら:私が言ったから?




〇〇:覚えてたの?


さくら:なんとなく


〇〇:まじかよ


恥ずかしい、あの一言だけでなった安直な奴
みたいで



さくら:私も


〇〇:なにが?


さくら:アイドルになった理由


〇〇:なに?


さくら:〇〇、齋藤飛鳥さんが好きって


〇〇:言った?


さくら:覚えてないの?


〇〇:うん


さくら:なんでよっ!恥ずかしい私だけ


そんなことを言った覚えはない。

好きなのはさくらだし、



〇〇:へへ


さくら:笑い事じゃないから












〇〇:じゃあ、帰ります


さくら:しんどい


〇〇:ダメです、熱下がりましたんで


さくら:むぅ


ぷっくり膨れる柔らかいほっぺた。


〇〇:へへ


さくら:ふしゅぅ


それを掴んで潰すのが、昔から好き。



〇〇:じゃあ、また


さくら:次は?いつ来る?


〇〇:来ません、あなたアイドルです


さくら:.


〇〇:ここ、今働いてるとこ


さくら:


〇〇:いつでも食べに来て


さくら:無料


〇〇:こんな部屋に住んでるのに?


さくら:むぅ


〇〇:へへ


さくら:ふふっ





〇〇:じゃあ、また


さくら:辞めるまで待ってて


〇〇:もちろん


お互いにおでこをくっつけあって。

温かさを確認して。

愛を確認して。


部屋を出る。


警備員さんに丁寧に挨拶して。

夜の空を見上げる。




休日が、とても有意義なものになった。


FIN