夢篠
2025-04-24 21:11:37
2580文字
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読み書きから始める楽しい恋文講座

熱烈な恋文を読んでもらえなかった雑渡昆奈門

ナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエ昆奈門が、最近可笑しい。明らかに可笑しい。挙動不審と言っても良い。

第一に届く文を丁寧に確認するようになった。組頭という立場上、日々彼に届く文は沢山あるのだが、以前なら一瞥だにせず傍に避けていたのをここ二、三日は必死になって宛名を確認している。ただ確認するのは宛名だけなので恐らく目当ての相手からの文は無いのだろう。

第二に来客について頻繁に確認するようになった。これもまた組頭という立場上、彼は詰所を空ける時もあるのだが、以前ならひと月詰所を空けたとて気にする様子も無かったのに、同じくここ二、三日は一刻留守にするだけでも執拗に来客について尋ねてくる。

第三に、これが一番の変化なのだが、妙にそわそわしているというか、浮き足立っているというか。ため息を際限無く吐いてみたり、物想いに耽っているような様子を見せてみたりと、心ここに在らずといった様子が顕著なのだ。

良い加減忍軍の士気にも影響する事だからと膝を突き合わせて話をする腹積りで彼の私室を訪ねた。部屋を訪ねた時、昆奈門はぼんやりと外を見詰めていた。誰かを待ち侘びるように。

「昆、」

「っ!陣内か。あ、えっと何?私に来客でも……

「その事なんだが、一体何を気にしている?」

取り繕っても仕方がないので単刀直入に切り出すと昆奈門の身体がびくりと大袈裟に揺れる。図星だったのか視線が彷徨く昆奈門の前に腰を下ろす。大柄な身体が小さく萎れるのを見て相当だと腕を組んだ。昆奈門が視線を落としたまま指先を突き合わせて何か言っている。声ちっさ。耳を澄ます。

「あ、あの、さ……ナマエちゃん、って知ってる?」

ナマエ、殿?あ、ああ、あの城下の……?」

思わぬ名前が出て来て呆気に取られてしまう。ナマエ殿というのは一年程前に昆奈門が道で絡まれているのを助けた城下の娘だった。確か数年前の戦で親兄弟を亡くして、かなり苦労をしていた筈だが、それ以来彼女と顔馴染みとなった昆奈門から聞く彼女の様子はいつも明るくて前向きといった風で私も好感を持っていた。そのナマエ殿がどうしたというのだろう。

「あの、ね。その、…………を、」

「は?なんだって?」

声ちっさ。全く聞こえなかった。聞き返したら昆奈門がまたぼそぼそと何か言った。忍務で諜報する時くらい耳を澄ます。

「あのね、その、恋文をね、出したんだ……♡」

「はあ」

こいぶみ、というのは多分恋文、という事なのだろうな。恋文。昆奈門が。ナマエ殿に。恋文。

「はあ」

「なんだよ、その顔は」

「あ、ああ、いや。昆はナマエ殿を好いていたのか。知らなかった。嫁取りしたいのか?」

若い頃は喰い散らかしの悪名を恣にしていたあの昆奈門にしてみれば、ナマエ殿は可愛げのあり過ぎる気がした。

「もう違うってば!結婚とかそんなんじゃなくて……!!」

大男が身を捩らせて悶えている。本当に気持ち悪い。少年の頃もした事の無いような夢見るような顔でナマエ殿の気に入っている所を挙げていく。そして締めは。

「でも結婚したいとか、そんなんじゃないからね!?」

「とても好きだし、彼女と結婚したいんだろう、それ」

「違うってば陣内~!!」

大きな手で火照る頬を隠す昆奈門に大きくため息を吐く。怠いな。

「組頭!失礼します!!……あ、山本小頭も!」

不意に尊奈門の気配がする。大騒ぎしていても気配だけは察知していたようで昆奈門は直ぐに入室の許可を出す。尊奈門の大きな目が昆奈門と私を映した。

「なに~。仕事なら陣内にどうぞ~」

「あ、いえ、組頭に、お客様「ちょっと、それ、早く言いなよ!」あ、」

目にも留まらぬ速さとはああいうのを言うのだろうな、と思った。一瞬で室を出て行った昆奈門にため息を吐いた。

「あの、山本小頭……、」

「何も言うな。春って事だろう」

「はあ……?」

***

夕方、昆奈門が泣きながら詰所の私室を訪ねて来たので追い返そうと思ったら床にひっくり返って暴れようとしたので渋々室に入れた。

「聞いて陣内」

「端的に話してくれ。出来れば二十字前後で頼む」

ナマエちゃん、文字が読めなかったみたい……

「はあ?」

もう一年も惚れた腫れたの娘の識字の可否も知らなかったのか、と呆れると共に、とは言いつつも近頃は庶民でも文字の読める者はざらにあるが、と若干疑問に思う。一体、昆奈門は何を書いたのだろう。

「お前が書いた文が難しすぎたんじゃないか?なんて書いたんだ」

気になって聞いたのが間違いだったのかも知れない。昆奈門の口からは出るわ出るわ。美辞麗句、巧言令色、甘言蜜語の市のようだ。五行程聞いた所で打ち切ったら、酷く不満げな話をした。聞けばまだ一割も話していないそうだ。恐ろしい。

ナマエ殿は手習は受けていないのか」

「あ、そうみたい。家族を亡くしてからは生きるのに必死で、って」

「それなのにあんな回りくどい文面を?」

「あ、う、だって、私の気持ちを知って欲しくて……

阿呆だな。指先を突き合わせてしょぼ、と小さく萎れる昆奈門に大きくため息を吐いた。昆奈門がいつもの半分くらいの大きさになった。

「で?ナマエ殿にはなんて言われたんだ?」

「なんか、読めなかったから内容教えてって」

「なるほど」

内容を知りたいという事は昆奈門に悪感情を抱いていた訳では無いのだろう。ただ純粋に、内容を知りたいという想いだけで城を訪ねて来たように見える。なるほど。

「素直に教えてやれば良いだろう」

「本人に直接言えたら恋文なんか書かないってば!!」

「知るか!」

怠いな。非常に怠いが仕方ない。忍軍の指揮に関わる問題だと思って不退転の決意で行うしかない。それ、即ち。

「じゃあ、あれだな。ナマエ殿にお前が字を教えてやれ。そうしたら文の遣り取りの一つや二つ、出来るようになるだろう」

昆奈門の顔が見る見る明るくなるのが見えた。直ぐに立ち上がって退出したそうにするので手を振って追い返した。あの様子だと目安は、半年だろうか。半年後の輿入れに向けて、何かと入り用になるだろう。全く世話の焼ける男なのだから。