らい
2025-04-24 20:35:00
6714文字
Public レオいず
 

レオいず30days㉔「ハッピーエンドⅡ」

パラレル・パロディ編④ お題「魔王」
※魔王×妖精


 地底の割れ目から突如として現れた魔王城は、アンサンブル大陸の平穏を引き裂いた。周辺の村はおどろおどろしい黒雲に包まれ、奇怪な魔物が出没するようになり───世界の秩序を守るために旅立った勇者たちも、みな返り討ちに遭って行方知れず。
 数多の人類を恐怖に陥れる存在。その名は、大魔王レオという。
 
「どいつもこいつも、歯応えがなさすぎる! 誰か、おれの霊感を呼び覚ましてくれる骨のあるやつは来ないのか~?」
 
 絶望の底と恐れられる魔王城に、稲妻の黒光がわなないた。いびつな雷が反射する玉座にふんぞり返り、大魔王レオは退屈なあくびを繰り返す。
 啖呵を切って乗り込んでくる勇者は後を立たないが、レオは一度たりとも敗北したことはない。なにせ魔王は、地底の竜から生み落とされた破壊神なのだ。か弱い人間が繰り出す剣舞を受けたところで、痛くも痒くもないのだが───それゆえに、苦痛だった。張り合いのない相手と戦って、なにを得られるというのか。
 レオは、しっぽを巻いて逃げ帰った勇者の王冠を、剣の切先でくるりと回す。

「いくらなんでも暇すぎる! なんでもいいからおれに刺激をくれっ、例えばおれをワクワクさせる出来事とか! 起きない? あっそう! 大魔王さまは孤独なので、自問自答の哀歌を奏でます! 寂しい! そうだっ、せっかくだから霊感を総動員して、禁忌魔法でも編み出しちゃおう! とびきりでっかい隕石を呼び寄せて、地上を破壊しつくすってのはどうだ? 歴史も何もかも消し飛ばして、イチから楽園を築き上げるのもいいかもな~!」
 
 わはは、と声高らかに笑い飛ばしていると、魔王城最奥部の門が勢いよく開かれる。部下のメンダコ剣士が、慌てた様子で「大魔王レオさま!」と駆けつけた。
 レオはぱぁっと顔を綻ばせて、玉座から飛び降りる。最近の勇者たちは、魔王のフロアに辿り着くまえに根を上げる腑抜けばかりなのだ。部下が焦燥しているからには、相当骨がある奴に違いなかった。
 
「なんだなんだっ、おれを楽しませてくれる勇者でも現れたか!? 早く紹介してっ、華麗にやっつけるから!」
 
 闇のオーラをまとった剣を振り回しながら、レオは飛び跳ねる。
 ところが、部下のメンダコ剣士は神妙な面持ちで首を振るのだった。
 
「いえ、勇者ではなく……。『妖精』が城に乗り込むなり単身無双。屈強な兵士たちが、次々に倒されているのです!」
「メ~ン! すぐそこまで、きているよ~!」
 
 幼いメンダコスライムが「おしろが、こわれちゃう~!」と浮遊し、レオに警告する。ただならぬ空気に、レオは不敵な笑みをぶら下げた。
 城内に配置しているモンスターは、いずれも実力者揃いである。そして玉座のフロア周辺は、下階とは比較にもならない精鋭軍団で固めているはず。そんな魔物たちの包囲網をたったひとりで蹴散らしてきたというのだから、期待の強者に違いない。
 レオは舌なめずりをして、魔王の剣を構えた。
 
「さぁ、来いよ。大魔王レオさまと、決闘の輪舞を奏でよう!」
 
 黒炎をまとった剣を振り下ろし、足元に突き刺す。メンダコ剣士が跪いて、訴えた。
 
「大魔王さま! お気をつけください! 奴は、とても……とても……
「とても?」
「美しいのです……
「え」
「ちょっとぉ! 俺の国の近くにこぉ~んな禍々しい城を建てるなんて、いったい何様のつもりぃ!?」
 
 玉座の間の巨大な扉を気高く足蹴りして、渦中の『妖精』が現れる。
 夜空の月にも似た銀色の髪、湖畔の朝光を想像させるベール───水の底に眠るブルーオーブを思い起こさせる眼が、大魔王レオの瞳を射抜いた。
 
「き、きれいだ……!」
「はあ?」
 
 魔王城に鳴り響いていた落雷がぴたっと止んだ。漆黒の雲がまたたく間に晴れ渡り、澄んだ空にはハート型の音符がふわりと浮遊しはじめる。
 正気を保っている配下のモンスターたちは「だ、大魔王さま~!?」と困惑している。しかしながらレオは、美しい妖精を食い気味に見やった。大魔王レオの殺気立ったまなざしはいずこへ。エメラルドの瞳は、雨上がりの葉っぱのしずくみたいに輝いている。
 恋の魔法があるのだとしたら、それは雷属性に違いない。びりりと痺れる甘い衝撃が、レオの心臓を一直線に貫いた。レオは暗黒のマントをたなびかせながら、透き通る肌の妖精にずかずかと歩み寄る。
 
「なあなあ、どうやってここまでたどり着いたんだ? おれを殺しにやってきた勇者は星の数ほど存在したけど、玉座の間に辿り着くまえに大体み~んなやられてた!」
「そいつら、よっぽど弱かったんじゃない? だってこいつら、俺を一目見ただけで倒れてったしねえ」

 麗しい妖精の背後には、「愛しのブルーシルフィードちゃ~ん♡」と目玉をハートに染めているモンスターに溢れている。千年に一度の美しい妖精に、みな魅了されているのだ。
 アンサンブル大陸の北に咲く雪花の肌に、野原を彩るチェリー・ブロッサムを摘んできたような唇。すらっと伸びる美しい背筋は、まるで月光に照らされているみたいだ───レオは、目が離せないでいる。要するに、ひとめぼれなのだった。
 
「おまえっ、名前はなんて言うんだ!?」
「はあ? 瀬名泉だけど」
「せな……セナ! セナ……。ああ~っ、霊感が刺激される~っ! 今ならどんな破壊の旋律も生み出せちゃいそうだっ!」
 
 漆黒の剣を指揮棒のように振りながら、レオは軽快にステップを踏む。そして剣の先端に魔力を集中させると、ブルーローズの花束を召喚した。
 骸骨だらけの天井はシャンデリアに変わり、薄暗い城内が華やかな舞踏会に姿を変える。
 ビビッと来たら離さない。式の準備は整った。
 
「なぁなぁ、おれの妃になって♪」
 
 レオはぐるりと一周すると、瀬名泉と名乗る妖精に花束を捧げた。「え〜っ!?」と驚愕する配下のモンスターをよそに、レオは電光石火のごとく畳みかける。
 
……あっ、もちろん無条件で結婚しろとはいわないから安心して! おれの妃になってくれたなら、おれはおまえが一番したいことをしてあげる。例えば……う~ん、そうだなぁ~。おまえに似合う美しい羽衣を見繕ってやるってのはどうだ? 食べたいものがあるならいつでも言ってっ、魔王城お抱えのシェフがなぁ~んでも作ってくれるから! そして大事なことを忘れてたなっ、新婚旅行だってどこでも連れてってやるよ! おとぎの国リトルロマンス、香水の国ミスティックフレグランス、宝石の国ルミナスクラウン───想像するだけでわくわくするな~!」
 
 狼狽えるメンダコ剣士とちょこまか踊るレオをよそに、泉は黙って俯いている。
 さては大魔王さまの提案に、照れているんだな! ───レオは上機嫌に笑って、泉にもういちどブーケを差し出した。
 
「そして……世界を征服したら、世界の半分をおまえにやる! どうだ~、おれの妃になりたいだろ~?」
 
 早口で言い終えたレオは「わはは!」と自信たっぷりに高笑いする。しかし、満面の笑みは凍り付くことになる。わなわなと唇を震えさせる泉が、大声で叫んだのだ。
 
「はあ? 世界征服するやつ、嫌い!」
「えっ」
 
 一瞬にして石化するブルーローズの花束。それはレオの心情と連動するように、地面に落ちてぱりんと割れた。
 世界征服するやつ、嫌い……。───美しい妖精の言葉がむなしく反響し、レオの胸に氷風となって突き刺さる。アンサンブル大陸に言い伝えられてきたどんな攻撃魔法よりも、効果は抜群なのだった。
 
「大魔王だか大根だか知らないけどさぁ。あんたが魔王の城なんてもんを作るから、正直み~んな迷惑してるの! 俺たち妖精の国だってそう! 日が当たらなくなって農作物は育ちにくいわ、日中も稲妻がうるさくて子どもたちが泣き喚くわ、チョ~うざぁい!」
「う、うざい……
 
 どか~ん! どこからともなく落ちてきた言葉の隕石が、レオの頭に直撃する。だが、妖精の攻撃は止まらない。
 
「だから、俺が代表して……自分勝手なあんたに、文句を言いに来たってわけ!」
「も、もんく……
「初対面の妖精にプロポーズしようとするセンスも謎だし!」
「な、なぞ……
「っつうか、世界征服とかいうエゴなことを考えるやつと結婚なんて、まっぴらごめん。俺は絶対に、あんたのお妃さまにはならないんだからねえ」
 
 ふん! と腕を組んで、泉がそっぽを向く。渾身のプロポーズの返事は、手酷いカウンターであった。レオの心臓は、粉々に砕け散っていく。
 魔王の城なんてもんを作るから───泉の台詞を反芻しながら、レオは膝から崩れ落ちる。一世一代の告白が玉砕に終わったことに、当然ながら傷ついているけれど。魔王一族の苦しみを、いとも簡単に切り捨てられたことがショックだったのだ。
 だって、仕方ないだろ。魔王にしてはちいさな背を丸めて、レオは淡々とぼやいた。
 
「魔王城を作って、なにが悪い。おれたち魔王一族は、ずっとずうっと地底で暮らしてきたっていうのに!」
「はあ?」
「母さんは言ってた。私たちは闇の世界で生きているけれど、光の世界でみんなと共存できる未来が訪れたなら、それはとても素敵なことね、って……
 
 レオは両膝のあいだに顔を埋めながら、ぐすんと鼻をすする。
 孤独はともだち。けれども時折、ぬくもりが欲しくなる。ひとめぼれした相手に突き放されたら、なおのこと寂しくなってしまうのだ。
 
「だから……魔族のおれたちはみんなで相談して、光の世界に生活拠点を増やすことにした! 地上で暮らすみんなと仲良くなれたらいいなって、そんな前向きな気持ちで…………でも、先に攻撃したのは地上のやつらだ。あいつらは怖いっ、おれたちが魔物というだけで石を投げたり、矢で射抜いたりする! おれたちの城に攻めてくるやつらは『勇者』なんて持て囃されてるけど、なんだあの悪魔どもは!? あいつら、ほんとに心があるのか?」
 
 執拗に攻めてくるから追い返しているだけで、実際のところは殺していない。戦果をあげずに故郷に逃げ帰るのは恥であるのか、『行方不明』として処理される者は数多くいるけれど───アンサンブル大陸を支配する、残酷非道の侵略者。うわさを聞きつけた自称勇者を黒雲の稲妻で追っ払ったり、みね打ちで成敗しているうちに、どうやら本当の大魔王になってしまったらしい。
 レオは立ち上がると、唖然としている泉の肩を揺さぶった。
 
「魔王の城なんてもん作るから、って簡単に言うけどさ! おれは魔族のみんなを守るためなら、世界だって征服する! いくら綺麗なおまえに反対されても、それは譲れない願い───」
「何? おまえら、そんなに迫害されてるの?」

 きょとんと尋ねる妖精に、魔王はずっこけそうになる。垂れ下がる深紅のマントを整えて、レオは失笑した。

「ええ……? おまえ、おれの話をちゃんと聞いてたか? お月さまみたいに美人のくせに、意外と変なやつだな……
「そうだ! そうだ! きれいだけど、へんなやつ!」
「ほら、メンダコスライムもおまえに抗議してるぞ」
「はあ? 魔王城に引きこもってるあんたたちよりはマシ───って、危ない!」

 レオが呆然としていると、魔王城の高貴なタイルに跳ねていたメンダコスライムがつまずいた。幼い個体ゆえに、肉体の成分が充分に固まりきっていないのだ。すり傷を負ったメンダコスライムは、たまらず「わ~ん!」と泣きわめく。レオはとっさに慰めようとしたが、それよりも早く青白い光がほとばしる。泉がすかさず抱き寄せて、回復呪文を唱えていた。

「あんたはまだ小さいんだから、こんな前線に来ちゃダメでしょ~?」

 柔らかく微笑むものだから、治療を受けたメンダコスライムは「ぷしゅう……」と溶けてしまう。
 やっぱり、きれいだ……。しかも、やさしい……。───レオもつられて、頬をぽっと赤らめる。魔王の心まで癒しているとは露知らず、泉はそっと向き直った。
 
「俺、先代王パパと先代女王ママの『お外は危ないから、お城のなかにいましょうね』な~んて過保護な教育のせいで、十八歳になるまでほとんど幽閉されてたんだよねえ」
「そうなのか……
「読み聞かせされる絵本は、いつも美しいハッピーエンドのおとぎ話ばかり。……だから、おまえら魔族がそんな窮屈な思いをさせられてるなんて……ちっとも知らなかった」
 
 桃色に染まるメンダコスライムを人差し指でつつきながら、泉が続ける。
 
「でもまぁ、この俺が妖精の国の長になったからには、理不尽な差別は許さないから」
「セナ……
「さすがに今日の明日で『大魔王レオさまは、実は冤罪なのでした!』ってハッピーエンドにはならないと思うけど。でも、国に戻ったら最優先で動いてみる。せめて俺の周りだけでも……だから」
 
 世界征服なんて、やめてよ……
 憂いのある眼差しで見つめられるものだから、粉々に砕け散った心臓のかけらが再び集結する。はじめて出会った、それも世界征服をたくらむ大魔王に、こんなにも優しくしてくれるなんて───愛しい母親の腕のなかで読み聞かされた絵本を思い出す。
 それから竜と妖精は、いつまでも幸せに暮らしました……
 陽だまりで締めくくられた最後のページ。なんだぁ、もうおわっちゃったぁ、と拗ねるレオに、確か母親はこう言った。
 続きは、あなたが作るのよ。
 レオは、もういちど求婚するかのように柔らかな手を握り締め───ひとめぼれの妖精に、ぐっと顔を近づけた。
 
「セナ! やっぱりおれの妃になって! と言いたいところだけど……魔族の未来と、こいつらの幸せ。できれば、おれと一緒に考えてくれると……うれしい」
「当たり前でしょ。ただし、世界征服をやめるならねえ」
「ほんとか!?」
「うん。……もちろん」
 
 美しい妖精の柔らかな笑みに、配下のモンスターたちは「お妃さま〜!」と両手をあげて喜んだ。メンダコスライムもぴょんぴょん飛び跳ねながら、新たな一歩を祝福する。
 
「ちょっとぉ。こいつのお妃さまになるなんて、一言も言ってないでしょ〜?」

 気の早いモンスターたちに憤慨する泉の肩を抱き寄せて、レオは叫ぶ。
 
「そうと決まったら、さっそく王同士の会談といこう! 妖精の国まで送ってやるよ、ちょっと待ってて! 出でよっ、魔獣リトル・ジョン!」
 
 空間の裂け目から、灰猫の魔物が「ごろにゃ〜ん」と着地する。レオは軽々とリトル・ジョンに飛び乗ると、びっくりして腰を抜かしている泉に手を差し伸べた。
 
「何こいつ! 俺のこと、食べちゃわない?」
「大丈夫っ! こいつは確かに食いしん坊だけど、妖精さんは食べないし。すっごく人懐こいやつだから!」
 
 躊躇う指をエスコートして、リトル・ジョンの背に乗せる。ふわふわの獣毛にまたがって、旅立ちの準備は万端だ。泉の腕をしっかり腰を掴ませると、レオは部下たちに呼びかけた。
 
「なにかしら前向きな話を持ち帰るから、おまえら留守番を頼んだぞ! 勇者がふらっと遊びに来たら、大魔王さまは妖精のお妃さまと一緒ですって伝えといて!」
「はあ? だぁれがお妃さまだってぇ?」
 
 レオの腰に抱きつきながら、泉がぷりぷりと怒る。静かにしていれば朝霧に溶けてしまいそうなほど儚い美貌なのに、くちを開けばやかましい妖精である。
 しばらく退屈しなさそうだ。高鳴る胸の鼓動とともに、レオは笑ってのけた。
 
「おれのお妃さま……いまは冗談に聞こえるかもしれんけど、ゆくゆくはそうなりたい! まぁプロポーズは玉砕しちゃったから、まずはセナのことをも〜っと知れたらいいなって思ってる! デートからはじめちゃ駄目? おまえのこと、もっと聞かせて!」
……まぁ、デートぐらいならしてやってもいいけど」
「やった~っ!」
 
 嬉しくって、たまらない。レオは「それじゃあ妖精の国まで、出発進行!」と拳を掲げて、にっこりと目を細めた。
 颯爽と駆け抜けるリトルジョンに揺られながら、大魔王と妖精の未来がすこしずつ動きはじめる。
 竜と妖精は、いつまでも幸せに暮らしました。そして……
 美しい妖精に、ブルーローズの花束を渡す魔王が描かれるようになるのは、そう遠くはない未来のおはなし。