Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
kan0816
2025-04-24 18:56:43
7006文字
Public
Clear cache
裏磐梯アキラショーレポ 本書き
メモ見てやった殴り書きを見つつ、新幹線内でセトリと大槻マキのmemoriesを聞きながら鑑賞に浸る完が頑張って思い出して書いてます。補正アリアリ。自分語りは右から左に受け流すように。
本人が伝えたかった言葉とはズレるかもだけど、まあこんなこと言ってましたよって雰囲気で。
裏磐梯レイクリゾートホテルに着いた。途中猪苗代湖とやらを眺めつつ、だいぶ昭和レトロな建物が多いなあ、と思いつつ過ごしていた。
……
私は会話に入るのは苦手なのかもしれない。何があったか?それはまあ置いておいて。
運転をしてくださったぺんどらーさんに(本当にありがとうございました)お土産を渡そうと入り口でスーツケースを閉めるときに指の皮膚を挟んだりした。ぺんさんとはお別れして、エスカレーターを上がって2階で受付。席の確認をして、ここだね、と言っていたら案内人のおじ様に「プレミアム席ですか、ありがとうございます、お若いですね」なんて話をした。まあね。途中で音響確認のためだろう、「遠き昭和の
…
」の前奏が聞こえた。
そうして部屋に入ってみる。バカ広い。ベッドが二つある(1人なんだけどね)。椅子がすごくフカフカで座り心地が良い。浴槽で体を伸ばして横になれる。革命だった。まあ、諸々込みで5万ですから。
とりあえず部屋の風呂に入って顔面工事をして、集合25分前(プレミアム、撮影会ありの人は集合がかかっていた)に1人でバイキング会場に入る。受付でアキラ写真入り・夕食チケットを見せて、「すみません、これ貰えますか」なんて聞いた。ちょっと恥ずかしい。チケットはちゃんと戻ってきた。
ありえん速度で飯を選び、食べる。阿寒湖の時は自分でも驚くほど食べた。今回は無理。サワーを飲んで気を紛らそうとしたが全く酔えない。当たり前。なんなら腹が痛い。でも肉が美味い。てか皿ってこのまま置いてていいのかな。食べ方きたねえ。おどおどしながら出て、撮影会受付付近をちょっとうろついていたら苗字を呼ばれた。行ったらもう人がいて、林家木久扇師匠みたいな楽しいおじさんが喋ってた。ちらっと聞いた話によるとすでにアキラは来年もやる気があるらしいよ。暫定木久扇さんと若い人がいる、嬉しいね、俺と撮るのはイヤでしょ、なんて話をしたり、30代のカップルだろうか、マイトガイうちわを持つ女性、昭和スターの、クソデカ襟つきスーツの格好の男性がいたり。裕次郎に似てますね、なんて話したけど、ほさん曰くジョーの方が似てると。そうして撮影会が始まって、さっさっさと撮っていく。順番になるまで手がガタガタ。
呼ばれて部屋に入ると娘さんがお手伝いしてるよう。しきいを超えるとアキラが立ってる。見た瞬間何か、血の気というのか、がサッと心から引いていった。
スマホを撮影人に渡して、アキラとは話もなし。お手紙を後ろに持ち、とりあえず一枚目、離れすぎていたみたいでもうちょっと寄ってください!との声。(いやいやいやいやいやいや寄れるかそんな)と思いつつちょっと寄ってみる。2枚撮って終わり。お手紙を渡さないと。この思考だけが残っていた私は何らかのオーラ、覇気にやられアキラの目も見れず、とりあえずありえんカクカクでお辞儀してお手紙を渡し、超絶掠れ声で応援していますと言って(多分聞こえてないよ)逃げ去った。手紙を渡した時の引っ張られる感じだけ覚えている。あとすぐ娘さんに回収された。
負けました。リベンジさせてください。待ってる時に滝さんもポッケに入れたのにね。ほさんと3人で撮ろうかとか言ってたけど、マジで逃げました。無理でした。怖いとかじゃなくてなんだろう。なんですかね。助けてください。次は目を見たいです。
まあ、とりあえず、部屋を出るとサインを渡される。サインをもらって離れた時にようやく心臓の鼓動がうるさいことに気づく。わかるかなあ、この緊張具合。
サインは右上に熱き心に、下に小林旭、左上にすしざんまいアキラの写真。楽譜のサインは勢いに塗れた「小林旭」だったけれど、今回は昔っからのサインに戻したらしい。筆か何かで書いたのか、勢いに塗れている。素晴らしい。
写真の確認も正直ままならず。自分のスマホのアルバムに生アキラと自分が載っているんですよ。恐ろしいと思いませんか。
手というか足がガクガク、俺もうちょっとやれよ!という思いを抱きながら玄関に行って、アキラパネルの写真撮ったり。
そうして会場に行きましたね。後ろまで結構広い。私1-01なんですけれど、真ん中の前ではない。説明がむずいけれど、ん〜?って感じの位置。まあ、一番前だから何も文句はないです。私の背に娘さんがいて動画?を撮ってたよう。
結構40分とか、隣の人と話したりして待った。いつからハマったの、何で知ったの、どこからきたの、まあ気になりますよね、こんなのいたら。
【ショー】
案内人のおじ様が注意事項を述べたり。拍手が入るけれど、「後ろの方、私は小林旭ではございません」とか、「今私を撮った方、撮影は以上でおやめください」みたいなことを言ってて、面白い人だった。
アキラ登場。右から。
風邪で声が掠れてます、9月の骨折も治らないで、立ってると背中が丸まっちゃう、って丸まってみる。
ご飯は食べましたか。飯食べて眠くなったところで聞いてね。なんて掴み。
日活に入ったのは昭和30年4月?というメモがある。(wikiだと31年だけど
……
。)
よくやってこられたなあと思います、裕次郎は俳優は男一生の仕事じゃないと言っていた、50で死ぬのがわかってたからそう言えたのかもね?
80過ぎて歌ってるのは贅沢なことですよ。
最初は無責任に歌ってましたね、あることで(アキラの家の前を通りすぎた学生が「さすらい」を歌っていたがかなり音痴で、俺の歌もこんなふうに聞こえているのだろうか
……
と悩んだエピソードだろうか?)ちゃんと歌うようになった
歌が歌えて良かったと思います、歌があるから今もこうやってステージに立ててる。かったるいな、と思う時もありますけれど(笑)。
「女を忘れろ」(たぶん1,2?)
前奏で昭和31年云々と言ってた。いい調子で歌ってたね、と。
船村徹さんの話。
無口な人ですけれど、それは栃木弁で語尾が上がるんですね、それが嫌で無口だった。その船村さんが棺桶にまで持ってって、北島三郎とかにも歌わせた曲。当時は同録(歌と伴奏を同時に流して録音していた)で、入りでダイナマイトの爆発音を入れようと悪戦苦闘。NGを何度も出したらしい。
シュ〜〜〜〜〜
……
って話すアキラがちょっと面白かった。
「ダイナマイトが150屯」(1,2)
途中のジェスチャー。👉🤨 👆🤨(音上げろの意)
ひばりさんの歌をちょっと歌ってた。風に舞う〜?赤いケシ〜?とメモにあったので、「みだれ髪」であろう。ひばりさんの曲もじっくり聞いてみたいね。
作詞家作曲家、いろんな人と付き合った。みんなあの世行っちゃった。1人もいなくなったね。90まで生きて本出すよ、て言ってたジョーも死んじゃった。
高橋英樹のお母ちゃん(お母さん?なんだ?と思ったけど、多分奥さんのことだよね)が電話してきて、「高原児」とやらが50周年だ、アルバムを出そうってんで見てたら、旭さんにだいぶお世話になっていた。ってことで、写真出していいかって聞いてきた。当たり前だこのヤローって言ったよ。
高橋英樹のお母ちゃんは宝塚出身で、そういう物の頼み方ができる。俺の女房は厚かましく物を頼める女じゃなかった(笑)。とまあ、これがここ1週間の話ですよ。
あの頃はギター持って馬乗ってなんやかんやした。
「ギターを持った渡り鳥」(1,3な気がする)
歌終わり、お客さんが「金一封」とかかれた贈り物を直接手渡す。娘さんが出てきて受け取ったら、アキラは目を見開いて、「びっくりしたな、ふ〜ん。何か金一封で面白いこと言おうとしたのに、わかんなくなっちゃった。」と話す。かわいいね。
ともかくあの頃は芸能界が輝いてた。大したもんですよねえ、あんなチンドン屋みたいなのできるかって。
原健三郎?議員の話。淡路で選挙の応援に出た。その人が駅前で土下座して、旭も土下座を頼まれる。小林旭ですけど、土下座しました、なんてやってたら1人が見にきて、そしたら演説が始まった。すごいねえだかなんだか。
民謡を流行歌にして歌っていた。ちょろっと馬渕さんの名前が出る。
「ダンチョネ節(1番のみ)」
年齢で音が聞こえないんですよ。頼みますよって言ってから、続けて
「ズンドコ節(1番のみ)」
ウインク、失敗してたらしい。とりあえずなかったです。かなしみ。さらに
「ツーレロ節(1番のみ)」
ライトっていうメモがある。確か前のライトがビカビカしてた。
ご当地ソングを渡り鳥とかで歌って、あの頃は山積みのレコードが映画終わったら全部売れてたとか。
「アキラの会津磐梯山」(1,3かなあ
…
)
朝寝〜でなんか心に残るジェスチャーをしてたらしい。メモに「あさね」とだけ書いてある。チョッ!もインヤ〜もちょっと昔のとはリズムがズレている。これが生のアキラ節ですよ。
コロムビアはいけすかない?民謡歌謡、アキラが歌えば売れた。良かったもんですね。
星野哲郎のこと。面白い詩を書く人でした。
叶弦大さん。別名義で歌を歌ってたけど上手くなくて、親父が絵描きとか?で、馬渕さんが作曲してみな、アキラに歌わせるからみたいなことでやったらしい。
「自動車ショー歌」(星野-叶コンビの曲。1,2,4番目)
コロナ、コルトで小指を立てるジェスチャー。タウナスとデボネアで襟掴んでり心臓のあたりに手を置いたりしてたかな。
初めて見た時はなんだこれって歌詞。NHKにはいろんなメーカーがあってコマーシャルになっちゃうから、歌わせないって触れ込みだった。
馬に乗って磐梯山の尾根を登りましたね、磐梯スカイラインとかも何かを手伝ったらしい。
色々行って云々って話して、
「さすらい」(1,2?)
平成に入って上皇が云々
……
町が変わってった。日本はいいところがあるのになあ、なんて思ったり。
まつむらせいこ?ちょっとわかんないです。お父さんだかが台風?で窓抑えようとしてたら風に吹かれて転落して亡くなった。せいこ?さんが泣く演技の時に全然泣かないでNGだすから、お父さんが亡くなったこと思い出せよ、と言ったら今度は泣き止まなくなっちゃった。今だったらパワハラだよね。
ともかくまあ、あの頃はいい歌がありました。
「北帰行」(1,3な気がする。ちょっとわかんない)
口に出せばなんでもやらせてもらえた。今なら毎週週刊誌に載っちゃって、賑わしちゃうね。そんな小林旭も昔の名前で出ています。会場から歓声。
「昔の名前で出ています」(1,3)
ひろみの字をを空中に書いてた。伴奏はアルバム旋風のものだったと思います。
あの頃はキャバレーがたくさんありました。一曲でウン百万稼ぎましたよ。(ここでどよめき)大阪の方で、夕方の三時から5か所を回って、またUターンして戻る。(結局2回ずつ回ったってことだろう)すると時間が夜中の12時とかになってちょうどいい。最初は500人入るホールがガラガラだったこともあったけれど、昔ので人気が爆発して、1000人入るとこも玄関開けてギチギチになった。
歌の力のこと。
人生は浮き沈みがあるけれど。
何がいいんだか。
しあわせ
(メモわからん)
……
確か、歌の力はすごいよね。人生は浮き沈みあるから大変だけどね。とかの話。何がいいんだか
…
はなんだろう。アキラの自伝とか読んで考えると、「俺の歌の何がいいんだか」とでも言っていたのだろうか。しあわせ、ってのはここまでやってこられて、お客さんに支えられて幸せですよ、なんて話だと思う。確か。ほさん覚えてませんか?
「落日」(1,3)
男にとって女は良いですよね、背中を押してくれたり。惚れた女が、という単語を話していたはず。
「惚れた女が死んだ夜は」(フル)
一番声出てた。ライトが斜めの窓みたいな感じ。途中で椅子を移動させてた。酒よ
——
!って本当死ぬまでに一回リアルで聞いた方がいい。
人生、こうなると知っていたらもう少しやりようあったかもしれない。苦しいこともあるから、甘いのも許されるのかもね。
「あれから」(フル)
2回の合図で音が出ず、アキラバチギレ。前奏の途中で、ステージから音響を詰める。
「どこ見てんだよー❗️💢、(なんか怒ってるけど聞こえない)」
こわい。目が怖い。眉毛がね、くっと上がるんですよ。あれが怖い。一気に場が凍りついたと思う。少々じゃないよ、あれは。真ん中のおじさんがおおう、って感じの動きをしていた。
完の心はガクガク。エピソードとか自伝的に怒りっぽいのは知ってたけれど、流石にこわい。
ともかく、「あれから」恒例のアキラに合わせて、他のお客さんも数人、乾杯のジェスチャーをしていた。私も。このあたりから歌詞(下の画面)をガン見していたような気がする。
(そして機嫌は戻っている)
平成に入って、最近は(令和という単語が出てこなかったよう)空気が乱気流だよね。新曲聞いても、「ン゛!」と納得いかない。昭和はいい曲がたくさんありました。
「昭和舟唄」(フル)
メモが少ない。まじか、昭和舟唄歌うのか!という気持ちだった。
「遠き昭和の
…
」(フル)
2番目あたりから「遠き」は全部「遠い〜」って歌ってた。
昭和30年とか(?二桁とかの話だったかな
…
)の生まれの人もいるんじゃないですか。俺は昭和13年生まれ、戦中派って呼ばれますね。親父に言われて、タバコの配給の列に並んでいたりした。
「昭和恋唄」(フル)
かなりキツそう。「あの子も」は全部「あなたも」になっていた。
またともかく腕に虹だけ抱いて生きていきましょうよ、ということを言っていたような気がする。阿寒湖と同じだね。
「腕に虹だけ」(フル)
苦しいです、座ってるだけで痛い。声出そうと腰に力入れると痛む。だから腹で歌ってるんだけどね。声が出るようになるんじゃないか、と思いながらやってたけど
……
。
ここでだっけかなあ、治してまた元気な姿をお見せしますよ、なんて話をしてたはず。熱き心でどうたら、お別れしましょうどうたら、で
「熱き心に」(フル)
前奏に、中間の挨拶後に、お客さん合計7人くらいがプレゼントをあげて握手をしていた。私は目も見てないんですけれど。いいな〜。その度に歌は途切れるし、なんなら最初も唇に〜まで歌なかったし。むう。
もらったプレゼントは椅子に乗せてたけれど、イスは小ちゃい。一個落ちちゃって、かがんで取ろうとして、うーんやめとくか、みたいな顔してそのままだった。
も一回撮影会イベントしてほしいね。くるんちゅさんとかね、撮影したいよねえ。てかしてほしい。でもきっといらっしゃいましたよ。あの場に。裏磐梯に。
ともかく風邪と骨折、早く治ってほしいね。ほさんがおっしゃってたけど、確かに記憶と比べると少し痩せたかもしれない
……
。困る。かなり。俺の寿命あげれないかな。
今回、多分全体的に伴奏はキーが低め。低音は掠れ気味だけれど、サビとか高音のところはかなり伸びていた印象。惚れた女がを区切りにして、前半は調子良いけれど後半はキツそうだった。アキラは歌ってる途中の「イヤッ」とか「ハッ」とか「あそれ」とか、そういう掛け声がいいよね。前半のノリノリ曲は全部やってました、確か。
そして疲れ切って部屋に戻って、私はレポを速攻で仕上げで寝た。
朝に風呂に入ってみる。露天風呂が最高。髪乾かして、帰り際に娘さんに遭遇。会釈した。声をかけるべきか、どうしよう、と悩んでいたら服を脱ぎ始めていたので即刻退散。本当にお顔が似ていると思う。
そして朝飯。とろろ・しらすのせご飯、パン5種類、カレー、ヨーグルト・コーンフレーク、ミニラーメン、その他おかずとデザート。美味しゅうございました。
今度は飯の帰り際、また娘さんに遭遇。パンフを見ていたら、コーヒーを持ってきた方がいいですかね、とスタッフさんが声をかけている。昨日は新しくいれたコーヒーが冷めてて怒ってました、いらないと思います、持ってきたコーヒーが冷めるのはいいけれどとかなんとか話をしていた。ゴルフって単語も聞こえたけれど、あの腰の様子じゃ厳しいだろう
……
?
ああ、ありがとうアキラ。ありがとう娘さん。ありがとう裏磐梯レイクリゾート。ありがとうスタッフ。音響さんがんばれ。私が行ったショーはどちらもアキラがキレている。ひ〜ん。
ごめんこっからポエム的な。見なくていいよ。
昭和恋唄。あれは、最後の「一日一日
…
」でドラムの音が入るのが良い。一日一日を確実に歩いていくような音だ。
いつかアキラが遠くなる日が絶対に来る。そう遠くないうちに。
……
わからんけどね、私が歩みを止める日のほうが早いかもしれない(笑)。
そのアキラの、長い歴史を2回も一緒に振り返った。嬉しい。
今日24日の朝、Twitterを見ていたら「何を残していくかが重要なんだなあ」と思うツイートがあった。RTしたから調べて(投げやり)。いつか、小林旭っていうカッコいい人がいたんだよ、なんて話をできたら良い。絵なんか描けると良い。昭和の映画館の入り口にあるような、立て看板のような絵を描けるようになりたい。
少しずつ、いろいろ頑張らないとなあと思う。
旭を星に、というより、導にして。
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内