Ymi:no
2025-04-24 08:37:46
2733文字
Public ビマヨダ加筆修正前
 

鬼の花嫁

人喰い鬼のビマと人間ヨダのビマヨダ

 ここは昔、小さな人里が点在するような広大な山地にて。とある村に、人ならざるものが押し入ってきていた。
 人間を求めてやってきた彼らの名は、パーンダヴァ五兄弟。この山地にて知らぬものはいない、人食い鬼の兄弟たちである。
 知恵の回る長男、怪力かつ大食漢である次男、武具の扱いに長けた三男、連携に優れた四男と五男。彼らが一度暴れれば、ひ弱な人間どもなど、十把一絡げに捕食されてしまう。
 彼らに押し入られた村は、この兄弟たちによって壊滅の危機にあった。
「おお、美味そうだなぁ」
 紫の長い髪を靡かせながら、一際大柄で逞しい体つきの鬼が笑う。
「最近は不作でしたから……助かりますね」
 大柄な鬼の隣に立つ、黒髪に褐色肌の鬼が呼応して微笑んだ。彼らにとって食糧難は死活問題であり、良質な餌が豊富に手に入ることは、とても喜ばしいことであった。

 五頭の鬼たちは、一箇所に集められ、タワーのように積み上げられた人間たちを見て、当然ながら大変喜んだ。
 人の山を囲むように銘々が座ると、早速食事を始めたのだった。
……ずっと気になっていたのですが」
 三男坊が、次男坊の姿を見て小首を傾げる。
「うん?」
「兄ちゃんはなぜ男ばかり食べるのです?」
 この鬼の次男坊は、なぜか男ばかりを選んで食していた。
「女性の肉の方が柔らかいのでは」
 三男坊としては、食に最もこだわりを持つ次兄が、女ではなく男を選ぶ理由が気になっていたのである。
「まあ、それはそうだが。俺としちゃあ歯応えが足りん」
「なるほど」
「量も少ないしな」
「大きさが違いますからね……
 単純に食い出の問題と言われ、納得のいった三男坊は頷いた。
「お前たちは女の方がいいんだろう?」
「ええ」
「なら丁度良いじゃねぇか」
「そうですね。……ああ、兄ちゃん、こちらはどうですか」
「食う!」
「ふふ……どうぞ」
 生きたまま血肉を食らわれる人々の悲鳴をBGMに、兄弟たちの食事は和やかに進む。村の中心部で勝手に食卓(?)を囲む彼らに震え上がった人々は、見逃された者も含め、誰一人としてその場を動けずにいた。

 緊迫した空気が流れる中、そのことに全く気づかなかった男が一人、自宅でゆったりと寛いでいた。外は天地がひっくり返るような大騒ぎであったのに、自宅の豪勢な寝具の上で、暢気に転寝うたたねをしていたのである。
…………んー?」
 波が引いたように静まり返った部屋に、ようやく違和感を覚えた男が頭を上げた。いつもの喧騒子守唄が全く聞こえてこないのである。
「んんぅー……
 ふわわ、と一つ大きく欠伸をし、両腕を天に突き上げて体を伸ばす。
「珍しいこともあったものだ……
興味半分、不信感半分といったところだろうか。純粋に外の様子が気になった男は、少しばかり寝ぼけたまま寝具から降り、玄関までとことこと歩いて行った。
「なんだなんだー?  随分と静かでは……ひえっ」
 ひと塊に積み上げられた人々、そしてそれをムシャムシャと頬張る角を持った怪物たち。
 玄関扉を開けば、目の前には異様な光景が広がっていた。思わず悲鳴を上げた男に、鬼たちの視線が一斉に注がれる。
「人が食われとる!!」
 そのまんまな感想を叫んだかと思えば、ハッと男が血相を変えた。
「い、いやそのなんだ、わし様は美味しくないぞ、ウム、わし様がそう思うのだから間違いない」
…………
「分かったか? 分かったな! ではわし様はおイトマするぞ!」
 捲し立てる姿をじっと眺めている鬼たちに、男はそう啖呵を切った。このままでは自分も食われてしまうと考え、コンマ三秒で逃げることを選択したのだ。
 ――まずいまずいまずい熱烈に視線を向けられておる……! 特にあの紫のゴツイやつ! わし様をじぃっと見るなわし様の美し〜い顔に穴が空いたらどうしてくれる!
「なあ」
「っ!!」
 翻り、全速力で離脱しようとした男の動きが止まった。
 ――速い……っ!
 男が動き出すより前に、紫髪の鬼が男の背後に回り込んでいたのである。そうして肩を抱かれ、身動きが取れなくなった男は、鬼の一挙手一投足に神経を注いだ。
 ――暴れるのは得策ではない、か。
……な、なんだ?」
「名前は? なんて言うんだ?」
「名前ぇ?」
 随分と素っ頓狂な声が、男の口からまろびでた。鬼が、の名前を問うている。緊迫した空気に似つかわしくない、不可思議な状況であった。
「そんなものを聞いてどうする」
 相手が鬼であることも忘れ、男はまじまじと精悍な顔を覗き込む。
「? そりゃ嫁さんのこと〝おい〟とか〝お前〟とか呼ぶわけにはいかんだろう」
 さも当然と言い放った鬼の言葉に、ぴたっと周囲の時間が止まった。
…………………………よめ?」
 たっぷりと間を置いてから、男が鸚鵡おうむのように聞き返す。
 ――よめ。よめとはなんだ、嫁か? …………嫁? ?
「おう。河原で拾えるぴかぴかした石より綺麗な髪も、柘榴みてぇに美味そうな眼も気に入った!」
…………………………は?」
 鬼は男の容姿を褒めちぎると、身体を強く抱き寄せて笑った。
「ははは。まさかこんなとこで嫁さんが見つかるなんてな!」
「ま……て待て待て! 嫁?!?! 誰が?!?! わし様がか?!?!?!」
 男が目を白黒させて正論を叫ぶ。おそらく、周囲の生きている者たちも同じことを思ったに違いない。
「そうだが」
「そうだが、ではなぁぁぁぁい!! お前は鬼だろう!」
 ズビシ、と男は鬼を指差して騒ぐ。
「おう!」
「そしてわし様は人間!」
 今度は男自身を指差し、前提を擦りあわせる。
「見りゃわかるぜ」
「狼と羊のようなものだろう!」
「似てるっちゃ似てるなぁ」
「食料を嫁にする馬鹿がどこにいるというのだ!!」
 正論だ。男の言うことは間違いなく正論である。
「言いたいことは分かるが、自分を卑下するのは良くないぜ?」
 しかしこの次男坊には正論が通用しない。なぜか。簡単である。〝俺は俺だ〟……自身の感性と感覚を信じている彼に、そも正論は必要ないのである。彼が信じた道、決めた道こそが正道なのだ。
「しとらんわ!! わし様ほどすんばらし〜い人間なぞこの世におらん! わし様が言っとるのはそういうことではなく……!」
 意思疎通が取れないもどかしさからか、遂に男の歯切れが悪くなる。男の完敗であった。
「ならいいじゃねぇか」
「なんにもよくなぁぁぁあい!!」
 かくして男はパーンダヴァ五兄弟の次男坊に射止められ、食料として捕獲された人間たちとともに、住処へと持ち帰られたのであった。