Ymi:no
2025-04-23 22:39:30
2116文字
Public ビマヨダ小話
 

夫夫喧嘩は犬も食わない

夫夫ビマヨダの決闘話(カルデア時空)

 その報せは、とある日の昼下がりにやってきた。
「大変です、先輩……!」
 いつになく慌てた様子で、後輩が駆け寄ってくる。奇想天外が通常運転なカルデアにおいて、真っ青を通り越して緑色の顔をした後輩というのは、天変地異の前触れを思わせた。
「はひは……?!」
 食べかけのおにぎりを口に詰め込み、勢いよく立ち上がる。何が起こったにせよ、初動が物を言うことだけは間違いない。
「こっちです……っ!」
 駆け足で食堂を飛び出し、後輩の案内に従ってひた走る。いったい今度は何が起こったのだろうか。
 もぐもぐと口を動かしつつ、目線で先を促す。彼女ならこれで十分に理解してくれる。思った通り、後輩は軽く頷くと、事の詳細を話し始めた。
「それが、ビーマさんとドゥリーヨダナさんが――
 かくかくしかじかと訳を聞き、思わず絶叫する。
「決闘……?!」
 あの二人にとって、決闘とはまさに因縁そのものである。双方に違う執着があり、仲を拗らせた原因の一つでもあった。それらを乗り越え……乗り越えたのか? は分からないが、なんやかやあって今はラブラブしているのも知っている。その上で、今更になって決闘をするとはどういうことなのか。
 ザッと血の気が引く。とにかく急がなければ。
吹き出す汗も、乱れる呼吸も厭わずに、懸命に足を動かした。

❀❀❀

 二人がシミュレーターに乗り込んだのと、戦いの火蓋が切って落とされたのは同時だった。それが分かったのは、審判をさせられていた、夜の空を映したような髪を持ったカルデア職員が、くだらなさそうに腕を振り上げたのが見えたからだった。
 褐色肌の男が振り上げた、黄金色の槍がギラリと煌めく。
 ――止めなければ……
 令呪を構え、二人の一挙手一投足に集中する。隣で盾を構えた後輩が、地面を強く踏み締める音が聞こえた。
 誰かが動けば、簡単に均衡は崩される。一触即発の空気の中、最初に動いたのは詐欺師も真っ青な魔性の男だった。
「つまり、お前はわし様に暴力を振るおうというのだな?」
「あぁ……?」
 怪訝な顔をする褐色肌の男に、魔性の男はさも当たり前のように物事を説いてみせる。
「よいか? わし様たちの時代はいざ知らず、現代において妻に暴力を振るうということは、DV――即ち、離婚事由に相当する!」
「ぉ、おう…………?」
 ……何だか流れがおかしくなったような気がする。
 呆然と佇む三人を置いて、魔性の男が止めとばかりに言い放つ。
「お前は離婚でよいのだな? ……わし様は大変残念だ」
「は?! いや、」
 突然の宣言に面食らった褐色肌の男が、慌てて口を開く。――と同時に、スパーンと小気味のいい音が辺りに鳴り響いた。
「隙ありィッ!」
 二人の動向を見守っていたせいで、確かに見えてしまった。魔性の男が、手に持った巨大ハリセンで褐色肌の男の頭を撃ち抜いたのが。
「そんなことだろうと思った……
 審判をしていた職員が、胡乱げな眼差しでため息をつく。そうして軽く魔性の男の方に手を上げると、勝負あった、と酷くどうでもよさそうな声で宣った。
「わっははははは〜〜〜〜ァ!! わし様の勝ちだぁぁあ!! やーいやーい! ビーマのブワァ〜カめ!」
「は………………?」
 褐色肌の男が槍を構えたまま、ぽかんと口を半開きにして固まっていた。それもそうだろう。なにせぴょんぴょんと飛び跳ねる魔性の男と、帰りたげな職員以外、誰一人としてその場から動けずにいるのだ。当事者であるなら尚のこと。
 しかしこれは酷い。本当に酷い。先程までの心配を返して欲しい。切実に。
…………おい」
 ドスの効いた唸り声が、ひやりと背筋を凍らせる。一瞬で空気が張りつめるのに、ごくりと喉が鳴った。
「ん〜? 何をそんなに怒っておる。だいたいこの決闘とやらも、元を返せばただの喧嘩ではないか。マスターやマシュまで巻き込んで続けるほどのことでもなかろう」
……まあ、そうだが……
 二人の視線がこちらと交わる。膠着の後、やがて槍がほろりと中空へ溶けて消えていった。
 今度こそ終わったと、掲げていた腕を下ろす。隣でほっと息をつく後輩と、気持ちは同じだった。
「ウム、では解散!」
 魔性の男が得意げに、ぱん、と手を叩く。それを合図に、誰もがくだらなさに気が抜けたまま、シミュレーターの出口へ向かう。
「ビーマ」
 女性陣の少し後ろを歩いていた、魔性の男の密やかな声が耳を掠める。まるで煮詰めた砂糖のような甘ったるい声に、自分が呼ばれたわけでもないのに顔が熱くなった。
……なんだ」
「こ・の・わし様が勝ったのだぞ? ちゃぁんと報酬はいただかなければなぁ?」
 その口振りは甘える子猫のようでいて、穴蔵から手を引く魔性をも彷彿とさせる。
「ノーカンだろ」
「い〜や、勝ちは勝ちだ。だからこそ……しっかりわし様を可愛がるように。いいな?」
「! ――そういうことなら、構わないぜ?」
「んふふ。決まりだな!」
 何とも愉しげな会話に居た堪れなくなる。頼むから、そういう会話は私のいないところでやってほしい。切実にそう思うのだった。