らい
2025-04-23 21:00:25
3718文字
Public レオいず
 

レオいず30days㉓「となりのお月さま」

パラレル・パロディ編③ お題「月」
※黒猫×金魚(パドル)


 夜道を横切る黒猫には気をつけろ。不吉な出来事を引き寄せるから。
 太古の昔から語り継がれてきた迷信に、多くの人間は恐れおののく。ヒトと仲良くなりたいのに「近寄るな!」と忌み嫌われ、安息を求めて引っ越した先でも「出ておいき!」と石を投げられ───厄介払いされていた黒猫レオが死に物狂いで辿り着いた場所は、お月さまが映える丘の村だった。
 村に住んでいる人々は、みんな優しい。すれ違うたびに「黒猫さん、おはよう」と手を振ってくれるし、「おいしいお団子があるんだよ」と手土産を持たせてくれることもある。寺の息子は「静かにせんか!」と拳骨を浴びせてくる恐ろしいやつだったが、住む家のないレオに寝床を紹介してくれたりして、情に深い男だった。
 黒猫のおれは、不吉を呼び寄せるんだって。
 しょぼくれた呟きにも、村人たちは「嘘おっしゃいな」と笑ってくれた。汚い言葉を浴びせられたり、ときには蹴飛ばされたり。そりゃあもう散々な暮らしを送ってきたけれども、世の中には沢山のやさしさが転がっているのだということ。村人たちに出会わなければ、一生知り得なかった。そして、忌み嫌われる存在である黒猫でも、だれかを好きになれること。これは───麗しの金魚が教えてくれた。
 神社の石段を片足でくるりと跳躍し、宵闇に揺れる木々のあいだを駆け抜ける。鈴虫の歌声がたなびく丘を駆け登れば、まるで夜の風にでもなったみたいだ。黒猫のレオはしっぽを揺らして、小躍りしながら目的地に近づく。
 すすきの森を抜けたら、愛しのお月様はすぐそこだ。

「セナぁ~っ」
 
 月光が反射する透き通った池に、美しい金魚が座っている。澄んだ水に浸けたつま先を動かして、泉がおもむろに視線を揺らした。
 水滴がぽちゃりと跳ねて、表面に波紋が広がる。濡れた太腿のしとやかな曲線に、まるで池の水まで照れているみたいだ。
 レオは耳をぷるっと震わせながら、泉にそっと歩み寄る。泉が、こてんと首を傾げた。
 
……れおくん、こんばんは。一体どうしたの?」
「今夜は月がとっても綺麗だから、セナに会えると思って!」
 
 きまぐれな金魚は、月夜の輝く池に現れるとは限らない。虫の居所が悪ければ「あっち行って!」と水で成敗されることもあるのだけれど、月がまんまるに満ちている日は、きまって機嫌がよかった。レオは一歩、また一歩と水濡れの石に近づいて、すとんと腰を下ろす。
 レオは黒毛のしっぽを揺らして、八重歯でくわえた小包を開いた。愛する金魚に会うのに、手ぶらで訪れるわけにはいかない。男たるもの、手土産ぐらいは用意しておかないとなあ。ふいに思い返されるのは、豪快に笑ってのける親友だ。
 
「お団子、セナにも食べさせたいと思って! ミケジママダラ───おれはママって呼んでるんだけど。そいつが、持たせてくれたんだ」

 斑は、この村ではじめて出会った人間である。不吉な黒猫というだけで忌み嫌う連中が大半であったというのに、陽気な彼は「お団子、食べるかあ?」と快く歓迎してくれた。
 しょっちゅう世話を焼いてくれる斑にはレオも懐いているのだが、泉は「ふん」とそっぽを向く。静寂を好んで人里から離れた池に住んでいる金魚は、ヒトの話題に触れると機嫌を損ねるのだ。
 
「拗ねるなよ。おれは、だぁい好きなセナと一緒にお月見したくて、ここまで来たんだからさ」
 
 そう告げると、泉は水面に浸かった足首を揺らす。さっきと違うのは、ぷいっと背けられた横顔がほんのり紅いこと。
 
「ふん。……まぁ、あんたがそうしたいってんなら、別にいいけど」
「やったあ。それじゃあ一緒にお団子、食べような」
 
 レオが「あ~ん!」と三食団子を差し出せば、泉はちいさな唇を開いて、上品に食べはじめる。「……おいしい」と柔らかく微笑んでくれたことが嬉しくて、レオはふにゃふにゃのしっぽを泉の細腰に巻きつけた。
 泉は「くっつかないでよねえ!」と抵抗しないどころか、「猫って、ほんとうに甘えん坊だよねえ」と身を任せている。これは相当、機嫌が良い日だ。レオは串団子をぱくりと頬張りながら、泉をじっと見つめた。清らかな水と見間違うほどに透き通った肌が、月光に反射して艶っぽくきらめいている。
 
「気に入ってもらえて、よかった!」
……ありがと」
「お団子、好きか?」
……うん」
「それじゃあさ。……おれは?」
 
 レオは、美しいくちびるに吸い寄せられるように顔を近づけた。ところが泉が上半身を池に傾けたので、抱き締めようと伸ばした腕は、虚空にすっぽ抜けてしまう。

「むう……

 口角を下げるレオをよそに、泉はちいさな金魚の群れに手招きをする。細い指先を淡い水色に輝かせて、柔らかな笑みを咲かせた。
 
「なぁに? おまえらもお月見したいの? ……いいよ、見せてあげる」
 
 泉は、池の表面につんと触れる。すると金魚が泳いでいる一帯をくり抜くように、球体の水が浮かび上がった。そうして水玉の鉢をてのひらに置くと、ちゅっとくちづける。金魚たちは尾ひれをくねらせて、嬉しそうに跳ねた。
 
「あ~っ! ずるいっ!」

 いい感じだったのに! がるるるるる! と威嚇すれば、「ちょっとぉ。怖がらせないでよねえ」と叱咤される。レオはちぇ~、と舌足らずに拗ねて、退屈な両足をぶらぶらと揺らした。
 恋焦がれる黒猫をよそに、泉は「お月さま、綺麗だねえ」と小魚たちに問いかけている。
 おまえのほうがきれいだよ、と告白しようにも、きっと伝わらないだろう。レオは浪漫に満ちたお月見を楽しんでいるつもりだが、残念ながら泉にとっては、呆れ返るほど繰り返している日常の延長であるらしい。
 鈍感金魚姫。不貞腐れたレオがぶつぶつ呟いていると、泉がとつぜん腕を引っ張った。
 
「ちょっとぉ。さっきから何ぃ? ボソボソボソボソ、チョ〜うざぁい」
「うわ~っ!」

 美人の凄みに驚いて、レオはつるっと足を滑らせる。ばしゃん! と池に落っこちたレオは、たちまち「ふにゃ~っ!」と跳躍した。
 まんまるの月に浮かぶのは、とがった猫耳としっぽの影。もしも鳥であるならば、夜空まで羽ばたいていただろうに。悲しいことに、レオは翼を持たない猫なのだ。飛び上がったからだは重力に負けて、豪快な水しぶきが跳ねた。
 水が大の苦手である黒猫のレオは、慌てて岩に這い上がる。よりにもよって、逢引のさなかに池に落ちてしまうなんて。かっこ悪いったら、ありゃしない。
 
「ったく、おっちょこちょいなんだから…………大丈夫ぅ?」
「うう~っ、水嫌いっ! ぶるぶるぶるっ」
「もう……。俺とお月見したいんでしょ? だったら、身体なんて濡らしてる場合じゃないよねえ。……ほら」
 
 全身をぶるぶる震わせて水滴を払っていたレオは、硬直する。レオの腕に絡みつき、泉がぴったり寄り添っていた。常日頃「セナぁ~」と甘えようものなら「そういう気分じゃないの!」と水底に隠れてしまう金魚が、瑞々しい太腿をレオの膝にくっつけている。心地よい緊張に、濡れそぼった逆毛が震えた。
 
……こうすれば、あったかいでしょ」
「セナ……
 
 祭囃子の太鼓みたいに、胸が高鳴る。薄桃のくちびるを食べてしまいたくて、レオは華奢な肩に手を乗せた。
 しかし、泉はちいさく首を振る。
 
「お月様が見てるから、だぁめ」
 
 色っぽく誘うくせに、いざ近づくと逃げるのだ。しおらしく胸を押し返そうとするものだから、レオは揺らめく水鉢に目配せをした。優雅に泳いでいる小魚たちの動きが、ぴたっと止まる。

「セナが恥ずかしがってるみたいだから、おまえら協力してくれる?」

 そう問いかけると、小魚たちは団結するように身を寄せ合い───真っ黒な夜空をめがけて、飛び跳ねた。橙色の尾ひれと水しぶきが宙を舞い、まんまるの月を覆い尽くす。
 狙った獲物は、のがさない! 呆然とする泉の肩を掴んで、レオはちゅっと音を鳴らした。そっと触れるだけの、それでいて愛情たっぷりのくちづけ。泉のまっしろな肌が、梅の花みたいに真っ赤に染まる。レオの肩にくたりと寄り掛かると、泉はのぼせてしまった。
 
「お月さまが見てるって、言ったのに」
「こいつらが隠してくれたから、大丈夫!」
 
 悠々と泳ぎまわる小魚たちに笑うと、泉は「ばか……」と脱力した。すり寄ってくる白い柔肌を抱き寄せながら、レオは残りの団子をもぐもぐと食べる。
 銀色の髪が、漆黒に反射する池に揺れる。水辺に映える月、夜空に浮かぶ月。いったいどちらを眺めているのか判別できなくなるぐらい、美しかった。
 
「なあ、セナ。おれは生まれてからずっとずうっと忌み嫌われる存在だったけど、この村で暮らしはじめてから色々なことを教えてもらったよ。あったかいご飯、甘いおだんご。布団はあたたかくて、村の人たちはみ~んなやさしい。……あとはねえ」
 
 お月さまは、ふたつあるんだってこと。
 美しい金魚を抱き寄せるように、レオは黒いしっぽを巻きつけた。