roku
2025-04-22 21:07:27
3118文字
Public 🌳🌟
 

彼らの日常【森諸】

・おでんは味噌がいい!という話
・愛知県民への解釈が違っていても何卒お許しを…

森諸Webオンリーに展示したもの
pixivからお引越ししました

諸星は仕事柄出張が多く、1年のうち、愛知にいる方が少ないかもしれない。対する森重もプロの選手になってからは遠征も多くふたりの時間が重なることは稀だ。普通のカップルならこれだけすれ違えば別れてる。と、よく諸星は言ったが、森重は諸星の言う普通のカップルを知らない。なぜなら諸星が初めての恋人だからだ。

《明日17時、名駅》
用件だけが記された愛想のないメッセージ。それを受け取った森重も、スタンプのひとつでも返せと文句を言われることがわかっていながら既読をつけただけで返信はしなかった。理由はとても簡単で、ただ面倒だから。見たということがわかればそれでいいだろと森重は言う。確かにそれで約束に遅れたり、忘れてすっぽかしたり、ということはないので諸星もそれ以上は何も言えなかった。

新幹線の改札口から出て、頭ひとつ飛び出た姿を認めて近づけば、その威圧感から周りの視線が集まり注目を浴びる。「え?森重選手?」「ほんとだ!」「誰?」「バスケ選手。知らねーの?」「やっぱでけぇな」「何でこんなとこにいるんだろ?」「あの人知り合い?」などと遠巻きに囁く人々の声を聖徳太子さながら拾った諸星は、森重の横をスルーした。短い溜息をひとつ吐いて歩き出した森重は、諸星の一歩後を歩き、声が聞こえなくなったところで隣に並んだ。
「拗ねてんの?」
「は?」
キッと見上げた視線は鋭いながらも、その瞳は嫉妬や不安、悲しみ、苦しさ様々な感情が混ざり合って複雑な色を宿していた。
「おかえり。お疲れ様」
そう言って引いているキャリーを奪えば、その色は穏やかに変化する。
……ただいま」
「今からどうする?」
問いかけながらも向かっている先は、ほんの十数分ほど前に車を停めた、駅からほど近い駐車場だった。
「お前んち、メシある?」
「あるよ。来る?」
「行く」

助手席に乗り込んだ諸星はいつまで経ってもシートベルトを締める気配がない。付き合いが長くなってくると、こういう時の諸星がどうしてほしいのか、ということがわかるようになった。森重は軽く鼻で笑うと、右腕を伸ばし助手席のシートベルトに手を掛けた。そのまま諸星の唇に自分のそれを押し当てれば、「ん」と甘い音を漏らした諸星の手が、キュッとブルゾンの袖を掴む。欲しがるようにほんのり口を開けた諸星に「続きはまたあとで」とシートベルトを締め、運転席に戻った。

プロになった森重は、学生の頃にすんでいたボロいアパートからマンションに引っ越した。夜景を売りにしているような超高層マンションいわゆるタワマンなどではなく、オートロックが完備されている程度のところだった。
車を降りてオートロックを解除し、エントランスに足を踏み入れる。そこからエレベーターまではリラックス空間を演出したいのか、廊下の照明はほの暗い。諸星はこの空間と部屋までの遠い距離があまり好きではなかった。森重にオシャレなマンションが似合わないとか、そんなことではなかった。ただ、すれ違う住人と挨拶を交わし、応援してると言われれば足を止め、照れくさそうに頭を下げてお礼を伝える森重が、何だか知らないやつみたいで胸が苦しくなっていくのだった。そんな諸星の様子に気付いているのか、エレベーターを呼び乗り込んだ森重は、諸星を強く引っ張った。その勢いに負けよろけた諸星を片腕で抱きとめ扉を閉めた。
「諸星さんてさ、わかりやすいよね」
「は?――っ!!」
諸星が逃げないように後頭部を押さえ、噛みつくようにキスをする。何度も角度を変えれば漏れる吐息と唾液の混じり合う音が狭いエレベーターに反響する。
諸星のほんのり潤んだ瞳が森重の欲情を煽り、腰に手をかけたその時――目的階を告げる無機質な音がひとつ響いた。ふたりは無言のままエレベーターを降りれば、部屋へ向かう足取りは自然と速くなった。
解錠し、ドアを開けるや否や首に絡んできた腕と押し付けられた唇。それに応えるように舌を挿し込み咥内を犯せば、諸星が満足したように表情を崩し唇を離す。
「腹減った」
「自分勝手」
「そもそもオレはここにメシ食いに来たんだよ」
「まぁ……でもメシ食う前にする?」
膨張する下半身に視線を落として森重が問う。
「しねぇよ。だっておでんじゃん」
くんくんと鼻を鳴らし部屋に残る匂いを拾う。
「そうだよ。アンタの好物」
前におでんは味噌だ!と諸星が熱く語っていたのを覚えていたようだった。
革靴を脱いで我が物顔でリビングへ向かった諸星は、脱いだジャケットをソファの背もたれにバサッと掛けた。4人用のダイニングのテーブルの真ん中に準備されたカセットコンロと土鍋。火を点け蓋を開ければ諸星が「うわ!すげぇ!ガチのやつじゃん!」と瞳をキラキラさせた。諸星のいう“ガチ”とは、伝統的な味噌おでんのことだった。土鍋の真ん中に味噌が入った器(味噌壺)を置き、周りに大根、たまご、こんにゃく、焼き豆腐などの具材を入れだし汁で煮込む。これを味噌ダレにつけて食べるというもの。ルーツは味噌田楽だと言われている。
「オレの実家はこれだけど」
「オレもだぜ!でもよ、飲食店だと味噌で煮込まれたやつ出てくんじゃん?」
「うん」
…………
「「なんか違う」」
暫しの沈黙のあと、ふたりの声が重なる。
「だよなー!」
感覚が同じことに嬉しさを感じながら、諸星はいただきますと手を合わせ箸を取った。
「うまっ!!やっぱおでんはこうだよな!!て、お前料理できたんだな!」
「今さら?」
「おー。だって初めて食った」
「まぁ、言われてみれば」
出張帰りは大抵森重を呼び出すが、駅周辺で食事を済ませたあと、どちらかの家へ向かうことがほとんどだった。森重はプロの選手であるからそこまで乱れた食生活はしていないと予想はしていたが、まさかここまでの腕前だとも思っていなかった。
「他にも作れるのか?」
「当たり前」
「じゃあ次からは出張帰り、直接ここ来るからメシ作れよ」
……なんで命令?」
埋まらない2年の差。そのせいでやたらと上から物を言う諸星にムッとしつつも、目の前であつあつのおでんをはふはふ言いながら食べる恋人があまりにも可愛いので「まぁいいけど」と食べたいものを聞いてしまうのだった。
たまごを器用に箸で2等分し、半分を口に入れながら「ほんはふ」と答えた諸星。
「なんて?」
「だから、とんかつ!」
以前、出張先で食べたとんかつには味噌ダレがかかっていることは疎か、テーブル備え付けの調味料にもなく不完全燃焼で終わっていたのだ。その時は帰りに名駅でとんかつ(世間でいう味噌カツ)を食べたのだ。
「味噌好きすぎじゃん」
「ははっ!根っからの愛知県民だからな!」
くしゃっと表情を崩し、さらに箸を進める諸星を見つめる森重の目に、ベッドの中で見せる獣のようなギラつきはなく、ただ愛おしさだけが溢れていた。それでも「あんまり食べるとこの後がしんどいよ?」と箸を止めるよう制してしまうのは、数ヶ月ぶりに会った目の前の無邪気な恋人と、何もせずに朝を迎えるなんて言語道断だという思いが森重の中にあるからだった。
………お前はやることしか考えてねーのかよ!」
「よく言うよ。アンタだって盛ってたくせに」
「そりゃ久しぶりに会った恋人なんだから仕方ねぇだろ!」
「じゃあ一緒じゃん」
徐ろに森重が立ち上がれば椅子がガタリと音を立てる。その様子に箸を止めた諸星の手首を掴んでソファへ押し倒す。先ほどとはうって変わって雄の色を濃く宿したその瞳に諸星はゾクッと身震いした。
そしてそんな諸星の瞳には期待の色が滲んでいた。