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めめた
2025-04-22 20:42:59
5112文字
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(ダン戦:仙郷)一歩目
二人の恋の始まりって想像つかない
不機嫌だ。迷惑そうに誰かが思った。
普段から人の機敏など気にしてもいない仙道は、迷惑に思われようが嫌われようが、それが自身の興味のない相手ならどうだってよかった。
中学校近辺では不良として名の知れてしまっていた仙道だが、少し離れた高校に行けば知る人はあまり居なかった。だが、あまり居ないだけで少なくとも居たのだ。
群れるつもりも騒ぐつもりもなく、ただ卒業さえ出来れば良いと思っていた仙道だったが、一部の者から生まれた噂はみるみる内に広まった。不良で素行が悪いなんて心外なものから、アルテミス出場者でLBXプレイヤーとしては上位であるなどという事実まで。
高校一年目の春は、過去のアルテミスでの非道な戦略もあって遠巻きにされていたのだが、郷田と組んで出たアルテミスを見た者が一人、馴れ馴れしく話しかけてからはなんだかんだとクラスに馴染んでしまった。仙道としては、喜ばしくは無かったが。
そんな生活を経た高校二年目。
誰かが思った通り、仙道は実に機嫌が悪かった。
馴れ馴れしい学友のせいではない。仙道はそんな奴のことは毛ほども気にしていなかった。
仙道の機嫌を無自覚に左右するのは、いつだって郷田だ。その事実すら、仙道にとっては不機嫌のタネである。
世界を混乱に陥らせたミゼル事件。LBXを淘汰する当時の空気から隠れるために利用したブルーキャッツという喫茶店の地下室。郷田はその頃から、ブルーキャッツに入り浸り、店長だなんだとやり始めた。
大抵が店主の郷田に引きずられて、という形ではあったが、仙道もブルーキャッツによく赴いた。
喫茶店自体の雰囲気は嫌いではない。だから仙道もそこに居ることは嫌では無かった。地下に行けばLBXバトルが出来るし、郷田は煩いが、まあ良かった。
たまに郷田の入れた美味しくない珈琲を飲んで、LBXバトルをして、ソリの合わなさから喧嘩をして、そんな平和な日々を過ごしていた。
「もっと早く来てたらアスカとバトル出来たのによ」
土産と置いていかれた、いつものトマトジュースを飲みながら郷田がつまらなさそうに言う。
「碌な理由も書かない連絡を寄越した奴がよく言う」
『ブルーキャッツに来い』という用件だけの連絡が来たのは数時間前で、仙道がそれに気がついたのは連絡を受け取った数時間後だ。
大して用事も入っていなかったため、返信はせずに仙道は渋々ブルーキャッツへと入ったのだが、丁度アスカと入れ違うタイミングだった。
結局バトルは出来ずに、郷田と二人、カウンター席に座ってティータイムなっている。
呼ばれた理由が居なくなった今、仙道がここに居る理由は無い。けれど紅茶も出されたし、隣で郷田が先ほどのバトルの話をしているし。だから仙道は大人しく座して、子どもっぽい話し口の郷田の声を聞いていた。
自分の見ていないバトルの話が興味深かったのもある。郷田はともかくアスカの腕前は馬鹿にできない。
そんなことを思っていたはずだった。この時の仙道の脳内にはLBXバトルのことだけがあり、話を聞きながら自分ならどう対処するか、どう場面を展開するか、そんなことを考えていたはずだ。
「あ」
だから、行動を起こした仙道自身も間抜けな声を出した。
目の前の郷田は何が起きたのかすら理解できて居ないようで、何度も瞬きを繰り返し、やがて目の前にしか人は居ないのに辺りを見回し始めた。
それがなんだか愉快になって、仙道は今度はハッキリと意思を持って、己の唇と目の前の唇を触れ合わせた。
ビク、とらしくもなく身体が震えたのを感じる間もなく、一瞬だけ押しあった唇はあっさりと離れる。
さて、次はどんな反応を見せるのだろう。仙道は優越感に浸ろうと郷田を見るが、勢い良く立ち上がった郷田に腕を引っ張られて余裕は霧散した。
「今日は店じまいだ! 帰れ!!」
力任せに引き摺られて、店の外に引っ張り出される。閉まる扉を振り返る間もなく、仙道は日の暮れた空の下に追い出された。
「あの馬鹿力
……
」
掴まれた箇所の袖を捲ってみると、まだ指の痕がある。痣になりそうだと思いながら袖を戻して、ブルーキャッツを振り返る。
常日頃から、郷田をそういう目で見ていた訳では無い。キスだって慣れているわけではないし、勿論キスが挨拶という文化圏で育ったわけでもない。
ただ、唇についたトマトジュースを舐めた舌を、その舌が通った唇を見たのを覚えている。意識などしたことが無い、見慣れてしまった顔の、見慣れたパーツだ。
二度目は故意だが、一度したら二度も同じだろうと思った。相手はあの郷田だ、ということなど考えもせず、したかったからした。
不思議と嫌悪感は無い。
むしろ、先ほどの郷田の様子を思うと高揚感にも似た心地に包まれる。
「我ながら趣味が悪いねぇ
……
」
どうかしてしまったようだ。そう思うが気分がいい。
おそらく、まだしばらくは開かないだろう扉を一瞥してから、仙道は帰路についた。
その日からだ。あからさまに郷田が避けている。今までおかしな距離感に苦言を呈しても一切取り合わなかった奴が、今度は不自然なほどに避けている。
そんな郷田自身にも、それを気にしている自分にも腹が立って、仙道は隠す気も無いほどに不機嫌だった。
「チッ」
無意識に舌を打つと、周囲が一歩遠ざかった。仙道の知るところではない。
気にしてしまうから苛立つのだ。そう考え直し、仙道はタロットカードを取り出そうとして、止めた。自分の占いが良く当たることは自分が一番良く知っている。ろくな結果にならないだろうことは、容易に想像できた。
授業開始のチャイムが鳴る三分前、仙道は上体を机に伏せて、目を閉じた。授業なんてものも、どうでもよかった。
認めたくは無いから口にも出さないし、考えないようにしているが、結局のところ今の仙道が居るのは郷田が居たからだ。LBXにまつわる様々な事件の中心地に居たのは、郷田がそこに引っ張って来たからだ。縄張り争いから始まり、くだらない舎弟ごっこを経た関係が、こうして今に至る。
郷田だけではない。山野バンや海道ジンが居たからでもある。しかし仙道が一人で彼らと友好な関係を結べたかというと、そうでもない。対等に向き合いLBX抜きでも喧嘩をする相手、という点では郷田は唯一無二だ。
仙道はそれをとうに理解していた。だからわざと考えないようにしている。
自分だけがそれを知っている、というにはあまりにも癪なのだ。どうせ郷田は仙道が自分にとってなんなのかを考えたことも無いだろうから。
考えないようにしたのに、気がつけばその日の授業が終わっていた。
これ以上は足掻くだけ無駄だろう。仙道はそう思うと早かった。
数年の付き合いだが、互いの家は知らない。なんなら今通っている学校も知らない
――
わけでもないが直接聞いたことはないので確かでは無い。唯一落ち合えるのはブルーキャッツしかない。
郷田の胸ぐらを掴むためには、ブルーキャッツに行くしか無いのだ。
仙道はブルーキャッツの入り口が見える付近に身を隠し、張り込みの真似事を始めた。
連絡の返信は無い。正確には返信はあるが空返事のようなそれだけだ。望む返答は期待できない。
姿を見られれば逃げられる可能性もある。ならば郷田がブルーキャッツに入ったのを確認してすぐに乗り込むしか無い。
後ろめたい変質者のようでもあるが、これしか手は無かった。
仙道はタロットカードを取り出して数秒、満足気に戻した。今日が吉日とは、都合が良いじゃないか。
こそこそとするのは好きでは無いが、目的のためなら手段は選ばないのが仙道の良いところだった。
目的の影は、占い通りすぐに現れた。
コロンコロンと独特の足音を鳴らしながらやってきた郷田の表情はよく見えないが、予想通り、ブルーキャッツの扉を開けて足を踏み入れる。
仙道は郷田が一歩、室内を踏んだ瞬間にそちらへ向かって動いた。扉の鍵を閉められたらこの苦労は無駄になる。
想定通り、仙道は扉が閉まりきる寸前にドアノブを掴むことに成功し、勢い良く引っ張った。店の中には当然ながら、郷田が居た。
予想とは違い、仙道の方を見て仁王立ちをしている郷田と目が合って、仙道の背後では扉が激しくベルの音を鳴らして閉まる。
「お前」
文句を言いに来たのは仙道のほうだが、先に口を開いたのは郷田だった。入ってくるのがわかっていたかのようなその態度も気になって、仙道はおとなしく耳を傾ける。
「コソコソするのが好きなくせに下手だよな」
「なんだと?」
それだけ言うと、郷田は組んだ腕を下ろして店の奥へと進む。カウンターの中、定位置だ。
「コソコソさせたのはお前だろうが。誰が望んでこんなことするか」
言葉の通り、仙道だってこんなことやりたいわけがない。好きだと勘違いされるのも心外だ。声は落ち着いているが、内心は相当に苛ついていた。
「お前が俺に怖気づいて逃げ回ってるからだろう?」
「誰が!」
ほんの少しプライドを刺激してやれば、予想通り郷田は声を荒らげる。
自ら逃げ場のない位置へとついた郷田を追って、仙道もカウンター席についた。
「それで? 逃げ回っていないなら何がしたいんだ?」
「なにって
……
いや
……
」
郷田には珍しく歯切れが悪く、視線が彷徨って落ち着きがない。
「だぁあ!! じゃあ聞くがテメェ! 俺の事が好きなのかよ!?」
自分自身でもまごついているのが耐えられなくなったのか、思考を振り払うように声をあげて郷田は言う。顔が少しだけ赤い。
好き、なのだろうか。仙道は問われてようやく疑問に思った。今までそんな風に考えたことがないのは真実だが、では今はどうなのか。
考えるより前に、顔がカッと熱くなるのを感じてその原因を見た。郷田は僅かに驚いて、けれども目を反らそうとはしない。
嫌いだと言うには、時間を共にしすぎた。好きだと言うには、捻くれすぎている。
ガサツで単細胞なところが好きでは無い。けれど共に居られるぐらいには受け入れてしまった。
そもそも、仙道は退屈が嫌いだ。郷田と居ると退屈しない。だから嫌じゃない。これを恋愛感情としてしまっていいのか、判断するための経験が、仙道には足りていなかった。
「おい仙道、大丈夫かよ?」
先程よりも赤みが増した顔をして、郷田が言う。
「すげー顔赤いぜ」
「
……
お前が言うか?」
自分の顔がどれくらい赤いのか、仙道には分からない。ただ目の前の郷田の顔だってらしくないほどに赤いのだ。
「仙道のが移ったんだよ!!」
「人のせいとはご立派なことだな」
「グダグダうるっせえな! で! どうなんだ!! なんであんなことした!!」
何故、と問われても仙道の中に理由は一つしか無い。
「したかったから。それ以外にあるか?」
「お前な
……
!」
眉を寄せた郷田は慄いた顔をして、心底信じれないとでも言いたげだ。
やりたいようにやる。というのは仙道の信条のようなもので、多少の理性はあれど相手が郷田であれば遠慮の必要を感じない。それがLBXバトルであれ、なんであれ。
仙道は手の中からタロットカードを一枚取り出して、その図柄と向きを確認する。
――
戦車の正位置
既に分かりきっていたようにも思うが、しばらく占って無かったのだから今ぐらいは良いだろう。
「お前こそ、嫌じゃなかっただろう」
問いかけではなく、確信だった。仙道の手にそう出ているし、郷田だって何も言い返せずにいる。
真っ赤で間抜けな顔をした郷田を見ていると、仙道は苦労してここまで来た目的が達成出来ていないことを思い出した。しかしそのためには、間にあるカウンターが邪魔だ。
飲み物もなにも無いカウンター席から腰を上げて、郷田の定位置まで足を運ぶ。入り口を防ぐように立てば、もう逃げられる心配は無かった。
服が伸びるなんてこともお構い無しに、仙道は腕を伸ばして郷田の胸ぐらを掴んだ。一瞬、郷田の目が好戦的な色に変わる。
野蛮な奴だ、と言う余裕は無かった。お互いの唇は開く間もなく、塞がってしまったからだ。
「はっ
……
情けないマヌケ面じゃないか」
何か言いたげで、けれど何を言えば良いのか分からないらしい。口を開きもせずモゴモゴとして、真っ赤な顔で仙道を見ている。
実に愉快だ。
「テメェもだろ!」
悔し紛れにそう言った郷田は笑っていた。
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