つきのせ さぶろく
2025-04-22 15:11:18
1693文字
Public
 

enhance

【境目卓SS】one hour writing / すきさば自陣【ネタバレ無】

 それは春だというのに嫌に暑い日だった。たどり着いた喫茶店に入れば、やはり耐えかねたのか冷房が効いていた。件の探偵はすでに席についているらしく、あっけらかんと笑って手を振っている。店員に会釈をしてその席に向かうと、遅かったねと彼は微笑んだままだ。
「なんで呼んだのかって顔してますね」
「そりゃあそうですよ、こちとら暇ではないんです。用がないなら帰りますよ」
「まあまあ、どうせわかってるでしょうに」
 細くなった緑色の瞳に、体の内側がピリピリと嫌な痺れを覚える。これは苛立ちだ。
「また、一般人が首を突っ込んで……って顔ですね」
 その通りだ。名探偵という肩書きも、所詮一般人が少し頭抜けた程度のものだ。刑事の領域に首を突っ込んでいいものではない。苛立ちはそのままに、それでも努めて冷静に紫水は席についた。文句の一つでも言おうかとしたところで、店員が二人分のアイスコーヒーを運んできた。それを佐鳥が涼しい顔で一人分寄越してくる。ただの一般人がこうも余裕ぶっているのはなぜだろうか。痺れはいまだにちくちくと皮膚の内側を刺激している。コーヒーに沈む氷が音を立てた。
「それで、ご用件は? 手短にお願いします」
「うん。簡単に言うと、今紫水さんたちが着手している事件について……依頼が来ましたよって話」
「はあ?」
「いやあ、警部さんから直々にお願いされちゃあ俺もね! 答えないわけにはいかないですよ」
 普段はサングラスの奥に隠れている緑色は、じっと紫水の様子を伺っている。グラスを傾ければ口腔内に苦味が入り込んだ。彼はきっと、この後の答えをもう知っているのだろう。
……上は相変わらずバカですね」
「あっはは、相変わらず手厳しいですね、紫水さんも!」
「受けるあなたもあなたです。一々首を突っ込むなと言っているでしょう」
「わ、紫水さんったら過保護」
「違います。通念上、刑事は一般人を巻き込まないものですから」
 それはそうだと佐鳥の視線がコーヒーに下がった。ストローの先が、そこに沈んでいたミルクをゆっくりと茶色く濁らせる。
「それで、では何故私をわざわざ呼んだのか説明をいただいても?」
「ああそう、それね。……今回の事件はきっと、紫水さんじゃないと理解できないと思ったんです」
 均等なブラウンがストローを通って登っていく。溶けてバランスを崩した氷が、また音を立てた。手元を照らしていた強い太陽光はいつの間にか雲に隠れていた。
「見つかったのはバラバラ死体でしたっけ。現場と推定死亡時刻、第一発見者、被害者の足取り、その他もろもろ……調べたんですけど、まあ妙なことが一つ浮かんで」
「妙なこと? まさか犯人は人間じゃないだとか言い出さないでくださいよ」
「はは、やっぱり紫水さんはわかってくれますね!」
 グラスに添えていた指先に力が入ってしまった紫水は、眉間に皺を寄せ深くため息をつく。結露で濡れた指先をおしぼりで軽く拭いて指を組み直す。名探偵の微笑みは崩れない。
「常識的に……、ありえません。やめてください」
「常識的にあり得ないと思える時、僕らは大抵盲目となる。……わかってるくせに」
「認めてしまえば、おかしくなるのは我々の方です。私たちは揺らいではいけない立場なので」
 混ざり切っているにもかかわらず、佐鳥はぐるりとストローを回した。絶妙なバランスは簡単に崩れて、からからと氷は底に腰を落ち着ける。
「だから俺が呼ばれるんでしょう」
……好きにしてください」
 太陽を遮る雲は思いの外分厚いようだ。コーヒーを飲み干した佐鳥は立ち上がり、震えたスマートウォッチに目を落とした。
「痕跡がないのであれば、遺体をもう一度視るのがいいですよ」
 天気予報アプリが、5分後に雨が降ることを告げている。
「それじゃ、俺先に戻ります。講義もあるし」
 全くもって重たくない足取り。ウェルカムベルが音を鳴らしてようやっと、周りの雑音が耳に入った。胸ポケットに手を入れたあたりで、卓上の喫煙禁止が目に入る。深くため息をついた紫水は、濡れ始めた地面を横目にコーヒーを啜った。