Luia
2025-04-21 23:06:45
3900文字
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怪文書(ダーリン × オロルン)わたおし2025

「オロルン君ってどんな子?」の説明になっていると言われたら否定できません。

■楽曲 「ダーリン / 須田景凪」

須田景凪さんの「ダーリン」は、透明感のある優しい歌声で始まる美しい曲ですが、聴き進めるうちに、そこに張り詰めた想いと痛みが滲んでくる作品です。特に、最後のサビで転調する部分には、こらえきれない感情が爆発するような力強さと切なさが詰まっていて、聴いていて胸が締め付けられます。

歌詞の内容もとても印象的で、「全部あなたにあげる!」「お気持ちはたんと愛で頂戴!」と強く愛を語る一方で、2番では「いつか忘れておくれ」「終わりが来るのを待っているわ」と突き放そうとする。けれど最後のサビでは、「いつか認めておくれ」「その日が来るのを待っているわ」とまた元の想いに戻ってしまう……

つまりこの曲は、「報われない愛」に苦しみながらも、それでもどこかで愛が届くことを信じてしまう心を描いているのです。表面的には冷静に振る舞っても、心の底ではまだ愛を手放せず、戻ってくる奇跡を願ってしまう。そういった執着や依存に近い情熱があるからこそ、この曲が「メンヘラっぽい」と評されるのも納得できます。でも、それって実際の「愛」そのものの一側面じゃないでしょうか?

須田さんの曲は、元々感情の機微を丁寧に描くものが多く、私はボーカロイドが歌っている曲も、ご本人が歌う曲もどちらも大好きです。どちらも違う味わいがあって、聴くたびに新しい感情が引き出されます。


■キャラクター 「オロルン/原神」



退け!!!!!俺はオロルンのじいちゃん(またはばあちゃん)だぞ!!!!!!!!!!!





まず「オロルン」というのは、ゲーム『原神』に登場するキャラクターで、架空の国「ナタ」出身の青年です。ストーリーに登場する前からナタの紹介PVにてビジュアルだけが先に登場しており、その時点ではファンの間で「敵組織『ファデュイ』の一員なのではないか?」という噂が飛び交っていました。
なんでかというと、PVでオロルン君は『ファデュイ』に属する強キャラの「隊長」と並んで登場し、真剣な表情でこちら(プレイヤー)を睨むように立っているのです。そして本編では「隊長」と対等な様子で話していた。
(一応補足しておくが、原神における『ファデュイ』はいろんなところで暗躍している組織であり、一般人からしたら関わりたくねぇやべー組織である)



なので多くのユーザーは「あぁ、きっとこの人は、冷静でクールなタイプのキャラで、独自の理想のために国を裏切るような陰のある男なんだろう」と思っていたのです。

実際に私も「ふん……俺は炎神のことなど信用していない。あいつの計画もな。」「俺は俺のやり方でこの国(ナタ)を救う!それを邪魔するならお前も●す」とか言いそうだなぁ、と思っていました。


ところが、実際にストーリーが進んでみると……

違ったのである。

いいか、一度しか書かないぞ。


オロルンは「一人称が僕」で「ケモ耳」で「チスイコウモリ」で「純朴」で「頑固」で「素直」で「マイペース」で「献身的」で「育ての親的な女性をばあちゃんと呼ぶばあちゃん子」で「俺たちの孫」で「農家」で「おもしれー男」なんだ。なんとびっくり。


……もう、ね? ギャップがえぐい。
しかも、彼はプレイヤーが操作する主人公に対して「じいちゃん」「ばあちゃん」と呼ぶような距離の詰め方をしてくる。その可愛らしさに、もはやプレイヤーたちは全員「この子は我が孫」となってしまった。ストーリーを進めるたびに何というか、庇護欲をそそられる、もう実質ショタじゃないこの子?となる子であることが判明する。(ちなみにだが20は超えてるらしい。他のキャラからは『まるで10歳以下の子供』とコメントされているが)

もっと可愛いところをあげると「栽培している野菜に名前を付けて、普段から話しかけている」とか「何かと落ち込んだ表情で『ごめん、ばあちゃん』と謝る」とか「怒られるとダンマリを決め込む」とか。間違いねぇ、ショタだよもうこの子。



ところが、ただ可愛いだけじゃないのがこのキャラのすごいところ。実は彼、過去に“生贄”として死ぬはずだったのです。

というのも、ナタという国は滅びの危機にあり、とある儀式をすれば救われる、とまではいかなくとも、延命ができる可能性があった。しかしそのためには捨てられた赤ん坊の魂を使って儀式をしなくてはならない。
集落に捨てられた赤ん坊、オロルンを拾った集落の大人たちはオロルンを儀式の生贄とすることに反対しなかったわけです。だって、自分が属するナタの未来と誰の子供かすらわからない赤ん坊の未来だったら、国を優先してもおかしくないでしょう。

しかし、儀式は失敗に終わり、彼は生き延びます。罪悪感を抱いた大人たち――特に儀式に関わった人々は、彼をとにかく大切に育てた。シンプルに「いい子」だったオロルン君は儀式とは無関係な大人たちからも可愛がられて、愛情に包まれて育った彼は、20歳を超えてもなお純朴なままで、優しさを忘れない青年になりました。

しかし、オロルン君は「自分が生贄として役割を全うできていたらナタが救えたかもしれない」という事実が嫌だった。自分がやるべきことを放棄してしまったのではないか、と考えてしまった。自分はどうして生きているのだろう、どうして自分はここにいるのだろうと。

だから、彼は自分なりのやり方でナタを救おうとします。なぜ皆に助けられ、優しく手を差し伸べられているのだろう。その理由が彼は欲しかった。できたかもしれないのに、できなかったことを成し遂げる方法を彼は自分なりの方法で探し続けているのです。そのためなら、人からは「危険」と言われる『ファデュイ』の一員と手を組んだり、大切なばあちゃんに嘘をついたり、命を賭けるような行動にも出る。たとえその行動が「ナタを裏切った」と捉えられて、裏切り者として今後一生後ろ指を刺されることになってしまうかもしれないとしても。

もう行動力がすごい。自分の信念で、どこまでも突っ走ってる。危なっかしさが可愛いんじゃなくて、怖いレベル。可愛いショタだと思ってたらとんでもねぇ行動力の化身である。めっちゃ危なっかしいことしてる。こんな奴がショタな訳あるか(熱い手のひら返し)

しかし、その根底には、「自分は何もできていないのではないか」「自分は何かをなさねばならないのではないか」「自分はそのなさねばならぬことから目を逸らし、逃げているだけではないのか」という、消えない罪悪感と贖罪の意志があるのです。





そういうところだぞもう〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!


ばかやろ〜〜〜〜〜〜!!!!!そういうところが可愛がられる要因なんだよ!!!!!そんなねぇ!!!!昔まだ意思表示もできない赤ん坊を儀式の生贄として利用しようとして、その子が大きくなって利用しようとした自分たちをばあちゃんじいちゃんって呼んでくれて慕ってくれてさぁ!!!!自分が作った野菜も届けてくれてさぁ!!!!そんな可愛い孫が「僕もナタのために頑張りたい」とか「もし儀式が成功してたら、ナタは助かっていたのかな(その代わりオロルンは死ぬ)」なんて言ったらさァ!!!!そりゃあ「頑張らなくていいんだよ」「自分のせいでナタを救えなかったって思わなくていいんだよ」って声かけたくなるだろうがよぉ!!!!!!!!

ストーリー中とあるキャラがオロルン君に伝える「死ぬために生きるのではなく、見つけた答えのために身を捧げろ」という言葉は、まさにオロルン君の「どうして自分は生きているんだろう」という疑問に対する答えであり、自己犠牲精神が高すぎてたストーリー中のオロルン君を「馬鹿野郎〜〜〜〜〜!!!!!!!」って叱って、死に場所を探して生きていたようなオロルン君をやっと止めてくれる言葉だったと思います。


可愛いんです、この子。
でも、この子はただのショタじゃないんです。この子はただひたすら「献身的」で、自分にできることを何かを考える、ある意味強い子なんです。
最近はいろんなイベントで可愛いところとカッコいいところ交互に接種させてくるのでばあちゃんの心はもう瀕死です。



(オロルンと左の女の子、シトラリが主役だったver.5.2のビジュ。一見すると「クールで危ないことをしようとしている幼馴染の身を案じるヒロイン」だが、その実態は「純朴で危なっかしいことをする孫(20代)の心配をするばあちゃん(400歳以上)」である。)

■MMDモデルの話

miHoYo作品のプレイアブルキャラはみんなゲーム内で使用されている3Dモデルが公式から配布されています!!!!!みんなも使ってね!!!!(二回目)
個人的にナタのキャラはみんなビジュがいいと思います。



ビジュの話をするんですけど、オロルン君ってめちゃくちゃツラがいいんですよね(二回目)
半分破れたフード、蛍光色が入ったコウモリみたいなコート、ダメージ入りまくったジーンズ、ベルトいっぱいのブーツ、と地下アイドルかビジュアル系バンドみたいな服着てるのに、職業:農家なの、何回見ても脳がバグります。